『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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34(2057年)

 西方大陸には、土着民や避難民などの住民は存在していたが、規模としては都市国家と呼べる程度の組織しか形成されていなかった。

 ゾイド星の文明発生拠点は緯度30°以上に存在する。具体例を挙げると以下の様になる。

① ヘリックシティー   北緯41°東経78°

② ガリル遺跡      南緯30°西経90°付近

③ 旧首都ダークネス   北緯45°西経90°付近

④ 新首都ヴァルハラ   北緯60°西経20°付近

⑤ 古代遺跡テュルク   北緯60°西経30°付近

(猶、ゼネバス帝国首都は、北緯19°東経16°付近に位置するが、ヘリック共和国との分離によって新たに建設された都であるため、この適応からは外れている)

 ゾイド星の地軸の傾きは約26°(惑星大異変(グランドカタストロフ)によって、若干の変化はあった)なので、①~⑤は、全て南北回帰線の外側に位置している。

 この星の文明発達には、必然的にゾイドの飼育と利用が関わっている。

 大陸の大部分が南北回帰線内側の、温暖な熱帯地域に位置する西方大陸では、文明発展に利用できるような大型ゾイドが存在しなかったことが、文明との国家の発展を妨げていたとも考えられるのだ。

 一般に、温暖な地域であれば生物の成長も進むと思われがちだが、それはガイザックやサイカーチスなどの昆虫型ゾイドの野生体のみに言える事であって、それ以外のものには適用されない。恒温動物が、体積に対し熱の発散面積を減らすために、寒冷地で巨大化することはよく知られている。ゾイドコアという内燃機関を有するゾイドも、一種の恒温動物と考えることもできる。つまり、温暖な気候は、ゾイドの大型化を阻害する要因にもなっていたのだ。反証をあげるとすれば、気候の厳しい暗黒大陸には、ギルベイダー野生体など強力なゾイドが存在し、北上する寒流によって低緯度でありながら寒冷な気候の南エウロペ大陸西岸に、ギガノトサウルスやセイスモサウルスの野生体が存在したように。

 また、熱帯地域に発生する強烈なスコールは、地表の養分を洗い流し、陸棲ゾイドにとって生命を育む金属イオンをも残してはくれない。

 惑星の自転を起源とするコリオリの力によって赤道付近に発生する、流れの速い透き通った暖流は、海中に漂う微細なプランクトンの存在をも許さない。大型海棲ゾイドは、流れが穏やかでプランクトンも豊富な寒流の中にこそ、巨体を養う環境が整うことになる。これは、地球の極地方の海にしか、ウルトラザウルスをも凌ぐ巨大なモビーディック(シロナガスクジラ)が存在しないのと同じ理由である。

 暗黒大陸の古代ゾイド文明が、ディオハリコンや重力砲などのゾイドの外的な武装強化に特化していったのに対し、西方大陸での古代ゾイド文明がオーガノイドシステムという内的なゾイドの改造に特化していった背景には、巨大ゾイドの育成を主眼としていたのではないかという考察が、後にシュウによって纏められた文献に記されている。

 但し、赤道付近に位置する北エウロペに大型ゾイドの固有種が存在しないということが、即ゾイドの脅威がないというわけではなかった。

 キャロラインがエレナとの別れ際に懸念したこと。中央大陸戦争、第一次大陸間戦争が終結し、活動を止めた戦闘ゾイドの一部が両国から最も近い北エウロペには数多く遺棄されていた。その中には、特に磁気嵐の影響の少ない小型の野良ゾイドが生き残り、移民したコロニーを襲う被害が発生していたのだった。

 

 

