NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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あおはる

「さあ…。これからどうするよ」

 

三人で一通り泣き喚いた後の、妙な倦怠感を身体中に感じさせながら、俺はそう切り出した。

現在午前十一時。もうそろそろ仕事に戻らないと、控えめに言ってかなり大変なことになりそうだ。

 

「八神、お前は…」

 

八神は俺を見つめる。

 

「私、行くよ。ちゃんと行って、解決してくる」

 

「大丈夫?なんだったら私が…」

 

「大丈夫だよ。二人がついててくれるんでしょ?もう一人じゃないもん」

 

「コウちゃん…!」

 

遠山は感極まったように八神に抱きつく。

 

「私もパワーを最大限まで注入してあげる!」

 

「もう…。まったく、りんは…」

 

八神は呆れたように、しかし慈しむように遠山の頭を撫でる。

 

「ほら、司くんも」

 

「司くん…?まあいいや」

 

八神の…コウの頭をグシャリとかき回す。

 

「わっ、ちょっと」

 

「ん。行ってこい。お前なら大丈夫だよ、コウ」

 

「…ありがとう」

 

俺は立ち上がる。

 

「さて、じゃあ仕事に戻ろう。そろそろ行かないと俺たちのまずい」

 

「そうだね…。コウちゃん、いける?」

 

「…うん」

 

その時の八神の瞳には、かつての輝きが、また、瞬いていた。

 

 

#

『イーグルジャンプ』に着いた。その時は緊張で、俺はもう汗で、全身シャワーを浴びたかのように濡れていた。部署の部屋に入る時は、それが最高潮に達し、汗のかきすぎで寒かった。

 

「よし、着いたな」

 

「…うん。そうだね」

 

コウは俺とりんを見つめる。

 

「二人とも、改めて、本当にありがとう。二人のおかげで、私は前に進めるよ」

 

「ーー見守っててね」

 

 

瞬間、俺にはコウの背中がとても大きく見えた。この後、こいつはなにか変えるかもしれない。根拠なんてないが、そう思った。

 

「山本さん、押野さん。少しお話よろしいですか?」

 

コウが話しかけに行った相手。山本真弓、押野梨々香。コウに危害を加えた人間だ。

 

「…何よ」

 

不機嫌そうに返す右側の女、山本が言う。キツそうなキツネ目で、思わずたじろいでしまう。

 

「先日のお話の件なのですが…」

 

「だから何?あたしはもうあんたと話すことなんてないよ。それとも何?諦める気になった?」

 

突然ニヤニヤと口元を歪める。

 

「それはないです」

 

「…は?」

 

山本は信じられないというように言葉に詰まった。

 

「おいっ、フザケンナ!お前ーー」

 

「梨々香!やめてよ」

 

押野の声が響きかけたのを山本が止める。押野梨々香。背が小さく、なんとなく、いつも誰かの後ろにいそうな、そんなイメージを抱かせる人だ

 

「…分かった。話を聞くよ。前のところでいいよね」

 

「はい」

 

そうして出て行ってしまった。

 

「おい、どうする。出てったぞ」

 

「追いましょう。行くわよ」

 

コウ達に気づかれないように後をつける。

 

 

#

コウが倒れていた場所、つまり資料室に、コウ、山本真弓、押野梨々香が集まっていた。何やら話し声が聞こえてくる。

 

「で、なんなの、話って」

 

山本はすこぶる不機嫌そうに 言い放った。それをコウは静かに聞いている。

 

「私は、メインキャラデザの仕事を受けます」

 

「はあ!?」

 

驚いたのは押野だ。

 

「なに、あんた話が違うじゃない!」

 

「でも、時間くれるって言いましたよね」

 

「う…。でも、それは、あんたがもうとっくに諦めてると思ったから…!」

 

「そんなわけないじゃないですか。私だって、キャラデザの仕事を目指してこの仕事に就いたんですから。あんなことされたって、私の意思は変えられません」

 

「まあ、そうよね」

 

「真弓っ!?」

 

「でも、あたしだって、夢だった。デザイナーになって六年。やっと、チャンスを手にできたと思ったのに。あんたさえいなければ…!」

 

山本が語気を荒げる。

 

「あんたには先輩を立てるって考えがないわけ!?新人には新人の筋の通し方ってもんがあるだろ!」

 

