『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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(2054―2056)
24(2054年)


 ギルベイダーのコクピットで、デニケンは激しく苛立っていた。

 非軍事施設を破壊するために地上に降りてしまったことが、この無敵の黒いゾイドにとって最大の失策となった。時空を切り裂くように突然現れた白い馬型ゾイドは、離陸のタイミング毎にギルベイダーの背中を蹴り付け離陸を阻止する。決して重量級の機体ではないが、鋭く繰り出される白い蹄はギルベイダーの機体に突き刺さり、ウィングバリアーの防御をも貫いて機体の破損個所を増やしていった。

 不快な衝撃が何度もコクピットに届いてくる。翼、頸部、背部ビームスマッシャー、致命的ではないものの、徐々に火器管制装置に赤い表示が増えていく。

 背部小型ビームスマッシャー装置破損、頭部右ツインメイザー破損、尾部切断翼欠落。生殺しのように続く蹄の蹴りつけは、決して忍耐強いとは言えないイマヌエル・デニケン中尉を逆上させるには充分であった。

 背後のゾイドに命中するはずもない左翼ビームスマッシャーと胸部プラズマ粒子砲を闇雲に発射する。その瞬間を狙って、白いゾイドは左翼の付け根に向けて弾丸の様に急降下した。激しい衝撃とともにギルベイダーの左翼が捻じ曲げられる。発射直前のビームスマッシャーは、オルディオスの全重量をかけた右足の蹄によって発射の軸線がずらされ内部爆発を起こし左翼ごと吹き飛んだ。同時に地表に向けられてしまったプラズマ粒子砲の輻射熱が、発射した粒子砲自体と頸部のニードルガンをも破損させ、なおかつ融解した大地に四肢をめり込ませる結果ともなってしまった。

 歩行することも叶わずその場でもがき苦しむギルベイダーに、オルディオスは止めの一撃を加えた。

 頭部プロテクターに装備されたサンダーブレードが黄金色に輝き、残されていたビームスマッシャー発射口に突き刺さる。激しい放電と共にギルベイダーの右翼が吹き飛び、泥濘の大地に倒れ込んだ。四肢を奪われ両翼を失った巨体が擱坐する。キャノピーの奥の赤い眼光が消えた。

 ついに共和国は、ギルベイダーに勝利したのだった。

 

 破壊を免れたコクピットから両手を上げたデニケンが地表に降り立ち、オルディオスのコクピットからも操縦者が現れた。機能を停止したギルベイダーはエントランス基地の兵士達に取り囲まれ、その中にはキャロラインに肩を支えられた泥まみれのエレナの姿もあった。

「あれは」

 エレナは、白いゾイドのパイロットがヘルメットを脱いだ瞬間シュウである事に気付いた。支えるキャロラインも驚きと喜びの感情を抑えながら見つめている。

 両手を上げたままのデニケンは、周囲の憎悪の視線に気圧されながらも気丈に言い放った。

「捕虜身分の保証を要求する」

 シュウはデニケンに近寄り静かに問いかける。

「なぜ戦闘とは無関係の施設を攻撃した」

 穏やかな口調であるが、言葉の中には抑え込まれた怒りが覗われる。

「戦略上必要な攻撃をしたまでだ。ここでの尋問を拒否する。即刻しかるべき場所へ移動したい」

「答えろ。言っておくが僕は軍人ではない。だから軍人同士のルールは無関係だ」

 それは今まで見たことも無いシュウであった。

「あのゾイドのコクピットに座った時から、破壊衝動のようなものが生まれなかったか。これまでにない残虐な気持ちだ」

「確かに破壊的な気持ちにはなったが、それは戦闘での当然の感情だろう。それよりお前が軍人であるなしに関わらず一刻も早い保護を願いたい」

 周囲の射すような憎悪の視線が注がれ、デニケンは委縮し始めてきた。シュウが問いかける。

「生きていたいですか」

「当然だ」

 返答を聞いた直後、シュウの左拳がデニケンを殴り飛ばした。それは、共和国兵の中に積み重なった憎悪の感情を昇華させるための彼自身の判断による行為だった。もし何の行動も起こさず、捕虜として保護しようとすれば、周囲に渦巻く憎悪の念が敵のパイロット一人に集中し、残虐な私刑に至る可能性も想定されたからだ。

 シュウにしてみれば一触即発の状況で打った苦肉の策であったのだろう。仰向けに倒れた敵兵の身体に寄り添うと庇うように周囲を見渡した。

「看護兵はいないか」

 デニケンは担架に乗せられ、捕虜収容施設に移送されていった。

 

 

「皆さんには、御心配おかけしました」

「心配なんかしてなかったわ」

 キャロラインの言葉にシュウは苦笑した。言葉とは裏腹に、彼女の瞳が潤んでいるのをエレナは静かに見守っていた。

 左手と額に包帯を巻いたチャンス少佐、シュウを知る調査団の生き残りの兵士、そしてギルベイダーを撃破した勇士の姿を一目見ようと集まった人々の中、彼はこれまでの経緯を語り出した。

 ビームスマッシャーによって撃墜されたサラマンダーは、墜落途中自らの命と引き換えにシュウをコクピットから脱出させた。基地の炎上によって発生した気流は、射出された落下傘を海上まで運び、基地周辺海域で遊弋していたサラマンダー洋上部隊を護衛するウルトラザウルスに発見され収容された。炎上する基地を前にして一刻も早い脱出を図った部隊は、そのまま進路を中央大陸に向けていた。脱出の衝撃による意識の混濁と海上落下時の低体温症に苦しんでいたシュウは、エントランス基地への連絡を取る事もできず、仮に出来たとしても基地側の受信施設は全て破壊されていたため、その後の消息を伝えることが出来なくなっていたのだった。

