正義の味方に至る物語   作:トマトルテ

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18話:教会

 蜂使い、消えたホームレス、調査の必要のある2つの要素の中で、切嗣はホームレスを先に調べることにした。理由としては、蜂使いは“個性”以外には場所も容姿も分かっていないので、調べようがないからである。

 

 その点、ホームレスの失踪は手掛かりになりそうな場所がハッキリしているので、効率的に考えて、こちらが先に調べるべき事案である。ただ、切嗣本人の心持ちとしては出来れば来たくなかった。前世のせいか教会に対してはあまり良いイメージがないのだ。

 

「ここが鳴羽田教会か……」

 

 古ぼけてはいるものの、しっかりと手入れのされた教会を見上げ切嗣は小さく呟く。

 多くの人間にとって教会は神聖な場所という認識だが、切嗣にとっては胡散臭い場所だ。

 主に、監督者の癖に一陣営に肩入れをしていたり、師匠を裏切った神父達のせいだが。

 

「……入るか。ここで立って居ても仕方がない」

 

 今回の目的は偵察と下見だ。

 まだこの教会が黒だと決まったわけではないが、警戒しておいて損はない。

 そのために内部構造や、神父(・・)神父(・・)などに不審な点が無いかを調べに来たのだ。

 切嗣は少しだけ、入るのを躊躇した後に教会の扉を押し開ける。

 

(見た所、内装は普通のものだが……これはパイプオルガンの音か?)

 

 一歩教会内部に踏み入れると、すぐに耳に荘厳なオルガンの音が響いてくる。

 閉ざされた空間に響く、重く静かな神聖なる調べ。

 思わずその調べに聞き入ってしまいそうになるが、気を取り直して歩を進める。

 

 日曜なので礼拝に来た他の人間がいるだろうと考えていた切嗣だったが、時間が悪かったのか予想に反して教会に居るのは、彼とパイプオルガンの演奏者だけだった。そのため、切嗣は祈るフリをしながら内部を観察することにする。

 

(やはり礼拝堂には不審な点は見られないな。居住区の方も見たいが現状だとそれも難しいか)

 

 捜査令状が出せない以上は、幾らヒーローと言えど人の家には踏み込めない。

 踏み入るには決定的な証拠を見つけるか、現行犯として抑えるかのどちらかが必要だ。

 

(ヒーローとしてどうかと思うが、夜に不法侵入でもして調べるか? それとも軽い事件を起こして犯人が逃げ込んだと言い張って無理矢理に押し入るか……)

 

 そのため切嗣の頭の中には、限りなく黒に近いグレーな作戦が立てられていく。

 しかし、そんな思考を遮るように音楽が鳴り止む。

 

「おや、これは初めて見るお方ですね」

「……出張の関係で地元の教会に行くことが出来ないので、代わりにこちらで神への祈りを」

「なるほど、そういった事情でしたか」

 

 怪しまれない様に考えておいた言い訳を口に出しながら、話しかけてきた人物を観察する切嗣。

 自分と同じ黒髪黒目、そしてアクセントに黒の角ブチ眼鏡。

 真面目そうな人間に見えるが、切嗣は同時に浮世離れしているようにも見えた。

 まるで、特定の何か以外には興味など持っていないかと語るように。

 

「当教会へようこそ。(わたくし)ここで神父を務めます薬師寺(やくしじ)料作(りょうさく)と申します」

「衛宮切嗣です」

「失礼ですが、ご職業をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ヒーローです」

「ほぉ…それは素晴らしい」

 

 職業を聞かれたので、カマかけとしてヒーローであることを告げる。何か後ろめたいことをしているのならば、動揺するだろうと思っての行動だ。しかし、薬師寺はにこやかな笑みを浮かべるだけで変化を見せない。完全に無関係なのか、それとも隠しているのか。切嗣は確認のためにもう一度カマかけを行う。

 

「人が失踪しているという情報を受けその調査に来たんですよ」

「なるほど、そういった理由で」

「しかし、目撃情報もなければ、特定の住居を持っていない(・・・・・・・・・・・・)ので苦労しているのですよ。なので、何か良い案はないかと神に祈りを」

「それは何とも。やはり、ホームレス達(・・・・・・)が居た場所を探るのは難しいのですね」

 

 ホームレス達(・・・・・・)。その言葉に切嗣は内心でニヤリと笑う。

 

「ええ、友人の家を転々としていて、特定の住居を持っていない(・・・・・・・・・・・・)子で捜査も進めづらいんです」

「……なるほど」

「はい、単なる家出であれば心配はないのですが。ご両親も心配していることでしょう」

 

 薬師寺の顔が僅かばかりに歪むのを感じ、切嗣は疑いを深める。

 彼はホームレスなどとは一言も言っていないし、複数人が消えたとも言っていない。

 だというのに、神父は失踪と住居を持ってないという情報からホームレス達と断定したのだ。

 

