そして二日後、運命の日。
司が目を覚ますと、目の前には見知らぬ天井が。
「…どういうことだ?」
とりあえず起き上がって、周りを見渡してみる。二年前まで使っていた部屋だ。細部まで何も変わっていない。ということは、これは司の部屋、さらには、葉月の家だということだと至った。
「…ますますどういうことだ?」
なぜ俺はここにいるのだ。自分の姿を見てみると、ご丁寧にパジャマまでもが二年前のものだ。サイズが変わっていないのは多少なりともショックだが…。
昨日までの記憶を引っ張り出してみる。昨日は出社して、スケジュールの調整や外回りなどの通常業務が終わったあと、明日、つまり今日の説明会の最終確認をしていたはずだが、その後の記憶がない。
…酒でも飲んだか?
「っていうか時間!」
主催者は早めに行って準備しなければいけない。これはたとえ社会人でなくても常識だ。説明会は午後四時からなので、少なくとも午後二時には会場にいなければならない。そこから逆算して考えると、あまり悠長はできない時間だ。
近くにある時計を確認すれば午前九時。動き出すにはちょうどのタイミングだ。
「良し、じゃあまずは。…しずくさんに挨拶だな」
そうひとりごちて部屋のドアを開けようとしてドアノブに手をかけると、向こう側へ一人でに開く。
「あれ?もう起きたの?もう少し寝てても良かったのに」
「はづ、じゃなくてしずくちゃん…。俺はどうしてここに?」
「うん。会社で疲れ果てて寝てるのをりんくんが発見して、私がここまで引きずってきたんだ。よっぽど無理してたみたいだね。ここ数日ずっと顔色悪かったし。でも今はスッキリしてるよ。君の部屋を残しておいて良かった」
「あ、ありがとうございます…」
思わず敬語になってしまう。
「さ、ここで突っ立ってても始まらない。朝ごはんにしよう?」
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「いただきます」
「い、いただきます…」
朝ごはんは、味噌汁にサケの白米というオーソドックス。ここで食事するのもほぼほぼ二年ぶりだ。心なしか緊張してしまう。
「今日、大事な発表があるんだってね」
「うん。まあ、バレるよね」
元から隠し通せるとは思ってない。
「ちなみに、誰から?」
「大葉ちゃんから。昨日嬉しそうだったよ。私宮前くんに嫌われてなかったーって」
「そんな、嫌うなんて、あるわけないじゃないか」
「それにタテビくんからも行ってくるとかなんとかきてたし」
まさかの内部リークだった。
「でも、どうして教えてくれなかったの?」
「…怒んない?」
「怒んないよ」
「…反対されると思ったから」
「中学生か」
「はは…だよね」
「まあ、たしかに私の相談されても反対しかできないけど。立場的にね」
しずくはいたずらっぽく笑う。
「…悪いと思ったけど、君のカバンのなかの企画書、読ませてもらった」
「…うん」
「すごく良かった。本当に始めて?」
「実は、大和さんに…」
「道理で。クリスティーナの書き方だったもん」
しばらくの沈黙。お互いの箸が食器に当たる音と、咀嚼音だけが響く。
「これは野暮かもしれないけど」
「うん」
「八神くんのためだよね」
「うん」
「彼女のためだけに行動したの?」
「うん」
「これでもし彼女が乗らなかったら、とかは、ちゃんと考えた?」
「考えたけど、途中でやめた」
「どうして?」
「絶対叶えるから」
「…。………そっか」
今度は静かに笑った。
「やっと、一歩ってこと?」
「そうだね。やっとだ」
「ここが始まりなんでしょ」
「うん。終わりの終わりで、始まりだよ」
「使い古されてるなあ。企画を進めるなら、もう少し良い言い回しを考えなきゃ」
「ふふ、精進します」
「さて…じゃあ、今日頑張ってね。フェアリーズⅡのディレクターは応援できないけど、君の叔母は応援してるよ」
そう言ってしずくは司の頭に手を伸ばす。ポン、と優しく頭を叩いた。
「姉さんも、義兄さんも、どっかで見守っててくれる」
「うん。じゃあ、頑張ってくるよ」
「なんのため?」
「え?」
急に、ミステリアスな雰囲気を醸し出して、しずくは問う
「なんのために頑張るの?」
「……そうだな。ま、陳腐だけど」
「自分のためかな」
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時刻は午後四時十分前。控え室である小さな会議室、『第一会議室』で司とりんは待機していた。
「みんな、だいぶ集まってきてくれてるよ。来ないかもって思ってた人も来てるから、予想より全然多いわ。それに、結構有名な人もいるし、ひとまず成功ってことでいいんじゃない?」
