『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

44 / 61
44(2080年)

 ヴァーノンにとっての誤算は、磁気嵐の中でも稼働できる大型ゾイドを共和国軍が保有していたことであった。クリムゾンホーンを奇襲に選んだのも、両軍通じて磁気嵐の中で稼働できる最強の機体であったからだ。共和国は国内経済の立て直しに集中し、戦闘ゾイドの開発を中止していたはずだ。密かに送り込んだ諜報員の報告からも、連邦共和国各軍の動きはなかった。

 ギガの開発はあくまでリチャードを中心に試みていたプロジェクトであり、その男の放った情報網に接触することなく行われていたため把握できなかったのだ。今更歯噛みをしても仕方がない。まずは装置の臨界を待つだけであった。

 

                   ※

 

「あれはいったい何?」

 問いかけてみたところで、答えが返ってくることもないと知っているが、今はその言葉がエレナの口をついて出ていた。赤いゾイドに守られた装置が、徒ならぬ殺気を放っていた。

 建造物の影に隠れ、モルガと2機のステルスバイパーが到着した時、中心に置かれたエナジーチャージャーはオレンジ色から黄色に光を変えていた。1機のガイサックが砲撃を行い、見事装置に命中させた。一矢を報いた茶色い小型ゾイドは、直後に4機のクリムゾンホーンの一斉砲火を浴び撃破された。攻撃を受けたはずの装置は、まるで何事も無かったかのように作動を続けている。上空に微細なオーロラが脈動を始めたそれは、惑星大異変の最中にみた光景に酷使していた。その装置から、奇怪な(エキゾチック)物質が生成されているに違いない。

「あれはいったい……」

 二度目の同じ言葉は、それ以上エレナから続かなかった。嘗て禁断の巨大ゾイドとして残された、最強にして最悪の、そして父の棺となったキングゴジュラスの遺物、既存の物理学では説明できない驚異の技術を、あのレッドラストで襲ってきたヴァルガというゾイドも利用していた。時代も過ぎ、忘れ去られていたと思われた禁断の技は、再び彼女の前に立ちはだかったのだ。

 見れば、残っていた4機中3機が移動を開始した。エレナの搭乗するモルガとは逆方向だ。周囲を取り囲んでいたガイサックも多くが撃破され、残された機体も弾薬を撃ち尽くし補給の為退却している。小型ゾイドとは違う機影が突然建物の影から出現した。銀色と黒の装甲に、黄色いサーボモーターがやけに目立つ。

「ゴジュラスギガ! リチャードなの」

 その左腕には、腹部を突き破られ、高々と掲げられたクリムゾンホーン五番機の残骸が掲げられていた。

 

 気持ちいい。自分の身体ではないと思ったが、とても力強い。目の前に現れた赤いゾイドなど怖くなかった。首の裏側に噛みつくと、呆気ないほど頸から引き千切ることができた。他愛ない。狩りの後の高揚感が足らない。腹立ちまぎれにコアを毟り取ると、腹部から引きずり出して噛み砕く。不味い。味覚が無くなっていた。だが、快感だ。

 自分は強くなった、信じられないほどに。次の獲物はどこだ。相変わらず頭の上から微細な意識が送られてくるが、無視しても差し支えない。頭の天辺を叩き割って、別の意識を握り潰したかったが、生憎両腕が届かないので諦めた。それより狩りだ。視線の先に先ほどと同じゾイドが3匹現れた。嬉しい。

 

 ギガは喜びの咆哮を上げていた。

 

 全く操縦を受け付けない。ここまで野生の本能が強いとは予想外だった。避難するどころか、敵を求めて彷徨する野獣と化した。周囲を敵に囲まれた。既に脱出は不可能だ。

「操縦を受け入れてくれ。お前の戦い方では無理だ、ここは南エウロペの密林じゃないんだ!」

 生き延びるためには、戦闘を受け入れさせなければならない状況に陥っていた。激しく揺さぶられるコクピットで、リチャードは呼びかけ続けていた。

 一方、前方に出現した3機のクリムゾンホーンは、間合いを取りながらじりじりと接近を始めていた。強化されたデッドクラッシャーホーンであれば、ゴジュラスのコアを貫く動作も容易だった。しかし五番機のコアの破片を噛み砕きながら出現したゴジュラス型の大型ゾイドは、ゴジュラスとは似て非なる全く別の機体であった。改造機ではないので性能は未知数だが、黄色いサーボモーターから推察して、未だ開発途上の試作実験機に違いない。その証拠に、機体の何処にも火器の類が一切装備されていない。作戦の目標はエナジーチャージャーを臨界に達すること、そしてそれまで装置を守ることである。凶暴なゾイドではあるが、3機の連携を図れば倒せない相手とは思えなかった。乱戦に突入した場合の対応策通り、戦闘態勢へと移行した。

