正義の味方に至る物語   作:トマトルテ

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~幕間~
21話:親無き子


 

 ヒーローなんて頭のおかしい奴らだ。

 何の利益も無しに他人のために命を投げ出すなんて狂ってる。

 自分勝手に生きて家族すら置いて遠くに行く。

 

 置いて行かれる身の気持ちも考えずに。

 

 傍に居て欲しいって願い一つ叶えてくれない勝手な奴らだ。

 

 

 

 

「やぁ、君が洸汰(こうた)君だね」

「……誰だよ、お前」

「僕は衛宮切嗣。信乃ちゃん…マンダレイ達の友達だよ」

「…………」

 

 なんだ、このだらしないおっさんは。

 それが出水(いずみ)洸汰(こうた)から見た衛宮切嗣の第一印象だった。

 ぼさぼさ頭に無精ひげ、おまけに着ているコートはヨレヨレときた。

 

 大人の癖になんでこんなにだらしないのかと思ってしまうのも無理はない。

 しかし、それは彼にとってはさほど重要なことではない。重要なのは切嗣が何をしに来たかだ。

 

「……俺に何の用だ」

「一緒にゲームしよう」

「は?」

 

 何言ってんだこいつ、という視線で見るが切嗣はヘラヘラと笑っているだけだ。

 そもそも、こいつは何でここに居るのだと今更ながらに考える。

 マンダレイの友達なら家に来るのはおかしくないが、自分と会うのはおかしいだろう。

 

「他人とつるむきはねえ、俺は1人がいいんだよ」

 

 だから洸汰(こうた)は拒絶の態度を取ることにする。こうすれば、大人達は困ったように去って行くのを理解しているからだ。何しに来たのかは知らないが、自分は相手に何の興味もない。1人でジッとしている方が余程有意義だ。

 

「じゃあ、スマブラでもしようか」

「あ? だから俺はつるむ気は……」

「2Pでいいかな? はい、コントローラー」

「話聞けよ!?」

 

 だが、こちらの話など全く聞いていない切嗣は、いつの間にか用意しておいたコントローラーを渡してくる。当然、律儀に受け取ってやる理由もないので押し返す洸汰。彼は傍から見れば大人びた、悪く言えば冷めた子どもだ。しかしながら。

 

「ん? もしかして負けるのが怖いのかな?」

 

 子どもであるが故に煽り耐性は低い。

 さらに言えば、切嗣の顔が勝ち誇った実に腹の立つ顔だったのもある。

 故に、カチンと来た洸汰はコントローラーを奪い取って切嗣を睨む。

 

「……俺が勝ったら二度と絡んでくるな」

「ははは、いいね。子どもはそれぐらい元気じゃないと」

「……1回だけだぞ」

「ああ、構わないよ」

 

 とっとと、終わらせて秘密基地にでも行こう。

 そんなことを考えながら洸汰はキャラを選ぶ。

 

「マリオか、悪くない選択だね」

「なんだっていいだろ。それより、お前もさっさと決めろよ」

「ああ、そうだね。僕は―――カービィで行くよ」

 

 しかし、この時の洸汰は知らなかった。切嗣の並外れた大人気なさを。

 

 

 

「ああああああッ!? また道連れにしやがった! しかも自分は復帰とかふざけんなよ!!」

「あはははは! 知ってるかい、洸汰君? そういうのを負け犬の遠吠えって言うんだよ」

「うるせえ! このクソジジイ!!」

 

 道連れ戦法。

 スマブラにおいて「シラける」「卑怯」という理由で使うと冷たい目を向けられる戦術だ。

 それを切嗣は小学校入学前の洸汰(4歳)に堂々と使っているのだ。

 

 しかも、カービィの飛行力を生かして、ステージの下に上手く吐き出して自分だけが生還するという、リアルファイトを引き起こしかねない戦法でさらに煽っている。そのため、洸汰は最初の1回という約束を完全に忘れてしまっている。

 

