正義の味方に至る物語   作:トマトルテ

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起源弾についてよく質問が来るのでここで答えておきます。
普通に出す予定ですし、対(ヴィラン)相手には使います。
どういった風に作るかは今後の展開で書いていきますのでお楽しみに。
後、切嗣の“個性”でないのは固有時制御が“個性”でもないと習得できないからです。
あれ固有結界の上に時間を操るという、技術で真似できる性能じゃないですからね。


2話:弱点

 そこは()()()()地獄だった。

 燃え盛る炎が喉を焼き、立ち上る黒煙は空から光を奪う。

 有機物が焼ける嫌な臭いが立ち込め、発生した一酸化炭素が思考を鈍らせる。

 

 人間は火を扱うことで猿から進化を果たした。

 しかし、それは火を制したということではない。

 時に炎は人間に牙をむき、命という命を貪りつくす。

 そう、炎とは人間の持ち得る最良の道具であり、最悪の隣人でもあるのだ。

 

 人が文明を持ち続ける以上逃れる術はなく、常に危険と隣り合わせに生きなければならない。

 だからこそ、人はこの地獄から助け出してくれる正義の味方(ヒーロー)を求めるのだ。

 

「よかった……生きてる」

 

 伸ばされた手をしっかりと握り、安心させるように微笑みかける。

 そして、その小さな体を優しく抱きかかえ、もと来た道を走っていく。

 呼吸はか細く、脈も安定していない。だが生きている、救わなければならない。

 

固有時制御(Time alter)―――二倍速(double accel)!」

 

 だから切嗣は全力で駆けていく。

 腕の中の小さな命が消えてなくなる前に、救護所にたどり着くために。

 そして、呼吸が完全に止まる直前で、救護所に到着する。

 

「終了! 今の一人で最後の要救助者の救出が完了だ。さあ、今から災害救助訓練の講評を始めようか」

『はい、根津先生』

 

 切嗣の到着を持って、火事の際の救助訓練が終わりを告げる。

 訓練に一区切りがついたことで、ほとんどの生徒が安堵の息を吐く中、切嗣は腕の中にいる救助者ダミーを黙って見つめていた。

 

 これは、訓練の際に使われるロボットで、状況に合わせて健康状態を設定できる優れものだ。

 今回の訓練では、生きている状態で救護所にまで連れてくれば合格という設定だった。

 しかし、切嗣は生身の人間だと今の状態では助からない可能性が高いと理解していた。

 

「……速さが足りなかった。ギリギリじゃだめだ。助けられない」

 

 ()()()全て遠き理想郷(アヴァロン)があったから救うことが出来た。

 だが、あれ程のものは二度と手に入らないだろう。何より、2人以上は救えない。

 そうなると、早く見つけ出し、早く治療を受けさせるしか自分にはできないのだ。

 

固有時制御(Time alter)を鍛えて、持続時間・加速度を上げていくしかないな……」

「切嗣、早くしないと講評始まるよ」

「今行くよ、信乃ちゃん。……やっぱり、人を救うのには慣れていないな」

 

 いつの日にか、殺すことよりも救うことが得意になれる日が来るのか。

 そんなことを、内心で憂いながら切嗣はクラスメイトの下に歩いていくのだった。

 

「集まったようだし講評を始めるとしよう。まずは、今回のMVPから発表といこう!」

「ねこ? そんなのあったなんて初耳」

「ハハハハ! 私個人が今思いついたことだからね!」

 

 そんな適当で本当にいいのだろうかと、全員がジト目で見るが根津は気にしない。

 

「さて、気を取り直して発表に行くとしよう。MVPはズバリ、火事君だ」

「よし! 『バックドラフト』の名折れにならずにすんで良かったよ」

「火事君、バックドラフトは爆発現象だと知っているかい?」

「勿論! ただ、俺はそんな爆発だって乗り越えていくって気持ちで、このヒーロー名にしているんです」

 

 全身を消防士風のスーツで覆う少年、火事(かじ)(まもる)

 手から放水を行うことで消火活動を行える彼は、今回の救助訓練で大活躍だった。

 

「火事君がMVPの理由は、消火活動を行ったこともあるけど、他にも救助のための道を優先的に切り開いていた判断力の良さが一番の理由だ。火事君のおかげで他のみんなが救助活動をスムーズに行うことが出来たからね」

 

 根津の講評に火事(かじ)は照れくさそうに頭を掻き、他の生徒は拍手を送る。

 

