『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

52 / 61
52(2100年)

「大統領親衛隊? そんなお飾りが何になります。今、兵を欲しているのは前線です。私などを守っている暇があったら今すぐエウロペに向かいなさい。そして、戦場で歯を食いしばって戦っているあなたの友を救うのです」

 大統領政務記録に残されているこの言葉が、当時の戦況の全てを語っている。

 最強軍団と称される共和国増援部隊20個師団が、この年の6月に中央大陸旧ゼネバス帝国領ユビト湾より西方大陸ロブ基地を目指して出撃した。並行して彼女は、共和国にただ一機残されていた大統領専用機、ウルトラザウルスに1200㎜ウルトラキャノンを装備させるための改装を開始させた。結果的に西方大陸戦争の勝利へ導いた決戦兵器となったが、当初その開発及び装備、並びに運用に関して、稀にしか一致しない軍・政府・世論が、足並みを揃えて反対意見を訴えていた。

 反対の趣旨は、凡そ次のようなものである。

 

① 時代がかった大艦巨砲主義を、今更採用することの無意味さ。ただでさえ機動力の劣るウルトラザウルスに、本体の重量に匹敵する装備を施すのは、著しく移動速度を削ぐことであり、第二次大陸間戦争以降高速ゾイドが主力となっている流れに逆行する。

 

② ①に関わって、プテラスボマー、ストームソーダー、そして再生途上のサラマンダーなど空戦ゾイドの生産が軌道に乗れば、攻撃機の到達範囲はウルトラキャノンとは比較にならないほど広大となる。同装備を建造する予算があれば、オーガノイドシステムを応用した培養槽で多数の空戦ゾイドが生産できる。同時期に開発費を計上されたデストロイヤー兵団専用のデストロイドゴジュラス2機も、ウルトラザウルス再配備予算と加えると天文学的な数値に上っていた。

 

③ 常識ともいえるが、大砲には発射数が限られている。一つ目は装弾数の問題。二つ目は砲身の耐久性の問題である。ニクシー基地周辺の帝国軍を一瞬にして殲滅させたことから、その破壊力は実戦で証明されているが、基地陥落と同時に砲は使用不可能となり、「ウルトラザウルス・ザ・キャリアー」として再改装され、再度多大な軍事予算が費やされたことも事実である。対価に見合った効率が得られるかは、実戦投入以前からも疑問符が付けられていた。

 

④ 最後に消極的な意見として、ヘリック共和国の象徴として残されていた貴重な最後のウルトラザウルスを派遣することが、銃後で戦況を見守る国民たちにどのような影響を及ぼすか、ということである。かつて共和国首都は第一次大陸間戦争時代に、ギルベイダーによる空襲で大きな被害を受けた。ただでさえ最強軍団を西方大陸に送り込み、後方での兵力が手薄になっている状態で、最後の首都防衛の要ともなる当時最強ゾイドを出撃させてしまうことに不安はないか。そして万が一、ウルトラザウルスが沈むようなことがあれば、国民の士気にも大きく影響するのではないか。マッドサンダー、キングゴジュラスと、ウルトラザウルス以降も共和国では超巨大ゾイドの開発は行われたが、旗艦ゾイドとしてウルトラザウルスに匹敵するものではない。まさにヘリック共和国の象徴的なこのゾイドだけは、残しておきたいという心情からも出た意見である。

 

 それぞれの反対意見に対し、彼女には大統領の立場としても、そして彼女自身の考え方としても、一部の意見については詳細に説得し、一部の意見については大統領権限を発動させて、ウルトラザウルスの戦線投入を承認させた。

 以下の証言は、西方大陸戦争が終息し、第二次大陸間戦争が発生するまでの短期間に集められた彼女の書簡や側近に語った意見をまとめたもので、充分な信頼性があるわけではない事を予めお断りしておく。

 

①について→彼女は、ウルトラザウルスの機動力を敢えて低下させることにより、ニクシー基地の暗黒軍撤退の猶予時間を敢えて与えたのではないかという証言がある。

 そもそも西方大陸戦争が、ギュンターによる両軍の消耗戦を目的とした戦闘であったため、最初から帝国側には勝機がなかったことが判明しているが、彼女の中にも帝国軍西方大陸上陸部隊が殲滅されるのは時間の問題との認識があったのではないか。彼女の失踪後、政務記録の片隅に「敵の命でも無闇に奪って良いわけがない」という走り書きが残されていた。

 最低限の犠牲と、破壊の象徴としての巨砲を誇示することにより、帝国軍の戦意を喪失させるためにも、この装備と巨大ゾイドを派遣したのではないか、といわれている。

 

②について→空戦ゾイドの攻撃力は認めているが、彼女の中には二つ気掛かりがあったらしい。一つはやはりオーガノイドシステムを利用し、コアの培養を行うことへの不信感である。共和国ゾイドの再生は、手厚い保護政策によって機体数を増やしたと表向きは言われているが、その実、帝国同様オーガノイドシステムを応用して培養されていた。但し、マッドサンダークラスの超大型ゾイドとなると、施設の関係で採用できなかったが。

 そしてもう一つが、空戦ゾイドによって出撃する兵士を失うことである。どれ程被害が少なくとも、戦死者が出ないということは奇跡である。人道上の理由に加え、パイロットの養成は容易ではなく、その貴重な兵士を失うことは開発費に変えられないと判断したのではないだろうか(なお、誘導弾などの長距離ロケット兵器は、トライアングルダラスの磁気嵐により使用不可能であることも付け加えておく)。

