『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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29(2056年)

 一瞬の判断が明暗を分けた。

 衝撃波を直接受けた機体は砂細工同然に崩れ去り、咄嗟に近くの窪地に滑り込んだハンマーロックだけが辛うじて破壊を免れていた。戦士としての判断力と、単なる偶然に恵まれた。かといって全く被害を受けなかったわけではない。コンソールから飛び散った電気的な火花が瞬間的に噴き上がり、自動消火装置が作動するまでコクピット内は数秒間だけ炎が充満した。

 無数のハンマーで装甲板を叩かれるような轟音が去った後、ゼネバスは周囲が異様な静寂に包まれていることを感じた。衝撃波による轟音で聴覚が鈍っていたこともある。だが実際に、殺伐とした静寂が接近して来るのだ。

 岩陰に身を潜めたままコクピットを開き周囲を見渡す。そこに広がっていたのは、森林に無秩序に投棄されたゾイドの残骸であった。

 林立する樹木によって拡散された衝撃波は、直撃を受けた機体同様に地上のゾイド群を崩壊させるには至らなかったが部隊が消滅した事実には代わりない。堅牢を誇るダークホーンは装甲板に乾いた泥細工の様な無数の亀裂を負って擱座し、スーパーサウンドブラスターの衝撃でコアの過剰活性が励起され最終的には内部崩壊へと導かれた。首や四肢等の関節部から内部爆発によって機体は切断され、吹き飛んだ部品が茂みの中に散乱していた。大木の枝にダークホーンの頭部や前肢が垂れ下がる光景は痛々しいまでに悲惨であった。

 小型ゾイドは機体ごと崩壊し、残骸の中のディオハリコンの燐光のみがそこに機体が存在した残滓となった。森林の中で小規模な火災が発生している。物質硬度の違いにより崩壊に取り残された炸薬が、破砕の残り火によって燃え上がっているのだろう。

 ゼネバスは、それを初め蜃気楼の類と思い込んでいた。ウルトラザウルス以上の巨体でありながら移動に伴う振動を一切感じさせない。まるで実体のない虚像が地表を滑るが如く移動してくる。動きがあまりに素早い。吐き気を催す程に不気味な俊敏さで接近する。後方には沛然として驟雨が降り注ぎ、周囲の森林地帯を吹き荒ぶ雨滴のヴェールが包み込む。

 あれはゾイドではない。この長年にわたる戦乱によって命を失った亡者達の怨念の集合体だ。

 戦略も戦術も存在しない。補給線の確保も無関係にして援護さえ必要としない。意志を持つ災害の元凶が、いまゼネバスの目前を通り過ぎようとしていた。

 

                   ※

 

「お願いだから、真っ直ぐ飛んでください」

 木の葉のように翻弄されるオルディオスに、シュウは何度も懇願していた。

 帝国首都ダークネスに向けて進撃したキングゴジュラスを追跡するため飛び立った二人ではあったが、地上を時速100㎞ほどで進撃する重量物を、磁気異常によるマグネッサーシステムの機能不全、加えて激しい豪雨と向かい風に揺さぶられ、音速で飛行可能なゾイドが追い付けないでいた。元来ゾイドの搭乗にも慣れているシュウとエレナも、振動により胃液が逆流する不快感を味わっていた。

「見えました、キングゴジュラスです」

 風雨の為に全身像は確認できないが、頭頂の赤い角の輝きが灯台の如く存在を顕示している。周囲に追随する機体は他にない。漸く二人は最前線に到達したのだった。

 敵の接近を告げるアラート音が短く響く。シュウは咄嗟に3Dレーダー画面を確認した。

「前方より敵接近。機影4、大型です。ギルベイダーに違いない」

 僅かに切れた雨雲の隙間から、赤い眼を光らせたギルベイダーが、漆黒の翼を広げキングゴジュラス目掛けて接近をしていた。

 

                   ※

 

 ギルベイダーのコクピットの中、イマヌエル・デニケン中尉は漸く与えられた雪辱の機会に狂喜していた。捕虜交換条約により数週間を経て帰還した帝都ダークネスで、彼は軍司令部より屈辱的な処遇を与えられた。仮にもギルベイダーの操縦を任されるまでに築き上げてきた彼のプライドを、あの白いゾイドはずたずたに引き裂いたのだ。臥薪嘗胆の思いを秘め、営倉の中で屈辱の日々を堪え忍び、遂に復讐の機会を得られたのだ。

 与えられたのはギルベイダー初号機。DLSの装備されていないロールアウト直後から実動を重ねてきた歴戦の機体である。以前の操縦者が誰であるかわからない。最終局面を迎えた戦況により不足した操縦者を補うため、営倉の中の自分に急遽役割が巡ってきたのだろう。何としても手柄を立て汚名返上しなければならない。この作戦行動は彼にとって千載一遇のチャンスといえた。

