NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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寂寥

クリスマスが過ぎて、世間はすっかり正月モードに移行した、十二月三十日。会社も休みで仕事がなく、里帰りといっても行くところがなく、かといってわざわざ葉月さんのところに行くのもおかしいと思い、結局、積んでたゲームをただ消化する毎日を送っていた自堕落な男のスマートフォンに、一件の電話が届いた。

 

「もしもし?」

 

『もしもし?あ、司くん?急にごめんね。今、大丈夫?』

 

声の主はりんだ。

 

「今っていうか、ずっと暇。仕事ないからやることないし」

 

『そ、それは…。でも、暇なら良かった。明日も何もない?』

 

「うん」

 

『じゃあ、明日一日付き合って。そのまま初詣しましょ。もちろん、コウちゃんも一緒よ』

 

「別にいいけど、何すんの?」

 

『お買い物。新春セールやるから。男の人いると助かるの』

 

「了解。いつどこ集合?」

 

『十時くらいに迎えに行くから、準備して待ってて」

 

「わかった」

 

その後も何かと世間話をして、電話を切った。急に明日の予定が決まったが、かといって今日は何もすることはないので、のそのそと朝食を食べ、ゲームに戻った。

 

 

#

 

よく晴れた翌日。りんたちの迎えを待っていると、インターホンが鳴った。

 

「おはよう」

 

「…おはよ」

 

「おう。来たな」

 

ドアを開けると、いつも仕事場では見ないような服と化粧を身につけたりんとコウが立っていた。

 

「なんだ。見違えたな。二人とも綺麗だ」

 

「ふふ、ありがと。こんな時じゃないとおしゃれできないもの。ほら、コウちゃんもいつまでも恥ずかしがってないで」

 

「だって、こんな服、いつも着ないから」

 

「だからって女の子が部屋に引きこもってジャージでいちゃダメよ。せっかくなんだから、楽しまないと」

 

「うう…」

 

「心配しなくても、お前も似合ってるよ」

 

「聞いてないよ!…でも、ありがと」

 

「じゃあ、行きましょう?もうすぐ開店するの。すぐ混んじゃうから、早めに行かないと」

行き先は俺のアパートから比較的近い、若者向けのデパートだ。しばらく前まではクリスマスフェア、次は新春セール、正月が過ぎたら新春フェアと、なかなか忙しい。デパートの前まで行くと、そこそこの列がもう並んでいた。

 

「はあ、朝早くからようやるなあ」

 

「毎年こんな感じよ。今年はちょっと少ないかしら」

 

「あー、やっぱり通販とか?」

 

「かもね。でも、やっぱり私は自分で見て、試着して選びたいわ。司くんはちゃんと審査、お願いね」

 

「わかってるよ。あと、荷物持ちだろ?」

 

「うん。よろしい。コウちゃん、楽しみだね」

 

「ひ、人がいっぱい…」

 

「大丈夫よ、取って食べられたりしないから」

 

「こんな人が多いところ、初めてだから」

 

「いい経験になるじゃない。じゃあ、コウちゃん先頭ね」

 

「ええ…」

 

コウは露骨に嫌そうな顔をする。そうこうしているうちに、扉が開き、並んでいた列が一斉になだれ込んだ。

 

#

 

「はー、買ったねえ。お給料だいぶ使い込んじゃった。コウちゃん、どうだった?楽しかったでしょ?」

 

「…うん。たまには、悪くないかなって思った」

 

「ほんと!?じゃあ、また来よう!司くんも、荷物持ってくれてありがとう」

 

「俺も欲しいもの買えたし、来てよかった。誘ってくれたおかげだ」

 

「そういえば、葉月さんの家まであとどのくらい?」

 

「もう見えてる。ほら、あのでっかいマンションだ」

 

「うわ、ほんとだ。高そう…」

 

