『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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48(2089年)

 反乱鎮圧の報せがギュンターの元に届いたのは、発生から僅か1時間後であった。内通者から情報を受け取っていたとはいえ、皇太子をも巻き込んだ青年将校の大規模な反乱であり、その発生の背景には根深い軍閥同士の対立も絡み、掃討には時間がかかるものと思われていた。ところが、その軍閥の対立を逆手に取り、老獪な手段でたちまちの内に反乱を鎮圧したのは、彼が先ごろPK師団に編入したばかりのゼネバス古参兵、シュテルマーの功績であった。

 任務を終え、彼の前に跪いたシュテルマーは、短く鎮圧成功の報告をした。

 面識あるはずの、仮面を脱ぎ去った病床のガイロス皇帝からの労いの言葉にも、慇懃な姿勢で称賛を受け入れるのみである。

 ギュンターは、彼の野望を成し遂げる上で、有能な人材を確保できたことに満足していた。惑星大異変以降、抜け殻のようになって軍の閑職で燻ってきたこの兵士の実力を見抜いたギュンターの見識が、如何に高いものかも窺われる。

 時代は着実に彼の望むべき方向へと推移していた。粛清された皇太子の後を襲って奉じられたのは、生後1年に満たない皇太孫ルドルフであり、長きに亘りガイロス帝国の摂政職の血縁に連なってきた、名家プロイツェン家の嫡子がその職に就くのは過去の慣例からの自然な流れとされた。

 ギュンターの摂政職就任は、プロイツェン家並びその他貴族層の歴史に於いて大きな意味を持っていた。

 

 ここで、〝ガイロス帝国〟と称する場合、時代によって多少ニュアンスが異なることを確認しておきたい。また〝暗黒大陸〟という名称も、多少の使い分けが必要となっていることも確認したい。

 まず、第一次大陸間戦争当時のヘリック共和国側から見て、ガイロス帝国は雪と氷に鎖された謎の大陸であったため〝暗黒大陸〟の呼称が使用され、ガイロス側でも、精強な印象のある〝暗黒軍〟という呼称を好んで使った。

 デッドボーダーやヘルディガンナーなど初期に参戦したゾイドは漆黒の〝暗黒ゾイド〟と呼ばれたが、ことゾイドに関しては〝暗黒〟には二つの意味合いがあった。

 一つは言うまでもなく、そのゾイドの色だが、二つ目の理由が、その武装にあった。デッドボーダーの重力砲は、引力に対を成す斥力、暗黒物質ダークマターを取り込み放出するという驚異的な古代ゾイド文明の技術を応用したものである。つまり暗黒物質を操るゾイドという意味合いがあったのだ。

 その後大異変により惑星の環境が変化し、永久凍土が融け気候が温暖化し食料生産性が向上したこの大陸を「暗黒」と呼ぶには違和感が生じた。また、ニクスとテュルクに暗黒大陸が分断され、以前より豊かな国土となったニクスの住人には、未だ謎の残るテュルクこそが暗黒大陸であり、自ら〝暗黒〟大陸と呼ぶことを好まなくなっていた。

 ゾイドに関しても、大異変以降ディオハリコンの産出量が激減し、純正のガイロス製ゾイドの生産が滞る一方、併呑したゼネバス帝国設計の機体生産が増えていった。共和国軍にとって見慣れたゼネバス系ゾイドは、もはや暗黒ゾイドとは呼べなくなっていた。

 更には、西方大陸エウロペへの入植が両国共に行われ、そこに居住するガイロス系住民とヘリック系住民の住み分けも2060年当初は判然とせず広大な雑居地状態となり、北回帰線付近の明るい陽射しと温暖な気候帯に住む人々を〝暗黒軍〟と呼んでみたところで文字通り「場違い」であり、両国民の間から、次第にこの呼称は消えて行った。

