『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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43(2080年)

 音声を発しながらの攻撃は、みすみす自軍の位置を教えてしまうが、鬱々とした遺恨の感情を打ち付けるためと、生への執着を断ち切るため、その男は古来より語り継がれてきた詩を轟かせながらの襲撃を開始した。

 

 テーツェ・チョンデンデー・サプポーナンワ・チェーチャウウェー・チューキ・ナムタンキ・ティンゲージンラ・ニョンパル・シューソー。

 

「『甚深顕現の禅定』か。笑わせてくれる」

 唱えられる詩の詞を罵りながら、その男は磁気嵐に対応した特殊なゾイドを操っていた。乗り心地は限りなく悪い。間断なく響くコアの鼓動も(かまびす)しい。なによりガイロス帝国純正のゾイドでないことが忌々しい。なぜ自分が直接戦闘に参加しなければならないのかを、コクピットの中で有らん限りの罵詈雑言を並べ毒づいていた。

 前方の共和国基地で炎が燃え上がった時、怨嗟に満ちた独白は途絶え、嘲謔の笑みで充たされた。

「五番機並びに六番機は砲撃を続行。二番機と三番機は私に続け。四番機は手筈通り工作部隊を護衛し、例の装置を敵基地の中心に設置せよ」

 

 ヤン・テーツェ・チャンチュブセムパー・センパーチェンポ・パクパ・チェンレーシーワンチュ・シェーラプキ・パロルトゥチンパ・サプモー・チューパニーラ・ナムパル・タシン・プンポガポ・テターラヤン・ランシンギー・トンパル・ナムパターオー。

 

 後方で待機していた灰色のグスタフが突入して行く。横に張り出した歪な形のコンテナが牽引され、傍らにクリムゾンホーン1機が随伴していた。本来であればハリネズミの如く武装されていたはずだが、背中に備えられた左右のTEZ30㎜2連ビーム対空砲、上面のAEZ72mm2連ビーム砲の砲身も幾つか欠損し、後方の砲塔はバーベット部分が錆び付き回転不能となっている。四番機と称されたその機体も六連装加速荷電粒子偏向砲の二門が欠落していた。動く要塞の異名を持つゾイドの強化機は、砲撃可能な全ての火器を乱射しながらロブ基地の深部に向けて突進していた。

 ゾイド星系の太陽は、11年周期で増大と収縮を繰り返し、増大期には大量の太陽風(=荷電粒子)を星系内に撒き散らす。その時期には、大異変以来刻印の如く残されたトライアングルダラスの強力な磁場と同調し、惑星表面に激しい磁気嵐を齎した。小型ゾイドに続き中型ゾイドも再生途上にあった共和国軍では、何機かのコマンドウルフを再配備し、基地の警備に当たらせていた。この時点で磁気嵐発生の周期が重なりシステムダウンを引き起こし、満足に稼働できるのはエウロペで培養された茶色い装甲のガイサックのみとなっていた。軽量の蠍型ゾイドではクリムゾンホーンの突進に対抗する術もなく、(あまつさ)え後続のグスタフにさえ薙ぎ倒され、踏み潰されていった。

 奇襲のセオリーを完璧に遂行し、忽ちの内に基地中心にまでコンテナを牽引するグスタフは到達した。コンテナの周囲には、基地の守備部隊を次々と打ち破った5機のクリムゾンホーンが結集した。