「お久しぶりです、エレナ様。覚えていらっしゃるでしょうか」

 そのグレーの髪の女性は、診療所の前でセーラブ医師から受け取った名簿を元に、到着したばかりの新任看護師の確認をするエレナに駆け寄ってきた。

 後ろ髪を黄色いシュシュで留めている。虫族特有の肌の色をした、エレナと同年代の女性だった。

 改めて名簿の名前と女性の顔を見比べた。イメージの中で、黄色いシュシュが大きなリボンに変わる。

「……ブローニャちゃん?」

 記憶のキャンバスに、青空に舞う小さなサラマンダーと、中央山脈を流れ落ちるミストラルが描かれる。思わずエレナは手を取り飛び上がった。

 それはかつて、ケック村で共に過ごした旧友との、十数年ぶりの再会であった。

 

 会談を終えたエレナが西方大陸に到着したのは一か月後であった。

 大陸に渡るに当たり、エレナは公邸建設に対して一つの条件を提示していた。

 惑星大異変(グランドカタストロフ)による隕石の落下被害は、南北回帰線内に位置する北エウロペは深刻で、至る所にクレーター状の落下跡が残されていた。この大陸の人口密度はまだ低いため、人的被害こそ少なかったがそれは同時に医療施設の不足をも示している。被害を受け、怪我の治療も儘ならない住民に対し、エレナは無償で治療を施せる医療施設の併設を訴えたのだ。

 旧帝国首都ダークネスからエウロペへ向かうためには、海上航路を利用する他ない。アンダー海の上を渡る風を浴びながら、エレナは水平線を見つめていた。

 キャビンから出たセーラブ軍医が、エレナの立つデッキに近づいてきた。

「あんたも酔狂だね。マイケルさんから話は聞いたよ、あんたお姫様なんだって」

 キャロラインと別れ、心を許せる者のいなくなったエレナにとって、彼の存在は心強かった。

 かつて絶望的な惨状のエントランス湾から脱出し、共にガニメデ市で傷病者の治療にあたった上司とも戦友とも言えるセーラブは、エレナがゼネバスの娘と知った上でも以前と同じような気さくな態度で応じてくれた。何より恐縮して医療活動が滞るようでは被害者救済などできはしない。

 一方で彼が勉めて陽気に振る舞う理由を知っているため、エレナは言葉少なに微笑むほか無かった。

 セーラブは中央大陸に残してきた家族全員を惑星大異変(グランドカタストロフ)の惨禍によって失っていた。帰るべき故郷を奪われた彼にとって新たな身の置き場所を探していた時、丁度西方大陸へ渡航する医療関係者を募集している書類に接し、偶然エレナとの再会に至っていた。

「エウロペとはどんな場所なのでしょうね」

「行ってみればわかるさ。野良ゾイドがうようよしているとは聞いているがね。

 ただ、どこにだっていい事はあるものさ。新しい歴史を我々が作ればいいだけのことだ」

 セーラブの返答は、彼自身へ語りかけるものでもあったに違いない。

 

 エレナたちが上陸したのは、エウロペの東岸、ロブ平原であった。中央大陸以上に温暖なこの地は、暗黒大陸とはまた別の未開の大地が広がっていた。

 公邸建設に先だって診療所が完成していた。建設の開始に伴い医療施設の開設を心待ちにしていたエウロペの住民たちは、エレナたちの到着と同時に一斉に治療の為に施設を訪れた。

 最初に訪れたのは中央大陸からの移民たちであった。隕石落下で生じた山林火災に巻き込まれ強度の火傷が悪化していた者や、悪性の風土病で手足が壊死した者。そして野良ゾイドの襲撃によって重傷を負い肢体不自由となった者などで、時には居住している場所からアタックゾイドを使って三日の行程をかけてやってきたという患者もいた。

 彼らはゼネバスの娘とも知らずにエレナの治療を受けながらその医療施設の存在を大陸奥地にも齎し、さらにその情報を聞きつけた住民が治療に訪れるという連鎖になっていった。

 最初看護師として勤務していたのは、エレナを含む数名のみであったが、増加する患者を扱いきれなくなったころから、セーラブは中央大陸に対し看護師の追加派遣を要請する。そしてユビト湾から新たにエウロペにやってきた看護師の中に、エレナは懐かしい友人の姿を見出したのだ。

 

