NEW GAME はじまりのとき   作:オオミヤ

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マスターアップ

七月。この月は先月が空梅雨だったせいで、一月を通して雨模様だった。その上雷が頻発し、特大のものがイーグルジャンプのビルに直撃。ビル内の電子設備が全て狂い、作業が止まってしまった。急いで生き残ったでデータをサルベージし、作業の遅れを取り戻そうとしたが、これに一ヶ月かかってしまった。八月はそれで終了。

 

九月。遅れてしまったスケジュールを組み直し、予定より早くゲーム内のアニメーションシーンの制作に入った。制作は動画工房さんにお願いし、コンテ制作協力にコウが入った。どうやら互いに気があったらしく、アニメーションは順調に仕上がっていた。アニメーションが入る箇所は、オープニング、それぞれの章の始まりと、特別なイベントシーンだ。容量に余裕があるなら、一度見たアニメーションをもう一度見れるよう、アーカイブをクリア特典につけるつもりだ。完成したアニメーションを社内で上映会として流した時、感極まって涙を流した者が多数いた。恥ずかしながら、俺もそうだ。だが一番感動していたのは、間違いなくコウだろう。上映会が終わったあと、惚けたようにぼおっとしていた。その後、本人の話によると、家に帰って一人になると、いつの間にか涙が出ていたという。恥ずかしがり屋なコウが、なんだか幸せそうに話しているのを見て、俺とりんは顔を見合わせ、笑いあった。コウ笑顔を見るとどういうわけか、心が満たされる気がした。

 

十月。七月の件で亀の歩みのごとく遅れまくっていたグラフィックがようやく目処が立った。キャラ班、グラ班、モーション班が目を血走らせながらなんとか終わらせてくれた。これにはもう感謝の言葉しかない。この三つの班には、しばらく休憩を取ってもらうことにして、残った俺たちでこのグラフィックをゲームの中に組み込む作業を始めた。タテビさんのシナリオに合わせて作られたキャラの動きに、背景、CG、音楽、そしてなりより戦闘システムを合わせ、調節する。今回のゲームは戦闘の動きを自由に決められるターン制バトルシステムだ。これは、テンポよく、しかし奥深く、ということで今度はプログラムが大変になるが、かねてより基礎を作り込んで来たらしいので、案外すんなり進んだ。

 

十一月。ついに、ゲームの完成が見えてくる。キャラを作り、戦闘システムを作り、タテビさんのシナリオに合わせ、大葉さんが作った音楽を合わせ、マップを作り、モンスターや、敵キャラを作り、クエストを作り、駆け引き要素を詰め込んだベータ版がついに完成した。これをイーグルジャンプ社員全員でプレイ。特に問題はないと判断されたら、芳文堂に提出。良い評価が出たら、今度は事前に登録してもらった外部の人たちにテストプレイをしてもらう。

結果は、だいぶ満足のいく内容だった。テスターからも、王道を行きつつ新しい面も素晴らしい、といった風に評価が降った。

 

十二月。大詰めだ。細かい見直しを繰り返し、バグがないように努める。また、同時に初回限定盤についてくる特典を考えた。その結果、無難にサウンドトラック、ドラマCD、特製ブックレット、そして特別な武器のプロダクトコードがつくことになった。

 

ドラマCDの収録現場を見ていて、思ったことがあった。俺のわがままで、アスカの声優はまだ若い新人になった。全くの偶然だが、主人公のシンも新人さんが担当となった。しかし、それ以外の主要人物は、全員ベテランが担当することになった。俺は、人気な声優というのは、一年に十何本も主役級で出演する。しかし、主役級のキャラならともかく、ぽっと出のキャラのことなんてすぐに忘れてしまうのではないか、ましてや初めてゲーム業界に参入する会社の、初めて一から作るゲームなんて、対して記憶に残らんのではないか。そう思っていた。だからこそ、これはどうしようもないエゴかもしれないが、このゲームは、このゲームだけは、記憶に残って欲しい。シンやアスカといったキャラが、確かに生きていたことを覚えていて欲しい。だから、今までアニメに出たことがないような新人を要請した。理由はどうあれ、最後は納得のいくキャスティングができたし、その後に不可解なこともあったが、後悔はしていない。しかし、自分の考え、いや偏見がどれだけ愚かがったか思い知った。先ほど、一人の人気声優の方が、挨拶に来てくれた。

