『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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30(2056年)

 突然の再会に、暫く言葉を失っていた。

 痛みの為に横転したヘリックであったが、ゼネバスが手を離した隙に素早く身構えていた。背後には未だ気を失っているシュウとエレナがいる。

「まさか、ここで会うとは」

「それはこちらも同じだよ、ゼネバス」

 一時的に豪雨が止んだ中、二人は数十年ぶりの会話をしていた。

「偉大なる大統領殿が、こんなところで何をしている」

 ゼネバスが皮肉を込めて問いかける。それはヘリックにとっても同じ疑問であるが、その理由に答え合う余裕は無かった。

「最早この惑星には時間がない。そのけじめを付けるためにも、私は自ら戦場に赴いた」

「兄上には似合いませんな」

 ゼネバスは冷笑を浮かべる。

「笑わば笑え。この老体に鞭打ってもやり遂げねばならぬことがあるのだ」

「命に代えても、ということか」

「如何にも」

 無限とも思える沈黙が二人の間に流れる。

「お前には、この星を脱出し、新たな地平で生きて欲しいのだ。今からでも遅くない。最後の私の願いを受け入れてくれ」

「何のことだ」

 到底冷静にはなり得なかった。積み重ねられた昔年の恩讐は、容易に二人の溝を埋めることなどできなかったのだ。

「詳しいことを語っている暇は無い。巨大な彗星がこの惑星近傍を掠め大異変を起こすのだ。このキングゴジュラスをもってガイロスを滅ぼし、星の民を引き連れて宇宙に脱出する。その方舟に、お前はそこにいるお前の娘と共に乗り込んで欲しいのだ」

「今、何と言った」

 ゼネバスが驚愕の声を上げる。兄との再会以上の衝撃であった。

「コクピットにいる女性のことだ。お前の母上にも似た美しい女性だ。一目見てわかったよ、彼女がお前の娘、エレナ姫ということを」

 

 その時、オルディオスのコクピットでシュウの意識が漸く戻っていた。頭部プロテクターからコクピットに流れ込んだ雨の滴が彼を目覚めさせたのだ。意識を取り戻した直後に、オルディオス頸部の鬣(たてがみ)の上で言い争う声が聞こえる。一人は大統領であること、そしてもう一人がゼネバスであることも理解した。

 シュウは、オルディオスのコクピットをそっと持ち上げ、後方でまだ意識を失っているエレナに声を掛けた。

「ルイーズ、起きて。起きてください。あなたのお父さま、ゼネバス皇帝がいます」

 呻き声を上げるものの、意識は混濁したままだった。

 シュウは、思いきり彼女の肩を揺さぶり、父親との再会を果たしてやりたかったのだが、落下直後で怪我の状況もわからない。迂闊に動かして彼女の身体に取り返しの付かない事態を招くことを恐れ、軽く彼女の頬を叩く程度のことしか出来なかった。

 無情にも時間は過ぎていく。雨が上がる代わりに、激しい隕石群が周囲への落下を始めていた。

 

「あのゾイドの破壊力を利用すれば、隕石を防ぐこともできるはずだ」

 ゼネバスが問いかけにヘリックは答えた。

「キングゴジュラスは戦闘用だ。この星を守るようには作られていない」

「だから兄上は真面目すぎるのだ」

 兵器は運用法次第で、いくらでも応用は可能だとゼネバスは考えていた。

「起動キーをよこせ。私が有効に使ってやる」

「出来ない相談だ。それにキングゴジュラスは固有の生体反応を照合させなければ……」

 そこまで言って、彼は自分の迂闊さに口を噤んだ。自分以外に作動出来ないように、敢えてその装置を装備させた。つまり兄弟であるゼネバスであれば、装置はパイロットとして認識してしまう。いまここに、キングゴジュラスを操縦出来る人間が三人いた。ヘリックとゼネバス、そしてエレナである。