 ホームレスが消えていることも、消えた人間が複数人とも知らないはずなのに。

 

「ところで、何故失踪した人間がホームレスと思ったのでしょうか?」

「当教会ではホームレスの皆様に、炊き出しを行っておりまして、特定の住居を持っていないと聞いて、つい連想してしまったのです」

「では、“達”と言ったのは?」

「世知辛い話ですが、1人が失踪した程度ではヒーローも動かないものとばかり。お恥ずかしい」

 

 たたみかける様に質問をぶつけていく切嗣だったが、それを薬師寺は全て躱していく。

 今度は先程見せたような僅かな動揺すら見せない完璧なものだ。

 しかし、切嗣が抱いた不信感を消せるほどのものでもない。

 

「なるほど、通りで。納得しました」

「いえ、私の方も早とちりをしてしまい申し訳ありません」

「では、僕はここで帰らせてもらいます」

 

 だが、今ここで捕まえることはできなければ、家宅捜査もできない。

 現段階では怪しいという情報だけだ。捜査令状があれば堂々と倒せるのだが。

 

(まあいい。怪しいのは分かったんだ、後はこの教会に張り込んで捜査令状が出るまでの証拠を押さえるだけだ)

 

 内部に押し入ることは出来ずとも、外から見張ることは出来る。

 そこで決定的な証拠を掴めば後は神父を捕らえるだけだ。

 焦る必要はない。ただ、確実に冷静に相手の逃げ道を一つずつ潰していけばいい。

 

「ああ、1つ言い忘れていました」

「なんでしょうか、衛宮さん?」

「最近は性質(たち)の悪い蜂が悪さをしているのでご注意を」

「……ご忠告感謝いたします」

 

 最後に“蜂使い”とつながっていることも考えて釘をさしておく。

 こうすれば、安易に蜂使いと連携を取って暴れ出すこともないだろう。

 そう結論付けて切嗣は教会から出て足早に歩いて行く。

 

 今日の夜からでも張り込みを開始したいのでその準備を行うのだ。

 しかし、そんな切嗣の足は思わぬものに止められることになる。

 

「あれ、もしかしておじ様!?」

 

 教会から出てしばらく歩いたところで、覚えのある声に足を止める。

 

糸音(しおん)ちゃん?」

「はい! おじ様の糸音です!!」

「いや、僕にその覚えはないんだけど」

 

 以前にも増して、トリップ状態が高まった糸音に苦笑しながら切嗣はその姿を見る。

 今日は日曜日だからか、どこかで運動でもしていたように可愛らしい運動ウェアを着ている。

 

「運動でもしていたのかい?」

「はい! ボランティアで子ども達と一緒に遊んでいました!」

「へぇ、えらいじゃないか」

「えへへへ、おじ様に褒められちゃった」

 

 褒められたことにニコニコと笑う糸音の姿に、娘の姿が被り切嗣は心が抉られる気持ちになる。

 あの子は大丈夫だろう、あの子は幸せだろう、そんな希望的観測すら湧かない。

 自分が消すことのできなかった宿命をあの子は背負わされている。

 

 寿命だって長くはないだろう。優しさなど知らない機械のように育てられているだろう。

 全部、自分があの子を見捨てたせいで。世界と娘を天秤にかけて世界を取ったがゆえに。

 父が娘を見殺しにするという最悪の悪逆を働いたせいで。あの子は1人で泣いているのだ。

 

「おじ様…? 大丈夫ですか」

「あ、ああ、大丈夫だよ。少し寝不足気味でね、ボーっとしてた」

 

 心配そうに自分の顔を覗き込む糸音に、ごまかすように笑いながら切嗣は内心で眉をひそめる。

 まだ、1日しか徹夜をしてないというのに思考の乱れが激しい。

 後で眠気止め薬(アンフェタミン)を摂取しておく必要があるだろう。

 

「もお、ダメですよ。体は大切にしないと、おじ様の体はおじ様のものだけじゃないんですから」

「ありがとうね、糸音ちゃん。それじゃあ帰って少し休むとするよ」

「はい、ちゃんと休んでくださいね」

 

 心の中で眠る気が一切無いことを謝りながら、切嗣は準備のためにホテルへと戻っていく。

 そして、その姿を目に焼き付けんとばかりに凝視していた糸音も、教会(・・)へ入っていくのだった。

 

 

 

 

 

「ふーん、ふふふーん、ふーふー♪」

 

 教会の中に隠された地下聖堂にて、糸音は鼻歌を歌いながら報告書を書いていた。

 ご機嫌な理由は簡単、想い人と出会うことが出来たからだ。

 今この場で彼女だけを見るならば、微笑ましい光景だっただろう。

 しかし、ほんの少し視野を広げてみれば異常な光景が目に入ってくる。

 

