『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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51(2100年)

「キャムフォード大統領閣下は、本気でそれを仰っているのですか」

 そう言うと、マイケルは口を噤んだ。

 予測されたことだった。ゾイドの開発を捨て、長きに亘り精巧な義手と義足、そしてその他の身体の欠損部分を補うための技術開発に携わって来た彼に対し、その願いが過去の古傷に触るような行為であることも知っていた。

 だが、共和国大統領として、共和国軍最高司令官として最適な手段を探った結果が、かつての恩師に対する無礼であっても必要な選択であったのだ。

「先日の義手の修復と、息子の件と併せ、重ねて御迷惑を掛けるのは心苦しい。ですが、今の私は公人としてお願いしています。

 この願いがどれほど先生に対する侮辱的行為であるかは判っております。ですが、この戦争を一刻も早く収めるためにも必要なものと、現在の私の立場から判断しました。無論、お断りされるのは自由です。ここは伯父ヘリックが築き上げた共和国、強制されてまで建造する義務はありません」

 エレナは、大統領執務室に仄かに香る紅茶の残り香を感じながら、掛けた眼鏡のレンズ越しに、毅然としてマイケルを見つめていた。

「いくら彼が奇抜な発想をするとはいえ、1200㎜のウルトラキャノンなどという化け物じみた巨砲を使って敵基地を制圧するなんて。増して、それを二機のゴジュラスでサポートして、反動を抑えるなど。

 確かに僕は、かつて父と共にデスザウラーの加重力システムの開発に取り組み、大口径荷電粒子砲の反動を抑える方法も研究しています。それに、生前のチェスター教授からも、技術者としての興味から非公式にウルトラザウルスの構造も学んでいる。君はそのことを知った上で、僕にこのプランを実行させようとしているのだね」

「はい」

 既に、この瞬間の大統領執務室は、かつての恩師と教え子、憧れの男性と少女との関係ではなく、大統領と優秀な技術者という共にプロフェッショナルな立場での、いわば対等の関係の交渉の場となっていた。

「先生の技術力があれば完成可能なはずです。私が先生に依頼するのは、かつてのゼネバス帝国の技術者が、最後に残されたウルトラザウルス〝リパブリック〟を改修し、この戦争に区切りをつけるため、そして我儘かもしれませんが、私にとっても一つのけじめをつけるためです。この改装計画、お受け頂けませんか」

「即答しなければならないのですね」

 エレナは黙って頷いた。

「仮に、僕が依頼を断ったらどうするつもりですか」

「他の技術者に依頼します。この装備は、我が軍の戦略上、是が非でも必要なものなのです。無論、マイケル・ハーマンに及ぶ完成度は望みませんが」

 古時計の時を刻む音だけが響く。二人のだけの空間を、永い沈黙が支配した。

 

 控えめにドアを叩く音がする。エレナが短く応える。

「失礼します」

 執務室に、紅茶を淹れたポットを持ったデキチェリンが入室する。

 セルンティーの香しさが部屋に満ちた。

 その香りに、硬化したマイケルの態度も幾分緩んだようだった。応接用のソファーに深く座り直し、デキチェリンからティーカップを受け取る。口元にカップを近づけ、まだ口にするには熱過ぎる事を確認し、一度テーブルに戻した。

「思い出すね。君はいつも慌ただしく飲んでいた」

 琥珀色の液体を見つめながら、彼は静かに呟いた。

「恥ずかしいから止めてください」

 既に老成の域に達しようとしている女性とは思えないほど、彼女は初々しくはにかんだ。

「……シュテルマー君は健在なのだろうか」

「そうですね。あんな事さえなければ、ここに一緒に座っていたかもしれないのに。無事であればいいのですが」

 二人の間には、故郷で過ごした日々の記憶が蘇っていた。

 

「彼は今どこに」

 マイケルは、卓上に飾られている幸せそうな家族の写る小さな写真に目をやった。

「独立第11機甲大隊は、現在北エウロペに展開中です。オーガノイドシステムという未解析の古代ゾイド文明の技術を搭載した、ガイロスの小型ゾイドに苦戦していると聞きます」

 マイケルはふと遠い目をした。

「昔、オルドヴァイン君が研究していたのは知っている。でも僕には手を出すことは出来なかった。あれは、恐ろしい物だ。だから君にも、伝えることはしなかった」

 ゾイドを愛した技術者故に、オーガノイドシステムを使用する事が容認できないのだろう。マイケルは続けた。

「ガイロス帝国がそのシステムを使って、父のデスザウラーを復活させようとしているのも知っている。それもより凶暴にして。

 あのシステムはコアを消耗させ、寿命を削り取るゾイドの生命を弄ぶようなものだ。

 でもそれを倒すために、また別の手段と武器で戦うことが正しいとは、どうしても思えない」

 青磁のカップを持つ彼の手が、小刻みに震えている。

「御無理はなさらないでください。私が願うのは、ゾイドを理解しゾイドを愛している人に、最後のウルトラザウルスを託したいだけです」

 

「彼は何と言っているのですか」

「散々反対されましたよ。まだ実現できると決まっていない内から『そんなものを使うことは、ゾイド乗りの戦い方ではない』とか、『軍人としての誇りを汚すものだ』とか。久しぶりに会話が出来たと思ったら、相変わらずの口ぶりで。どうしてこうなのでしょうか」

