『ゼネバスの娘―リフレイン―』   作:城元太

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17(2053年)

 漆黒の星空が広がる眼下には、薄い大気のヴェールを纏った惑星が横たわっていた。水平線が緩やかな弧を描きコバルトブルーに照り返している。二つ目の月が遠くに浮かび、地表とそれとの見かけ上の中間地点に(いびつ)な形をした岩塊が漂っていた。

 真っ黒な飛行体が接近している。ディオハリコンの燐光が、それが暗黒軍の放った機体であることを示していた。天空に溶け込んだ暗黒の飛行体は無音の宇宙空間で背部のウェポンベイを開いた。せり上がる巨大な電磁砲が徐々に射角を取りながら砲身を岩塊へと向けていく。

 閃光が奔る。岩塊に命中し小爆発が起こった。爆発によって僅かに軌道が変化する。一度ではない。岩塊に何度も閃光が突き刺さっていった。

 変化は微小なもので、時速数千㎞の速度で互いに成層圏上空を移動しているとは想像もできない。眼下は煌めく赤道付近の海から暗雲渦巻く磁気嵐帯へ、そして白い大陸氷河に覆われた極冠地域へ。再び回帰線を経て輝く海上へ。僅か数時間で惑星を周回する軌道上で、作業は着実に進行していった。

 照射する電磁砲の出力調整と方位と発射角の指示が機内に飛び交う。目まぐるしく変化する数値を読み取りながら、火器管制の兵士が報告を続けている。

「地上部隊との連絡を受けました。計画通り落下予想時刻に攻撃を開始するそうです」

 機内には緊張に満ちた時間が流れていた。出力を上げすぎれば、岩塊は軌道から飛び出して宇宙へと去っていくだろう。だが不足であれば、味方の基地へ落下する危険性もある。任務はあまりに重要で、圧迫される船内宇宙服の中、更に呼吸は息苦しくなっていた。

「軌道の大気濃度急上昇、予想外です。拡散により光圧不足、充分な加速を与えられません」

 ブラックシャトル『チャレンジャー』の艇長は(ほぞ)を噛んだ。今更(いまさら)出力不足など補いきれない。この任務が、暗黒軍にとって重要なデモンストレーションとなることを繰り返し強調された。計画が失敗すれば、自分はおろかシャトル搭乗員全員の粛清さえ考えられる。危険を冒してでも照射を続けなければならない。

「機体を岩塊に接近させ攻撃を継続する」

 搭乗員4名が一斉に振り向いた。重力の不安定な軌道上で岩塊に接近することがどれ程危険を伴うか皆理解していたが異論を唱える者は居なかった。艇長と同様この作戦行動の失敗の結果がどうなるかを知っていたからだ。

 操縦席の正面に岩塊が視界一杯に迫ってくる。大気の薄い空間では距離感が掴めず、今にも手が届きそうな錯覚に陥った。

「照射、継続します」

 閃光がまた奔る。音もなく火花の散る岩塊。僅かに揺れた。ほぼ同速の相対速度の最中、標的の岩塊が微妙に傾くのを感じた。

「岩塊、落下軌道に入りました……馬鹿な、緊急事態です。この機体に向かって進んできます!」

 観測員が叫ぶ。

「モーター全噴射、至急落下軌道から脱出、衝突を回避」

「慣性制御できません、機体強度も持ちません」

「構わん、全噴射、亀裂が入っても回避しろ」

「間に合いません。岩塊、相対速度を上げ接近してきます。距離10万!」

「衝突予想時間は」

「あと10秒」

「間に合わない……すまん、みんな。自分のミスだ」

 艇長が最期の言葉を告げたとき、岩塊は4人の命を乗せたブラックシャトル『チャレンジャー』を機体ごと飲み込んで惑星表面上へと落下の角度を取っていた。爆発は無音の空間で美しい輝きを放っていた。

 漆黒の星空に、白い尾を曳く流星が落ちて行った。

 

 それは最初、天空に現れた白い点であった。

 今まで降り注いでいた、緑やオレンジ色の輝きを放つ他の流星群とは明らかに違っている。岩塊は地上十数万㎞の衛星軌道を外れ、放物線を描きながら弧の傾きを次第に下げていった。大気との摩擦熱によって燃え上がり、落下時の姿はゾイド星各地で目撃された。赤道から極冠へ、そしてまた赤道へ。歪な岩塊は炎の塊となって、地表目掛けて加速を付けていく。途中岩塊は崩壊し、数千の炎の雨となって共に落下を続けた。