「ないですよそんなもの!」

 

コウが二人を睨みつける。

 

「そんなもの、くだらない!先輩を立てる?筋?そんなつまらないものにこだわってるから、六年やっても結果が出ないんじゃないんですか!」

 

「あんた…!何言って!」

 

「私は、違う!私は上下関係なんて、考えてない!私は最初から、あの場にいる全員がライバルだと思って戦ったんだ!そして勝利を勝ち取った!それを、そんなくだらない理由で手放してたまるか!」

 

「だったらなんだ!お前の考えなんて聞いてない!あたしは、ただ、お前に譲れと言っているんだ!」

 

「いやだ!」

 

パアン…!

頰を叩かれた音が部屋に響く。

 

「ふざけんな…!」

 

「ふざけてない!叩きたけばいくらでも叩けばいい!あなた達がなにをしようと、私は、私の道を行く!それは、誰にも変えさせない!」

 

「…!」

 

山本があまりの迫力にたじろぐ。もう諦めたか。誰もがそう思った時、

 

「…いいの?」

 

押野が口を開いた。

 

「八神。あんた以外のキャラ班は全員買収してある。たとえあんたがメインになったとしても、誰もあんたに従わない。それでもいいの?」

 

「いいですよ」

 

「…は?」

 

「別に、私に従う必要なんてないです。メインの仕事は、矢面に立つこと。私に従わなくても、全員がいいゲームを作りたいと思えば、それは必ず、いい方向に進んで行く。私はそう、信じています」

 

「…」

 

押野はもはやなにも言うことができない。満を辞して出した最後の策が、まったく相手にされなかった。

 

「ま、まって…」

 

それでも、山本は引き下がった。縋るように手を伸ばす。

 

「お願い…。ずっと夢だったの…。私も、同じ目にあって、ずっと辛い思いをしてた…。やっと…。やっとここまで来たのに…!」

 

「…私は」

 

コウは山本に目線を合わせる。

 

「確かにあなたに起こったことは、不幸だったと思う。でも、これは当たり前だけど、自分がされて嫌だったことを赤の他人にやるのは、はっきり言って間違ってると思う。…私は、正直、ほんのすこし前までは、諦めるつもりだった。それでも私が抗ったのは、私を理解して、励ましてもらったから。背中を押してもらえたから。あなたと私の違いは、そこだと思う。…私が言うのは筋違いかもしれないけど

 

…どうか、諦めないでほしい」

 

「…」

 

「……ううっ」

 

「ふざけんなっ!あんたが言うなっ!そんなこと…!どの口が言うんだ!あたしがどれだけの思いで、今まで頑張って来たか…!頑張って頑張って…。………。がんばって…。

 

がんばって、あたしは…。なんだ?あたしは、ただ、嘆いただけ…。こんなはずじゃ、なかったって、ただ悔やんでいただけだった…。それを周りの所為にして、大事な人を傷つけた…だけ…」

 

「…あなたは、まだ、始まっていないんです」

 

コウがゆっくりと語りかける。

 

「諦めずに進んで行けば、あなたが目指すところに辿り着きますよ。目の前のことを、一個一個…。私も、一個一個やっていかないと」

 

コウは立ち上がる。

 

「私は、もう行きます」

 

「あっ…」

 

押野は、それを止めることができなかった。

 

#

コウが部屋から出てくる。

 

「コウ!」

 

「コウちゃん!」

 

急いでコウに駆け寄った。

 

「つかさ…。りん…」

 

全身から力が抜けたように、ぐらりと揺れる。

 

「おっと…」

 

倒れないように抱きとめる。

 

「大丈夫か?」

 

「うん。…ううん。やっぱ大丈夫じゃない。…少し、休ませて…」

 

「ああ。当たり前だ…。頑張ったな」

 

「うん、本当に…っ。頑張った…っ」

 

いつの間にかりんが泣いている。

 

「おいおい。そっちこそ大丈夫かよ」

 

「だいじょばないよおお…」

 

りんの目からぼたぼたと涙が溢れている。

 

「じゃあ、これから葉月さんのところに行ってくるね…」

 

コウはまだ気怠そうだ。

 

「しょうがねえなあ…」

 