 ギガから最も距離を置いていた二番機が、対ゾイド三連リニアキャノンアームを牽制の為に撃ち込む。リニアキャノンは反動も強く、アームを展開した状態での発射はできない。収納状態の狭い射角のまま撃ち込まれた弾丸は、容易にギガに命中することはなかったが、暴走状態のギガの怒りを助長するには充分であった。本能の命ずるまま、再び咆哮する。伸びあがったその瞬間を狙い、四番機が頭部を低くしデッドクラッシャーホーンを構え、ギガの腹部目掛け突進した。咆哮の途中で攻撃を受けたため、一瞬身を躱すことが遅れる。腹部装甲板の一部を削られ、ギガは痛みの悲鳴を上げた。

 

 痛い。自分は強くなって、痛みも感じないはずだ。

 だが、痛い。

 痛い、痛い、痛い。

 怒りだ。赤いゾイドへの怒り。壊す。赤いゾイドを壊す。壊せば、この痛みも無くなる。

 捕まえようとしたが、四足のそれは早く逃げていく。ならば自分も早く動けばいい。

 

 ギガの眼光が、緑から赤に変化した。

「追撃モードだ」

 操縦を受け付けないコクピットの中、リチャードはギガの意識が怒りに満たされるのを知った。頭部がガクンと下がる。クラッシャーテールがガタガタと関節を伸ばしていくのが判る。ディスプレイに表示されるアラートウィンドウが形態の変化を伝えていた。尾部が唸りを上げて虚空を切り裂く。次の瞬間、ギガは恐るべき加速度で追撃を開始した。

 

 エレナはリチャードの乗ったギガが、一瞬にして姿勢を低くし、その巨体にしては信じ難い速度で疾駆する姿を目の当たりにした。「生命に満ち溢れた野生体を探す」と言っていた、彼の言葉に間違いは無かったが、同時に愛するひとを乗せたまま、そのゾイドは戦場を気儘に駆け巡って行くのだ。

 距離を置いて砲撃していた二番機が、忽ちの内に追い縋られた。正面を向き直し、デッドクラッシャーホーンでの突進を試みる。だが、最高時速180㎞を誇る追撃モードに変形したギガの前では、重武装化の為機動性を犠牲としたクリムゾンホーンの突進など止まっているのも同然であった。敵の突進を難なく躱すと、ギガは振り向きざまにしなやかな鞭の如くクラッシャーテールを叩き込む。背部の追加装備を根こそぎ吹き飛ばされ、原型であるレッドホーン同様となった二番機は、再度の突撃の為に転進する。しかし、機体が方向を変える前に、ギガは既に赤いゾイドの背後にピタリと並走していた。後ろを取られ、背部の火器を吹き飛ばされた二番機は、苦し紛れに機体をギガに幅寄せして、横からの体当たりを試みる。衝突直前の数十㎝の位置でギガは華麗に身を躱し、執拗に追撃を繰りかえした。クリムゾンホーンの体当たりを躱す姿は、まるでワルツを踊るかのように優雅でもある。まさしく楽しんでいるのだ。それも獲物を追い詰めるためだけに。

 エレナは野獣そのもののギガの動きを、心底恐ろしく感じた。これがゾイド本来の姿なのだ。人に操られることなく、本能の赴くまま行動する生命体の姿だと。

 左右の対ゾイド三連リニアキャノンアームが苦し紛れに展開するが、関節が伸び切る前にギガのハイパープレスマニュピレーターが左側を毟り取る。隠し腕としての文字通りの奥の手は、何の意味も為さずに破砕された。満身創痍となり、機動性が著しく低下した手負いの獲物に対し、再び格闘モードに変化したギガが、口腔のギガクラッシャーファングを背中に思い切り突き立てた。装甲板が食い破られる音と、クリムゾンホーン本来の悲鳴が鳴り響いた。

 

 プンポ・ガポ・テターキャン・ランシンギートンパル・ナムトルヤンタクパル・ジェスターオー……。

 