 落下の進入角がほぼ30度に近づいたころ、その落下予想地点が海岸沿いに近づいてきた。

 無数のゾイドが立ち並ぶ前線基地。中央には円盤型の輸送艇が浮遊している。その中心目掛けて、天空から多数の炎の雨を伴った巨大な火の玉が降り注いだのだった。

 

 エントランス湾共和国前線基地は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 タートルシップが燃えている。落下地点から巨大な火柱が噴き上がった。爆発の中心地にいた兵士は自分が何故死んでしまったのかも知ることなく消滅した。そこでは全ての物質が高熱により溶解し、溶鉱炉のように燃え上がっている。連鎖的に燃料倉庫が爆発を繰り返す。高熱によって暴走したゾイドが次々と自爆していく。

 基地駐屯のロジャース少佐は、辛うじて回避したカノンフォートを操りながら呆然と基地の様を眺めていた。

「まさに地獄絵だぜ、こいつは……」

 彼は、本当の地獄とは現世にあったことを知る。

 

 硝煙の中、炎の壁の背後から不気味な影が火の粉を纏いながら次第に形を成してく。

 オレンジ色から黄色へ、そして赤へ。熱波が去り火の粉が拭い去られたとき、巨大な黒い翼が広がっていた。

 真っ赤な光輪が立て続けに放たれる。ゴジュラス、ガンブラスター、ウルトラザウルスが真っ二つになる。

 狂喜に満ちた雄叫びがエントランス湾に鳴り響いた。

 

 暗黒軍〝最終兵器〟ギルベイダー降臨の(とき)であった。

 

 共和国軍によると落下した隕石の内部からギルベイダーが出現したとの記録が多数存在するが、それが暗黒軍によって描かれた最高のシナリオであった事まで言及している資料は少ない。爆発の炎の中から攻撃時刻を合わせてフンスリュック基地より飛来し攻撃を行ったために、あたかも隕石内部から出現したかのような印象を与えたのだ。

〝演出〟は最高の効果を残した。共和国軍に施設の損害以上の大きな衝撃を与えたからだ。だが命を懸けてその〝演出〟を行ったブラックシャトル『チャレンジャー』の犠牲は隠蔽された。

 暗黒軍側では『チャレンジャー』は共和国軍に拿捕され、ギルベイダーの攻撃により撃墜されたとの記録に書き換えられているが、事実は上記の如く隕石落下の際に殉職していたのである。

 

 なんというゾイドだ。出力を最大にしているのに未だにコアには充分な余力がある。

 

 コクピットのシュテルマーは驚愕していた。デスザウラーやデスエイリアンなどと比較にならない強力なゾイドだった。厳しい自然環境の下で生きてきた素体ゾイドの優秀さとゼネバス帝国から奪取した様々な技術とが結実し、それまでの巨大ゾイドとは一線を画す性能を示していた。機体の装甲・機動性・破壊力、どれひとつ取っても圧倒的で、ウルトラザウルスは愚かマッドサンダー、デスザウラーさえ対抗できないことがすぐにわかった。

 自分が望んでいたものが遂に手に入った。ところがあれほど待ち焦がれた機体であったのに、眼下に広がる炎の帯を見下ろしながら彼は激しい寂寥感に苛まれていた。

 

 俺は誰を守るというのだ。

 皇帝陛下には未だ謁見が叶わず、想いを寄せていた人も既に海の彼方に去った事だろう。

 肉親を持たず、戦友たちも全て失った。

 敵を恐怖と絶望のどん底に叩き落としたところで自分には何も無い。

 

 皮肉にも基地の爆発から逃れることの出来た大型飛行ゾイドがギルベイダーの背後に現れた時、反射的に彼の思考は切り替わり機械の様に正確に戦闘態勢へと移行していた。

 黄金の翼を煌めかせたサラマンダーF2が3機、暗黒大陸の哨戒から帰還したところに基地の炎上を確認したのだ。復讐に燃えるサラマンダーは猛然と襲いかかってきた。

 

 所詮旧世代の機体だ。演習にもならない。

 

 ビームスマッシャーを立て続けに発射すると、数十秒も経たないうちに撃墜していた。

 モニターに次の攻撃目標が表示された。受信確認の返信をするとシュテルマーは南の大陸に進路を向けた。

「これよりヘリック共和国首都への渡洋爆撃を敢行する。後続部隊は本機に続け」

 黒い翼が翻った。コクピットのキャノピー越しに、光るギルベイダーの眼が赤く浮かび上がっていた。

 


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