「ちくしょう…! もう1回だ、もう1回!!」

「何度でもかかって来たらいいさ。ま、勝てないだろうけどね」

「絶対にぶっつぶしてやる!!」

「あははは、楽しみにしているよ」

 

 汚い言葉を吐きながらも、負けず嫌いを発揮する洸汰に切嗣は目を細める。

 最初に会った時に洸汰がしていた冷たい目はもうどこにもない。

 やはり、子どもは癇癪(かんしゃく)を起してムキになるくらいが似合っている。

 そんなことを考えながら、切嗣は画面に目を戻すのだった。

 

「あ、そこに爆弾仕掛けておいたから」

「アイテムばっかり卑怯だぞ、ジジイィッ!!」

 

 拾ったアイテムで容赦なく洸汰のマリオを吹き飛ばしながら。

 

 

 結局、その後1時間ほど挑み続けた洸汰だったが、切嗣(30歳成人男性)にボコボコにされ続け勝てずじまいであった。

 

 

「も、もう…1回だ…」

「いや、もう終わりだ。ゲームは1日1時間までだってマンダレイに言われてるからね」

「まだジジイに勝ってない!」

「なら、明日またやろう。それならいいだろう?」

「……ち、分かったよ」

 

 フルボッコにされた悔しさは全く晴れていないが、我慢できない程ではない。

 この屈辱は明日晴らしてもいいだろうと洸汰は一応の納得を見せる。

 しかし彼は気づいていない。自分が切嗣とまた遊ぶという約束を結んだことに。

 

「洸汰、切嗣。晩御飯ができたよー」

「マンダレイも呼んでいることだし、ご飯にしようか」

「……ああ」

 

 窓から空を見てみるとすっかりオレンジ色になっていた。人間の体とは不思議なもので、晩御飯の時間だと体が理解したのか、急にお腹が減ってくる。それを自覚するも顔に出すのは(しゃく)なので、洸汰はムスッとした表情を作りながらダイニングに向かう。そんな後ろ姿を微笑まし気に見つめながら切嗣はゆっくりと追っていく。

 

「匂いからして今日はカレーみたいだね」

「別に何でも構わん」

「そうかい? 僕はハンバーグとか好きなものが出ると嬉しいけどね」

 

 そんな何でもないような会話をしながら2人はダイニングに辿り着く。

 すると、タイミングよくキッチンから猫のアップリケがついたエプロンを着た信乃が顔を出す。

 

「あ、2人とも来たみたいね。切嗣は料理とお皿を運んでくれる?」

「うん、わかったよ。じゃあ、洸汰君はサラダのお皿を運んでくれるかい?」

「え? いや、洸汰は先に座ってていいんだよ」

 

 切嗣が洸汰にも手伝わせようとすると、マンダレイは大人のお前がやれよという顔をする。

 そんな視線に思わず苦笑しながらも、切嗣は淀むことなく言葉を続ける。

 

「洸汰君は自分でお皿も運べない子なのかい?」

「そんなわけないだろ! 皿ぐらい運べる!」

 

 再びの煽るような言葉にカチンときた洸汰は、皿を掴み取ると無言でテーブルに並べ始める。そんな姿にマンダレイは咎めるような視線を切嗣に向け、切嗣は上手くいったとばかりに笑う。

 

「ほらよ、並べたぞ」

「ああ、どうやら僕が間違っていたみたいだ。洸汰君は凄いよ」

「別にこのぐらい当たり前…って、頭を撫でんじゃねーよ、ジジイッ!」

「ははは、暴れると危ないよ」

「だったら撫でるのをやめろ!」

 

 グシャグシャと乱雑に頭を撫でる切嗣に吠える洸汰だったが、子どもの力では振り払えない。

 そのため、悔しそうに顔を俯けて顔を赤くするのが限界だ。

 一方で、そんな2人の光景を見ていたマンダレイの方は驚いたような顔を浮かべている。

 

 彼女の中では従兄から引き取った従甥(じゅうせい)の洸汰は、あまり感情を出さない難しい子という認識だったのだ。

 