 装甲板自体を振動させながら響いていた呻吟の声は、金属生命体としての悲鳴とコアの出力低下により、音声のトーンを上げる。それまでの低い男性の声ではなく、嬰児の嘆きのように。耳を塞ぎたくなる程不気味な響きがロブ基地中心に轟く。ガリガリと赤い装甲板が食い破られた。背中から腰にかけての部分が、ギガクラッシャーファングの形そのままに毟り取られる。ぽっかりと空いた空洞の中、コアが完全に露出する。止めを刺すべく、ハイパープレスマニュピレーターを装甲の亀裂に突っ込もうとした時だった。

 ギガの側面に幾つもの緑色の光芒が突き刺さった。爆風を浴びて格闘モードのまま横転するギガ 。立ち昇る硝煙に包まれ、ゴジュラスの名を冠するゾイド は漸く動きを止めていた。

 二番機が襲撃されている間、一番機を囲んで四番機と六番機が頭部フリルに装着された六連装加速荷電粒子偏向砲の照準をギガに定め、一斉射撃を行ったのだ。クリムゾンホーン最大の武器であり、一門で大型ゾイドを薙ぎ倒す威力を持つ砲撃を数発同時に被弾し、さしものギガも巨体を横転させ倒れ込んだ。

 

 先程よりとても痛い。自分は強い。だが痛い。こんな痛みは初めてだ。

 怖い。これ程痛いのならば、自分は怖くて立ち上がれない。

 仲間が獲物に逆襲を受け、死んで逝く姿は何度も見た。

 仲間が死んでも、コアを喰らって自分のものにした。だから仲間が死ぬのは嬉しかった。でも、悲しかった。寂しかった。今度は自分が死ぬのか。悲しい。寂しい。死にたくない。だが、身体が動かない。強くなったはずの、この身体が。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

「ギガ、起きろ! 起きて戦うんだ。死にたくなければ戦え!」

 ギガの意識に、別の意識が流れ込んできた。

 

 頭に乗っている小さなものだ。ずっと忌々しいと思っていたのに、今はその気持ちが判る。それは、自分を助けようとしている。

 動かない身体に、懸命に刺激を送って動かそうとしている。共に狩りをした仲間と同じだ。助け合って、巨大な獲物を狩るのは楽しい。身を寄せ合って、空から降ってきた燃える石を避けた時と同じだ。

 それに従ってみよう。今の自分には、自分が動かせないのだから。

 頼んだぞ、小さい仲間よ。

 

 コンソールに一斉に明かりが点る。制御系オールグリーン。操縦桿に手ごたえを感じる。

「わかってくれたのか……。ありがとう、信じてくれて。

 行くぞギガ、敵を倒すんだ!」

 ギガが咆哮した。それは仲間を得た喜びの叫びであった。

 リチャードは暴走が始まってから操縦可能になるまでの時間を確認した。試作機である以上、実戦での貴重なデータも残しておきたい。ボイスレコーダーに記録されるであろう音声と、彼自身の高揚感を込めコクピットの中で高らかに告げた。

「ハイパーEシールドジェネレーター作動、標的に突撃する」

 ギガの正面に、薄紅色に色づいたハニカム状のEシールドが半球状に展開された。間断なく降り注ぐ加速荷電粒子偏向砲の攻撃も振り払い、次第に間合いを詰めていく。シールド展開をして咆哮するギガの前に、クリムゾンホーンはじりじりと後ずさりを始めた。

 気迫だ。仲間を、友を得たギガは、野獣を越えた力強さを備えていた。

 一番機が脱落する。

「この場所を死守せよ」

 ヴァーノンは吐き捨てるような通信を残したまま、エナジーチャージャーに向けて疾駆していく。だが、その激しく闊歩する脚部を狙うゾイドがいた。

 ステルスバイパーの連装ロケットランチャーが、一斉に一番機の前足に集中する。関節部分を正確に射抜かれて、クリムゾンホーンはエナジーチャージャーの直前でその機体を擱座させた。次の瞬間、その背中から偵察ポッドが射出されていく。

「追ってください」

 モルガと二機のステルスバイパーは、小さなポットの先を追う。擱座したもののコアが無傷の一番機は、背部のリニアキャノンアームを展開させ、ステルスバイパー2機を掴んだ。互いに致命傷を与えることが出来ず、宙に浮かんだ鋼鉄の蛇がうねうねと蠢く。

「ルイーズ様、構わず脱出してください」

 残されたモルガを捉える術の無いクリムゾンホーンは、ただエレナを見送る他なかった。彼女はどうしても確かめる必要があった。あの装置が何なのか。そして飛び去った偵察ポッドの行方である。

「モルガを進めてください。あの装置の所まで」

 エレナを乗せたモルガは、戦闘とは別に展開する事実を確認する為、進撃を続けた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。