『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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3(2051年)

 新たに発生した中央大陸と暗黒大陸との対立に於いて、先に行動を起こしたのは共和国側であった。

 2051年10月、ヘリック大統領の解読したHZ暗号の内容をもとに、暗黒軍最終兵器破壊を目的として、共和国第一次上陸部隊はアンダー海に漕ぎ出す。また、デルポイで異常現象が相次いで発生し、原因が暗黒大陸からの謎のエネルギー攻撃によるものと断定されたからでもある。

 ここで当然の疑問が湧く。

 子供の作った暗号文に、どれ程の信憑性と機密性があるのだろうか。

 謎のエネルギーが、なぜ暗黒大陸からやってきていると断定できるのであろうか。

 HZ暗号を解読したのはヘリック大統領本人で、内容の解釈は自由にできる。

 中央大陸での異常現象は、後の惑星大異変の前兆に他ならない。当時の共和国科学省もその事実を把握していたことが判明している。

 共和国政府が欲していたのは、かつてゼネバスを追放したと同じように、肥大化した軍産複合体(MIC)を背景とした戦闘維持のための捌け口と、未だ統一ままならない旧帝国領国民を束ねるための謀略であったと推察する方がより自然である。

 無論、共和国政府のみを責めるのは酷である。現にギルベイダーによる渡洋爆撃を暗黒軍が敢行している以上、最終兵器の存在は証明されている。

 それでも、爆撃の理由を作ったのは上陸部隊を二度に亘って送り込んだ共和国側であり、上陸部隊が攻め込まなければ、或いは暗黒軍側はビームスマッシャーの研究、及びギルベイダーの建造を遅らせていた可能性もある。両大陸が戦端を開かなければ、僅か5年後に訪れる惑星大異変の彗星衝突にも、冷静に対処できた可能性もある。

 時代は悲劇に向かって着実に動き出していた。

 

 遠雷のような響きを耳にしたのは、エレナが暗黒大陸での二度目の冬の訪れに気付いたころだった。日に日に短くなる太陽の輝きに、暗鬱な極夜の到来を感じていた時、鉛色の雲を横切る巨大な影を目にしたのだ。

「マッドサンダー……?」

 厳密には、飛行用に改造された共和国上陸部隊のマッドフライであるが、彼女にとって与り知らない事である。

 信頼を寄せていた恩師マイケルの操るデスファイターを一撃で粉砕し、帝国首都の再陥落を促した巨大ゾイドだが、不思議とエレナにはマッドサンダーに怒りが湧くことはなかった。囚われの身の今、彼方のデルポイの香りを放つ懐かしさを重ねたためであろう。

 身を乗り出しマッドフライの行方を確かめようとした目の前を、更に巨大な黒いゾイドが耳を弄する轟音を伴って、地を這い飛び去って行った。

 デスザウラーのフレームからディオハリコンの燐光が輝いている。両肩より突き出したプロテクターから陽炎のように熱気が噴き出し、ホバリングによって機体は滑るように移動していく。後頭部が極度に肥大化し、巨大な斧を携えている。

「姫様、あれは確か」

「マイケル先生のデスファイター……違う、もっと凶悪なゾイドよ」

 エレナたちが目にしたものは、便宜上〝デスエイリアン〟と呼称されている改造ゾイドであった。

 暗黒軍は、ゼネバス軍で稼働可能なゾイドを接収しただけではなく、様々な改造ゾイドの設計図をも入手していた。ギルベイダーでさえ基本設計はマイケルが父ドン・ホバートを凌ぐために計画していた、巨大飛行ゾイドの設計図を一部利用したものである。

 デスファイターの機動性に注目した暗黒軍は、ギルベイダー完成を待つ間に再度デスファイターの建造と更なる改造を命じ、戦線に投入していた。

 真っ赤なゼネバスカラーに彩られていたはずのデスファイターが、嫌悪感を催す黒い機体に置き換えられていたことに、マイケルの業績を土足で踏みにじられるような屈辱感を味わっていた。

 エレナは知らない。この時デスエイリアンの操縦席に座っていた人物と、HZ暗号の発信者の存在を。

 