 

「このキャラクターの声ができてよかったです。貴重なご縁を、ありがとうございます」

 

そう言ってくれた。これをただの世辞だと捉えるのは、愚かの極みだろうか。しかし、この一言のおかげで、少なくともこの場にいる人たちは違う、と思わせてくれた。

 

「ご縁、かあ…。そうだよな。みんな何かしらで繋がってんだよな…。関係ないと思い込んでても、偏見があったとしても、それを理由に一方的に嫌うのは、間違ってるな…。俺はバカだなあ」

 

 

#

そして、十二月三日のりんの誕生日を過ぎ、十二月末。ついに、マスターアップの日を迎えた。苦節八ヶ月弱。全力疾走し続けた結果だ。あとは世間にどう思われるか。もしかしたら、何も思われないかもしれない。今更考えてもどうにもならないが、それでも、どうしても悪い方向に考えてしまう。

葉月さんの最後のスピーチが始まった。

 

「今更、私たち頑張ったよ、とか、きっと良い結果になるって、なんてくだらない慰めは言わないよ。もう、うだうだ考えるのは諦めよう。自分と、今までの積み重ねと、天命を信じよう。以上」

 

そして、少し早いがこのまま正月休み入ること、そして今日は打ち上げをすることを伝え、今日は解散となった。次に会社が開くのは一月三日だ。店頭に並ぶのが一月の八日だから、会社が始まるまではリラックスできるだろう。…そんなことはないだろうが。みんな、長い時間をかけてできたゲームがやっと完成したという喜びと、本当にこれで大丈夫だろうかという不安がないまぜになって疑心暗鬼になっている。だから、葉月さんの言う通りこれは天命に任せるしかない、というのも、わかるにはわかるが、しかし悲しいかな、そんな簡単に切り替えるのは難しい。

そしてその足で打ち上げ会場に行く。場所は居酒屋『さぎ』だ。これは俺とタテビさんの強い要望による。店に入り、一番奥にある団体用の席に通された。間も無くして飲み物(俺とりんとコウ以外はビール)が配られる。葉月さんが乾杯の音頭を取った。

 

「さっき言いたいことほとんど言っちゃったから、特にいうことありません!みんなお疲れ様!じゃあ、乾杯!」

 

みんな一斉に飲み物に口をつける。

 

「あ、りんちゃん。それ私のお酒」

 

「…………。ヒック。ウェヘヘへへ。んなによ、コウちゃん。いっつも私を誘惑してェ…。襲うわよオ!」

 

「は、何言って、ていうか酒くさっ!酔い回るの早過ぎ!」

 

「良いではないかァ…。良いではないかァ!」

 

「いや、あん、ちょ、やめ、助けて!」

 

「なになに?おにゃのこ同士の睦みあい?なら私も入る〜!」

 

「まさか、葉月さんまでもう酔って!?」

 

「いや、あれは素」

 

「…何やってんだよ」

なんか色々やばいことになっているあそこの一帯は放っておいて、タテビさんと一緒にちびちびやりながら話していると、大和さんが近づいて来た。大和さんも、プロデューサーということで参加していたのだ。

 

「ちょっと、良いかしら」

 

「はい?あ、はい。良いですけど…」

 

大和さんの表情から、ただ事でない雰囲気を察し、思わず姿勢を直した。

 

「ここじゃなんですから、一度外に出ましょう」

 

大和さんに連れられる。

もうすでに十二月末。二日後にはクリスマスだ。

 

「えっと…。それで、話って…?」

 

「………」

 

「あの…」

 

「あなたに伝えるべきかどうか、正直、迷ってます。しずくは、言わなくていいと言っていました。私も、そう思っていましたが、ゲームもマスターアップを迎え、もう、隠しておく必要は無くなったと思って。あのぶんだとしずくは、一生隠し続けるでしょうから」

 

「…」

 

うすうす気づいていた。これまでは、俺にとって都合が良過ぎた。これはなんでもおかしい。葉月さんにははぐらかされてしまったが、確かに、何かあるのだ。

 

「…今回の『フェアリーズストーリー』一ヶ月以内に累計十五万本売れなきゃ、しずくのクビが飛ぶの。しずくは、身を呈してあなたを守ったのよ」

 

 


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