 普段の気丈な女性大統領とは違った、悩める母親の姿がそこにはあった。

「そんな彼が、完成したこの機体を使うと思えますか」

「ロブは頑固者だけれど愚か者ではありません。戦略的にも戦術的にも重要な価値を持つ完成後のこの機体を必ず使用するはずです。もしそれでも意地を張るようだったら、大統領として強権を発動して、息子をコクピットに縛り付けてみせます」

「言い出したら聞かないのは、親子ともども皇帝陛下譲りだね」

「お父さまとは関係ありませんわ」

 如何にも不服そうに反発する。少女時代を思わせる仕種に、マイケルは思わず微笑んでいた。

「細君が言っていたよ。君は〝エディプスコンプレックス〟という言葉を知っているかい」

「古い心理学用語ですね。確か父親と息子がライバルで、母親に息子が憧れることでしょう。私たち親子は正反対の事例ですね」

 マイケルは、漸く飲み頃になった紅茶を味わいながら、楽しそうに語り出した。

「気楽に聞いて欲しい。細君が言うには、ロブにとっての君は、憧れの母親であると同時に、踏み越えて行かねばならない父親でもあるというのだよ。つまりはオイディプスに於ける母イオカステと父ライオスのどちらの役割も担ってしまった。特にリチャード君が早世して以来、ライオスの役割が特に強くなってしまったとね。

 彼が君の元を飛び出したのも、君がいつまでも越えられない偉大な父親のようであったからといっているのさ」

「ジュディーさんがそんなことを。今度会ったら、一言言わせてもらわなければね」

 彼女は増々不服そうな表情になる。紅茶の湯気に、いつの間にか曇ってしまった眼鏡を外しレンズを拭き取る。彼女のカップは未だ注がれたままであった。

「お互いに、偉大な父を持つと苦労するものだよ。結局僕も、デスザウラーを凌ぐゾイドは完成出来なかった」

 マイケルは静かにカップを受け皿に置いた。

「思い出すね。彼が我が家に転がり込んできた日の事を」

 ティーポットの中に、飲み頃になった紅茶がまだ残っていることに気付き、耐熱ガラス製のポットをゆったりと揺らす。

「ロブが、リチャードの亡くなった本当の理由を知ってしまったのです。

 

 決して復讐をしてはいけない。憎しみの感情からは何も生まれない以上、人間を恨むことはしないで欲しい。この意味が理解できるようになってから、あの子に伝えてくれ。

 

 あの人が最期に残した言葉です。彼に伝えるには、まだ早かった」

 マイケルは二杯目をカップに注ぐ。

「『ゼネバス軍の元技術士官であり、ゾイド設計技師、及び操縦者であったマイケル先生なら、僕の願いも叶えられるでしょう』。鬼気迫る形相で玄関先に立っていた時には驚いた。すぐにわかったよ。君が真相を話してしまったのだな、と」

 カップに少し口をつけ、記憶の糸を手繰り寄せるかの如く、視線をエレナから逸らした。

「リチャードの選択は間違っていないと、私でさえ今漸く思えるようになっているくらいです。若いロブに納得しろと言われても、無理もありません」

 彼女も机上の家族写真を手に取り、暫く凝視した。

「それからが大変だったよ。戸籍の変更と士官学校への入学手続き。いきなりあんな大きな息子が出来たら、僕たちだって困惑する。でも、彼の気持ちもわかるし、他ならぬ君からの頼みだ。

 それに前から彼を気に入っていたジュディーが乗り気になってしまったのも、厄介だったね」

「本当に感謝しています」

 ゆっくりと頭を下げるエレナに目をやりながら、彼は二杯目の紅茶を飲み干した。

 

「お受けしましょう」

 マイケルが顔を上げた。

「僕にとっての最後のゾイドを。今度こそ、本当に父ドン・ホバートを超える為。かつての王女エレナ様及びルイーズ・キャムフォード大統領閣下の為。ついでに、味わい深い紅茶を御馳走になったお礼に」

「ありがとうございます」

 エレナは立ち上がり、再び深く頭を下げた。それに応えてマイケルも立ち上がる。互いに堅い握手を交わすと、彼は堪えていた気持ちを曝け出すかのように語り出した。

「今度発案者に会ったら伝えてください。

 非常識にも程があると。この期に及んで、これ以上大統領に妙な知識を与えないでくれと。少しは設計、建造する側の身になって欲しい。力学、材料工学、炸薬の改良に弾道計算。いくら計算上で優秀なシミュレーションが出ても、誰でも容易に造れるものと造れないものがある。その上、技術者の能力を見透かして、大統領まで巻き込み外堀を埋めるようなやり方で建造を押し付けるのはフェアじゃないと。

 今度同じことをしたら、僕はキャロラインに頼んで君のコーヒーを熱湯にしてもらうぞ、とね」

 半ば冗談、半ば本気で、マイケルは発案者個人に対して延々と不平を溢していた。

 偉大な技術者は、最後に不平を漏らさなければ納得できないのかもしれない。

 

 ウルトラザウルス・ザ・デストロイヤー建造の決定。

 1200㎜ウルトラキャノン設計主任技術者、マイケル・ハーマン。

 エウロペへの最強軍団派遣に続き、共和国軍の本格的反攻が開始された。

 


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