葉月さんの住んでいるところは、いわゆる、超高級マンションだ。セキュリティも最新型、お部屋は広く、施設も充実している。中に入るには、住人にセキュリティを解除してもらわなければいけない。葉月さんの部屋は1101号室だ。取り付けられているインターホンに1101と押す。

 

『はーい。あれ、どうしたの?』

 

「えっと、年末の挨拶です」

 

『なんだそれ。まあいいよ。上がって』

 

『解錠』のランプが点滅し、扉が開いた。そのままエレベーターに乗り込み、十一階を目指す。

 

「いらっしゃい。さ、上がって上がって」

 

1101号室に備え付けてあるインターホンを押し、葉月さんが応答した。

 

「しっかしどうしたの?年末の挨拶なんて。新年なら、まあわかるけど」

 

「葉月さんにはたくさん世話になったんで。感謝の気持ちをと。もちろん、新年の挨拶にも来ます」

 

「そうかな?まあ、いつでも来てよ。家にいると暇なんだ」

 

「でも、本当にすごいお部屋ですよね。ホテルみたい。家賃おいくらするんですか?」

 

「あー、これ、親の持ち物なんだよね。上京するって言ったら用意されちゃって。だからわかんないんだ」

 

「え?」

 

「うちのじいちゃんばあちゃん、すっごい大金持ちなんだよ。だから、いい家住めるんだ」

 

「でも、司のアパートってボロかったよね」

 

「ああ。俺は、縁切ってるから」

 

「そ、そっか」

 

しまった。さらっと重いことを言ってしまった。二人の顔が気を使う風になる。

 

「ご、ごめんね。変なこと聞いちゃってね」

 

「いや、いいって。もう昔の話だし。少なくとも、そっちが気にすることじゃないよ」

 

「そうかな…」

 

「…いや、じゃあ、気にしてよ」

 

「…?」

 

「ちょっと来て欲しいところがある。ほら、俺傷ついちゃったから、言うこと聞いてくれよ」

 

「う、うん」

 

「もちろんコウもな」

 

「わかってるよ」

 

「司、車出そうか」

 

「うん。お願い」

 

そうと決まったら吉日。すぐに駐車場に行き、葉月さんの車に乗り、目的地へと向かう。

 

「車は軽なんですね」

 

「軽じゃないとぶつけちゃうんだよ」

 

車で片道二十分。目的地に着いた。

 

「ここは…お墓?」

 

コウの疑問には答えず、霊園の一画に向かう。ちょうど二日前に来たばかりなので、供えたスイートピーがまだ綺麗だ。

墓の前で、俺は二人に向き合った。

 

「わかったと思うけど、俺の両親、もういないんだ。俺のワガママに付き合わせて悪いけど、俺の両親に顔、見せてやってくれないか」

 

正直な気持ち、こんなことは友達に言いたくなかった。しかし、両親に友達を紹介したかったと言う思いも真実だが、何より、隠し事は極力したくなかった。このことが他の変なタイミングでポロリと出て、微妙な空気にさせたくないし、気を使わせたくない。

そして、いつまでも逃げ続けるわけにいかない。

一陣の風が吹く。十二月の霊園に吹く風は、まるで身を切り裂くように冷たい。だが、その時は、確かな温みを感じた気がした。もしかしたら、父さんと母さんが背中を押してくれたのかもしない。

 

「俺は、十五の時に、父さんと母さんを亡くしたんだ。そのとき、天草司って名前で、俳優をやってたんだ。色々大変な時期で、それに両親の死が重なって、気が気じゃなかった日々があって、ずっとここには来れなかった。ほんと、人間、やめてたみたいな感じだったから。でも、この前、初めてここに来れて。その理由を考えたんだ」

 

コウとりんを見つめる。視界はすでに歪んでいて、もうろくに何も見えやしないが、せめて、俺が感じている一欠片でもいいから、感謝を伝えたい。

 

「二人がいたんだ。二人が、俺といてくれたから、おれは、父さんと母さんに胸を張れる。ありがとう」

 