 僚機に3機のギルベイダーを伴い、接近しつつある敵の新型巨大ゾイドを迎え撃つ。同時に後方から、皇帝の搭乗するギルザウラーが出撃すると伝えられた。

 もしギルザウラーの目の前で敵のゾイドを破壊すれば、最高の栄誉に能くすることも可能だろう。初号機故に機体劣化による耐久性に若干の不安が感じられたが、今更些細な事に拘ってはいられない。

「ダークネス司令部に報告。目標を肉眼で確認」

 沸き立つ黒雲を纏いながら、敵の巨大ゾイドが目の前に現れた。

 ギルザウラーの接触までにはまだ充分な余裕がある。改造ゾイド故にバランスが悪く、ホバリング程度しか飛行できないことが推測された。それでも皇帝は着実に接近してくる。敵がどれ程の戦力を有していたとしても所詮は単機に過ぎない。ギルベイダー4機の一斉攻撃を以てすれば容易に撃破可能と思える。その時は、引導を渡す役割を皇帝陛下に残しておくことも考えるべきかも知れない。デニケンの思考の中で栄光の未来が駆け巡っていた。

 コクピットで乾いた唇を噛み締めたその時、彼は敵巨大ゾイドの上空に忌々しい白い機影を確認した。

 あの時のゾイドだ。

「本機はオルディオスを排除する。部隊は赤い一本角に突入せよ」

 栄光の未来が吹き飛び、復讐の炎が燃え上がる。デニケンはオルディオスに向かって突入していった。

 

                    ※

 

「前からギルベイダーが」

「回避行動に入ります。舌を噛まないように」

 エレナは機体の左右にビームスマッシャーが飛び去っていくのを確認し、背筋が凍りつく感覚を味わっていた。マグネッサーのみでは対応し切れない為、シュウはオルディオスの四肢を思い切り空中で振り切り慣性によって漸く攻撃を躱したのだ。今戦ってもオルディオスには到底勝ち目はない。機体を激しく揺らしながら、シュウは急降下の姿勢をとっていた。

 

                    ※

 

 直下にはキングゴジュラスが威容を誇っている。3機のギルベイダーが一斉にビームスマッシャーを撃ち放った。大小12の光輪がキングゴジュラスの巨体に殺到する。

 光輪が砕けた。キングゴジュラスの重装甲に触れると同時に、赤いガラス皿が飛び散る如く全て消し飛んだ。頭部ブレードホーンから放出されるグラビティモーメントバリアにより荷電粒子が干渉無力化され、装甲に傷一つ負わせることもできなかったのだ。

 1機が急降下を開始する。ニードルガンを撃ち込むためだ。正面にキングゴジュラスを見据え加速する。

 次の瞬間、エレナも、ゼネバスも、ギルベイダーのパイロット達も、信じ難い光景を目撃した。

 キングゴジュラスが跳んだ。頭部を上に向け、少しだけ両足の膝関節を曲げて勢いを付けた後、大地を蹴って全身が空中に舞い上がったのだ。最後まで地上に残されていたクラッシャーテールが下方に伸び切り垂れ下がる。そして伸ばした左腕のビッククローが飛行するギルベイダーの尾部を掴み、地上に降り立つと同時に叩き付けた。

 引き摺り下ろされ、贖う術を失い四肢を上にして仰向けになったギルベイダーが(もが)いている。キングゴジュラスは躊躇(ためら)うことなく踏み付けた。

 金属が擦れ合う音と内部の循環装置が破裂する音、そして金属生命体としての悲鳴が周囲に鳴り響いた。雨に混じった潤滑油が一斉に噴き上がり、口腔からも破壊された内部部品が無数に吐き出される。機体重量は軽減されているがゼロではない。F=ma、つまり加速度が膨大であれば破壊力は増大する。キングゴジュラスの脚部は想像を超えた速度で叩きこまれたのだ。

 一度で大破したにも関わらず、キングゴジュラスは執拗に踏み付ける。僅かに翼と尾の先が震えていたが、間もなく微動だにしなくなっていた。

 二度、三度……。四肢も翼も胴体も、踏み潰されて原型を失った黒い金属の残骸が、キングゴジュラスの足元で豪雨に打たれていた。

 近接戦闘のリスクを警戒した残り2機が、キングゴジュラスの周囲を旋回し始めた。だが攻撃の間合いを取らせるほど、この最凶のゾイドは甘くはなかった。

 胸部リボルバー式の砲身が回転を開始する。程なく目も眩む光芒が、降り頻る驟雨の中に螺旋の光条を描いて放たれた。

 集束すると思われた光は、突如として拡散し、無数の矢となって二機のギルベイダーに殺到した。荷電粒子砲、レーザービーム砲、超電磁砲。それぞれの特性を融合し、偏光の原因となる雨滴や空気の分子までも空間から吹き飛ばして射線を確保する。原理はガンブラスターの黄金砲と同じだが、出力と破壊力が指数関数的に跳ね上がっていた。