「さて、撫でるのにも飽きたし食べようか」

「勝手すぎるだろ、クソジジイ!」

「あ、あはは…2人とも仲良くなったんだね」

「良くない!!」

 

 自分勝手に振舞う、ある意味で自分以上の子どもな切嗣に暴言を吐く洸汰。

 そんな姿にマンダレイは困ったように笑いながら、よくもまあ短時間で仲良くなれたものだと少し羨ましく思うのだった。

 

『いただきます』

 

 合掌を行い、マンダレイが作ったカレーとサラダを食べ始める切嗣と洸汰。

 しばらくは無言で食事を行っていた3人だったが、あることに気づいた洸汰がふと口を開く。

 

「……ピクシーボブ達はどうしたんだ?」

「え、ええとね、3人は用事があるから今日は帰って来ないって言ってたよ」

「……そうか」

 

 マンダレイの言葉に特に疑うこともなく頷く洸汰。

 『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ』は4人共が円扉(エンドア)環境保護センターを拠点として動いている。そのため、共に暮らしているのだが、いつも一緒というわけでもない。仕事や私用で全員が揃わない日もままあるのだ。

 

 そのために洸汰は仕事なんだろうと思っているが、実際のところは違う。

 

「久しぶりにみんなと会いたかったんだけどね、残念だ」

「そ、そのうち会えるわよ」

「そうだね。あ、お代わり貰えるかな」

「はい、ちょっと待っててね」

 

 切嗣が泊まりに来ると知ったピクシーボブ達3人は、空気を読んで外出したのである。

 別にそういう目的で切嗣を呼んだわけでないことは3人共理解しているが、それはそれなのだ。

 2人の関係が進展するのを期待半分に、もう半分は後でからかうための行動だ。

 

 因みにピクシーボブは、目の前でイチャつかれるとムカつくという理由も多分に含んでいる。

 

「……ごちそうさま」

「ん? 洸汰君、まだトマトが残っているよ」

「……別にいいだろ」

 

 そんな大人の汚い思惑に気づくことなく、夕食を食べ終わる洸汰。

 しかし、切嗣にサラダのトマトを残していることを指摘されてバツが悪そうにそっぽを向く。

 彼は、というか大抵の子どもはトマトが嫌いなのだ。

 

「あ、いや、別に食べたくないなら無理して食べなくてもいいんだよ…?」

 

 洸汰の行動に対して、マンダレイは少し困ったような表情を見せるが、咎めることはしない。

 それを見て、洸汰はさっさと自分の部屋に戻っていこうとする。だが。

 

「―――洸汰君」

 

 若干低くなった切嗣の声にビクリと体を震わせて立ち止まる。

 

「な、なんだよ…?」

「嫌いな物があるのは仕方ない。でもね、女の子が作ってくれた料理は絶対に残したらダメだよ」

 

 嫌いな物でも残さずに食べろと言われるかと思っていた洸汰は思わず拍子抜けする。

 いや、やらせたいこととしてはそれで正しいのだが、言い方がちょっとおかしい。

 普通は“健康に悪い”や、“大きくなれない”、“命に感謝しろ”、などだろう。

 

 しかし、切嗣の言葉がズレているのも当然だろう。何せ、そのままの意味なのだから。

 

「いいかい、洸汰君。女の子には優しくしないと後で酷い目に()うんだ。何せ、女の子は例外なく強くて怖いからね。だから、そんな女の子が心を込めて作ってくれた料理を残すなんてことは是が非でもやったらいけない。例え、例え! その料理が劣化ウラン染みたものであったとしてもね」

 

「お、おう…」

 

 一体こいつの過去に何があったのだと軽く引いてしまう洸汰。

 というか、その女の子の前でこんなこと言って大丈夫なのだろうかと思う。

 

「……切嗣、それって私の料理が劣化ウラン染みてるってこと? というか、酷い目とか怖いってどういうことか教えてくれる?」

「え? い、いや、信乃ちゃんの料理は本当においしいよ。こればっかりは嘘じゃない。酷い目も怖い目も遭ったことは……そう言えば監視されていたこともあったっけ」

「切嗣、少し話したいことがあるんだけどいいかしら?」

「あ、あははは……お手柔らかにお願いします」

 