「あなたが王女様と知ったのは、皇帝陛下が直々にエーヴ様をお迎えに上がられてからのことでした。カジェミシュおじさん達みんなが急にいなくなったので驚きました。

 私はエレナちゃんがいなくなってしまってとても寂しかった。

 あれから村は戦場になることもなく、戦争を生き延びることはできました。ですが大異変の隕石が村を直撃し、多くの村人と共に私は両親を失いました」

 エメラルド色の瞳を潤ませながら、ブローニャはエレナと同様に大異変に関わる波乱に満ちた体験を語った。

 幸いにして重症を負うことなく大異変の災厄を免れた彼女はセシリア市まで移動できたものの、そこに広がっていたのはケック村を上回る都市の惨状であった。

 その後の経過はエレナと似通ったものだった。動ける人間は少しでも負傷者を助けなければならない。寝食を惜しんで被災者の治療に当たった彼女は、いつしか看護師として各地への救出活動を行うようになっていた。既に両親を失い帰る村も無い彼女には、救済に当たっている時間こそが唯一の救いともなっていたからだ。

 大異変の影響が次第に終息し、ブローニャはセシリア市に設けられた医療施設で正式に看護師資格を取得した。そして新たな勤務場所を考えていた時に、エウロペでの看護師募集に接したのだ。

「暗黒大陸から生還したエレナ様がここで救済活動を行っていると聞いて、私にも何か役に立てればと思いやってきたのです」

 二人は互いに長く手を握り続けていた。

 戦争と大異変で、この星はあまりに多くのものを失った。エレナもキャロラインと別れ、父ゼネバスを失い、シュテルマーとも絶望的な離別をした。

 自分の元から数多くの人々が去っていく一方で、人と人との絆が予想外に強い事も実感していた。

「ルイーズ様、と呼んだ方がいいのですね」

「ルイーズで構いません。私はこの大陸で新しい生活を始めたのですから。

 よろしくお願いします、ブローニャ」

 ロブ平野を渡る風が、二人の女性の頬を優しく撫でていった。

 

 ブローニャたち新たな看護師を加えたことにより、診療所の運営は軌道に乗り始め、毎日数十人単位で訪れる患者たちもあまり待つことも無く治療を受けられるようになっていった。通院の為に露営をする患者の中には、野良ゾイドの襲撃を恐れ夜間の移動を避ける為に診療所の近くに仮設の宿舎を建設し、自分たちの治療が終了した後には無料宿泊所として開放をする者も現れた。いつのまにか、施設の周囲には村落にも似たコミュニティーが現れるようになっていたのだ。

 一方、建設されるはずであったエレナの公邸は、いつの間にか厳めしい姿に変わっていた。明らかに軍事施設を思わせるそれは、共和国軍が後に西方大陸進出のきっかけとなるロブ基地となる。皮肉なことに、堅牢な防壁で守られた施設には、更に野良ゾイドからの襲撃を恐れる住民達が数多く集まり、診療所と軍事基地という施設を中心にコミュニティーが拡大発展していった。

 協定の変化は、大異変後既に表出していた。破壊されたキングゴジュラスの残骸を解析し、磁気異常を相殺する機能を備えた小型中型ゾイドを、帝国共和国とも限定的に生産を開始していたからだ。

 平和裏に進められたはずのエレナの西方大陸移動も、帝国側が共和国軍のロブ基地建設を理由にニクシーに進出、やがて帝国側の西方大陸進出の一大拠点として成立するニクシー基地の基礎を建設し始めていた。

 

「人はいつまで愚かな事を繰り返すのでしょう」

 公邸の代わりに建設された看護師たちの宿舎で、髪を梳いたブローニャが同じく髪を梳いているエレナに問いかけた。

「帝国も共和国もエウロペへの進出を咎めて競うように軍事基地を建設し始めた。あんなに戦争で人が死んだのに、なぜまた過ちを繰り返すようなことをするのかしら」

 仄かに上気した頬を赤く染め、濡れた髪を頻りにタオルで拭いている。直接戦争で家族を失ったわけではないが、彼女にとっても戦争は忌まわしい出来事に変わりない。看護師として人命を尊び献身的に働くブローニャにとっても、今回の基地建設は納得のいかないものだった。

