『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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19(2053年)

 切断された黄金の翼が地表に突き刺さっていた。

 瓦礫の破片一つ一つがまだ熱く、破壊の跡からは未だに硝煙が燻っている。残骸を取り除くには危険過ぎて、地下施設に生存者がいても容易に救出は叶わない状況であった。

 隕石落下の爆発とギルベイダーによる攻撃によってエントランス湾前線基地は完全に破壊され、その機能も停止していた。

 エレナは廃墟と化した前線基地をただ茫然と眺めていた。

 基地の方角から火柱が噴き上がり、空を覆い隠す巨大な黒い翼が現れた。基地から離れた宿舎から二人が駆けつけた時には、既にその黒いゾイドが破壊の限りを尽くしていた。

 丁度調査部隊を率いて暗黒大陸内陸を哨戒していたシュウのサラマンダーF2が帰投していた。本隊とは別行動をとっていたため隕石落下に巻き込まれることがなかったのだ。一面炎の海の上、黄金の翼を煌めかせた3機のサラマンダーが空中戦に突入したが決着は呆気ないまでについてしまった。

 ギルベイダーの翼と背中から繰り出されたビームスマッシャーがサラマンダーを切り裂き、地上に叩き墜とした。

「シュウ!」

 キャロラインが悲鳴を上げた。落下地点より小さな炎が噴き上がりサラマンダーの機体ごと呑み込む。切断された黄金の翼が遅れて地上に突き刺さった。

 既にエントランス基地はギルベイダーにとって価値の無いものとなっていた。周囲を睥睨すると、水平線に貼りつく極地の陽射しを受けながら、黒い翼は狂気の叫び声を轟かし南に向けて灰色の海の上を這うように飛び去っていった。

 炎の壁が全てを焼き尽くすまで、二人には成す術も無かった。

 鎮火したのはそれから20時間後であった。

 

 破壊を免れた一台の通信機器から、雑音が混じる放送が間断なく流れている。トライアングルダラスを経て伝わってくる情報は、ギルベイダーによる共和国首都空襲の惨状であった。本土通信員の悲痛な叫びだけが響き、死傷者は数え切れず軍の様子も伺えない。技術力で圧倒していると自負していたヘリック共和国軍に言い逃れようも無い敗北の現実が突き付けられた。

 

 エレナとキャロラインは、鎮火したエントランス湾上陸基地で救出された兵士達の治療にあたっていた。

 攻撃が行われる前、まだエントランス湾に安穏とした雰囲気が蔓延していた頃、基地では〝ルイーズ〟の名前を得たエレナは注目の的であった。

 今まで遺跡と地層と岩石にしか目を向けなかった調査隊責任者のシュウが突如二人の若い女性を伴って自分の宿舎に戻ってきたということもあるが、何より彼女の伏し難い美しさが話題の中心となったからだ。

 彼女らは表向きガイロス帝国政治犯の家族として保護を求めて共和国側に亡命してきたことになっていた。姪の立場を慮って正体を明かすことの無いようにとの大統領の通達があったからだ。キシワムビタ城に囚われ暗黒大陸の風土に馴染んでいた彼女達は、暗黒大陸出身の人間として周囲に疑念を抱かれることなく亡命者の娘とその侍女という立場で基地外縁の女性兵士用の宿舎に保護されることとなる。

 予測された事態であるが、兵士の中にはかつてゼネバス帝国のプロパガンダで表出したエレナと〝ルイーズ〟がよく似ていると言う者もあった。

 だが、ゼネバス帝国が滅亡しニカイドス島からキシワムビタ城に囚われている間の彼女の変容は劇的であった。

 父ゼネバスと反目していた頃の思春期特有の硝子(ガラス)細工のような儚げな美しさは、積み重ねられる数々の試練により彼女の品位を研ぎ澄した。気が付けばその数年間で彼女の魅力は磨き抜かれた金剛石(ダイヤモンド)のように輝くようになっていた。

 仮に少女時代のエレナを〝ルイーズ〟の隣に並べてみてもその面影は殆ど見られないだろう。新たな名前を得たことも大きな節目となっていた。彼女は心身ともに成長していたのだ。