 大異変が一つの節目であれば、それに遡るもう一つの節目が、覇王ガイロスによる暗黒帝国統一前後での時代区分である。

 混同しがちだが、ヘリックⅠ世と対立し、和解した後に暗黒大陸に渡った、ゼネバスの外祖父に当たる戦士ガイロスと、覇王ガイロスとが同一人物であるとは認め難い。

 根拠として、ヘリックⅠ世の生誕が恐らく1900年前後。その彼と対立した戦士ガイロスは、ほぼ同年齢かそれ以上であるはずだ。

 覇王ガイロスの没年は2097年と判明している。

 もし二人が同一人物であるとしたならば、覇王ガイロスは享年200歳以上となる。いくら長寿のゾイド人とはいえ無理があることは明白だ。

 覇王ガイロスの帝国は、戦士ガイロスの暗黒大陸移住以降、急激に勢力を伸ばし、たちまちの内に暗黒大陸を統一している。技術や戦略の面で、覇王ガイロスと戦士ガイロスとの間には、何らかの接触があったのだろう。そして恐らく覇王ガイロス(※接触以前に〝ガイロス〟の名前を使用していたかは不明)は、戦士ガイロスの称号を、暗黒大陸内で群雄割拠する部族国家を統一するために利用したものと思われる。これは覇王ガイロスが素顔を見せず、常に仮面をつけていた理由の一つだろう。

 

 ところで、暗黒大陸が統一され、ガイロス帝国が成立する一方、没落していったのがプロイツェン家を含む貴族層であった。

 平和とは言えないまでも、緩やかな結合の部族国家が点在していた暗黒大陸内では、世襲制に基づいた貴族の存在があった。

 ところが戦士ガイロスの移住により呼び込まれた実力主義は、血縁に頼る貴族層を凋落させた。変わって台頭してきたのが、シュバルツ家を代表とする軍閥勢力である。これは丁度、地球の中世における社会構造の変化に類似している。

 覇王ガイロスは、多くの軍閥を従え、対立する部族を次々と討伐、併呑していった。その中には、ジェンチェン・パルサンポ達の属する古代ゾイド人の一群も存在した。

 形式的な貴族の位階など、覇王ガイロスの前では意味もなく、暗黒帝国統一以降は、名称が残るだけとなった。

 プロイツェン家は代々摂政職に就いていたと言われるが、暗黒大陸を統一する以前のことであり、所詮一部族族長の補佐役、摂政とは名ばかりの形式的な官職に過ぎなかった。猜疑心の強い皇帝ガイロスは、統一後摂政職の設置を久しく認めなかった。大異変以降もその支配体制は変わらず、貴族層は没落の一途を辿っていた。

 しかし、シュテルマーによって鎮圧された反乱は、ガイロス帝国内部に動揺を起こした。

 没落寸前の貴族層は、今回のギュンターの摂政就任に歓喜した。衰えを見せ始めた老いた覇王ガイロスの威光を利用し、再び広大なニクスの大地に権力を及ぼすことできるかもしれない。未だ幼いルドルフにも、政務を司る力はない。よって事実上の最高権力者として、ギュンターは君臨したのだ。

 軍閥勢力への対抗上、貴族層は挙ってギュンターを支援し、形ばかりに召集される帝国議会の席上で、全面的な摂政への政権委託を宣言した。

 ここで、摂政と軍閥との政争に突入するかと思われた時、後の西方大陸戦争突入直前とは比較できないものの、ギュンターは大幅な軍事予算の増額を承認し、ゼネバス系ゾイドを中心とした戦闘ゾイドの再生産を開始させる。それまでは反乱の発生を恐れ、戦闘ゾイドの生産を最低限に抑えていた覇王ガイロスの政策からの転換である。

 名目上はヘリック共和国への脅威から自国を守るため、統一共和国大統領ルイーズ・キャムフォードに関する情報を操作し、あたかも直近に侵略を開始するが如く喧伝し、作動可能な中型ゾイドの生産と訓練を強化していく。予算が増額され、地位も向上した軍閥達は、貴族層同様に摂政の政策を歓迎した。