 明らかに目の座ったマンダレイに引きずられて、隣に部屋に消える切嗣。

 そんな光景を見ていた洸汰は黙ってトマトを見つめる。

 そして、初めてとも言えるマンダレイの怖さを思い出し、鼻をつまんでトマトを口に運ぶ。

 

 すぐに、グチュッとした感触と青臭い匂いが口の中に広がるが水で流し込む。

 やはり苦手なものは苦手だ。だが。

 

「……女を怒らせたらダメな理由はなんとなく分かった」

 

 切嗣の尊い犠牲のおかげで洸汰は少しばかり成長したのであった。

 

 

 

 

 

「いやぁー、露天風呂っていうのも贅沢だねぇ」

「ただの風呂だろ、何が贅沢なんだよ。というか、何で俺がジジイと一緒に風呂に……」

「まあまあ、男同士の裸の付き合いといこうじゃないか」

「……このジジイ、疲れる」

 

 満天の星空の下、切嗣と洸汰は露天風呂を満喫していた。洸汰は1人で入ると言い張っていたが、その意見は取り合われることなく切嗣と一緒に入ることとなった。そもそも、4歳の子どもが1人で風呂に入る方が珍しいのだが。

 

「……なぁ、ジジイ」

「ん、なんだい?」

「お前も……ヒーロー(・・・・)なんだよな?」

「そうだよ。マンダレイ達と同じヒーローだ」

 

 ヒーローという言葉に確かな憎悪を乗せながら尋ねる洸汰。

 それに気づきながらも、切嗣は特に気にした様子を見せずに頷く。

 しかし、洸汰にとってはその態度の方が気に障ったのか、苛立ちを含ませた声を出す。

 

「なんで、ヒーローになんてなろうと思ったんだよ。“個性()”でも見せびらかしたかったのか?」

 

 洸汰はヒーローが嫌いだ。“個性”を使って戦い誰かを傷つける存在が嫌いだ。

 自己犠牲の果てに死ぬということを称賛する社会が嫌いだ。

 そんな洸汰に対して切嗣は淀むことなく答える。

 

 

「泣いている人を見るのが嫌だからだよ」

 

 

 そう言って切嗣は、悲しみや怒りでぐちゃぐちゃになった表情を見せる洸汰の頭を撫でる。

 

「……そんなワガママがヒーローでいいのかよ」

「ヒーローなんてただのエゴイスト(我が儘な人)だよ。誰もに笑って欲しいと…誰も泣かない世界が欲しいと…そんな自分勝手な願いを持っているだけの人間さ」

「……そんなもののために命を懸けるなんてバカだろ」

「うん、少なくとも僕は大バカ者だね。目の前で泣いている人が居れば命を懸けて助けずにはいられない。泣いている子を笑顔にしてあげないと気が済まない。どうしようもない程の大バカ者さ」

 

 バツが悪そうに、それでいて、自分の行動に迷いなど抱いていない顔で切嗣は笑う。

 そんな切嗣の子どものような笑みに、洸汰は手を振り払うこともできずに見つめていた。

 切嗣の顔が余りにも、在りし日の父親の顔に似ていたから。

 

「そんな…そんなバカだからッ。大切なものをおいて死んでくんだろ! どうでもいい他人のために命を懸けて、家族を置いて死んでいく! そんなのおかしいだろッ! ふざけるなよッ!!」

 

 だとしても、洸汰の中の悲しみが消えるわけではない。

 彼の両親は『ウォーターホース』という2人組のヒーローだった。

 しかし、ある事件の際に(ヴィラン)から市民を守って殉職したのだ。

 

 世間はそれを褒め称えたが、残された家族(洸汰)は違う。

 両親を失った。その事実が金や名誉で癒えるはずがない。自分は置いて行かれた。

 大好きだった人と二度と会えない。その原因となったのはヒーロー。

 

 そして、ヒーローが生まれる原因となったのは―――“個性”だ。

 