「それほど落胆する必要はないと思う」

 彼女の懸念に反して、エレナは楽観的であった。

「確かに私たちは、戦争で多くの命を失いました。もう二度と起こしたくはないと思う。でも今まで戦争の中で生きてきた人たちは、急にそれと切り離されても生き方がわからずに混乱してしまう。

 軍事基地の建設は両軍の衝突を産む危険性はあるけれど、ニクシーとロブは遠いから、直接の衝突は考える必要はないと思うの。それに今は野良ゾイドの襲撃に備えるためにも、基地の存在は素直に心強いでしょう。

 それに、政府主導で基地の建設が進めば未開のエウロペにも新たな開発の息吹を呼び込むことができる。氷河に鎖された暗い大地に閉じ込められていた人たちが、明るいこの大地に共に暮らすことができれば争う意味など無くなる。武器を捨てるのはそれからでも遅くないと思うのよ。どうでしょう?」

 ブローニャは呆気にとられてエレナを見つめていた。彼女の考察が余りに正鵠を射ていたからだ。

「さすがです。やはり違いますね」

「いいえ、これはある人からの受け売り。“ゆっくり、ゆっくりとね”」

 髪を拭きながら、ブローニャは彼女の言葉に首を傾げる。エレナは楽しそうに笑っていた。彼女か嘗て出会った、深山幽谷に住む人のように。

 

 深山幽谷で別れた人との再会は唐突に訪れた。

 既に何件かの目撃例は挙げられていたが、軍事基地の近くということもあり油断していたことも事実だった。

 その日エレナは、ブローニャと共に無料宿泊施設を回り、患者の治療後の経過や医薬品の配布、包帯の交換などを行っていた。予定の作業が半分ほど完了し、医療品を取りに診療所に戻ろうとしていたときであった。

 宿泊所の反対側、生い茂った林の奥から無数のシリンダーが軋む音が響く。ガサガサという多脚式ゾイド特有の足音が近づいてくる。一度だけ歩みが止まった後、林の奥から勢いを付けて飛び出してきた。

「野良ゾイドだ!」

 宿泊所から悲鳴が上がる。簡易宿舎の壁を粉砕し、人体と同じ位の巨大な鋏が突き出される。

 デスピオン。ゼネバス帝国スケルトン部隊に所属していた小型ゾイドであった。

 磁気嵐はゾイドのサイズに比例して影響を及ぼす。つまり24ゾイドと呼ばれるこの小型ゾイドには、磁気嵐の影響は極めて微小でしかなかった。中央大陸戦争末期、共和国軍の鹵獲を拒んだ一部の24部隊の生き残りが機体と共に西方大陸に脱出し、その後機体のみが野生化したもので、主を失った後も戦闘行動のみをメモリーに刻まれたそれは、戦う敵のいない西方大陸で無為な殺戮を続けていた。

 振り回される電磁波発生アームが建物を薙ぎ倒し、逃げ惑う人々を白い機体が追い立てる。但し、整備もされない機体は装甲板の彼方此方に亀裂が奔り、シリンダーの軋み同様円滑な動作は出来ない。本来であれば高速で移動できる能力も、戦争の終結と大異変の混乱で文字通り錆び付いていた。

 それでも生身の人間にとって脅威には違いない。逃げることの出来る者は逃げた。なんとか歩くことの出来る者もその場を退避できた。しかし、中には何人もの歩行不可能な患者が残っていた。

 勇気があったからではない。むしろ偶然であった。デスピオンの進む方向とは逆に逃げたエレナたちは、扉の開け放たれた宿泊所の中に、両足に怪我を負い、横たわって震えている少女を発見した。付き添う者も無く、外の状況が呑み込めずにただ怯えている。

