共和国首都攻撃に参加したギルベイダーは先行生産型(尾部の切断翼が一枚)2機と、通常型(切断翼が2枚)4機。加えて護衛に35機のレドラーが随伴した。
低空進入と呼ばれる飛行法で共和国レーダー網を掻い潜り首都への直接攻撃を可能にしたのは共和国軍本土防衛部隊の油断でもあった。この惑星には存在しない核のような大量破壊兵器でもない限り場当たり的な奇襲攻撃で大きな被害が発生することは通常ない。
漸く飛行編隊を編成できる程度の生産数しか揃えられなかったギルベイダーの攻撃で共和国側に約8万人の死者を出す被害を及ぼした理由には、このゾイドの性能を最大限に発揮するための残酷で巧妙な攻撃方法が採用されていたからであった。
(1) 先行するパスファインダー機(投下誘導機;シュテルマーが操縦)が超低空で首都の中心地区に侵入し多数の閃光弾を含むクラスター爆弾を投下する。
(2) その炎をマーカーとして各機は約半径14㎞の距離を保って旋回を開始する。この時ギルベイダーの頸部前面に装備されたニードルガンが連続発射され、旋回する円周に沿って地上構造物を破壊、直径28㎞の瓦礫の帯が描かれる。
(3) 充分に破壊された家屋や建築物は、続いて同機体の胸部に装備されたプラズマ粒子砲によって一斉攻撃を開始される。10,000℃以上の高熱粒子によって点火された炎の円はその円周内部からの避難民の脱出を完全に閉ざす。
(4) ギルベイダーは同心円状に攻撃範囲を広げ炎の帯の直径を約30㎞にまで拡大。共和国首都中心部の平均気温を15℃以上一気に上昇させた。
丸い炎の檻に閉じ込められた首都住民は、急激な気温変化に汗ばみながらも直接攻撃に移らない〝最終兵器〟に疑問を抱いた。
暑いと言っても決して耐えられない暑さではない。ギルベイダー6機では都市部全てを焼き尽くすほどの火器は搭載できない。或いは共和国国民に対しての示威行為としての攻撃で本格的な破壊は目的ではないのかとも思えた。
しかし、その戦慄すべき攻撃方法はすぐに彼らに示された。
暗黒軍は既に成層圏のブラックシャトルによる観測によって共和国首都上空にブロッキング現象により発生した勢力の強い寒気団が居座っていることを察知していた。通常であれば強風を伴う一過性の降雨で終わるものだが、プラズマ粒子砲によって描かれた超高熱の巨大な炎の円は首都上空の寒気団との極端な気温差により劇的な気圧変化をもたらし、寒気団の中心を刺激して首都に猛烈な突風を招き入れたのだった。
物が燃えるには酸素が必要である。
吹き込んだ突風は、共和国首都という巨大な
強風に煽られた炎の帯が渦を描いて次第に円の中心部に向かって収束していく。幾つかの炎の帯がやがて見上げるような竜巻となり、火災旋風となって首都中心を呑み込んだ。この時の火災旋風は瞬間的に秒速200mに達し、その温度も1,000~4,000℃の超高温となって殆どの物質を融解させた。
高層建築物などの火災旋風発生の障害物が残っている場合にのみビームスマッシャーが撃ち込まれ、炎の渦の燃えるに任せられた。
限られた機数で大規模破壊を行うための、自然現象を利用した徹底的な殺戮である。それは今までガイロス皇帝が他の民族殲滅の際に多用した方法であった。気温が低く可燃性の建材があまり利用されていない暗黒大陸の住居の焼き討ちには、季節によって吹き荒れる突風を利用した焦土作戦が行われて来た。同様の方法を規模を大きくして中央大陸で実施しただけである。ただし、その効果は暗黒大陸と比べて桁違いに拡大した。