「三番機、擱座しました」

 随伴していた1機のクリムゾンホーンの姿がない。基地に配備されていた速射砲に脚部を射抜かれ、進撃中に落伍していたのだ。

「我らの崇高なる目的遂行の為の尊い犠牲だ。彼らには砲台となって接近する敵を惹き付けてもらう。ガイロス帝国に栄光を」

 レシーバーを介したその男の口から、悲痛なメッセージが部隊に通達される。言葉に反し、男の口角は僅かに上がっていた。

「使えない奴だ」

 決して拾われることの無い音量で呟く。その独白の内容とは裏腹に、後方に絶好の囮を残すことの出来た僥倖に、その男は満足していた。

「エナジーチャージャーの設置を急げ。作動を開始させる」

 コンテナの隔壁が小爆発とともに振り払われ、内部から物々しい装置が姿を現した。遠隔操作によって作動すると、側面に設けられたスリットからオレンジ色の光を放ち、次第にその輝きを増していく。十数本装着されたケーブルに、血液が脈打つように内部で燐光を発する物質が循環していく。

「臨界まであと23分」

 戦場、それも敵地の中心で過ごすには余りに長い時間である。

 ヴァーノンは焦燥感に駆られながら、その時を待っていた。

 

 密かに随伴していたシークレットサービスが、リチャードの連絡と同時に、一人再会の場所に残されていたエレナを収容し、ロブ基地司令部へと送り届けていた。皮肉にも、この時シークレットサービスが使用したゾイドは、鹵獲した野良ゾイドであるモルガだった。地下に潜伏し、着実にその重装甲で要人を警護できる能力を買われ、二人が移動する場所に先行し、常に護衛の任に就いていた。

「知事は何処ですか」

 司令部に退避したエレナは、妻としての立場から秘書官としての立場へと変貌し、次期統一大統領有力候補である夫リチャードの所在を即座に確認した。背後に二人のシークレットサービスを伴ったエレナの前で、基地司令部の指揮官らしき将官が緊張した面持ちで敬礼をする。

「ロブ基地司令、トロフィム・デムスキー中将であります。キャムフォード閣下は17分前に我が軍のダブルソーダによって試作機ハンガーに移動されました。ロブ基地守備隊も多数随伴しており、万全の警備体制を取っております」

「無責任なことを言わないでください」

 エレナは鋭く返した。

「これだけ通信機器にノイズが奔っている以上、強力な磁気嵐が発生しているのは明白です。中型以上のゾイドは稼働が困難になっていることも判ります。先ほど私が目撃したレッドホーンの改造機に対抗できるゾイドが、この基地に配備されているとは思えません。それともディバイソンクラスの突撃ゾイドでもあるのですか」

 的確に状況を認識している彼女の前で、臨時司令部の幕僚たちは沈黙する。

「あなた達の責任を追及するつもりはありません。今は敵の正体と、襲撃の意図を確認し、一刻も早く対抗策を講じる必要があるのです。手持ちの兵力はどれ程ですか」

 目の前のモニターに稼働可能のゾイドと機体番号が表示された。

「現在応戦中のガイサックが14機と、ダブルソーダが3機。他待機中のステルスバイパーが2機です。猶、新規に配備されたコマンドウルフは5機全機がシステムフリーズです」

 エレナの表情が曇る。どの機体もあのゾイドに対抗しうる能力を有しているとは言い難かった。

「敵兵力が判明しました。クリムゾンホーン6機、グスタフ2機。随伴する歩兵は確認できず」

 絶望的な情報であった。眩暈がするようなデータ群の明滅の中、通信兵が驚愕の声を上げた。

「ハンガーから有線での連絡を受けました。現在、試作機が稼働準備中です」

 どうやらリチャードは、あの試作機の元に辿りつけたらしい。稼働実験も未実施の上、各部の調整も行っていないはずだ。そんな機体を操縦することなどできるのだろうか。エレナは言い知れぬ不安を抱いたまま、モニターを見つめていた。

 

                   ※

 

 ダブルソーダの飛行は、到底飛行と呼べるような代物ではなかった。磁気嵐の為機器が何度もトラブルを起し、地表を跳ねるように移動していたからだ。途中、何度も建造物に衝突しそうになったが、その度毎に辛うじて障害物を躱し、漸く試作機ハンガーにまで辿り着いた。地表に降り立つと、格納庫の正面に幾つもの黒煙が棚引いている。劫火はすぐ目の前まで迫っていて、格納庫が炎に包まれるのも時間の問題であった。