 蜂の巣になる、という表現があるが、まさにそのものだった。黒い機体に無数の赤い水玉模様が描かれ、穴だらけとなって落下した。カタルシスも何もない、スーパーガトリング砲の攻撃による、悪夢の光景だった。

 

                    ※

 

「しつこい奴ですね」

 デニケンのギルベイダーは、執拗にオルディオスを追撃していた。その白いゾイドに、嘗て屈辱を受けたパイロットが搭乗していることも知らずに。

 彼にとっては最早、皇帝を前にしての軍功など目的からは吹き飛んでいた。牽制の為に尽きることなく撃ち続けたニードルガンが、遂にオルディオスの翼を貫いた。ただでさえマグネッサーが不安定化している上に右翼の半分を欠損した白い天馬は、忽ち重力の井戸に捉えられた。覆い被さるように飛来したギルベイダーは、捕らえた獲物を着実に叩き落とす為、胸部のプラズマ粒子砲を発射した。

 激しい振動と共にフレームを除いて翼を破壊されるオルディオス。暗黒大陸固有種の磁気嵐に適応性のあるギルベイダーとの戦闘は、この状況下あまりに分が悪かったのだ。

「脱出しましょう」

「無理です、高度が低すぎる。何とか不時着してみます」

 雨滴でパラシュートが開ききらない危険性もある。そしてこれ以上自分の搭乗したゾイドを失いたくない。咄嗟には説明し切れなかった言葉を呑み込み、シュウは決死の着地を試みた。

 四肢の関節を浅い角度で曲げ、着地時の衝撃吸収態勢を取る。重量物となるグレートバスター砲を強制パージ。尾部を水平に持ち上げ、可能な限り空気抵抗を増やす。フレームのみとなった翼にも、コアから供給可能な限りのエネルギーを送り、残されたマグネッサーシステムで地表との磁気の反発を生み出すことも継続した。

 迫り来る地表を前にシュウは叫んだ。

「歯を食いしばって」

 数秒後、オルディオスは激突同然に地上に落下した。

 

                    ※

 

 空中のギルベイダー初号機で、復讐を成し遂げたデニケンが勝ち誇っていた。後方から味方の識別信号を発する機体が接近してくる。認識コード、皇帝ガイロスの専用機。

 どうやらこれから陛下の御前で自分の勇姿を見せることが出来るらしい。

 赤い一本角の巨大ゾイドを確認する。

 どれ程強力であっても所詮同じゾイドだ。デニケンは敵の正面を避け充分な距離を取って攻撃の機会を狙う。情報にある音波兵器も先程のリボルバー式の回転砲も、背後からの攻撃には使えない。機体を敵の背後に向けたまま攻撃態勢を取る。

 ビームスマッシャー、ニードルガン、プラズマ粒子砲、重力砲、ツインメーザー。

 一斉射撃の火箭が伸びる直前、デニケンの意識は肉体とギルベイダー初号機と共に、この世から消滅していた。

 

                     ※

 

 岩陰から戦闘の経過を窺っていたゼネバスは、一斉射撃に移ろうとしていたギルベイダーが、天空から飛来した真っ赤な隕石によって貫かれる光景を目撃した。赤い矢に射られた黒い機体は胴体中央部から圧し折られ、内部から炎を噴き出し落下した。その直下に火柱が立ち上がる。おそらく直径数mほどの小さな隕石であったに違いない。だが音速の数十倍で飛来した物体は、ギルベイダーのウィングバリアーも重装甲も貫いて、操縦者自身も気付かぬままに機体を消滅させたのだ。見上げる天空には炎の雨が無数に輝いている。その多くが、海の向こう側、中央大陸に向かっていた。

「ついに始まったのか」

 その時ゼネバスは、茫漠とした思考の奥で、眼前で繰り広げられる壮大な滅亡への秒読みとは全く別の事を思い浮かべていた。

「あのゾイドがあれば、ギュンターを救うことができる」

 

                    ※

 

 頭の中で逆流するような怒りの感情。これほどまでに自分が感情的になれることに、彼は驚愕していた。禁断の技術の封印を解いてしまったことを心底後悔していた。キングゴジュラス、最早それは敵を徹底的に破滅に導く破壊兵器に過ぎないことを。