 だから洸汰は“個性”が嫌いで、ヒーローが嫌いだ。その2つが両親を奪ったのだから。

 

「洸汰君……お父さんとお母さんを恨んでいるかい?」

「俺は……ッ」

 

 切嗣の問いかけに洸汰は黙り込む。それもそうだろう。彼の両親は彼を置いて死んでいった。

 だからと言って両親を恨めるだろうか。両親が好きなのだ。でなければ心が荒れるわけもない。

 愛している人間を恨む。その矛盾を許容できずに幼い洸汰の心は悲鳴を上げているのだ。

 

「……まあ、これは僕個人の意見だけどね。―――恨んで良いと思うよ」

「………なんでだ?」

「どんな理由であったとしても、子どもを置いて行ったんだ。恨まない方が…恨まれない方がおかしい。でもね、これだけは知っておいて欲しい」

 

 頭を撫でていた手を退け、切嗣は洸汰を真っすぐに見つめなおす。

 そして、ハッキリと言葉を紡ぐ。

 

 

「君の両親は最後の最後まで……いや、きっと今も君のことを―――愛している」

 

 

 その言葉に、洸汰の顔はクシャリと歪む。目頭が熱くなる。両親が帰ってこなかったのは、置いて行かれたのは、自分が愛されていなかったからではない。そんな分かり切ったことだというのに、何故だか涙が溢れてきた。

 

「なんで…お前が…! お前には分からないだろ…そんなこと…ッ」

「分かるさ。置いて行かれる気持ちも、置いて行ってしまう気持ちも……全部分かる」

 

 切嗣は洸汰に語る。

 自分も大切な人達に置いて行かれたことを。

 大切な人を置いて行ってしまったことを。

 内容はボカシながらではあるが、嘘をつくことなく彼に話していく。

 目の前で泣いている子を救いたいという言葉通りに。

 

「恨んでもいい。理不尽を呪ってもいい。でも、愛していたことだけは忘れないで欲しい。君の、両親の愛を否定することは、何にも悪くない君自身を責めることにつながる。だから――」

「……うるせえよ。いきなりそんなこと言われても…分かるかよ…ッ」

「洸汰君……」

 

 俯いて自分の顔を隠しながら、洸汰は涙声で否定する。

 そんな彼の言葉に、今更ながらに置いて行かれる者の傷の深さを感じ、切嗣は目を伏せる。

 

「ただ……覚えとく」

「…………」

「ジジイの言葉は覚えておく……一応な」

「……ありがとう」

「ふん……」

 

 そっぽを向きながらも、洸汰は切嗣の言葉を覚えておいてくれると言った。完全に救われたわけではないだろう。未だに心の中にわだかまりが残っているはずだ。だとしても、欠片でも先程の言葉を覚えておいてくれるなら、気休めにはなってくれるかもしれない。それだけでも十分だと、切嗣は嬉しそうに笑う。救われたのは自分の方であるとでも言う様に。

 

「のぼせるといけないし、そろそろお風呂から上がろうか、洸汰君」

「……ああ」

 

 そう言って切嗣は再び洸汰の頭を撫でる。

 

 今度は払いのけられた。

 

 

 

 

 

 夜空の月が真上に昇った頃、切嗣とマンダレイは同じ部屋で見つめ合っていた。

 これが寝室であれば色気のある話になりそうだが、残念ながらそうではない。

 2人はリビングの薄明りの中で向かい合う様に机に座っている。

 

「悪いわね、洸汰を寝かしつけるまで頼んじゃって」

「いや、子どもは好きだからね。それに君も休める時は休んだ方が良い」

「そうね……」

 

 子育てにおいてのコツは如何に無理せずに行うかである。親が無理をして、ストレスを溜めて行けばそれは子どもにも伝わる。そしてそのストレスが子どもの成長を妨げる要因となり、結果的に親のストレスにつながるという負の連鎖を引き起こす。

 

 故に子育てをする際には1人で負担を溜め込み過ぎないことが大切なのだ。それを経験から学んでいる切嗣はやんわりと伝えているのである。

 