 付け加えると〝バレッタ〟キャロラインは、ゾイド用の搭乗服を普段から着用することにより優雅な侍女としての姿を覆い隠し、優秀な女兵士――むしろこの姿の方が本来のものなのだが――として常にルイーズ=エレナに付き従った。シュウは敢えて情報を攪乱させるために「キャロラインは共和国が任命した女性護衛官である」という噂を流し、彼女の素性も煙に巻いた。

 共和国軍前線基地に溶け込んだ二人の女性はあくまで調査部隊のシュウに雇われている地形アドバイザーとして残留し、ゼネバスの行方を追った。

 そして何度となく溜息をついた。数日措きに帰還する調査隊のサラマンダーからは、生存しているはずの父の情報がもたらされることがなかったのだ。

 陰鬱とした気持ちに陥ることを避ける為、その度毎に自分を励ましつつ次の情報を待っていた。

 気分を紛らわすため、エレナはシュウの私室から幾つかの古代遺跡関係の資料を持ち出した。彼の専門の地球物理学の書物はあまりに専門的過ぎ、到底理解できなかったからでもある。

 彼女が興味を持ったのは古代ゾイド文明であった。未だ充分に解析されていない暗黒大陸奥地のトローヤ遺跡には現ゾイド人とは別種の古代ゾイド文明の手掛かりが残されていると言われ、蓋し暗黒大陸こそが本来のゾイド人の発祥の地という説があることを知った。シュウを初めとして中央大陸の考古学研究者たちが挙って暗黒大陸研究を試みたのも同様の理由からである。これとは別にニクスとデルポイ両大陸の西方に横たわるエウロペ、別称西方大陸にも数多くの遺跡が残り、一部は未だ機能が停止せずに文明の残滓を砂漠の底に隠しているということも知った。

 彼女はかつて恩師マイケルから全ての知識を授けられたと思っていたが、シュウの所有していた資料はマイケルのそれとは全く違っていた。まだまだ自分の知らないことがあるのを知りなぜか嬉しくなった。

 広い世界に目を向けたい。もっともっと知識の幅を広げていきたい。そしてこれ以上の戦争の惨禍を繰り返さないような互いに互いを理解する世界が築けないのだろうかと思った。父と伯父とが戦争に及んだのは互いの理解が足らなかったから。そして世界に目を向ければ北の大地にもう一つの脅威があったことなどすぐにわかったはずだ。視野狭窄に陥り身内の諍いを繰り返すうちに、もっと大切なものを見失う悲劇はもう二度と起きて欲しくはない。もし父と再会が叶うのであれば父に言ってやりたい。

「お父さんは頭が硬いのよ」。

 そしてどんなことをしてでも伯父と父とを仲直りさせてやるのだと。

 しかし。

 そんな資料も石片も焼き尽くし、ギルベイダーは飛び去って行った。

 

 焼け跡に覆い被さるように大粒の雨がまた降り出した。舞い上がった粉塵が雨粒を真っ黒に染めている。

 天空に雷鳴が轟き、あたかも暗黒の地に踏み入れた共和国軍の過ちを責め立てるかのような豪雨だった。

 かつて〝ミンクス〟に所属し応急処置の技術も習得していたキャロラインは適確に救出作業の介助を行った。

「ルイーズ様はお戻りください。ここは危険です」

 開かれた装甲式コクピットからキャロラインが叫んでいる。あれからそのまま与えられたカノンフォートを操り、前足や角を使って撤去可能な残骸を取り除いていたのだ。

 だがそう言われて惨状をただ見過ごすことなどできず、エレナは少しでも多くの命を救うことを願い残骸の撤去作業現場から離れ救出された怪我人の治療を行っている仮設テントへと向かう。テント内で治療の指揮を行っている軍医らしき人物に直接協力を申し出た。

「あんたがルイーズさんかい。わかった、誰でもいいんだ。手伝ってくれ」

 セーラブと名乗った軍医の背後には、泥と油、そして血に塗れた兵士がベッドの上で無数に横たわっている。激痛が奔るのか終始奇声を上げてもがき苦しんでいる。右の大腿部に黒焦げになって倒れたゾイドの装甲板の一部が突き刺さり血が流れ続けている。かつてゼネバス兵の野戦病院を訪問したこともあるが直接治療したことなど勿論ない。当惑して立っている彼女に容赦なくセーラブの怒号が飛んだ。