「しかし、糸音さんも考えましたね。トリガーを摂取させた者同士で戦わせてデータを取るというのは実に効率的(・・・)です」

「えへへ、でしょ、神父様?」

 

 にこやかに会話を行う糸音と薬師寺のすぐそばでは、突発性(ヴィラン)同士が殺し合っていた。

 殺し合っている突発性(ヴィラン)は切嗣が調べていたホームレス達の一部。

 要するに、彼らは実験のために炊き出しで誘き寄せたホームレスを捕まえていたのだ。

 

「こうすれば、警察には見つからないでデータが取れるし、万が一壊れても(・・・・)ホームレスだからバレない。すっごく効率的だよね」

「ええ、それに逃げ出す心配もありませんしね」

「その点は神父様に感謝してるよ」

「お力添えになれて何よりです」

 

 彼らが話している間に、片方の突発性(ヴィラン)が力尽きて倒れる。

 そこに、もう片方が止めを刺すために襲い掛かる。だが。

 

「もう、十分です。戦いを止めなさい」

 

 神父が一声かけるとピタリと動きを止めて、犬のように彼の足下にすり寄ってくる。

 トリガーにより理性を薄くされた状態だというのにも関わらずにだ。

 

「お疲れ様です。データ採取に付き合ってくれたお礼のお菓子ですよ」

「…っ!」

 

 突発性(ヴィラン)は薬師寺から差し出されたキャンディに貪りつく。

 その姿を見ながら、糸音は戦闘データの報告書をまとめ上げて、大きく伸びをする。

 

「それにしても神父様の“個性”って便利だよね。触れた食べ物を全部麻薬(・・)にできるんだから。その手の人からしたら涎ものじゃないかな? 色んな意味で」

「そんなに便利なものでもありませんよ、私の『ドラッグクッキング』は。直接的な戦闘には活かせませんので、戦えば糸音さんに触れることもできずに負けます。まあ、風邪を引いた時には自分で薬を作れるところは確かに便利ですが」

 

 薬師寺の“個性”『ドラッグクッキング』は触れた食べ物を任意の薬に変えられる能力だ。成分や調合について完全に理解していなければ使えないが、食べ物の味や触感を残したまま薬に変えられるので使い勝手は悪くない。仮に彼が製薬会社にでも就職していれば、子どもや老人のための薬作りで一財産を築き上げられただろう。しかし、彼は神に仕える道を選んだ。

 

「でも麻薬をあげることで、理性が薄くなった突発性(ヴィラン)を操れるんだからすごく便利だよね? ハチスカちゃんも私もトリガーを使ってる子は操れないのに」

「まあ、麻薬中毒者は他の何よりも薬を優先しますからね。理性が少々飛んでも薬をもらえるなら何でもやります。殺しも、盗みも、身内同然の人間を容赦なく痛めつけることも」

 

 そう言って、薄く笑いながら2人の突発性(ヴィラン)を眺める薬師寺。

 この2人は血のつながりが無いが、非常に仲の良い友人同士だった。

 しかし、今や薬のためにお互いで殺し合う存在になり果ててしまった。この神父のせいで。

 

「糸音さん」

「なーに、神父様?」

「今の私は悪そうに見えますか?」

「すっごく」

「ありがとうございます」

 

 自分が悪である。その事実を確認し薬師寺はさらに笑みを深めるのだった。

 

「と、そう言えばお伝えしないといけないことがあったのでした」

「なに? バイト関係かな?」

 

 しかし、その笑みもすぐに引っ込めて思い出したように糸音に告げる。

 それに対して、糸音は興味なさそうに椅子に座り直し。

 

「先程、ヒーローの衛宮切嗣さんが教会(ここ)に訪ねてきました」

「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」

 

 立ち上がった衝撃で、椅子を吹き飛ばすしながら薬師寺に詰め寄るのだった。

 

「失礼、忘れていました」

「嘘だよね! 神父様が良い笑顔で笑っているときは大体嘘だもの!」

「そんなことはありませんよ。そう言えば色々と事情徴収をされたような気もしますね」

「普通、事情徴収されたことを忘れるわけないでしょ!?」

 

 例え仲間であっても悪になることを戸惑わない。それが薬師寺という男だ。

 それを思い出し、糸音は胸ぐらを掴んでいた手を離して溜息を吐く。

 悩みや怒りは美肌の天敵なのだ。愛しの彼が近くに居るのに肌荒れを起こすわけにはいかない。

 

「ふぅ…でも、よく考えたら帰り道に出会った時に気づいても良かったかな。て、それよりも、ここに来たってことは遂におじ様が私のことに気づいてくれたってことだよね!?」