「それと、急に洸汰の面倒を見てなんて頼みごとをしてごめんなさい」

「別にいいさ。親を失った(・・・・・)子への接し方なんて分からない方が普通だ」

「……本当にごめんなさい」

 

 マンダレイはどこまでも申し訳なさそうに頭を下げる。

 今日、切嗣が洸汰の面倒を見ていたのはマンダレイからの頼みだ。

 親を失って周囲から心を閉ざしてしまった洸汰に何かできないか。

 そう考えた時に、同じく親を失った切嗣なら何とか出来るのではないかと思って頼んだのだ。

 

「気にすることはないさ。洸汰君のことを真剣に心配した結果なんだから」

「あなたの不幸を利用したのは事実よ…?」

「それこそ気にする必要がない。誰かを救うために役立てるのなら正義の味方としては本望さ」

「でも……」

 

 なおも、謝罪の言葉を続けようとするマンダレイを手で制し、切嗣は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「男としては可愛い女の子の役に立てたなら、傷ついても名誉の負傷として誇れるから大丈夫さ」

「はぁ……この女タラシ」

「励ましたのになんで罵倒されるのかな……」

 

 よくもまあ、歯の浮くようなセリフをポンポンと出せるものだと溜息を吐くマンダレイ。

 一方の切嗣はいつものように、何が悪いのか分からないといった表情を見せている。

 この幼馴染みはいつまで経っても変わらないなと、彼女は思いながらもクスリと笑みを見せる。

 

「でも…ありがとう」

「どういたしまして」

 

 今日初めて出た感謝の言葉に切嗣も満足そうに頷き、息をつく。

 ここからは切嗣の話ではなく洸汰の話だ。

 

「それで…洸汰と過ごしてみてどうだった?」

「少し心を開いてくれないことはあるけど、基本は子どもだよ。感情の起伏はちゃんとあるし、負けず嫌いなところもある。まあ、普通の良い子だね」

「普通なの? ヒーローや“個性”が嫌いだから少し他の子どもと違うのかなって思ってたけど」

 

 少し驚いたように確認するマンダレイ。洸汰は色々と普通の子どもと違う点が多い。そのためにどうやって向き合えばいいのかと考えていたので、その驚きも納得だろう。しかし、洸汰は別段おかしな子どもであるわけではない。

 

「ヒーローや“個性”が嫌いなのは、両親がそれらのせいで死んだと思っているからだよ。

 ヒーローも“個性”も洸汰君の悩みの表面的なものでしかない。

 根本的なものは結局の所、両親の死による喪失感と愛する者を奪ったものへの怒りだ。

 そう感じるのは誰だって普通のことだし。

 怒りの所在を目に見える別のものに転換するのも、幼い子どもなら普通さ」

 

 子どもは、自身の内面と向かい合うということが難しい。乱暴な子どもをよくよく調べてみれば、荒れた家庭環境でストレスを感じているのが原因だったというのは良くある話だ。原因も分からずに暴れる反抗期も、自身の内面の問題を正確に把握できないのが原因であることが多い。

 

「そもそも、ヒーローや“個性”が根本的な原因ならヒーローだらけのこの家から家出の1つや2つはするだろう。“個性”も使う可能性も高いだろうから、そこまで心配しなくていい」

「ただ単に頼る先が私しかいないからじゃないの…?」

「嫌だと思ったらそんなこと考えずに出て行くよ。理性より感情で動くのが子どもだ」

 

 そこまで言って切嗣はマンダレイの不安そうな顔を見る。

 切嗣にはその不安そうな顔に見覚えがあったので、安心させるように言葉を続ける。

 

「だから、別にマンダレイ…信乃ちゃんのことを嫌ってるわけではないと思うよ」

「本当に…?」

「本当さ。だから必要以上に遠慮する必要はないよ」

 

 洸汰の口から直接聞かなければ確信は持てないものの、嫌われてはいないと肯定されたことで、一応の安堵の表情を見せるマンダレイ。しかし、切嗣の話はまだ終わりではなかった。