「コアの火入れを行う。始動を手伝ってくれ」

「無茶ですよ、素体と制御装置との調整もしていないのに」

「無茶は覚悟の上だ。みすみすこのゾイドを失うことはできない」

 リチャードの不退転を示す視線に、その整備兵も彼の申し出を拒絶することなどできなかった。

「起動にはどうしてもコクピットでの操作が必要となります」

「基本はゴジュラスと同じだな。バックアップを頼むぞ」

 リチャードは“格闘モード”と呼ばれる直立状態のギガに接続されているボーディングタワーを駆け上がり、未だに新品の塗料臭の残るコクピットに身を滑り込ませた。外部に接続された始動装置から、徐々にエネルギーの塊が送られている。基地から預かった始動キーを、コンソール右下に装着した。

 こんな形での始動は望んではいなかった。戦闘ゾイドとして開発しながらも、戦闘に投入したくはなかったからだ。ただ、自分と共にこの広い西方大陸を駆け巡りたかった。その夢を叶えるためにも、今は多少なりとも無理をさせなければならない。

〝準備完了です〟

 ディスプレイを確認する。リチャードは操縦桿を握り、儀式の如く高らかに宣言した。

「始動する。コードネーム、“ゴジュラスギガ”」

 キャノピーの奥に緑色の眼光が点った。

 

                   ※

 

 磁気嵐の影響は、クリムゾンホーンの索敵能力をも奪った。全天候3Dレーダーが装備されていても、ステルス性の高いガイサックは周囲の建造物に紛れ、尾部のロングレンジガンで間断なく攻撃を繰り返す。互いに光学機器を介した、原始的な目視による攻撃方法しかない。クリムゾンホーンは、背部の偵察用ポッドを各機が僅かな飛行時間ぎりぎりまで飛行させ、周囲を警戒させていた。

〝敵大型ゾイドを肉眼で確認。外見はゴジュラスと酷似。ライブラリ照合……アンノウン。データにない機体です。ゴジュラスの新型と推定〟

 五番機偵察ポッドからの報告が、指向性のあるマイクロウェーブ通信で届いた。ゴジュラスの名が出た途端、奇襲部隊の全機が凍りつく様な緊張感に包まれた。ベースとなったレッドホーンにとって、ゴジュラスは天敵とも言えるゾイドである。既に三番機を失っており、攻撃を受ければ少なからず損害は出るはずだ。ヴァーノンの一番機にも、大型ゾイド出現の報告は届いていたが、作戦目標はあくまでエナジーチャージャーの設置であり、対ゾイド戦ではない。

「五番機は装置から敵を遠ざけるため誘導しろ。グスタフはガイサックを踏み潰せ。死ぬんじゃないぞ」

 了解、の通信と共に、五番機と呼ばれた機体が新型ゴジュラスの機影に向かって去って行く。同時に、コンテナ部分を切り離したグスタフもガイサックの群れに突撃する。「ガイロス帝国に栄光あれ」という最期の絶叫が聞こえる前に、その男は音声スイッチを切っていた。

 単純なものだ。言葉で操れるのであれば容易い。

 ヴァーノンは相変わらずコクピットの中で(わら)いを堪えていた。

「元は覇王ガイロスに縋りついて中央大陸から渡ってきた、余所者であるお前達にはわかるまい。生き残るべきは、暗黒大陸古来よりの民、古代ゾイド人の末裔である自分達こそ相応しいのだ。(いにしえ)よりの恩讐を、今こそ討たしてもらうぞ」

 その男の狂気に満ちた目の前で、エナジーチャージャーは更に輝きを強めていた。

 

                   ※

 