「押さえて」

 二の腕までを覆う厚手の手袋を嵌めさせられると、別の女性看護師に腕を掴まれ兵士の右肩と右腕の上に両手を載せて押さえつけるように言われる。兵士の口に布切れが詰め込まれた。背後には鋸を構えたセーラブ軍医が立っていた。

 切断手術、手術と言うには余りに粗雑な処置だが、同様の治療を彼女はそれから数時間継続させられた。

 最初の内は気付かなかったのだが、治療を受ける重症者の身体の傷口近くには一様に奇妙な記号が付けられている。記号は4種類あり、エレナが処置を施しているのは主にその内の2種類だった。見ると看護兵が横たわる多くの傷病者の合間を縫いながら、次々とその記号を書いている。

 何を示すかはすぐにわかった。重症群、中等症群、軽傷群、そして死亡群に分類し、最優先で治療に当たる必要があるものと、蘇生可能性のないものとの区分をしていたのだ。残骸の撤去が終わり傍らに戻ったキャロラインから「トリアージ」という用語を初めて聞いた。

「大丈夫ですよ」

 ぼろぼろになった兵士を笑顔で勇気付けながら握った手のもう一方では死亡群を示す記号を書く。内臓のはみ出た人。両足の吹き飛んだ人。顔の半分が焼け爛れ、脳漿が包帯から滲みだしている人。エレナに充てられた仕事は、付けられた記号に従い救える命には応急処置を、救えない命には小さな注射を打ち、永遠の眠りにつかせることだった。

 血塗れの両手で無数の返り血を浴びながら、エレナは治療と永遠の安らぎを与える残酷な作業とを続けた。汚れた彼女の両頬に白い二筋の涙の跡が描かれていた。

 

 小型ゾイド用のサーボモーターに腰掛けたまま、その兵士は虚ろな眼でテントの庇から流れ落ちる雨垂れを見つめていた。左の二の腕から先が無い。切断された傷口に巻かれた包帯は赤黒く滲んで血液が滴り落ちている。失血による意識障害か、或いは既に死んでいるのか、半身を豪雨に洗われながらも身動き一つしない。エレナが真横から近づいても視線は瞬きもせず雨滴に固定されたままだった。首から提げた認識票に名前が記されている。額の裂傷から流れ出た血糊がチェーン伝いにこびり付き、判読は困難だったが辛うじて読み取れる名前を呼びかけた。

「リチャードさん、そこでは濡れてしまいます。テントの奥に入った方がいいですよ」

 振り向くことは期待していなかった。降り続く雨滴と一緒に、その兵士の生命も暗黒大陸の大地に吸い込まれてしまっているかのようであったからだ。

 彼女の予想に反し、兵士はゆっくりと首を回して頷いた。テントの支柱に捉まって立ち上がろうとする。足元がふらつき倒れ込んだ。

 彼は反射的に左腕を伸ばし、彼女に縋ろうとした。したのだが、切断された腕の先端は虚しく空を向いただけで、差し伸べるエレナの細い腕を掴むこともなくそのまま仰向けに倒れ込んだ。激しい雨垂れが身体を打つ。黒い雨の飛沫の中、泥水の中でのたうつ瀕死のウォディックの様に彼は泥まみれとなって藻掻いていた。

 立ち上がることなど無いと思い込んでいた彼女は、そのあまりに悲惨な姿に思わず自分の濡れることも厭わずに彼を支えた。北の大地の激しい雨が血の足りない抜け殻のような彼の身体を芯から冷やし、恰も氷の塊のような肉体を彼女は抱きかかえた。

 死亡群を示すトリアージの記号が書かれていたが、抱かれた右手の力強さはまだ彼が死から遠い位置に居ることを推測させた。例え一人でも助けられるものならば誰でもいい。彼女は書かれた記号が油混じりの水溜りの中で消え失せることを確認した上で、再び軍医の元に運び込んだ。

「重症者です。緊急処置をお願いします」

 横たわるベッドの上、彼は彼女を見つめ微笑んだ。

「ありがとう」

 辛うじてそれだけ聞き取れたのであった。

 