 軍事予算の増額は、関係する軍需産業を中心に、軍服を作る縫製工場、レーションを作る食品工業、兵舎を増築する建設業など様々な分野での景気拡大を促し、刹那的ではあるにせよ、帝国臣民生活の向上に貢献した。ガイロス皇帝が軍備の拡大を抑制したのは、反乱への警戒ばかりではなく、資源と市場の限界があるニクスに於いて、急激な軍需産業の拡大は同時に急激な恐慌をもたらすことも配慮した上でのことだった。ところがギュンターは、目先の豊かさを国民の前にぶら下げることで絶大な支持を取り付け、政権運営を安定化させた。

 ヴァルハラ宮前の広場で行われる軍事パレードは年々華やかさと物々しさを増大させ、帝国臣民にとっても、戦争は備えるべきから起こすべきものへと思想に変化していった。よもや、それがガイロス帝国とヘリック共和国の共倒れを狙う、ギュンターの陰謀とも知らずに。

 

 国内体制の安定を図る一方で、ギュンターは、常に海の向こう側の共和国の動きに注目していた。

 ギュンターは、前年に共和国新大統領に就任したルイーズ・キャムフォードが、かつて旧首都ダークネスにて行われたゼネバス皇帝崩御の葬列で出会ったあの女性であること、そして自分の異母姉であることを最期まで知らなかったとされている。

 だが、情報収集能力に長けた彼ほどの謀略家が、果たしてルイーズ=エレナという事実を本当に察知できなかったということが信じられるだろうか。

 隠遁生活同然のシュテルマーでさえ、共和国側で流された『ルイーズ・キャムフォードはゼネバスの娘だった!』という記事に接している。彼女がいくら血の縛りを否定も肯定もしなかったとはいえ、ギュンターがその真偽を確認しなかったとは信じ難い。共和国内部では、誰もが触れようとしない公然の秘密として、ルイーズ=エレナの事実を受け入れていた。彼女の政治が優秀であれば、血の縛りなど拘る必要はないと、共和国選挙民たちは考えていたからだ。

 よってそれをギュンターが知らないとは到底思えない。敢えて言えば、ギュンターは知らないのではなく知ろうとしなかったのではないだろうか。

 彼が、息子ヴォルフの補佐官ズィグナー・フォイアー大尉に対して、ルイーズに関する情報をヴォルフに徹底して隠蔽するよう指示したという記録が残されている。これこそが、ギュンターが彼女を姉と認識していた証拠ではないだろうか。

 ルイーズがヘリック共和国の国家元首に選出されたという事実は、正式にゼネバス皇帝の継承権を持つギュンターにとって、焦燥感を抱かせたはずだ。

 あの葬列を見送った日に、父の無念を晴らすと誓って以来幾星霜が過ぎ去り、彼は未だに充分に目的を達成していない。彼が望んだのは皇帝の位であり、ゼネバス帝国の再興であり、摂政という仮初の為政者ではなかった。

 着実に復興を遂げ、ゼネバス帝国領を呑み込み巨大化するヘリック共和国に対し、大陸が分断され、温暖化したとはいっても国力では大きく水を空けられているガイロス帝国である。ギュンターの野望達成への加速度を与えたのが、他ならぬルイーズの大統領就任だったとすれば、実に皮肉なことだろう。

 その後もギュンターは、政治犯の逮捕や処刑、そして思想転向による影の師団への編入を継続し、PK師団の増強と、鉄(アイ)竜(ゼン)騎兵団(ドラグーン)の編成に尽力した。シュテルマー達旧ゼネバス出身者の活躍もあり、ガイロス帝国内での摂政ギュンター・プロイツェンの地位は盤石となっていく。

 