 ゼネバスにとって、兄の沈黙が何を示すかなど問題ではなかった。搭乗さえできれば操作は可能と考えていただけだった。

 ヘリックに突進する。身構える彼は咄嗟に身体を躱したつもりだった。

「やはり甘いな」

 ゼネバスは躱した方に向きを変え、右足を軸にしてヘリックを投げ飛ばす。背中を激しく打ち、肺を圧迫されたヘリックは呼吸を一瞬失い、激しく咳き込んだ。

 搭乗ラダーに手を掛け、ゼネバスが見下ろす。

「残されたこの星の民を束ねられるのは、私やガイロス皇帝のような輩ではない。兄ヘリックよ、それがあなたの義務であり責任だ。

 これは私がやるべきことだ。戦乱を招いた元皇帝として、また、ゼネバス・ムーロアという人間としても。

 そして次の世代に繋いでいく。それこそが、我々老人の役目というものだろう。

 エレナに伝えてくれ。

 父は己の業を拭うため旅立つ。支えてくれる人々と共に強く生きろと。

 娘を守ってやってくれ。私はもう一人、守らねばならぬ者のために行く。

 これを、エレナに頼む」

 ゼネバスが首に提げたものを引き千切り、横たわるヘリックの傍らに投げた。

 焼け焦げたゼネバスの紋章であった。

「待て……ゼネバス……」

「さらばだ、ヘリック兄さん」

 ラダーが上昇していく。天上の世界に彼を導くように。

 

 恐ろしく長い搭乗ラダーだった。漸く達したコクピットに座る。コンソールの脇に黒い手形が示される。

「生体認証装置か。厄介なものを」

 最早躊躇する暇はない。ゼネバスは構わず左掌を手形に合わせた。

 ムーロアの血が、彼にこのゾイドの起動を承認させた。

 認識完了の表示が明滅し、コンソールに灯りが点る。周囲を見渡すモニターが一斉に映し出される。予想外に円滑に起動した為、拍子抜けする程であった。

 鹵獲した共和国製ゾイドの操縦にも精通していたゼネバスにとって、基本操作が同じキングゴジュラスの操縦など造作もない。

 モニターの一つに、白いゾイドのコクピットに横たわる人物が映る。最大望遠にする。もう一人のパイロットが頻りに目覚めさせようとしていた。

 頭部が動いた。軽く頸を振って、半身を起して周囲を見回す仕草まで確認できた。すぐにまた身体を横たえたが、どうやら命に別状はないようだ。

 モニターの中のその人物が誰であるか、ゼネバスは判っていた。

 髪も伸びて髪型も変わり、あれから幾分身長も伸びたようだ。華奢だった身体つきも、暫く見ぬ間に女性らしく成長していた。母にもエーヴにも似ている。そして自分にも。

 

 最後に一度、抱きしめてやりたかった。

 それが出来ずとも、会って話をしたかった。

 せめて、旅立つ我が身と別れの言葉を交わしたかった。

 そして、彼女が一人ではなく、ギュンター・プロイツェンという弟がいることを告げてやりたかった。

 全ては叶わぬ願いとなった。

「エレナ、お前達が生きるこの星を、私は守り抜いて見せる」

 キングゴジュラスの脚部が周囲の泥濘を巻き上げて浮上を開始した。

 

 ようやく声が出せるようになったヘリックのもとに、シュウが駆け寄った。

「大統領閣下、御無事ですか」

「シュウ、弟を、ゼネバスを止めてくれ」

 進軍を開始したキングゴジュラスのクラッシャーテールが大地を削って行く。

 後方から地響きを立てた一群が接近してくる。キングライガーとキングバロンの混成部隊、そしてその後方に2機のゴジュラスMk-2が突進してくる。

 横たわるオルディオスにも目もくれず眼前を走り去った。彼らにとって、ヘリック大統領の搭乗しているはずのキングゴジュラスこそが重要であり、それ以外の目標は目に入らなかったのだろう。

 更に後方からマッドサンダーとシールドライガーやコマンドウルフを引き連れた部隊が現れた。

 その中に一台、繰り出される新型ゾイド群の中に混じって既に旧式となった青いカノンフォートが混じっていた。

 機体番号を確認する。

「あれは僕の……お姉さまだ」

 後続部隊に加わって、あの日以来戦場を共にしてきたカノンフォートを操り、離れていたエレナの髪飾り(バレッタ)が到着したのだった。

 