「因みに、次点では土川君だ」

「何だかわからないけどやったにゃん!」

「火を消す方法は何も水をかけるだけじゃない。大量の土を上から被せることで酸素を無くすことで消火もできる。さらに足場づくりにも貢献していたところを評価したよ。ただ、土を被せる場所に人が居ないか、足場を形成するための土を取った影響で地盤が脆くなるといった確認を怠っていたから、そこが減点ポイントだ」

 

 MVPの発表が終わると、そこからは一人一人に対する総評が始まる。

 根津の話は長いが、指導する際には的確な指導を行うため誰もが真剣な表情で聞いていく。

 

「……香山君は今後は“個性”に頼り過ぎないようにするといい。次は衛宮君」

「はい」

「君の“個性”を怪我人の運搬に使うのは良かった。ただ、怪我の状態や意識の確認などの判断が甘かったね。動かすと逆に状態が悪くなる場合もある。まあ、君は戦闘時の判断は()()最高レベルなんだ。救助活動時の判断も()()を積んでいけばよくなるさ」

「……分かりました」

 

 暗に人を助けた経験が少ないと言われ、苦虫を噛み潰したような顔になる切嗣。

 分かっていることではあったが、直接言われると堪えるものがある。

 彼のやりたかったことに反比例し、戦闘の経験値だけが偏り過ぎているのだ。

 

 帰ったら救助の際に必要な事項を改めて頭に叩き込もうと考えていると、根津が思い出したように付け加える。

 

「ああ、それと。放課後に君の武装について話があるから私の下に来るように」

 

 

 

 

 

 授業後、根津を訪ねた切嗣は何故か仮眠室に連れられてきていた。

 

「まあ、掛けなさい」

「わかりました」

 

 軽く会釈をして、机の前の椅子に座りながら切嗣は横目で部屋の内装を観察する。

 

(至って普通の仮眠室だが、仮眠室であるが故に防音仕様でなおかつ人が来づらい。……何か聞かれたくない内容を、話そうとしていると見て間違いはないだろう。問題はそれが相手にとってなのか、僕にとってなのかだが)

 

 今から密談を始めようとしているのはまず間違いがない。

 だとすると、それが何なのかというのが重要だ。

 武器の話だと言っていたが、他にも話があると見ていいだろう。

 

「どうだい、衛宮君。我が校の仮眠室は? 体調が優れない場合には重宝してくれ」

「できる限り使わないで済む様に善処します」

 

 ペコリと頭を下げて、そっけなく済ますが内心では表情を曇らせていた。

 

(僕が警戒していたのが読まれた? いや、単なる世間話か? ……くそ、動物の表情までは読めないな。結局、相手の出方を見るしかないか……)

 

 動物であるがゆえに、表情を読むことのできない根津の観察を諦め深く腰掛けなおす。

 腹芸は得意な方ではないが、できないわけでもない。

 いざとなれば生徒の立場を利用して逃げ出すだけだ。

 そう、打算的なことを考えながら切嗣は話を切り出す。

 

「それで武装の話とは一体?」

「ああ、君の武装は銃だ。当然、日本で持ち歩いていれば逮捕されてしまう」

「はい。ですが、雄英高校であれば所持及び使用の許可が出ると聞いています」

「その通り。雄英はより実践的かつスピーディーな育成を行うために、基本的に生徒の望む武器の所持を全て認めている。勿論、そのために必要な法的処理も怠らない」

 

 雄英高校がそうした対応を取るのには2つの理由がある。

 第1に卒業と同時に現場で戦える能力をつけさせるためだ。

 卒業するまでに真剣で戦った経験がないです、実弾の扱い方が分かりませんでは役に立たない。

 常に実戦さながらの訓練を行うことで即戦力を育て上げるのだ。

 

 第2は自分達には人を殺める危険性があると、気づかせるためである。

 土を操る“個性”と拳銃を見せれば、多くの人が拳銃の方を危険視するだろう。

 しかし、実際は逆だ。拳銃は一度に1人か2人しか殺せない。

 だが、土を操れば地盤を簡単に崩せて、自然災害を楽に引き起こせてしまう。

 そうなれば被害は1人や2人ではすまないのだ。

 

 自らの“個性”と銃や剣といった道具が、同じ人を殺めかねないものだと理解させるために、敢えて危険な道具に早くから触れさせて、自身の力の危うさに気づかせるのである。

 

「その点は感謝しています。僕が望んだのは銃火器。世間一般では、まず目にすることも触れることもない代物ですので」

「ハハハハ! “個性”に合った装備というものは千差万別。ヒーローが全力で戦うためのバックアップを充実させるのは当然さ!」

「環境に恵まれて良かったです」

「しかし……だからこそ気になる。なぜ実弾ではなくゴム弾を使用しているんだい?」

 

