NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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これから

あの日から、半年が経った。『フェアリーズⅡ』の開発も折り返し地点に立ち、すでに初夏の香りが漂ってくる。

 

「…本気なんだね?」

 

ゲーム開発会社イーグルジャンプの一室では、『フェアリーズ』シリーズの責任者兼ディレクターの葉月しずく、そして、去年入社した、加藤あまねが居た。

 

「はい」

 

あまねは静かに短く返事をする。葉月はあまねから渡された紙、退職願に目を落とした。

 

「…もう一度言うが、考えなおしてくれないかい?たしかに、君の怒りはもっともだ。しかし、君はまだ若いし、フリーでやっていくには苦労するだろう。だから…」

 

「すみません。でも、決めたことなんです」

 

葉月は浅い溜息を吐いた。

 

「…わかった。じゃあもう何も言わない。けど、困ったらいつでも言ってくれ。私も、宮前も必ず力になってくれる」

 

「はい。ありがとうございました」

 

あまねは深々と頭を下げた。そして、部屋から退出する。

思えば入社してから良い事がなかった気がする。自分に才能が無い事を思い知らされ、それでもなんとか食らいついてきたのは、ただの意地だ。八神コウという天才に会ってしまったことが、自分の人生を良くも悪くもも変えてしまった。この先どうなるかは分からない。教科書の型通りの自分の作風で、専門学校の講師になって、毒にも薬にもならない事をタラタラ教え続けて終える人生も見ようによってはアリかもしれない。なんて、まだ人生の五分の一も行きていないのに達観ぶって語り始めるなんて、それこそ終わりかも。

心の中でくだらない事を考えながら、仕事場に戻り、荷物を手にとって、エントランスに向かう。今日はイーグルジャンプで最後の仕事だった。与えられた仕事を口を開けたまま脳死でするのはもう終わりだ。これからは自分で考えなくては。

前を見ると、ひふみが立っていた。イーグルジャンプでできたはじめての、そして最後の友達。

 

「あの…あまねちゃん」

 

「今までありがとう、ひふみちゃん。ひふみちゃんは頑張ってね。何かあったらいつでも連絡して。相談に乗るから」

 

「…うん、ありがとう。でも、別に用がなくても連絡して良い?」

 

「全然大丈夫だよ。…じゃあ、行くね」

 

なんとなく居心地が悪くて、逃げるようにひふみの横を通り過ぎた。自分と違って、ひふみは認められて、頼られて、生き残っている。追い込まれて、逃げた私とは大違いだ。ひふみに嫉妬した日だって、一日、二日じゃない。だとしても、ひふみは大事な友達だ。大事な想いだけを、持って帰りたい。

 

ーーああ、なんか嫌だな。もう、止まってるや。

 

 

 

 

 

エントランスから外に出て、大きく息を吸う。都道4号線を挟んだラーメン屋も、となりにあるヤクルトも、微妙に寂れたこの街ともおさらばかもしれない。

そんなノスタルジーな気分に浸ってると、不意に声をかけられた。

 

「加藤さん。ちょっとお話しいいかな」

 

「宮前さん…」

 

『フェアリーズ』のプロデューサーで、チームの中で三番目に偉い人。最初はこの若さに驚いたが仕事の速さや正確さ。そして人当たりの良い、会社のヒーローだ。女性ばかりのチームの唯一の男性。黒一点とも言える。

 

「何ですか、話って」

 

「まあ、立ち話も何ですから。近くに新しい喫茶店が出来たんです。時間がありましたら、お付き合いください」

 

そう言ってホイホイついて行くのもどうかと思うが。

喫茶店に着いて、席に座った司は、おもむろに数枚のB4用紙を取り出した。

 

「…これは?」

 

「あなたのですよ」

 

「え?」

 

確かめて見ると、たしかに自分のものだ。中には、いわゆるメカが描かれている。小さい頃からメカが好きだったのを思い出す。しかし、自分の通っていた学校では人物専門コースに進んでしまったため、機械系は本格的に学べなかった。

 

「えっと、何が言いたいのか…」

 

「今、僕たちが新しいゲームを作ろうとしているのは知っていますか?」

 

「はい。噂程度ですけど…」

 

その噂を口にしている人たちは、概ね否定的だ。なんでも、「フェアリーズであってフェアリーズでないもの」らしい。今まで自分たちが作り上げて来たものを壊されると、危惧しているのだ。新しいチームに葉月が参加していないことも、アンチに拍車をかけている。

 

「そこにメカニックデザイナーとして参加して欲しいんです」

 

言葉が出なかった。まさかこんな早く仕事が来るなんて。しかし頭が回らないまま出した答えは、否定の言葉だった。

 

「光栄なんですが、その、本格的に習ってもいない新参者が、参加するというのは…。それに、私よりもっともっと上手なデザイナーさんがいるんじゃ」

 

「あなたがいいんです。実は、本当に密かにですが、協力してもらっている方々のそれぞれの会社で、メカニックデザイナーをやっている人たちの落書きとか、今までの作品とかを集めてもらったんです。今テーブルにあるこれらは、滝本さんが持って来てくれたんです」

 

ここで、注文していたココアとコーヒーが来た。司はココアを一口含む。

 

「あ、ちなみに滝本さんも参加してもらっています。今やってる仕事が終わったらすぐ来るって」

 

「ひふみちゃんも…」

 

心が揺れた。

 

「でも、なんで私が…?」

 

「あなたの絵を気に入ったからです。タテビさん…ああ、脚本の方ですが…も、これがいいって言ってました」

 

「…私の絵を」

 

「でも、一番推したのは、コウですよ」

 

その名前を聞いた途端、背筋が凍りついた。まだあの言葉が残っているが、同時に奇妙な感謝の気持ちもある。あの言葉のおかげで、自分の本当の実力を知れたし、思い切ることもできた。

 

「そう、ですか」

 

「まあ、あとは本人に任せますよ」

 

「え?…」

 

そう言って席を立つ。気がつくと、後ろのは金髪が。

八神コウだった。

 

「あ…」

 

「…久しぶり」

 

司は別の席に移ってうまそうのココアを飲んでいる。

 

「……」

 

「……」

 

こちらは空気が凍りついたように二人ともピクリとも動かない。話し下手なコウに加え、何が何だか状況が整理するできていないあまねが話す労力を考えることに回しているからだ。

それでもやっと出すことができた言葉は「なんで」だった。

 

「…なんで。なんで今更、こんな…」

 

「……」

 

「私、あなたに会いたくなかったよ…」

 

「…私は、たしかに許されない事をした」

 

コウはゆっくりと口を開いた。

 

「でも、これだけは言いたかったの。…私が言えた事じゃないんだけど」

 

 

 

「諦めないで」

 

 

「私みたいに、ね」

 

コウは微笑む。

 

「私みたいに手遅れになるようなことはしないで。道が少しでも繋がっているなら、歩き続けて欲しいの」

 

「コウさん…」

 

「これだけ。…ごめんね、時間取らせて」

 

コウはそう言って席を立った。

入れ替わるように司が元いた位置に座る。

 

「答えは?」

 

目まぐるしく回る思考。

混沌としたそれらの中にも、たしかな答えがあった。

 

「やります」

 

やれることがあるなら。

 

可能性を信じて。

 

 

 

 


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