『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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28(2056年)

 マルダ-、ツインホーン、ゲーター、イグアン……。

 嘗てのゼネバス帝国機甲部隊が蘇ったかのようであった、ただ一点を除いては。

 それらの機体全ての装甲が、漆黒に緑色の燐光を放つディオハリコンに置き換えられていた。ゼネバスの操るハンマーロックもその例外ではなく、見慣れた小豆色と鈍い銀色の塗装ではなくなっていた。

 ディオハリコンの影響なのか、コアの出力が上昇していることもわかるが、明らかにオーバーロード気味で機体に負担がかかっている。短時間であれば中型ゾイドをも凌ぐパワーと敏捷性を発揮できるかも知れないが、それだけ機体の寿命を削ることだろう。自分たちが今まで築き上げてきた技術を踏みにじられるような屈辱感を噛み締めながら、ゼネバスは巡幸予定地点に向かって機体を進めていた。

 周囲を護衛するダークホーン部隊から入電した。

〝慰問部隊は漸次待機、特命あるまで現地点で進行を停止せよ〟

 状況が分からず、とりあえず進路左に機体を寄せて停止する。随伴していた伝令らしき歩兵が、ゼネバスの搭乗するハンマーロックに駆け寄り敬礼をした。

 装甲式コクピットを開き応じる。

「一体何が起こったというのだ」

 小型ゾイドとしては高い位置にあるハンマーロックの操縦席から、身を乗り出して問いかける。

「前方、ニフル湿原にて敵増援の上陸部隊が出現。現在海上での迎撃戦を敢行中ですが、敵の兵力は強力で、防衛戦は突破されつつあるとのことです」

 ゼネバスを見上げながら、伝令兵は精一杯の声を張り上げ報告する。

「敵兵力はどれほどのものか」

 ゼネバスを護衛するイグアンのパイロットが、ハンマーロックの隣から問いただす。

「確認された限りでは、ウルトラザウルス級5、マッドサンダー5、Mk-2装備のゴジュラス2、そして機種不明の超巨大ゾイドが1との報告です」

「機種不明? 新型か」

 詳細は不明です、とだけ答えると、伝令はそのまま先頭のダークホーンに向かい駆け出していた。

 この局面で共和国が新型を投入するということの意味を、ゼネバスは大凡予測がついていた。兄が動き出したのだ。それも死力を尽くして。ウルトラザウルスを従えて、尚且つ超大型と目視される以上、恐らくはギルベイダーをも上回る破壊力を秘めているに違いない。恐ろしい事が起こる。これまで経験したことの無いような。

 撤退命令を受けた部隊が、ダークネス方面に進路を変えるのを見ながら、ゼネバスはハンマーロックのコクピットからニフル湿原方向の海岸線を見つめた。白夜の広がる青味がかった灰色の空の一画に、不自然な積乱雲が湧き上がっていた。

 

                    ※

 

 海岸線から、悪夢のような軍団が次々と上陸を始めている。

 周囲を打つ豪雨は勢いを増し、降り頻る雨滴の中に多くの大型ゾイドが霞む中、ただ1機、雨滴にも霞むことなく、恐ろしい程の速度で突き進む巨大なゾイドがあった。

 共和国最終上陸部隊の編成は、前方にマッドサンダーとグレートマザーが、中央にゴジュラスを牽引するウルトラザウルスが配置され、殿(しんがり)をキングゴジュラスが護衛していた。

 彼らの接近は早々に帝国海軍に察知され、ブラキオスを主力とした水上部隊とウォディックを主力とした潜水艦隊が全兵力をあげて迎撃に向かった。それに前後し、フンスリュック基地より待機中であったギルベイダー1機がスクランブル発進をして、一足先にニフル湿原付近海上に飛来した。

 最高速度マッハ4を誇るギルベイダーだが、鈍足の共和国最終上陸部隊に対し戦闘速度で接近することを怠っていた。亜音速の巡航速度で接近する全幅約40mの黒い翼は、上陸部隊からも遠景から目視される。それがギルベイダーにとっての致命的なミスとなった。