 眼前に存在する敵は全て破壊した。もし味方であっても、進路上に存在すれば踏みつぶしたかも知れない。だから単機で、ダークネスのガイロス王宮に向けて進軍を開始していた。途中、幾つの敵を葬ったかもわからない。ギルベイダー、ガンギャラド、デッドボーダー。初めて上陸した暗黒大陸の大地を、驚異的な機動性で突き進んでいく。

 まだ結ばれる前の女性と共に改造ゾイド「ケンタウロス」で戦場を駆け巡った時の感情とは全く違っていた。背負うものが大きすぎる。この惑星の存亡が掛かっているのだ。もはや敵に情けなど掛ける余裕もなく、老いたこの身を捧げることで積年の戦いに終止符を打つことができるのであれば命さえ惜しいとは思えなかった。

「ローザ、許してくれ。どうやら君の元には帰れそうもない」

 自分の命と引き替えに、ガイロスと差し違える意志を固めていた。

 

 そんな彼が正気に戻ったのは、正面にオルディオスが落下した時だった。

 純白に黄金の武器を備えた機体が、ギルベイダーに翼を貫かれて落下していく。それでもパイロットは機体を捨てず、辛うじて不時着を成功させた。その最後まで生に拘る姿を見たとき、彼は思い出したのだ。

――御無事でお帰りになる事をお待ちしております――

 妻の言葉、そして家族の思い。死んではいけない。そして見殺しにしてもならないことを。

 隕石に貫かれ、残ったギルベイダーが墜落したことを確認すると、彼はキングゴジュラスの進撃を停止させ、倒れているオルディオスのコクピットの真上に覆い被さる姿勢をとった。重力制御が切断されると同時に脚部が地表にのめり込んでいく。

 キングゴジュラスのコクピットから降りるには、本来専用のボーディングタワーを利用しなければならない。それ以外には緊急用の簡易ラダーがあるのみで、直立状態で地上約30m付近から儚げな蜘蛛の糸のようなワイヤーを頼りに降りる他ない。

 可能な限り前傾姿勢をとらせてみても、キングゴジュラスの頭部からオルディオスのコクピットまで約10m近くの高低差がある。それでも彼は雨の中に身を躍らせた。

 降り続いていた豪雨は幾分小降りとなったものの、依然足元は泥濘に覆われている。足場を確認しながら落下したオルディオスの機体上に降り立った。

 飛行機能を失い、頭部を地表に預ける体勢でオルディオスは着地していた。落下の衝撃で開いたコクピットの中に、二人の兵士が意識を失っていた。

 吐瀉物が気道を塞いで窒息する危険性もある。状況を確認する為フルフェイスのヘルメットを脱がせると、その下から見覚えのある顔が現れた。

「シュウ、君だったのか」

 アイザック将軍の遺児、共和国でも指折りの優秀な青年科学者。大統領府の執務室で、何度も大陸崩壊の原因追究の必要性を説かれていたことを今更ながらに思い出す。

 口元に耳を近づける。呼吸は正常で軽い脳震盪を起しているらしい。彼はシュウの後方に座るもう一人のパイロットに視線を注いだ。ヘルメットの後ろからブロンドの髪が覗いている。

 ヘルメットの下から美しい女性が現れた。出会ったことの無いその女性の顔に、ヘリックにとって懐かしい面影が重なる。遠い過去に袂を分けた最愛の弟。彼らの血の縛りが、直感的な理解へと導いたのだ。

「エレナ姫なのか」

 彼女はコクピットの中で、眠るように気を失っていた。

 

                    ※

 

 敵の巨大ゾイドのコクピットに繋がれた搭乗装置が、ゼネバスの見上げる先にあった。今ならあのゾイドを奪うことが出来る。雨に紛れ、漆黒のハンマーロックでキングゴジュラスの背後に接近し、機体を降りて這い寄る。敵は撃墜されたオルディオスのパイロットを救出するらしい。歩兵を伴わず闇雲に進撃するなど、戦術の基本も知らない素人に違いない。

 死角になる場所を探りながらオルディオスの頭部に這い上がり隙を窺う。キングゴジュラスのパイロットがオルディオスの後方のパイロットのヘルメットを脱がせたとき、大きな隙が出来た。

 一瞬の間合いを措いて羽交い締めにし、両手をひねり上げる。ゾイドの操縦のみならず格闘技にも精通しているゼネバスには造作もないことであった。敵は老齢のようだ。簡単に横転し右腕を押さえる。ゼネバスは同時に首を締め上げながら問い詰めた。

「起動キーをよこせ」

 しかし、その人物を知っていた。

「ヘリック!」

「ゼネバスか」

 奇しくも、長年隔てられていた兄弟は、降りしきる隕石の下で再会を果した。

 


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