沈黙が生まれる。それはそうだろう。いきなりこんな話聞かされて、なんて答えていいか、分からないだろう。すると、突然。

 

「何言ってんの…?」

 

コウが口を開いた。

 

「私が居たからって、そんな、私の方が、りんにも、司にも助けて貰って、私の方が、感謝しなくちゃいけないのに…。あの時のお礼、言わなきゃってずっと思ってて、言えなくて…。なのにそんなこと言われて…。もう、どうしたらいいの…?」

 

コウは目にいっぱいの涙を溜めて、必死の言葉を紡いでいた。

 

「コウ…」

 

「コウちゃん…」

 

「まだ…遅くないかな?私は、司に報いたいの」

 

コウはずんずんと墓石の前に進み、その場に座り込んだ。手を合わせる。

 

「司のお父さん、お母さん。私、以前に司にたくさん助けて貰って。司はああ言ってたけど、私の方が司に支えて貰ってます。司が居なかったら、今の私はありません。この恩は、一生忘れません。司を生かせてくれて、ありがとうございました」

 

言い終わったあとも、しばらく何かを祈るように墓前にいた。そして立ち上がると、俺の方へ向かってくる。いきなり抱きついた来た。

 

「ちょっ…」

 

「ありがとう。司。私、司のお父さんお母さんに誓ったから。これから、私のことも頼ってね」

 

コウの言葉はまっすぐ俺の胸に届いて、染み渡るように、心を溶かしていった。

 

「ああ。ありがとう。俺も、コウにはずいぶん支えられてるよ。これからも、頼らせてもらう」

 

「うん…」

 

俺への抱擁を解くと、次はりんに向き直る。

 

「りん」

 

「うん、おいで」

 

りんは優しげに手を広げる。

 

「ありがとう…」

 

「うん。いいのよ」

 

りんは、何も言わず、ただ抱きしめる。コウの頭をポンポンと優しく撫でる。

 

「じゃあ、おれ、水汲んで来るから…」

 

なんとなく、二人の空間を邪魔しちゃいけないような気がして、墓を洗うために水汲み場へと向かった。

 

 

#

 

「ぐじゅっ…」

 

「もう、コウちゃん、鼻水垂らして」

 

りんはそう言って鼻をティッシュで拭いてくれる。散々泣き腫らした後では、もう手遅れ気がするが、やっぱり恥ずかしい。

 

「二人とも」

 

葉月さんが口を開いた。

 

「二人とも。頼みがあるんだ」

 

「…はい」

 

「…」

 

私たちを見つめる葉月さんの瞳がとても真剣だったから、私は思わず背筋を伸ばしてしまう。

 

「これからも、司と一緒にいてほしい」

 

私たちに頭を下げた。

 

「あの子は、心の何処かで自分は孤独だと思い込んでる。あの子はまだ、過去に囚われているんだ。だからお願い。あの子に寄り添ってあげてほしい。君たちにしか、頼めないんだ」

 

「そんなの当たり前じゃないですか」

 

思わず口に出た。

 

「私は、私がして貰ったぶんまで、司に恩返ししたいんです。それに…」

 

司の両親を見る。

 

「約束したんです。約束は守らないと」

 

「コウちゃん…」

 

「もちろん、りんにもね」

 

「…うん。わたしも、コウちゃんと司くんと一緒にいたい。仲良くしていたいよ」

 

「二人とも…ありがとう」

「なに?三人で何話してたんだよ」

 

タイミング良く、司が帰って来た。

 

「葉月さんが、司くんと仲良くしてくれって」

 

「なんだよそれ。なんか恥ずいな」

 

「そんなことないわ?私もちゃんと、司くんと仲良くしますって司くんのご両親に約束するもの」

 

「親の前かよ。もっとムズムズする」

 

和気藹々と話す司とりんを見て、なぜか急な寂寥が体を包み込んだ。

いつか、りんと、司と、同じ場所に立って、同じ景色を見て、同じ目線で、対等な立場でいたい。魂から、願った。


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