 その機体のパイロットは、愛機が崩壊する瞬間を最期まで見届けていたに違いない。本当の悪夢とは、夢の世界にはない事を知ったはずだ。

 ビームスマッシャー発射態勢か、或いはプラズマ粒子砲を準備していたかは判らない。射撃の軸線上に、赤い角を持つ巨大ゾイドを捉えた時、機体全体に爆発したような振動が発生した。耳を弄する轟音と、大脳を切り刻まれるような極度の不快音。パイロットの残されていた視覚に映ったのは、目の前のコンソールからギルベイダーの巨体が砂の様に崩壊していく姿であったはずだ。

 ウルトラザウルスの艦上でその光景を目撃していた共和国軍兵士は、味方の作り上げた兵器に身震いしたはずだ。なぜならそのゾイドは、常識を超えた「音」を使って、長く最強ゾイドの地位に君臨してきたギルベイダーを一瞬にして葬ったからだ。

 ギルベイダーの赤い偏光ガラスに覆われたコクピットがまず崩壊する。続いて格闘戦でも苦しめられたチタンクローが砂礫と化しボロボロと海上に落ちていく。発射間際だったのか、装甲板の接合面に沿って崩壊した黒い両翼のあった場所には、形成不完全のビームスマッシャーの光輪が残っていた。胴体、背部フェルタンク、後肢、尾部。乾いた砂で造形された像を、強力な風圧で吹き飛ばすような破壊。最後の爆発すら許さないほどの強力な音波兵器。スーパーサウンドブラスターの破壊力は、子供の砂遊びの如く最強ゾイドを消滅させた。

 海上に幾つもの長い首が(もた)げた。遅れて到着したブラキオス部隊であり、水面下にはウォディック部隊も待機していた。指向性を持つソニックブラスターが、共和国上陸部隊に向けて発射されていたはずだ。

 ウォディックが音波砲を搭載している理由は、水中では屈折により光学兵器が使用できない代わり、空気より密度の高い分確実に標的を破壊できるからである。スーパーサウンドブラスターはその音波砲を数千倍、数万倍に強化したものと考えればいい。つまり密度の低い空気中の物質でさえ破壊するスーパーサウンドブラスターを、海中に向けて発射すればどうなるか。

 指向性を極限までに高めている為に、円状のソニックブームがキングゴジュラスの口蓋から先にかけて形成され、白い輪が間断なく発生していた。海上に擡げていた幾つものブラキオスの首は一瞬にして崩壊した。少し遅れて水中から幾つもの水柱が立ち上がる。水という媒体は、ウォディックと残されたブラキオスの胴体に爆発することだけは許したのだ。キングゴジュラスが首を巡らせる度、薙ぎ払われた幾つもの爆発が海中から起き続ける。

 発射の軸線は、その白い輪によって目視することはできるが、防ぐことは不可能であった。速い。その動きはあまりに速すぎるのだ。

 キングゴジュラスは、ウルトラザウルスを凌ぐ巨体でありながらまるで小型ゾイドの如く軽々と海岸線に上陸を果たした。重さが感じられない。ウルトラザウルスのような重量感は無く、敏捷な肉食獣のしなやかさで巨体を軽々と作動させている。

 それは機体を取り囲む重力フィールドによるものであり、周囲には一般の物理法則が通じない空間が展開していた。全長36mの巨体が時速140㎞で移動する恐ろしさは、恐怖を通り越し滑稽さまで感じられる。悪い冗談、馬鹿馬鹿しい戯言。この世のものとは思えない存在。それが目の前で動き、戦っているのだ。

 遮断された重力によって変化した気圧が機体の上空に集中し、激しい雷雲を伴った豪雨を降らせる。

 降り頻る豪雨の中浮かび上がった巨大な影に、赤い眼と角が明滅していた。

 

「あれはゾイドなのでしょうか」

 見上げるエレナが問いかけ、同様に見上げるシュウが、視線を固めたまま答える。

「どういうことですか」

「金属生命体とは思えない。ゾイドとしての存在感も全然感じられない。まるで機械の塊そのもの」

 キングゴジュラスが西を向いた。ゴジュラス2機を引き連れて、そのまま大陸深部に進撃を開始する。

 白夜の薄暗い空一面に薄い赤紫色の炎が燃え上がった。それまで微弱に輝いていたオーロラが、天空の導火線に点火したかのように無数の光芒を放ち、二重三重のカーテンに変化する。暗黒大陸の空は、嘗て見たことも無いオレンジ色に染まり、光の大蛇が巨大な蜷局(とぐろ)を巻きながら北に向かって突進を始めた。