 エレナは、接近して通信を試みる以外の連絡手段がないことを悟った。

「ステルスバイパーを護衛に付けてください。私はモルガで出ます」

 司令部内がどよめく。デムスキー中将と名乗った司令官が真っ先にエレナを押し留めようとする。

「お止めください、危険過ぎます」

「敵の攻撃意図が見えないまま、ただ無為に時間を過ごすことこそ遥かに危険でしょう。戦況が見える場所にまで移動し、敵の正体を把握します。他のゾイドは出せなくとも、迫撃砲や榴弾砲の類は交叉射撃で攻撃は可能でしょう。標的位置を知らせるので、モルガに通信ケーブル及び関係機器の搭載を準備してください」

 彼女の気迫に気圧され、司令官は抗う術を放棄した。復唱することなく伝令し、格納庫のモルガへの準備を開始した。

「パイロットスーツを着ます。女性用のものを一着お願いします」

 佐官の一人に伴われ、彼女は格納庫へと向かって行った。

 

                   ※

 

 ゴジュラスギガはコアの火入れと共に、言うことを聞かない子どもの様に格納庫を飛び出した。コクピットからの操縦の為の電気信号と、素体との同調が全く調整されていない。野生体が戦闘ゾイドに改造され、電気信号に置き換えられた景色を初めて認識した時、気性の荒いゾイドが往々にして陥る状態に、それは嵌りこんでいた。

 

 なぜ自分はここにいる。自分は霧に沈んだ密林の中、獲物を狙って仲間と共に駆け巡っていた。人間という小さな生き物に捕獲され、コアを休眠状態にされたことまでは覚えている。自分は生き延びたはずだ。自由に生き、自由に駆け巡り、自由に狩ってきた。だが、今の自分はどうだ。空腹感がない。それに見慣れた密林も無い。あるのは見通しの悪い黒煙だけだ。

 何処だ此処は。不思議な形の物が林立し、地表面はやたらに歩きにくい。奇妙なゲージがついた視野に、自分の脚部が映る。

 何だ此れは。妙な物が装着されている。両腕も必要以上に鋭く、硬い物質に変わっている。身体も、尾も、背鰭も、そして顔まで違和感のある硬いものに変えられている。

 死んだのか。いや、自分は生きて、コアの鼓動を感じている。

 頭部に別の意識を感じる。何かが自分の頭に乗っている。小さなものだ。微細な刺激を送ってくる。不快だ。

 

 ギガは、自分の意図した動きとは違った動作を強いられる不愉快さに、思わず刺激に抗して逆の動きをしていた。

「暴走だ」

 リチャードはコクピットの中で呟いた。操作とは全く逆の動きをしている。攻撃から避難する筈が、攻撃の中心に向かって走り出しているのだ。

「言うことを聞いてくれ。お前を守りたいんだ」

 リチャードの思いも虚しく、ギガは立ち昇る爆炎の元に突き進んで行く。突然、前方から呻吟と共に赤い塊が現れた。

 

 テネー・サンゲーキトゥー・ツェータンデンパ・シャーリープー・チャンチュブセムパー・セムパーチェンポ・パクパ・チェンレーシー・ワンチュラ・ディケーシェー・メーソー。

 

「レッドホーン……違う、改造ゾイドだ。――幸ある者、神に述べる――。なぜキリンディニ宮の詩を」

 クリムゾンホーン五番機が、暴走するギガに向かってAEZ72mm2連ビーム砲を撃ち込んだ。射角が浅く、装甲板に黒く焼け焦げが出来た程度であったが、その瞬間ギガが咆哮した。

「今は戦う時じゃないんだ。逃げてくれ、ギガ!」

 しかし、退却させようと操縦桿を倒せば倒すほど、ギガは猛り狂った。

 

 自分の相手はお前か。自分をこんな体にしたのもお前の仕業か。お前を倒せば、この身体は元に戻るのか。どうでもいいことだ。自分はお前を倒し、コアを噛み砕いてやる。

 

 本能的に認識した敵に向かい、ギガはハンティングを開始した。

 


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