「ああ。でも、これからが本番だ」
「これでみんなが企画に賛同してくれれば、数の力で企画は通る。あとは…」
「まあ、それを考えるのはあとだ。今のことに集中しないと」
「そ、そうよね、ごめん」
「別にいいさ。…コンピュータの操作は任せた」
「任せて。今日のためにたっくさん練習したんだから」
「そいつは頼もしいな、あとは台本も作ったし、マッピングの調子もいいし、停電の恐れもない」
「今日は会社、休みだもんね」
「だからこそ借りれたんだけどな」
ふたりで笑いあった。
「あ、そろそろ時間。行かなきゃ」
「…ああ」
「ラストのシンとアスカも、こんな感じだったのかな」
「重みが違うよ。あっちは負ければ世界が滅ぶ。こっちは負ければ…」
「負ければ?」
「…いや、やっぱり同じ重みだな。負ければ仲間を救えない」
「囚われのお姫様じゃなくて?」
「戦友だよ」
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「本日は、『フェアリーズストーリー外伝(仮)』の説明会にお越しいただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げる。パラパラとまばらな拍手が聞こえた。
「さて、まずはこちらをご覧ください…」
ここで説明するのは、三点だ。まずは、このタイミングでこの企画を進める意味。
「それは、私が考えるに、『フェアリーズⅡ』だけでは、この物語は完成しないからです」
「完成しない?」
どこからか疑問が聞こえる。
「はい。前作で、アスカは死んだように描かれていますが、本当に生きてるか死んでるかはユーザーの解釈に任せる形になっており、実際ネットでも議論が分かれているのを目にしました。今作では公式でアスカは死んでないとし、アスカが主役の話を作ります」
りんに目配せし、プロジェクターを進める。
「これが関係図です。そしてここに、『フェアリーズⅡ』の内容の中に穴を作り、この関係図をそのまま挿入します」
「それは間に合うんですか?」
「…現在、『フェアリーズⅡ』の現場は進捗が遅れており、不幸中の幸いというか、今からでも多少の内容変更は容易だと考えます」
『フェアリーズⅡ』では、アスカの生死は最後まで隠されており、ラストでアスカのような人影が見える程度だ。そのアスカのような人物に助けられ、シンはもう一度世界を救う、という運びとなっている。
次の点は、この話題の延長線上だ。この時期に開発を開始する意味。
「この時期から開発を始めることができれば、私たちはある恩恵を受けることができます。その恩恵とは、『フェアリーズⅡ』が発売されたそのちょうど一年ほどに発売できることです。すなわち、『フェアリーズⅡ』の謎をある程度考察させた上での、アンサーとしての位置付けを得られることです。その点を持って、この『フェアリーズストーリー』というコンテンツは完成されるものと、私は考えております」
「『フェアリーズシリーズ』の完成…」
誰かがポツリと呟く。全く無名の所から突如として流星のごとく現れた、新進気鋭のダークホースの完結。見たくないと言ったら嘘になる。
「この点を踏まえて、最後のポイント。それは、いま、ここに集まって頂いてる方々の協力があってこそ、成り立つもの。すなわち、歴史に名を残すことができることです
…正直に言って、これは分の悪い賭けです。しかし、成功すれば、このゲームはかの名高い殿堂の仲間入りを果たすことができます。これは。予想ではありません。確信です。このゲームが完成した暁には、必ずや、我々に栄光をもたらすでしょうーーー」
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「終わったね…」
「…ああ」
誰もいなくなった会議室で、司とりんだけが抜け殻のように佇んでいた。
「みんな、協力してくれるかな」
「さあ、それはもう、天命を待つしかないんじゃないか?」
「…そうね。人事は尽くしたんだし」
「それに、最後の大仕事が残ってるしな」
「これがひとまず成功したらだけどね」
「…でも、ちょっと疲れたな」
「もう休んだら?まだ返事が来るまで少しあるんだし」
「色々と草案も作んなきゃいけないから、あんま時間ないんだよな」
「それでもよ。この計画は司くんが中心なんだから、しっかり休むのも仕事のうちよ」
「…じゃあ、お言葉に甘えようかな」
そう言ってノロノロと立ち上がる。
「さ。帰るか」
「うん」
会議室から出る前に、どちらからともなく、拳を突き出し、コツンと合わせた。
そこにはたしかに、抗ったものたちが、いたのかもしれない。