「ポールワードエクスパンション(極方向爆発)だ。通常の太陽風の数十倍の荷電粒子が放出されている。太陽極小期なのにプラズマシートが伸びて来るなんて。

……すると、まさかあのゾイドが電磁波の発生源なのか」

 シュウが慌ただしく出撃準備を始める。

「何が起きたのですか」

「サブストーム(極光嵐)の爆発です。水平方向に太陽があるのに、磁気嵐が極方向から発生している。彗星とは別の磁極がこの惑星の双極子磁場を刺激しているのです。オーロラ爆発がブレイクアップすれば大量の誘導電流が発生し、殆どの電子機器が破壊されてしまう」

 彼はキングゴジュラスを睨みつけた。

 天空のカーテンに断続的に緑色の炎が点火し次々と燃え上がる。首を廻しても見切れない光の饗宴に、エレナはシュウの説明が理解できないながらも明らかに異常現象が発生していることを理解した。

「僕も出撃します。誰が操縦しているかは知らないけれど、あなたの父上を救うことが先決です。キングゴジュラスが進撃すれば敵の防御網にも穴が空くはず。王宮に先回りしてゼネバス皇帝を救出します」

 パイロットスーツを整え右手にヘルメットを持ったシュウの左手を、エレナは咄嗟に掴んでいた。

「私も連れて行ってください」

「だめです。あなたは自分の立場が分からない人ではないでしょう。それに僕がお姉さまに叱られます」

「理屈じゃないのです。もう時間がない。キャロルには私が説明します。だからどうか私を、私を父の元に……」

 痛い程に左腕を握り懇願するエレナに、シュウは冷徹になり切ることができなかった。彼の脳裏に亡き父アイザックの面影も過ぎっていた。父への思慕は、彼にしても痛いほどに判る。兄を亡くし、父を亡くした悲しみを思い返すほどに、彼はエレナを振り切れなくなっていった。

「僕は奇蹟を信じません。所詮偶発性によって引き起こされた事象に過ぎないと思っています。だけど、今はあなたたち父娘(おやこ)の絆の可能性を信じましょう。

 パイロットスーツを着てください。オルディオスのコクピットは狭いですよ、覚悟してくださいね」

「はい!」

 エレナはシュウがコーヒーを飲んでいた後ろのロッカーを開き、自分の体格に適する小さめのスーツを手に取った。白衣のまま着込むには無理がある。やむなくシュウには後ろを向いてもらい、耐G機能を持つタイトなパイロットスーツを素肌に纏った。冷たいスーツの質感が戦場に赴く緊張感を高める。シュウは身じろぎもせず後ろを向いていたが、着替えが終わるころ徐に口を開いた。

「ルイーズ、いいですか」

「もう少し……待ってください」

 最後のベルトが留められず、エレナは何度も位置を確認してはやり直す。なかなかファスナーを上げることができない。背後で悪戦苦闘する彼女を知らないまま、彼は背中越しに語り始める。

「生きて中央大陸に戻り、あなたとあなたの父上、そしてお姉さまをグランドバロス山脈まで送り届けたかった。義務でも使命でもなく、ただ皆さんを救いたかった。でもどうやらそれは不可能のようです。申し訳ありません。許してください」

 丁度ファスナーが上がり、エレナはパイロットスーツを着終えたところだった。

「いいですよ、シュウ」

 振り向いた彼に、エレナは右手の拳を宙に突き出した。

「私達だけ助かって、幸せだと思いますか」

 シュウは何時になく寡黙である。エレナはにっこりと微笑む。

「愛する人を救うために誰かが犠牲になっても、遺された人たちはそれだけ重荷を背負いこむことになる。幸せは一人のものではなく、みんなで分け合うものよ。行きましょう、生き残るために」

 打ち沈んでいた表情が、次第に生気を漲らせていく。彼も利き腕の左拳を差出し、エレナの拳と軽く叩きあった。

「参りました。さすがはゼネバスの娘です。僕のオルディオスは少々じゃじゃ馬ですが、ルイーズが乗るにはぴったりですね」

「それは褒め言葉として受け取っておきましょう」

 駆けだす二人の前で、黄金の武器を持つ白い天馬は最後の使命を果す為、純白と緋色に彩られた翼を雄々しく羽ばたかせた。

 

                   ※

 