 傷も癒え、首都の内務省に赴いた彼は、大統領本人に直接基地の惨状を報告した。同時に姪であるルイーズ=エレナが行方不明である事を伝えると、その時ヘリックは無言で立ち上がり、彼に背中を向けた。

「マドレーヌ作戦に期待しよう」

 呟いたのはそれだけだった。

 為政者としてのヘリックは、弟ゼネバスに次ぐ重要人物としてエレナを認識していたに過ぎないが、伯父として弟の血を継ぐ姪を救えなかったことへの葛藤も渦巻いていた。

 未だに暗黒大陸の調査が終了していないことと、まだエレナが死亡したと確認されていないことを踏まえ、再び暗黒大陸への渡航を希望するシュウに、ヘリックは開発されたばかりの新型ゾイドを与えた。

「それがこのオルディオスです」

 彼は眩しそうに白いゾイドを見上げた。久しぶりに雨雲の切れた空から、陽射しがカーテンのように降り注いでいた。

「先ほど敵に妙な尋問をしていたが、やはりあのシステムのことか」

 チャンス少佐が待ちきれないように問いかけた。シュウは相変わらず滔々と話を続けるため、漸く訪れた発問の機会を逃すわけにはいかなかったのだ。

「技術的な事は判りません。ただし、ゾイドが潜在的に持つ闘争本能のみを増幅、尚且つその残虐性を増した情報を操縦者に逆流させ、徹底的は破壊と殺戮を行わせるシステムと言われています。未だに解明はされていませんが、僕の知る限りでは滅んでしまった古代ゾイド文明に繋がる謎のシステムが、この黒いゾイドに限定的に組み込まれている可能性があります。本体はほぼ無傷で手に入れられた機体です。このままタートルシップに載せて中央大陸で解析してもらいましょう」

 オルディオスの背後では、ギルベイダーの巨体がタートルシップ格納庫へ回収されようとしていた。

 後に判明する事だが、この機体に搭載されていた暗黒軍のオーガノイドシステムの原型〝ダイレクト・リンク・システム〟はオルディオスとの戦闘により完全に破損していた上、開発途上故に共和国技術局側でも解析も出来ず、後の西方大陸戦争時まで解明は持ち越されることとなる(なお、ギルベイダーの機体自体は改修され、共和国側の改造ゾイド、シルバーベイダーのフレームとなったことを付け加えておく)。

「さて、チャンスさん。大統領からの特命を受けて参りました。

 マドレーヌ作戦への参加です。御迷惑かもしれませんが、もう一度僕と一緒に来てもらいたいのですが、宜しいでしょうか」

 包帯の下でチャンス少佐が苦笑した。

「大統領の特命を断れるほど自分は偉くはないぞ。最初から人を巻き込むつもりだったのだろう、違うのか」

「まあ、その通りです」

 シュウは変わっていない。敵のパイロットを殴り倒したとき、一瞬彼も戦争によって心が荒んでしまったのかと疑ったエレナであったが、その飄々とした風貌とデニケンへの最大の思いやりのための行為であった理由を知り、胸を撫で下ろしていた。

「では、チャンス少佐の看護担当者が必要となりますね」

 キャロラインが有無を言わさず話に割り込んでくる。先を越され、エレナは彼女の背後で数回大きく相槌を打つことしかできなかった。シュウに対しては彼女とエレナの立ち位置が逆転していた。シュウは複雑な表情を浮かべる。

「お二人の処遇については……」

 チャンス少佐達一般の兵士を前にして、ルイーズの身分を明かすことが出来ず口籠る。機先を制してキャロラインが告げた。

「決まりましたね」

 再びエレナは、父の救出という目的に向けて大きく前進することとなった。

 

 オルディオスの配備は暗黒軍に大きな衝撃を与えた。戦線への投入以来、半年以上に亘って無敵を誇っていたギルベイダーが立て続けに撃破されたからである。

 更には同機体が共和国軍に500機以上配備されたという情報が駆け巡り、それまで一方的に中央大陸への空襲を繰り返してきた暗黒軍も、一時渡洋爆撃を見合わせる事態となった。無論これは共和国軍の流したフェイクであり、猜疑心の強いガイロス皇帝であるからこそ通じた情報戦略であることは広く知られている。共和国は漸く空襲の脅威から逃れることができたのだった。

 ところでギルベイダーのコクピットの設計思想は、デッドボーダー、ヘルディガンナーに連なるキャノピー方式である。シュウの戦果に前後して〝暴れ馬〟ロイ・ジークルーガ中尉によって撃墜された機体は、有人戦闘ゾイド最大の弱点であるコクピットへの直接攻撃によって敗れ去っていた。この為、次に開発された大型ゾイドであるガンギャラドにはゼネバス帝国由来の装甲式コクピットが採用されることになる。

 一方の共和国軍側ではオルディオスの完成によりギルベイダーへの対抗手段を得たとはいえ、未だに劣勢は挽回されていなかった。バトルクーガー、ゴッドカイザー等の新型ゾイドの開発は継続されていたものの、共和国軍の戦略の優先順位は、第一にキングゴジュラスの完成と戦線への投入、第二にマドレーヌ作戦であった(尚、グローバリーⅢ世号の修復は極秘事項であったため、実質的にマドレーヌ作戦は三番目に位置づけられていた)。

 

 双方一歩も引かない決戦の上空に、巨大彗星ソーンが接近を続けていた。

 


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