 切嗣の武装はほとんどが前世で扱い慣れたものだ。

 しかし、銃弾だけは扱い()()()()()()ゴム弾を使用している。

 何が変わるんだと思う人間もいるかもしれないが、ゴム弾と実弾では飛距離が変わる。

 

 一般的なゴム弾は実弾よりも射程距離が短い。

 そのため、戦闘ではより相手に近づかなくてはならなくなり、危険性が増す。

 当然、非致死性兵器なので威力もダウンする。

 

「君がゴム弾のデメリットを補うために、土川君の土魔獣を引き付けた上で、脆い関節部分を狙って行動不能にしたのは素直に感心したよ。あれだけの冷静な対処、()()()()銃を握った人間には見えなかったよ」

「………まだまだですよ、これからも精進します」

「君は謙虚だね。若者は、もう少し威張ってもいいんだよ。まあ、とにかくだ。実弾の使用を私は許可するのだから、実用性に優れた方を使わないのかと思ってね」

 

 そう言って、切嗣に考えさせるようにお茶を入れて間を空ける根津。

 一方の切嗣は一体何を自分にさせたいのかが分からずに、困惑していた。

 ゴム弾の使用は訓練であれば何もおかしくはない。

 そもそも、実際のヒーローであっても相手を殺さないためにゴム弾を使用することはある。

 勿論、ゴム弾であっても、頭や心臓を狙えば殺しかねない危険なものだとも重々承知している。

 

「……対人訓練をする際にはゴム弾を使用します。そうすることで万が一の事故を防ぐことが出来ます。勿論、仮想(ヴィラン)相手には実弾を使用するつもりです」

「相手を無効化するために肩と足を撃ち抜くこともあるけど、練習なしで大丈夫かい?」

「警察や軍隊だって的を使って練習しているでしょう。何の問題もありません」

「実弾で相手を()()()()()()()()()()と思う日が来るかもしれないよ? いや、それ以上に相手を()()()()と願う日が来るかもしれない」

 

 その問いかけに切嗣は理解する。

 根津は自分の心を試していたのだ。いつでも人を殺せる道具を持つ人間に相応しいかを。

 意地悪に遠回しに見極めようとしていたのだ。

 だから、切嗣はハッキリと告げることにする。もう二度と同じ過ちは繰り返さないために。

 

 

正義の味方(ヒーロー)は―――人殺しはしない…ッ!」

 

 

 殺しはしない。ヒーローとは何か分かった訳ではないが、それだけは決めていた。

 世界を救うとほざきながら、人を殺し続けた過去との決別。

 今度こそ、この手を殺すためではなく、救うために使う。

 そう、心に誓ったのだ。

 

「……いや、すまないね。君を見誤っていたよ。君なら道を誤ることはないだろう」

「いえ、武器の所持を認めるとは言われていましたが、()()しないとは言われてないので」

「毎年、危険な武器の所持を望む生徒とはこうして面談をしていてね。私は全ての生徒を信じているんだが、国や警察は必ずしも君達を信用しているわけじゃない」

「当然の対応でしょう。ときに武器は肉体だけでなく心も傷つける……相手も…自分も」

 

 ヒーローを目指す子ども達に武器の使用を認めるのは珍しくない。

 だが、同時にそれが原因で心がおかしくなる子どもも珍しくない。

 だからこそ、時折このような面談やカウンセリングが行われるのだ。

 

「全くだよ。個性が当たり前になってきた世界だが、今まで積み上げてきた人類の遺産がなくなるわけじゃない。正の遺産も……負の遺産もね」

 

 一口お茶を啜り、溜息を吐く根津。

 誰かを憎み、殺したいという思いが連綿と紡がれて生み出されたのが武器。

 武器は道具であり、最後は使い手次第だが、武器の持つ魔力とは侮れない。

 

 誰もがふとした瞬間に思ったことはないだろうか?

 

 この包丁で人を刺したらどうなるのだろうかと。

 今乗っている車で人ごみに突っ込んだらどうなるだろうかと。

 誰かを殺したい、傷つけたいと一度たりとも思わない人間がいるだろうか?