 それから更に数時間後、エレナはキャロラインと背中合わせになり、泥の様に疲れ果てて治療所の裏手で仮眠を取っていた。

「御無事ですか」

「キャロルと同じぐらい……」

〝疲れている〟という言葉が続かない。最早感情の入り込む隙間も無い程、機械的に怪我人たちを処理してきた。ふと、キャロラインが背中越しに上を向く。

「あいつも、死んだのかな」

 エレナに答えることは出来ず、また、キャロラインも答えることなど望んではいなかった。

(お父さん、一体どこに居るの)

 黒い雨は、父への思いさえも掻き消すように激しく降り注いでいた。

 

                   ※

 

 幾分やつれてはいたが、見紛うことも無いかつての皇帝の姿がそこにあった。

 跪くシュテルマーを前に一瞬懐かしそうな眼をして俯いた。

「シュテルマー大尉、ゼネバス・ムーロアとの謁見を許す。顔を上げるように」

 仮面の奥と同時に、背後のスピーカーから機械的に処理された声が響く。

 ガイロス皇帝に謁見する事も、彼にとっては初めてであった。

 不気味、というよりは滑稽な姿だと感じていた。目の前にいる人物が、果たして本物のガイロス皇帝であるという保証はどこにもない。いや、むしろ自分の様な命令違反を繰り返す兵士の前には、決して本人は現れないだろうと思った。

 常に仮面を被り決して正体を見せない恐怖の皇帝は、実はただ猜疑心が強すぎる小心者ではないか。その証拠に隣に立つ戦士ゼネバスの方が仮面の人物よりも何倍も偉大に見えたからだ。

 ただしゼネバスも老いていた。かつて自分の父ガンビーノを死に追いやった頃の猛々しさは失われ、故郷を追われた老人の様に瞳には寂しさが宿っていた。

「ゼネバス閣下、お懐かしゅうございます。元親衛隊にして閣下の御慈愛の下過ごしてまいりましたシュテルマーです。御存命の事を知りつつも我が身の不徳の致すところにより、今日まで御尊顔を拝することが出来ませんでした。重ね重ねの御無礼お許しください」

 ゼネバスは彼の言葉を一つ一つ噛みしめるように聞いていた。そして少しして口を開いた。

「貴君のことは聞いている。暗黒軍にとっても、数々の戦績を残しているそうだな。我らゼネバス兵の誇りだ。これからも精進し、ガイロス皇帝陛下の為に戦ってくれ」

「勿体無いお言葉です。今後も最大限の努力を続けて行く所存です」

 それが、ガイロス皇帝の前で取り繕っているゼネバスの皮肉であることは容易に理解できた。父の件は別として、ゼネバスにはどこかしら子供のような遊び心に溢れていることも知っていた。それが彼の魅力であり、多くの人々を惹きつけてきたカリスマ性であることもシュテルマーにはわかっていたからだ。言葉の裏側に隠れている言葉、「何れ時と場所を選び、詳細に語りたい」という意味を理解した。

 目の前の仮面の人物はやはり無能な替え玉だろう。二人のゼネバス軍人の様子をうかがい知ることは出来ないようであった。

「このたび共和国首都攻撃を成功させた巨大ゾイド、ギルベイダーの初号機を御披露したく思います。ガイロス皇帝陛下もよろしければご覧になられませんか」

 仮面の裏側で、当惑する替え玉の表情が手に取るように判る。独断での行動が、替え玉である人物への粛清にも繋がるため軽々しく行動ができないのだ。

「余は政務がある」

 それ以上の言葉は無かった。

「ギルベイダー、大いに興味がある。皇帝陛下、是非ともガイロス帝国の戦力、シュテルマー大尉に伴い拝見したい。お許し願えるか」

 ゼネバスの言葉が幾分高圧的になっていることに気付き愉快になった。

「良きに計らえ」

 まさに有り合せの言葉を放つ替え玉が、むしろ哀れになった。シュテルマーは再び跪くと、皮肉を込めた最大限の礼をして玉座を後にした。

 