天空にも届く地獄の業火が首都を覆い尽くす。人為的に発生された火災旋風は上昇気流に乗って高度4,000mにも達し、この炎の柱は首都から約600㎞離れたクロケット砦や、約700㎞離れたマウントアーサーからも確認されたという。
地表の人々は、家屋の中に避難していた者を含めて舞い上がったガラス片や金属の残骸によって家屋ごと切断され、肉塊となって宙に浮いた。浮き上がった肉塊も数秒を経ずして炎の渦の中で燃え上がり消滅した。また、切断されずとも生きたまま宙に舞い上がり人型をしたまま一瞬のうちに黒焦げとなり消滅した者も多々目撃されている。
燃え上がったのは生身の人体だけではない。首都防衛にあたっていたベアファイター、アロザウラー、ガンブラスターなどもほぼ同様に燃え尽きて行った。
三日後、かつて首都の中心部だった場所に残ったのは直径33㎞に亘って黒々と描かれた巨大な同心円状の破壊の跡であった。
大統領府は同心円の僅かに外側に位置し、不幸中の幸いとして辛うじて延焼を免れていた。もしシュテルマーの最初の攻撃でマーカーとなるクラスター爆弾の閃光位置が少しでもずれていれば、大統領本人を含めた共和国の政治機能も破壊されヘリック共和国も崩壊していたかもしれない。
首都攻撃に参加した全てのギルベイダーがフンスリュック基地に帰還した。
コクピットから降り立ったシュテルマーは、耐Gスーツのヘルメットを脱ぐと同時に地面に叩き付けた。
「なぜレドラーを出撃させた」
出迎えた整備兵に不満をぶつけたところで事態が戻らないことは知っている。だが、わかっていても許せないほど激高していた。
巨人機ギルベイダーであれば、トライアングルダラスを迂回しても共和国首都までの往復の航続距離に充分な余裕があった。一方航続距離の短いレドラーを中央大陸に到達させるためには暗黒大陸東部ヴァーヌ平野の南方基地から発進させた上で空中集合させ、なおかつ片道燃料と呼ばれる帰還の見込みのない攻撃隊として出撃させる方法を取る他ない。そこまで護衛に拘ったのは、共和国が再配備したサラマンダーF2への警戒があったからだ。
今回の首都攻撃作戦に際し出撃するギルベイダーは必要最低限の数であり、一機でも欠ければ火災旋風を発生させることが出来ない可能性もあった。装甲や攻撃力には絶対の自信はあったものの、万が一共和国側ゾイドの捨て身の攻撃にあえば撃墜されるとも限らない。攻撃を成功させるためにも壁となって護衛する飛行ゾイドが必要とされ、その為にレドラーは出撃した。そしてそのコクピットに座っていたのは祖国を追われた同胞、旧ゼネバス兵達であったのだ。
シュテルマーは護衛など必要としていなかった。自惚れなどではなく、自分の操縦技術と機体性能があれば容易に成功できる作戦と考えていた。
まるで捨石同然、これでは犬死ではないか。
プラズマ粒子砲での攻撃直前に、ガンブラスターやサラマンダーによってギルベイダーの盾となって次々と撃墜されていく真っ赤なレドラーの炎の帯が、地上の円状の炎と重なって目に焼き付いていた。またも仲間を犠牲にして自分が生き残っている。その巡り合せに生き残った自分自身が許せず、やり場のない怒りを爆発させていた。
レドラーからの最期の通信を幾つも受信していた。
〝ゼネバス・ムーロア皇帝陛下、並びにゼネバス帝国に栄光あれ〟
嘗ての忠臣の生き残りを未だに死へ誘う元皇帝ゼネバス。彼には理解が出来なかった。一刻も早く元皇帝に謁見し、その真意を問いただす必要がある。自分の父のような犠牲者をこれ以上出さないためにも。
ふと見上げたギルベイダーの口元が、僅かに上がったように見えた。
〝まだ破壊が足りない〟と呟くかのように。