 コクピットは絶え間ない騒音に晒されていた。

 両肩に装備されたホバーから噴き出すジェット推進の奔流は、予想外の轟音となって響いてくる。後頭部から張り出した暗黒粒子吸収版の風切音も、言い知れぬ不快な響きとなって続いている。

 デスエイリアンと呼んだのは、彼自身だった。

 

 異邦人(エイリアン)という呼称は、絶妙のカリカチュアだ。

 異邦人とは俺たちのことじゃないのか。それともガイロスの奴らか。

 

 一人乗りのコクピットで、彼は彼自身を憫笑していた。

 デルポイから接収されたデスザウラーを、未解析のエネルギー鉱石ディオハリコンで再調整し、コアとの同調が不充分な機体を過剰改造の上に空力学さえ無視して異様な突起物を装備させている。

 この機体は長く生きられない。過剰に供給されるエネルギーでコアの劣化は進み、増加された装備が関節部への大きな負担を強いる。例え戦闘で勝利しようとも遠からず自己崩壊を起こす。改造ゾイドの宿命とはいえ、生命として、戦友としてのゾイドへの畏敬は感じられない。暗黒軍はゾイドを使い捨ての武器としか考えていないことに、操縦者としても、このゾイドが哀れだった。

〝シュテルマー中尉、ブラッディゲートへの方向がずれている。確認の上至急進路修正を実行せよ〟

 ノイズ混じりの通信が響き、聞こえぬように小さく舌打ちする。

「こちらデスエイリアン、シュテルマー。予定進路上に磁気異常を確認、若干の進路修正を行うも、目的地到達時間に変更はない。機関正常、出力は予想以上だ。敵上陸地点に到達次第、再度報告する」

 彼は最初から迂回するつもりであった。彼女の囚われている城の臨める場所まで。

 漆黒に塗られた水平線が迫り、古城には不釣り合いな航空標識灯が見えてくる。キシワムビタ城だ。

「エレナ姫……」

 音声を記録するのは緊急用のボイスレコーダーのみで、戦闘に勝利すれば自動的に消去されるだろう。

 見下ろす古城は、かつて王女として尊崇された彼女にはあまりに暗く、みすぼらしい城だった。

 これが俺たちの置かれた立場なのか。

 悔しさよりも諦めが先に立った。

 彼もまた、眼下の古城から見上げる少女がいたことを知らない。

 

 沿岸の空軍基地から炎が上がっている。

 ホエールカイザーが撃沈され、巨大なコンテナ状の機首が屹立していた。軍人の習性なのか、敵を前にし、今までの葛藤も機体の騒音も意識の外に弾かれていた。

「目標地点に到達、これより戦闘に移る」

 ホバーの噴出を最大にして機体を突入させていた。

 

 滑走路はデッドボーダーの残骸で溢れている。

「なんだこの戦い方は。重力砲も満足に使いこなせないのか」

 頭上には煩わしく青い翼竜型が舞う。

 レイノスとかいったな。小賢しい。

 レーザーアックスで一閃すると、青い翼が切断されバランスを失いくるくると面白いように墜落して行った。

 親玉はどこだ。指揮官をつぶしてやる。

 冷徹な炎が宿る瞳の先に、強行着陸と襲撃を終え、いましも離陸しようとする飛行用マッドサンダー、マッドフライが映った。

 破壊の代償は払ってもらう。

 デスエイリアンのホバー移動はシュテルマーの操縦技術と相まって電撃のようだった。

 レーザーアックスが振り下ろされ、離陸中の無防備な体勢、更には改造ゾイドの宿命の機体の重さが回避運動を取る余裕を削いでいた。

 ローリングチャージャーの部分でマッドフライは真っ二つに切断された。巨体が爆破炎上する。

 一面炎の輻射を浴びながら、デスエイリアンは鬼神の如く戦場に佇んでいた。

「やはりここが俺の居場所なんだ」

 ボイスレコーダーだけが、その呟きを記録していた。

 

 トライアングルダラスによる通信の途絶と、暗黒大陸の地形に対する情報不足、加えて中央大陸建造のゾイドの冬季仕様改造の不徹底。加えてデスエイリアンの活躍もあり、結果として共和国第一上陸部隊は、バーナム川に初雪を降らせることが出来ず、壊滅を迎えたのだった。

 

 


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