 エレナに見は過ごすことなどできなかった。

「ブローニャ、手伝って」

 少女を背負うと必死に駆け出す。その時機体を旋回させたデスピオンのセンサーに、3人の姿が捉えられていた。

 ぎごちなく脚部を軋ませデスピオンが追う。速くはないが人の走る速さよりは充分に速い。エレナは背後に白い影が迫ってくるのがわかった。

「ルイーズ、早く、早く!」

 肩を押してくれるブローニャも、到底逃げる手段には繋がらない。電磁アームの微細な振動音が聞こえてくる。

 かつてギルベイダーと対峙した時は、白馬に乗ったシュウが現れ倒してくれた。だが今は自称〝王子〟はキャロルの元へと飛び立ってしまった。それでも不思議と恐れはなかった。少女を救いたいが為にブローニャまで巻き込んでしまったというのに、冷静に脱出の方法を考えていた。

(必ず助かる手立てはある)

 彼女が持てる思考をフル回転させているときであった。

 デスピオンの真上の装甲、本来であれば操縦者が横たわる場所に、デスピオンの鋏と同じくらいの大きさの岩塊が落下し命中した。見れば、基地建設用に積まれていた建材の一部である。拉げた装甲板が大きく歪み、不意の攻撃に追跡を止めた反動でコンソールが剥き出しになった。

「こっちだ」

 鍔広の帽子を目深に被った人物が、建設途中の宿舎の上で手を伸ばしている。動きを止めたデスピオンを見ながら、エレナたちを建物の影に隠した。

 左手で先ほどと同じぐらいの建材を持ち上げると、再起動したデスピオン目掛けて放り投げる。見事な放物線を描いた岩塊は、操縦席を被っていた装甲板を完全に吹き飛ばし、埃に塗れたシートを何年かぶりに陽の光の元に晒した。帽子を押さえながらデスピオンの背中に飛び乗る。死角であり、野良ゾイドも自分自身への攻撃は不可能であった。

「これだな」

 その人物は、左手でコンソールの部品を引き千切ると地面に叩き付けた。小さな火花が散ると同時に、デスピオンの動きが急激に鈍くなっていく。作動系の制御盤を根こそぎむしり取ったのだ。鋏、脚、尾が項垂れる。

「やった!」

 思わずブローニャが駆け寄る。機体中央に光る青いセンサーが不規則な輝きを始めた。

「待って、様子がおかしい」

 エレナは建物の影から叫んだ。

 特殊部隊スケルトンの残していた罠、所謂(いわゆる)ブービートラップである。機体の作動が停止すると同時に仕掛けられた爆薬が機体ごと爆破する。ゾイドを動く地雷として利用していたのだ。

 鍔広の人物が身を翻させた。

「伏せろ」

 ブローニャを庇って地に臥せると、次の瞬間大量の破片を撒き散らしてデスピオンは破砕した。その一部が弾け、その人物の左腕に衝突した。

 エレナは思わず目を背けた。

 破片の衝突の衝撃で、左腕が二の腕の部分から削げ落ち、皮膚一枚でぶら下がっていた。不思議な事に出血が一切ない。瓦礫を払い除け立ち上がったその様子も、苦痛に顔を歪めることもなくただ少し悲しそうに腕の付け根を見つめている。

 宿舎の塀の後ろから駆け寄り、思わず垂れ下がった左腕を持ち上げた時、エレナはその腕が低い機械音を発していることに気付いた。

(これは義手。マイケル先生の……)

 男性が帽子を上げてエレナの顔を見つめる。頬に幾つかの切り傷がついていたが、思いのほかに血色が良い。

「あ……ありがとう、ございます」

 蹲っていたブローニャが立ち上がり、エレナと同じように左腕を見つめる。

 二人の女性から注がれる視線に気が付いた時、その人物は残っていた右手で帽子を振り払った。見覚えのある顔が現れる。エレナは驚きの声を上げた。

「リチャードさんですか」

「お懐かしい、御無事でしたか、ルーシーさん!」

「あの……ルイーズです」

 彼との感動の再会は、少々緊張感を欠いたものとなった。

 

 


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