 仄暗い格納庫の中、巨大な物体の鼓動だけが響いている。目を凝らしてみてもその全体像を把握することができない。配電盤が操作され、一斉に点灯されたライトに浮かび上がったそのゾイドは、グロテスクなまでに(いびつ)な様相を呈していた。

「皇帝陛下専用に建造された最強の改造ゾイド、ギルザウラーだ」

 誇らしげに語るヴァーノンの背後に、デスザウラーの機体にギルベイダーの翼とダークホーンのハイブリットバルカンを備えたゾイドが聳えていた。個々のゾイドの特徴的な武器を装備した、確かに最強のゾイドとも見えるが、部品の接合は急造感が否めず機体としての統一感を欠いていた。

 美しく無い。そしてこの機体では勝てない。シュテルマーはゾイド乗りの直感として受け取っていた。

「この機体で戦えと」

「不服か」

 吐き捨てるように短く答えると、ギルベイダーの耐Gスーツを着たままのシュテルマーを睨みつける。彼は臆することなく反問した。戦術的にも愚行としか思えないからだ。

「事態が急を要することは判るが、皇帝専用機をなぜ自分に与えるのだ。磁気嵐の中の緊急招集の為止む無くギルベイダー初号機で参内したが、自分にはロールアウト直後から搭乗してきた初号機で戦い抜く自信がある。今更別の機体に乗り換えるつもりはない。それに中佐殿が言われるように、これは皇帝が操縦する為に建造されたものであろう。自分如き輩が扱う代物でもあるまい」

 会話をしている瞬間にも、敵の超巨大ゾイドが王宮に接近している。シュテルマーは口調が早口になるのを自覚していた。

 頻りに視線を左右に巡らしている。ヴァーノンは最初から意見を聞く気など持ち合わせていないらしい。やがて視線を左側に落とすと、徐に髑髏にも似た不気味な仮面を取り出した。

「貴殿の初号機は有効に使わせてもらう。案ずる必要はない。何よりデスザウラー、ギルベイダーの操縦を熟知した優秀なパイロットは貴殿しかいないのだ。この仮面を被り皇帝陛下の身代わりとなって、敵の侵入を防ぐことが今回の任務だ」

 その仮面に見覚えはあった。あの時、謁見した王宮で見たガイロス皇帝の仮面だ。耐Gスーツのヘルメット越しには到底被り切れそうもない。彼の懸念を察してか、ヴァーノンは自分の顔と並べるように仮面を持ち上げた。

「何もこの仮面を被って操縦しろとは言わない。コクピットの中に置いておくだけでいいのだ。帝国臣民に対し、皇帝陛下が勇敢に戦っている姿を伝えることができさえすればいい」

 彼はその時理解した。今までガイロス兵の盾となって散って行ったゼネバス兵を何人も見てきた。そしてついに自分の番が巡ってきたことを。

 しかし当然の如く湧き上がる感情がある。なぜガイロス皇帝の為に戦わなければならないのか。

「ゼネバス殿が行方不明なのは御存知か」

 そんな考えを見透かしたようにヴァーノンは衝撃的な事実を告げた。

 シュテルマーの表情が一瞬にして強張る。そんな情報は一切把握していない。やはりこの男は切り札を残していたのだ。

「巡幸地であるニフル湿原最前線にてダークホーン中隊とともに連絡が途絶えている。磁気異常の為に通信も通じず、撤退命令も届いていないことだろう。

 敵の進路上に、丁度行方不明となった地点が重なっている。閣下が存命であれば必ず敵の超巨大ゾイドと接触することとなる。閣下自らが操縦されているハンマーロックなどひとたまりもないであろう。少しでも対抗できる機体を使って閣下を救出したいとは考えないかね」

 事態は一刻を争う。ギルザウラーという機体をどこまで操れるか、どれ程の能力があるかは未知数だが、少なくともギルベイダー以上の戦力ではありそうだ。

 シュテルマーは無言で仮面を受け取ると、ギルザウラーの搭乗エレベーターに向かっていた。改造ゾイドのコアの鼓動が過剰なまでに鳴り響いている。気がつけば、鼓動は彼のものと同調していた。コクピット後部に仮面を放り込み、周囲に林立する整備塔を排除させる。形式的な出撃コールを宣言する。

「ギルザウラー起動」

 開きつつある格納庫の扉の向こう側、空には長く尾を曳く巨大彗星が横たわっていた。

 


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