 

「……それを無くすために、ヒーローが居るのではないのですか?」

「さあね、君はどう思う? ヒーローとはどうあるべきか」

「僕には……正義の味方(ヒーロー)がどうあるべきかは分かりません。ただ……」

「ただ?」

 

 ゆっくりと息を吸い込み、改めてこの学校に入学した理由を告げる。

 

「―――それを見つけるために雄英(ここ)を選びました」

 

「……期待しているよ。教師として、1人のプロヒーローとしてね」

 

 切嗣の覚悟の炎が灯った瞳を見て、根津はニッコリと笑うのだった。

 1人の先達として、彼が答えに辿り着く日が来ることを祈って。

 

「さて、話は終わりだ。もう、戻っていいよ」

「分かりました」

 

 聞きたいことは聞けたのか、どこか満足そうな顔をして切嗣を見送る根津。

 切嗣の方もこれで終わったかと、肩の荷が下りたように伸びをしながら外に歩いていく。

 そして、扉に手を掛けようとした瞬間。

 

「ああ、一つ聞きそびれていた。君の―――その戦闘技術はどこで学んだのかな?」

 

 ―――これが本命だ。

 問われた本人しか分からない寒気に駆られ、切嗣は気づく。

 自分の高校生にはあまりにも不釣り合いな能力を疑われて、ここに呼ばれたのだと。

 

 ドアにかける手が汗ばみ、動悸が乱れる。

 だが、疑われるのは想定の範囲内だ。

 前世のことは教える気が無いので、最初から答える内容は決めていた。

 

「自主特訓の成果ですよ。そうでないなら、“魂”にでも刻まれてない限り不可能でしょう」

 

 努めて自然に答えるようにする。生憎、嘘は吐き慣れているのだから。

 何を考えているかも分からない動物の目であってもごまかせるはずだ。

 

「……それもそうだね。君は特別センスがいい子だと()()()。では、今後とも励む様に」

「……はい、勿論です」

 

 意外とあっさり解放されたことに拍子抜けしながら、切嗣は教室へと歩いていく。

 危なかったとは思うが、策が無かったわけでもない。

 

(そもそも僕の経歴はどれだけ洗っても怪しいものはない。才能や努力と言っておけばいくらでもシラを切れる。それでもダメな場合は『転生』という“個性”の持ち主が前世だったと言えばいい)

 

 前世について話して不利益が生じるかと言われれば、大したものではないのかもしれない。

 だが、切嗣は自分の過去というものを話したくなかった。

 ひょっとすると、弱い自分を見られるのが嫌いなのかもしれない。

 何せ、息子にすら過去のことを全くと言っていいほど伝えなかったのだから。

 

(いや、僕は……失いたくないだけか)

 

 自分のことを慕う息子に離れられるのが、失うのが怖くて教えなかったのだ。

 最後の最後に得た大切なものを失いたくなくて臆病になっている。

 

(漫画のヒーローは守る者が増える度に強くなる。でも、僕は増える度に臆病になっていく)

 

 思えば衛宮切嗣は昔から臆病だった。死ぬ直前まで夢を語ることができなかった。

 妻と娘ができたことでどうしようもなく弱くなった。

 守るべき者のために力を振り絞るのがヒーローなら、切嗣はその逆だ。

 何もないから苛烈な戦士で居られた。傍目からは誰よりも強く居られた。

 

 全てを捨て去ったからこそ、再び何かを失うことを誰よりも恐れる。

 もしかすると、過去を話すことで過去すら失われてしまうと思っているのかもしれない。

 

「……変わらないといけないな。こんなのじゃ正義の味方にはなれない」

 

 もう何度目かも分からぬ決意を呟き、切嗣は脆弱な心を正すように強く足を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 教室に戻った時には、既に教室に誰も居なかったので一人寂しく帰宅する切嗣。

 放課後に呼び出されたのだから仕方がないと思うが、寂しいものは寂しい。

 そのため、手持ち無沙汰になった彼は何となしに携帯を開きメールが来ていることに気づく。

 

「……母さんからか」

 

 メールの送り主は彼の母親だった。

 現在、切嗣は雄英に通うために遠い実家から離れて一人暮らしを行っている。

 そのため、定期的にこうした連絡がくるのだ。

 

(こっちは心配しなくても大丈夫。そっちも体に気をつけてくれ……と)

 

 そう、メールを書き込んで返信ボタンを押したところで悲鳴が聞こえてくる。

 

「誰か、あの男を捕まえてください! ひったくりです!!」

「ひったくり? 雄英高校近辺(こんなところ)で行うか普通?」

 

 悲鳴のした方を見てみると、猫の姿をした主婦らしき女性が叫んでおり、しゃがみ込んだまま、血痕が付着した手で道路をスケートでもするように逃げる男を指差していた。

 

(移動系の“個性”持ちが魔に差されたか? どうする、今から捕らえることもできるが)

 

 固有時制御を使用すれば追いつくこともできるだろう。

 自身の名誉を取るのならば、犯人を追って捕まえた方が良い。

 だが、しかし。切嗣は女性の手に付着した血痕を見て彼女を助け起こすことを選んだ。

 