 

③について→以前から彼女の中に、共和国側で、敵の大口径荷電粒子砲に匹敵する武器を開発するとすれば何か、という思いがあったらしい。

 兵器開発は、ただ発想すればいいというわけではない。それを実現させるための技術と予算が必要である。予算は政治面で扱うとして、技術面で1200㎜という化け物じみた巨砲を開発しようなどという夢想家は、到底軍の内部でて認められるはずがなかった。

 ところが、その巨砲の設計開発を成し遂げる程の技術者が存在したのだ。②にも関わってくるが、サポートとしてデストロイドゴジュラスを配備するという奇想天外な運用法を彼女に示唆した、前述にた二人の人物がいたのである。

 

④について→もし彼女がセイバリオンではなく、ウルトラザウルスで首都に立て篭もっていたとすれば、後のアイゼンドラグーンの侵攻も別の展開が予想されただろうか。だが、戦後に多くの軍事評論家達が彼女のウルトラザウルス派遣について下した評価は、決して間違ったものと判定していない。

 アンダー海会戦時に、ウルトラザウルスはトライアングルダラスの磁気異常に巻き込まれ、制御不能となっている。侵攻してきたダークスパイナーのジャミングウェーブによる攻撃を受ければ、同様に敵の制御下に置かれ、共和国領内に更なる多大な破壊を齎した可能性もある。むしろ共和国内部に強力なゾイドが残っていなかったからこそ、破壊を免れたともいえる。我々は彼女が失踪してしまった結果を知っているがために、これが彼女自身の失策と考えてしまうが、ダークスパイナーの存在を予想できなかった段階で、既に結論は出ていたと言えよう。むしろギュンターとその息子ヴォルフのゾイドの開発技術と運用法を賞賛すべきだろう。

 

 その後、西方大陸戦争はニクシー基地の陥落によって終結。エウロペから一掃された帝国軍は、改造ホエールカイザー『モビーディック』による空襲や、量産型デススティンガーKFD『キラー・フロム・ザ・ダーク』などの攻撃を継続したが、戦局は変わることもなく、共和国軍の暗黒大陸第三次上陸部隊の発進となった。

 この頃から彼女は、提示する和平案を悉く無視し、戦闘の継続だけを目的とするガイロス帝国の摂政ギュンター・プロイツェンの行動に疑念を抱いていた。彼が優秀な謀略家であることは間違いない。でなければ、ガイロス帝国の軍閥統制などできない。ところがオリンポス山の件といい、デススティンガーの暴走といい、戦略に無駄が多すぎるのだ。

 ニクシー基地突入時、最期まで抵抗したエレファンダーのパイロットが「ヴォルフ様のために」と叫んだという報告を受けた。それは戦死した彼らにとって、命に代えても守り抜きたかった人物の名前である。

 しかし、未だに母の違う弟の存在を知らないエレナにとって、その名が誰を示すかも知らず、よもや西方大陸に甥が駐留していたことなど予測もつかなかった。共和国諜報機関の情報網をも攪乱した、ギュンターの情報操作はまさに完璧であったと言えよう。

 これは、歴史の経過を俯瞰した上で述べるため、彼女の評価を不当に下げてしまうかもしれないが、もし彼女が、公式に自分がゼネバスの娘と表明していたとしたら、あるいは戦況は大きく変化していたかもしれない。

 旧ゼネバス兵を動員する理由として、ギュンターはその嫡子ヴォルフ・ムーロアを掲げていた。だが、血脈から言えばエレナの方がより皇帝ゼネバスに近い存在である。敵の国家元首が、失われた皇帝の娘と知れば、旧ゼネバス兵の戦意は大いに削がれただろう。

 改装されたウルトラザウルス・ザ・キャリアーが、帝国軍より奪取したニクシー基地より出撃したという報告を受けた後も、彼女の中には底知れない胸騒ぎが燻っていた。

 主力を吐き出してしまい、防衛部隊の手薄になった共和国首都。そしてギュンターの背後に横たわる野望。

 彼女は、かつて惑星大異変の直前に感じたのと同じくらいの不安を感じていた。

 

 急がなければならない。

 

 机の中からマイクロディスクを取り出すと、彼女は執務室の隣の部屋に設けられた製図台の装置にデータを打ち込み始めていた。

 あのひとが追い求め続けた幻の野生体。彼の思いに応えるためにも、機体に適合する設計図を完成させなければならない。

 彼女が選んだのは、古代ゾイド文明の生み出した、オーガノイドシステムとは別のテクノロジーである。古代ゾイドチタニウム合金と呼ばれる装甲は、コアに負担を強いることなく、野生体本来の格闘能力や機動性を最大限に発揮する。

 そして、この機体には、あの時放った命の輝きを最期の武器として装備させることにした。

 あのひとと、あのゾイドへの最上級の畏敬を込めて。

 

 間に合わないかもしれない。それでも彼女は信じていた。

 嘗て父が自分に託したように、未来は必ず次の世代が引き継いでくれる。

 今まで全力で駆け抜けてきた。だから、きっと受け継ぐ者は現れるだろうと。

「ロブ……」

 ふとその名を呟いた時、彼女は大統領から、母親の顔へと変わっていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。