 

「ところで信乃ちゃん」

「なにかしら」

「洸汰君をちゃんと叱っているかい?」

「…………」

 

 叱っているのかと言われて、思わず目を逸らしてしまうマンダレイ。

 その行動だけで答えを言っているようなものだ。

 切嗣は軽く、溜息を吐いてから諭すように語り掛ける。

 

「僕は構わないんだけどね。人をジジイ呼びするのって普通は保護者が叱るべきことだよ?」

「うっ…」

「それにトマトを残すのも何も言わなかったよね? 僕には栄養のあるちゃんとしたものを食べろって言い続けてる信乃ちゃんらしくないね。嫌いな物があるのは仕方ないけど、それをどうにかして食べてもらうのも保護者の仕事だよ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 切嗣から若干私怨が混ざったような小言を受けて縮こまるマンダレイ。

 幼馴染みにはガンガン物申すマンダレイであるが、洸汰にはどこかヒーローである負い目というか、遠慮のようなものがあり、叱るということができていないのだ。

 

「はぁ…いやね、僕だって子どもを叱るのが難しいのは知ってるよ? でも、叱らないっていうのは、相手に対して興味を抱いていないって言っているようなものだからね。保護者なら悪いことをした時はちゃんと叱らないといけない」

「お、おっしゃる通りです…」

 

 あまりの正論に敬語になって謝ってしまうマンダレイ。

 というか、切嗣の言葉にやけに子育てへの理解があるのは何故だろうかと思うが、聞けない。

 

「まあ…これからは僕も手伝うから、言い辛いことがあったら僕が言うよ。君もいきなり子育てをしないといけなくなって大変なのは分かるし」

「え? い、いいの? 仕事とかは大丈夫なの?」

「そんなこと言っていたら、世の父親は誰も子育てができないだろう」

「それはそうだけど……本当に大丈夫なの?」

「……親代わりをやるのは初めてじゃないから何とかするさ」

 

 そう言って切嗣は薄れかけた記憶の中から、顔がぼやけた養子の行動を思い出す。

 切嗣(自分)のせいで死んでしまった母の面影を追い求めて、廃墟の前で立ち尽くす小さな背中を。

 

「僕達じゃあ逆立ちしたって洸汰君の両親にはなれない。世界に1人しかいない人間が死んだんだ。だから、洸汰君は苦しんでいる」

「……じゃあ、どうすればいいの?」

「自分らしく、普通に接していけばいい。特別扱いなんてせずに当たり前に見守っていけばいい。洸汰君が自分なりの答えを見つけて、自分の足で前に進めるようになるまでね」

 

 倒れた人を支えて立たせてあげることは出来る。だが、前に歩かせることはできない。

 あくまでも、自分の意志がなければ前に進めないのだ。

 だから、周りの人間に出来ることは、再び歩き出すことを諦めずに信じて見守ることだけだ。

 

「そうね……うん。変に意識せずに(おい)っ子として普通に接していくわ」

「ああ、信乃ちゃんならできるさ」

 

 迷いが晴れたように笑うマンダレイの様子に、切嗣も微笑む。

 まるで子育ての方針を話し合う夫婦のようだが、2人は気づかないし、付き合ってすらいない。

 もっとも、共に過ごしている年月でいえば、普通の夫婦よりも長いぐらいなのだが。

 

「まあ、始めは簡単なことからやっていって慣れていこうか」

「何かあるかしら?」

「そうだね……」

 

 マンダレイの問いかけに少し考える素振りを見せる切嗣だったが、すぐに考え付いたのか、顔をパッと明るくしながら提案する。

 

「取り敢えず、僕のジジイ呼びを直すように言って欲しいかな」

 

「あなた、本当はジジイ呼びされたこと気にしてるでしょ?」

「……そんなことないよ」

 

 後日、マンダレイの奮闘もあり、切嗣の呼称は“ジジイ”から“じいさん”になったのだった。

 

 




壊理(エリ)ちゃんに(プロット)を壊されました。

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