コウを抱き抱える。

 

「うわっ、ちょ…」

 

「ほら、いくぞ。倒れられたら困るからな。付いてってやる」

 

「わ、わたじも…ひっく。いく…」

 

「はいはい。分かったよ…」

 

#

「まゆちゃん…」

 

押野が山本に声をかける。八神がいなくなってから、ずっと呆けたように項垂れている。

 

「まゆちゃん…。だいじょうぶ?」

 

「……りり」

 

「うん」

 

「私って、間違ってたのかな…」

 

「…」

 

正直、押野には答えられなかった。心のどこかでは山本を止めなければと思っていたのに。それでも、山本を一人にしてはいけないと思ったから、押野はここにいるのだ。

 

「わたしね。わたし、まゆちゃんのことが好きだよ。好きだから、まゆちゃんには嫌われたくなかった。あのことがあってから、わたしと、まゆちゃんとみゆちゃんが離れ離れになっちゃって…。美幸ちゃんは、今でも悔やんでる。わたしは、美幸ちゃんに頼まれてるんだ。まゆちゃんをお願いって。泣きそうな顔で…」

 

押野は山本の手を取った。

 

「今回のことは、正直、正しいとは言えなかったかもしれない。あの子の言う通り、わたしは、まゆちゃんの友達なのに、まゆちゃんの苦しみを、ちゃんと理解できなかった。だから、ごめんね…!まゆちゃん、ごめんね…!」

 

「なんであんたが泣くのよ…。質問の答えになってないわよ…。それにこれはあたしの問題なの。あんたには、どうこう言う資格はないの…」

 

「それでもだよ…!わたしは、まゆちゃんのそばにいるだけだった。いるだけで勝手に自己満足で、まゆちゃんの気持ちを分かってなかった!本当に、ごめん…!」

 

「…ばか」

 

山本は押野を抱き寄せる。

 

「そのいるだけが、どれだけあたしの力になったか。それこそあんたは分かってないよ。それに、あたしの気持ちを分かってないなら、これから知ってってよ。あたしも、あんたのことが分かりたい」

 

「うん…!」

 

山本は天を仰ぐ。

 

「とりあえず、一個一個か…」

 

「どうしたの?」

 

「…一個。手伝って欲しいことがあるの」

 

「なに?」

 

「ミユに、謝りたい。見守っててくれる?」

 

「もちろんだよ」

 

#

「私、メインの仕事、受けます」

 

「そうか…」

 

あの後、俺たち一行は葉月さんの元へ行き、無事に、コウがメインキャラクターデザインになることを告げることができた。

 

「考えさせてくれと言われた時は、正直どうしようと思ったけど、よかった」

 

葉月さんは不安そうな顔をする。

 

「…何か、あったのかい?」

 

コウは、一瞬迷うようにしてから、

 

「いいえ。何も」

 

そう、笑顔で答えた。

 

その後、約束通り三人で焼肉を食べに行った。明日も仕事があるのに、とコウが反対したが、そんなの関係ねえ!!とばかりに無理やり引っ張って行った。おそらく明日はニンニクの匂いで吸血鬼を撃退できるだろう。焼肉の最中、コウが今回の事件についてぽつぽつとこぼした。どうやら、キャラ班は、投票の結果を事前に知ることができるらしい。だからこそ、今回のようなことが起こったと言える。嫉妬が度を超えた結果、暴走してしまったのだ。まあ、もう過ぎた話だが。

 

「すいません。注文いいっすか」

 

近くの店員に呼びかける。

 

「ちょっと、さすがに食べ過ぎじゃない?」

 

「なーに、大丈夫よ。肉じゃねえから」

 

ずっと言ってみたかった言葉を、今こそーー

 

「生ひとつ」

 

「だめええ!まだ未成年でしょ!」

 

「ふふふ…!あははは!」

 

三人で結局日付が変わるまで語り明かした。りんに内緒で飲んだビールはとてもうまかったし、りんの過去の失敗談は本当に笑えた。コウもとても幸せそうに笑っている。

 

もう俺たちは学校に通っていない。立派な社会人のつもりだ。

でも、この時の風景に、思い出に、もし名前を付けるなら。それは、『青春の一ページ』だろう。

 

お仕事は、青春だ。

 

 


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