 一時戻った意識だが、未だに混濁していた。閉じた瞼の裏側に映る網膜の像が眩しい。ルイーズという、いつの間にか自然に自分の名前になっていた囁きが聞こえる。

 もう、目覚めなければ。

 ゆっくりと目を開けた時、彼女は横たわる自分の周囲で、3人の人物が覗きこんでいることに気付いた。

「ルイーズ様!」

 キャロラインが思いきり抱きしめた。まだ朦朧とする中、エレナは彼女に抱かれたまま辺りを見回す。

 キャロルがいる。シュウがいる。そしてもう一人、老成した男性が見守っている。誰だろう、誰かに似ている。まさかこの人は……。

「お父さん!」

 キャロラインの腕の中、エレナは叫んだ。背格好が良く似ている。だが、その男性は違っていた。

「エレナ姫だね」

 やはり違う。父ではない。口調も、髪の色も。それでも他人とも思えなかった。

「ヘリック大統領ですよ」

 傍らに立つシュウが紹介した。ヘリック大統領、彼女の伯父。そして父の兄。

 でもなぜ共和国総司令官がここに。

「すまない。君の父上を戦場に向かわせてしまった」

 事態が呑み込めない彼女は、しかし父親が近くにいる事だけは察知した。すぐさま声をあげる。

「お父さんはどこ、私の父はどこへ」

「ガイロス王宮に向かった。私に代わってこの星を救うために。これを君にと」

 ヘリックの手に、焼け焦げたゼネバスの紋章が残っていた。

(一体何を言っているのだろう)

 混沌に閉じ込められたままのエレナに、更なる混沌が押し寄せていた。地の底から湧き上がるまだ微弱な振動を、その時彼女は感じ取っていた。

 

                   ※

 

 驚異的なパワーと機動性、キングゴジュラスの操縦は快適だった。ゾイドの操縦技術に於いては兄よりゼネバスの方が遥かに上回っている。皇帝とはいえ権威や貴種に拘らず、自らを鍛え上げてきた彼であれば造作もないことであった。後方からはゼネバスが搭乗しているとも知らない共和国軍ゾイドが追随している。

 悪い気分ではない。予備用の共和国軍ヘルメットを被りバイザーを降ろせば、口元は兄ヘリックと見分けがつかないほどだ。

「共和国軍大統領、及び総司令官として命令する。全軍、ガイロス王宮に向け突入せよ」

 何の抵抗も無く受け入れる共和国兵に、ゼネバスはコクピットで苦笑していた。

 だが前方に巨大な岩塊が飛来するのを目視した時、彼の思考は凍り付いた。

 隕石がこのゾイド目掛けて落下してくるのだ。

 

 キングゴジュラス内部を循環するエキゾチック物質は、重力制御を行うとともに高緯度地域に降り注ぐ隕石群を呼び寄せていた。強大な破壊力を手にすると同時に、大きな災厄をも呼び込んでいたのだ。

 最初から心は決まっていた。全ての落下物を破壊しこの星を守る。それが娘エレナのためであり、生まれた嫡子ギュンターのため、この星に残される無数の民のため、そして新たな世代にこの世界を繋げるためであるからだ。

 コアの出力を上げれば上げるほど隕石群が迫ってくる。

「いいだろう、全て破壊してやる」

 ゼネバスは火器管制を全て解除した。

 空に向けたスーパーサウンドブラスターの光輪が広がり隕石群が崩壊していく。胸から放たれるスーパーガトリング砲が撃ち洩らした隕石群を消滅させる。無限に続くような隕石の雨を、キングゴジュラスは単機で破壊し続けていた。

 エネルギー出力のゲージも無限に供給されるようであった。これならばこの星は救える。ゼネバスは戦いに明け暮れた人生の最期を飾るにふさわしいステージを得られたことに歓喜していた。最早悔いはないと。

 当惑し、その行動を共和国軍ゾイドが訝しむ。

〝大統領閣下、王宮への攻撃許可をお願いします〟

「各機の判断に任せる。私はここで隕石を防ぐ」

 次々に各ゾイドから指示を求める通信が入る。切断しようにも大統領搭乗という特殊なゾイドだけに回線は開放されたままに設定されているらしい。構わずゼネバスは天空に向けて火器を撃ち放っていた。

 進軍を停止し、逡巡する共和国軍ゾイド群の一画を赤い光輪が引き裂き爆発が広がる。

 空中から異形のゾイドが舞い降りる。

 シュテルマーの搭乗する皇帝ガイロスの専用機、ギルザウラーであった。

 


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