「…司くん、待って」
駅の改札。別の線に行くりんと分かれる前に、声をかけられた。
「ちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
「これをやったのは、コウちゃんのためなんだよね」
「ああ」
もう何回も聞かれてきた問いだ。
「コウちゃんのこと、好きなの?」
「……………………………………………………………は」
一瞬、息が詰まってしまった。
「答えて」
「なんの冗談を…」
「お願い」
りんのあまりの真剣な表情に、思わずこちらも真剣になってしまう。
「…ああ、好きだよ」
「女の子として?それとも、友達として?」
「…女の子として」
「…そっか」
りんは一瞬、ほんの一瞬だけ、悲しそうな顔をした。それが気のせいだと思ってしまうくらいに。
「ごめんね、変なこと聞いて。もう大丈夫だから、ゆっくり家で休んで」
「…ああ、うん。今日までほんと、ありがとう」
「いいのよ。じゃあね」
そう言ってりんと分かれた。
その問いに、何の意味が含まれているのか、終に司には分からなかった。
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司と分かれたりんは、自宅とは反対の方向に向かった。向かう場所は、コウの家だ。コウは唯一、りんだけは家に上げている。それも、りんの熱烈なラブコールの末にようやくだが。
この日も、りんはいつも通りコウの部屋のインターホンを押し、コウを待っていた。
「…りん」
「こんばんは、コウちゃん。ご飯作りに来たよ。上がってもいい?」
「…うん、ありがとう」
家に上がるたびに、私は、いつからコウちゃんの笑う顔を見てなかっただろう、と思う。元からそこまでコウちゃんは笑う子じゃなかったけど、でも、ここ数ヶ月は特にそうだ。
「コウちゃん、今日は大丈夫だった?」
こうして台所に立って料理を作りながらそう聞くのがいつもの流れ。
「うん、大丈夫だよ」
そして、こう言うのもいつもの流れだ。
「…そう」
「うん」
私の包丁で食材を切る音だけが部屋にこだまする。
「ほんとにそうなの?」
「…どういうこと」
今日は少しだけ踏み込んでみることにした。
「今日ね、司くんと新しい企画の発表会をしたの」
「うん、知ってる。前、司が言ってたから」
「そっか」
「うん」
「ねえ、コウちゃん」
「なに」
「いつまでそうしてるつもり?」
「…え?」
「司くんは、コウちゃんのために、この企画を一人で作って、完成させて、みんなに頭を下げてたんだよ。全部、全部コウちゃんのことを考えてたの。郵便受け、見た?」
「…ううん」
「設定の資料とスケジュール表が入ってるでしょ?司くんは、コウちゃんの居場所を作りたいの。コウちゃんの帰ってくる場所を作りたくて、無茶してるのよ」
語感を強める。コウちゃんは苦しそうな顔をした。しばらく何も言わなかったが、やがて、
「…別に、頼んでない」
「……」
「私は、頼んでないし。私がいない方が、物事はスムーズに動くし、それに…」
「やめて」
その言葉を聞くと、胸が苦しくなる。心臓から血が溢れそうになる。
「私の大好きな人の、悪口言わないでよ」
「大好きな人…?」
言葉がとめどなく溢れる。支離滅裂だ。
「私ね、コウちゃんが好きなの。心から愛してるの」
「あい、してる…」
「そうよ、愛してるの。初めて会った時から、ずっと」
コウちゃんは何も言わない。
「コウちゃん、覚えてる?私の学校とコウちゃんの学校が姉妹校で、交流会があったのを。私は一目惚れしたのよ。その子はとても強くて、でも優しくて、気高さがあったの。なんとか連絡を取ろうとか思ったけど、できなくて、でも、また会えた。運命だと思った。ステキなお友達もできた。でも、私の好きな子は傷ついて、私の前から消えちゃった…」
「りん…」
「消えちゃったの…。私が大好きで、心からだいすきで、いつも想っていたあの子は変わったの…。でも、その子にとっては、それが本当に幸せなんだな、って思えた」
私はコウちゃんをみる。コウちゃんは戸惑って、訳が分からないような顔をしていた。
鼻をすする。目頭が熱い。いつのまにか泣いてしまったようだ。
「私ね、このこと、ずっと言わないつもりだったの。だって、気持ち悪いでしょ?女の子が女の子のことを好きなんて。でもね、コウちゃんは、ずっとそのままでいるんでしょ?ずっと向き合わないんでしょ?なら、その人生、私に頂戴?」
「な、何言って…」
「必ず幸せにするから。会社辞めて、別のところに行ってもいい。最悪、養ってあげる。だから、コウちゃんも私のことを愛して。疲れた私が帰ってきたら、おかえりって言って。私と一緒に、歳を取っていってください」
「…私、は」
「私は、本気だよ」
コウちゃんはしばらく黙ってじっと立っていたと思ったら、へなへなと座り込んでしまった。
「わ、わかんない、わかんないの…」
やがて、そんな言葉が出てきた。
「私、は、ずっと、立ち止まってるの…?私…私…」
「……」
「……」
無言の時間が続く。
静寂。
「……ごめん」
コウちゃんが出した答えは、拒絶だった。
「私、やっぱり…。…ごめん」
「…………いいのよ」
私は精一杯、笑顔を作った。
「よかった。ようやく、コウちゃんらしくなった。今のコウちゃんの方が、すきだな」
「りん…」
「でも、ごめんね。ちょっと帰るね。用事、おもい、だしちゃって…」
まだだ、まだだめだ。
「りん…!」
「お料理、もうほとんどできてるから、自分でできるよね?じゃあ…」
そう言って、逃げるように玄関へと走った。
力任せに扉を開ける。
コウちゃんのアパートから全力で走った。途中で転んだ。
「ううううう……うわああああ…!」
コンクリ塗装の道路に突っ伏したまま泣きわめき、地面を拳で殴りつけた。
空を見上げようとしても、涙で歪んで見えやしない。
声が枯れたって構わない。
だってこれが私の始まりなんだから。
この声は産声だ。
そうだとしても、
納得はしていても、
初めて、司くんに対して、嫉妬してしまった。