 ウィングバリアー装備の為、機体に傷跡は残っていない。

 弱々しい陽射しを受けながら、ギルベイダーは不敵な姿を晒していた。

「エレナ様にお会いしました。キシワムビタ城を脱出した後、共和国軍の調査隊と行動を共にしているようです」

 彼が最初に発した言葉だった。周囲には強い風が舞い、二人の会話を聞きとることは困難だった。

「残念ながらその後の消息は掴めていません。自分の周囲を煩く嗅ぎまわる人物がひとりいるのです」

「情報はそれだけで充分だ。

 私の娘だ、簡単に死んだりはしない。お前も知っているだろう」

 ゼネバスが少し笑った。やはり気概は衰えていないようだ。

「閣下にお伺いしたいのです。我々ゼネバスの兵は、いつまでガイロスの為に戦わなければならないのでしょうか」

 ギルベイダーを見上げるゼネバスの背後から、シュテルマーはその背中を真っ直ぐに見つめ問いかけた。答えは期待していなかった。強風に掻き消され聞こえないかもしれない。また、答えが存在しないかもしれないからだ。

 背中を向けたまま、ゼネバスは自分自身にも言い聞かせるように語った。

「私は取引をしてしまった。エレナを救う代償に、私の兵士と、そして兄の国とを」

 シュテルマーはゼネバスの前に回って駆け寄った。

「エレナ様を救う代償とは一体何のことですか。また、ヘリック共和国とは」

 ゼネバスの表情は苦悶に満ちていた。

「お前が独断先行し、キシワムビタでエレナを逃したことは知っている。だがあれは共和国軍の調査隊が接近していることを察知した上での措置だったのだ。

 私がニカイドスからお前の父の名を騙り抑留施設に収容された後、この、ゼネバスの紋章を翳して正体を明かした」

 ゼネバスは首から下げた金色の首飾りを手にした。

「私は娘を救う代償に、全面的なガイロスへの協力を誓った。継承権の無い娘と元皇帝本人とでは、やはり私の方が価値があると見做してくれたのだよ」

 その笑顔も歪んでいた。

「ガイロス皇帝は城の警備を解くことだけ承認した。エレナが共和国の手にわたっても、新たな人質が得られたのだから。そして私は、我が帝国に関する一切の情報提供を強いられた。ニカイドスから運ばれた重要機密書類の中にあった設計図、かつてマイケル・ホバートが設計し、開発を提案した対ウルトラザウルス用巨大飛行ゾイド――結局資産と期間の関係で、採用されたのはデスバードであったが――そのパスワードを明かし、開発したゾイドが、これなのだ」

「ギルベイダーが、マイケル先生の……。

 待ってください。確かこのゾイドの基本設計は、我が帝国の亡命技師であるケネス・オルドヴァインと伺っておりますが」

「あんな三下の技術将校など、マイケルの足元にも及ばない。大方自分の手柄としてガイロスに取り入ったのだろう。私は正面から兄との決着をつけるつもりだった。戦術上必要とはいえ、共和国の民を必要以上に殺害するためにマイケルもこのゾイドを設計したわけではない。私は兄をも裏切ったのだ」

 共和国首都爆撃の先頭を切ったのは他ならぬシュテルマーであった。彼にしてみても、マーカーとして撃ち込んだクラスター爆弾がその後どの様な戦略で利用されるか充分知らされていなかった。結果として共和国に大打撃を与え、こうしてゼネバスとの謁見を許されたのだが、彼にしてもやはり代償は大きかった。

 ゼネバスは空を見上げた。いつしかまた大粒の雨が降り始めていた。

「不思議なのだよ。無責任かもしれないがこの戦いが間もなく終わるような気がしてならない」

 雨を避けるため小走りでギルベイダーの翼の下へと移る。

「地上の争いなど洗い流す、いや、浄化するといった方がいいかもしれないが、遥かに大規模な事件が起こるような気がする。この空の彼方からやってくる何かが」

 エレナが予兆を感じたと同じように、その父ゼネバスも、迫りくる宇宙からの危機を察知していた。それは彼らが持つ血が、危機を知らせ合っていたのかもしれない。

 広げた黒い翼の下、降り注ぐ雨粒を見つめながら二人は佇んでいた。

 暗黒大陸から、今は星空を臨むことは出来なかった。

 


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