 ここで素朴な疑問が湧く。

 なぜギュンターは、初代ネオゼネバス帝国皇帝に即位しながら、直後に共和国上陸部隊30個師団とガイロス軍残存部隊30個師団を道連れに、ブラッディデスザウラーとともに爆破消滅してしまったのか。それをゼネバス帝国復活のための犠牲であり禊であると解釈するのは易しい。しかし若い嫡子ヴォルフに全てを託すよりも、生き永らえてネオゼネバス帝国の地位を盤石にする事は考えなかったのだろうか。

 更に踏み込んで、上記の如くルイーズ=エレナが自分の姉であると知っていたとすれば、同じゼネバスの血を引く者として、彼女との共存――少なくとも共和国国民との共存ではなく――を望み、彼女の命だけでも救おうとしなかったのか。

 これも飽くまで推測に過ぎないが、彼の一連の行動の背景には、彼自身の遺伝上の障害が関わっている可能性があるのではないだろうか。

 彼の誕生に先立ち、マリーが二度の流産をした原因は、劣勢弱有害遺伝子によるものである。彼自身もアルビノという特徴を負ってこの世に生を受けている。それぞれの理由が、母マリーと父ゼネバスとの血の縛りによるものであることは、母の残した手紙から彼自身も秘密を知っていたはずだ。

 彼にはアルビノとは別の、流産した二人の兄弟(或いは姉妹)同様の障害が潜在的に存在し、成長するに従って彼自身の身体を蝕んでいたのではないか。

 彼の冷酷な気質は、彼自身に残された時間が日一日と削られていく中で形成されたものとも解釈できる。とすれば、自らの命と引き換えに、若年の嫡子ヴォルフに後を託した理由にもなりうるだろう。血の縛りに拘った結果が、ヘリックとゼネバスの対立を生み、ギュンター自身とエレナとの対立を生んだ。そしてまた、ガイロスの血を引くルドルフが健在な限り、再び血縁を巡っての対立が起こるかもしれない。

 世襲に拘る血縁の為政者全てを、根刮ぎ巻き添えにして散ってしまえば、この星の呪われた歴史も断ち切れると考えたのではないか。

 但し、この考察では、ギュンターの継嗣であるヴォルフの存在が矛盾してくる。

 無論、ギュンターとて人の子であり、自分の息子可愛さに初期の目的を忘れ、自分の斃れた後を任せたと考えるのは自然である。

 ところで、果たしてヴォルフは本当にギュンターの息子なのであろうか。

 現在ガイロス側のどの資料を探しても、ヴォルフの母親の特定ができない。何より、ヴォルフはギュンターに〝似ていない〟のだ。

 アルビノという形質を持つギュンターと、通常値のメラニン色素を持つヴォルフの容姿があまり似ていないことは別として、即位後公開されたヴォルフの肖像も客観的に見てギュンターと似ているとは言い難い。

 勿論、母より受け継いだ形質が色濃く反映された結果と考えられなくもない。だが、ギュンターが最期まで懸念していたこと、ヴォルフの中にある優しさは、全くギュンターの血を引き継いでいないとすれば、似ていないのは当然であろう。

 もしギュンターが弱遺伝子を有していたとすれば、その血を受け継がせることは自分と同じく長くは生きられない子女を残すことにも繋がってしまう。彼は全くムーロアの血を引かないヴォルフという養子を迎え、自分自身とエレナ、そしてルドルフを葬ることによって、血の縛りを断ち切り、新しい世代でのネオゼネバス帝国復興を図ったのではないだろうか。

 付記として、ヘリックⅡ世の息子は早々に為政者の道を歩むことを避けていた。それ故にギュンターは彼を巻き込む必要性は低いと判断し、対象外に置いたとも考えられる。

 真相究明のための残された可能性は、ヴォルフ・ムーロアが自身の遺伝子の調査結果を公表することだが、その調査が実施され、なおかつ公表される可能性も限りなく低い。

 全ての真相は、ヴァルハラの爆発と共に灰燼に帰している。今となっては、確認の方法も無い。

 

 


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