「大丈夫ですか? 怪我の手当てをしましょうか」

「あ、いえ、これはとっさに引っ搔いた時についた相手の血だと思います。それよりあの男を!」

「……怪我が無くて良かった。大丈夫です、この区画はただでさえヒーローが多い。すぐにでもヒーローが来てくれます」

 

 女性の血ではないと知り、自分の判断が間違っていたことに内心で顔をしかめる切嗣。

 助けるということに意識が向き過ぎて、返り血と出血の違いも分からなくなっていたのだ。

 やはり、救助となると冷静な判断力に欠ける。

 

 そんなことを考えながら、女性を落ち着かせようと声をかけていたところで何者かが歩み寄ってくる。

 

「ハァ……あの男を動けなくすればいいんだな?」

「あなたは…?」

「いいんだな?」

 

 高校生ぐらいの少年は、女性の言葉も聞かずにその手についていた()を手で拭い、()()()()

 その瞬間、道路を滑走していた犯人が盛大に転び顔面をアスファルトに打ち付ける。

 

「ひったくり…ハァ。正しき社会にはいらない阿呆が……」

 

 転んだまま立ち上がることができなくなった犯人。

 その異様な光景の前に誰もが動くことができない中、少年は悠然と歩いていき犯人から奪われたカバンを剥ぎ取る。

 そして、女性に向かいそっけなく投げ渡す。

 

「これで全部か?」

「は、はい。ありがとうございます」

「礼はいらん。俺が為すべきことを為したまでだ」

 

 本当にそう思っているのだろう。

 少年の顔には達成感や正義感といったものはなく、ただ強い義務感だけがあった。

 

「あの……何かお礼を」

「ヒーローは―――見返りを求めてはならない」

「ヒッ!」

 

 怒鳴ってなどいないというのに、余りの気迫に女性が悲鳴を上げる。

 それ程までに彼の中にある『ヒーローとは見返りを求めてはならない』という思想は強いのだ。

 自分どころか、他人まで焼き尽くしてしまう程に。

 

「ハァ……俺のことはいい。それよりもあの阿呆を警察に突き出せ」

「すでに通報しているよ」

「お前は……」

 

 すでに通報していることを告げると、少年は今度はギョロッとした目を切嗣に向けてくる。

 一見すれば濁っているようで、その実どこまでも澄んだ瞳を。

 

「その制服……ハァ…雄英のヒーロー志望か?」

「そうだけど、それがどうかしたのかい?」

「なぜ、あの阿呆を追わなかった?」

 

 少年が問いかける。非難するように、見定めるように。

 それを理解し、切嗣は隠すことなく答える。

 

「怪我をしていると思った。それなら、治療を優先するべきだと判断しただけだ」

「犯人を捕まえれば名声が得られたぞ?」

「人を救うことの方が重要だ。名声に何の価値がある」

 

 切嗣はいつだって何かを救うために行動してきた。

 傍から見れば、金と名声のために戦って(殺して)きたかのように見える。

 だが、その本質はより多くの人を救うという意志だったのだ。

 

 

「ハァ……ッ!」

 

 

 少年の顔がグニャリと歪み、切嗣の背筋に冷たいものが走る。

 ()()()()()。だというのに、その顔は狂気を孕み見る者に恐怖を与える。

 故に切嗣は直感する。彼は間違いなく、歪んだ思想を持つ―――理想主義者だと。

 

「良いぞ……お前は…ハァ……良い!」

「……僕は衛宮切嗣。君の名前は…?」

 

 切嗣の問いかけに、少年は口が裂ける程に大きく開いて告げる。

 

 

 

「―――赤黒(あかぐろ)血染(ちぞめ)

 

 

 

 いずれ世界に拭いきれぬ染み(ステイン)を残す者の名を。

 




はい、まだ街頭演説で止まれていた時のステインさんです。
こいつと合わせるためにわざわざ高校編から始めました。
後、「バックドラフト」さんの名前と年齢はオリジナルです。
男キャラが居ないんで1話登場の彼に来てもらいました。

それと今後の予定は、次回はステインと切嗣の日常を書きます。

そしてその次からは2年生編に入ります。
原作でデク達がやってることって本当は2年生でやることがほとんどですし。
体育祭もこの学年で書こうと思ってるので、2年が一番長めになると思います。
一つ年下の相澤先生も書けるようになりますし。

2年が終わったら3年。インターンを2年で書かなかったらここでやるかぐらいの密度。

以上、こんな感じでパパッと終わらせることを目指しています。

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