「さあ、私は彼ではありませんので何とも」

「神父様の意見はどうでもいいの! ねえ、おじ様はどんなことを言っていたの!?」

「そうですね……」

 

 母親にお話の続きをせがむ子どものように顔を輝かせてピョンピョンと跳ねる糸音。

 薬師寺はそんな彼女の様子に微笑みながら、切嗣に言われた言葉を思い出す。

 

「『最近は性質(たち)の悪い蜂が悪さをしているのでご注意を』……でしたね」

 

「―――は?」

 

 空気が凍り付く。ニコニコと笑っていた糸音の瞳から光が消える。

 明らかに普通の状態ではない。だが、薬師寺はそれを気にすることはない。

 何故なら彼は言われたことを、そのまま口にしたただけなのだから。

 

「……それホント?」

「ええ、一言一句(たが)えていません」

「私のことよりハチスカちゃんの方を注意しているってこと?」

「私に彼の真意は測れませんよ。ただ、蜂に対して良い印象を抱いていないようには聞こえましたがね」

 

 淡々と語る薬師寺を糸音は射殺さんばかりの瞳で睨むが、そこに嘘はない。

 切嗣の言葉は釘を刺すのが目的で、皮肉を込めて言われたものだ。

 しかし、それは直接聞いていない人間からすれば、相手を心配する言葉にも見える。

 

 糸音からすれば、自分よりも(・・・・・)ハチスカの悪事の方に目が向いているように見えるのだ。

 

「……なんで? 毎日、毎日、あの日からおじ様のことを忘れたことなんてないのに…! それに私の方が絶対に悪いこといっぱいしてるよね、神父様!?」

「はい。ですが、糸音さんの作戦は完璧で効率的な反面、隙がありません」

「あー……そう言えば隙の無い女性より、隙のある女性の方が男の人に好かれやすいって、テレビで言ってたなぁ」

「ええ、あなたの魅力が無いからではありませんよ。今回は少し失敗しただけです」

 

 人を安心させるような笑みを浮かべながら、糸音を励ます薬師寺。

 糸音の方も、周囲を凍らせるような空気を放ちながらも落ち着いた様子を見せる。

 そして、何かを決意したように大きく声を吐き出す。

 

「神父様、私少し強引に行くけどいい?」

「構いませんよ。私は教会の子ども達と待っていますので、どうぞ悔いのないように」

「ありがとう。じゃあ、少しだけ突発性(ヴィラン)を借りてくね」

「ええ、どうぞ」

 

 何やら許可を取ると同時に外へと向かい走り出す糸音。

 彼と別れて数時間が経過したが、この街に居ることだけは分かっている。

 ならば、天地がひっくり返ろうとも探し出すだけだ。

 

 

「待っててね、おじ様。おじ様は―――私だけを見ていればいいんだから」

 

 

 近寄ってきた()をゴミのように踏み潰しながら、糸音は表情のない顔で笑うのだった。

 

 

 

 

 

「ハンバーガーを1つ」

 

 衛宮切嗣はファーストフード店でハンバーガーを買っていた。

 教会への張り込み前の栄養摂取のためである。

 

「やっぱり、作業の手を止めず、機械的に口に運ぶだけで栄養補給が出来るのが素晴らしいな」

 

 味わうことすらせずに、通りを歩きながら胃の中に食べ物を詰め込んで切嗣は笑う。

 今この場に信乃でもいれば、また叱られてしまうだろうなと思いながら。

 

(さて、栄養補給もすんだことだし、教会を見張れるポイントでも探すか。監視カメラの設置も忘れないようにしないと)

 

 今から、辛い張り込み作業の始まりだと思うと少しだけ気分が落ち込むが、すぐに切り替える。

 これは市民を守るための大切な作業なのだ。文句を言うわけにはいかない。

 そう、改めて決意を固めたところで、突如として悲鳴が響いてくる。

 

(ヴィラン)が出たぞーッ!」

「突発性(ヴィラン)か? いや、どちらでもヒーローがやることは同じか…」

 

 切嗣は予定がズレてしまうなと考えながらも、一直線に悲鳴の聞こえた場所まで駆け出す。

 

「落ち着いてください、ヒーローです! ここは僕に任せてすぐに安全な場所に避難を!」

「ヒーロー!? やった、もう大丈夫だ!」

「落ち着くのは安全な場所まで避難してからにしてください。それから、あなたはすぐに警察と他のヒーローに通報をお願いします」

 

 ヒーローらしく様々な指示を出す自分の姿を見て、安堵の表情を見せる市民。

 そんな姿に、ヒーローってやっぱりいいなと内心で感動しつつ切嗣は(ヴィラン)の前に立つ。

 

「動物型の(ヴィラン)か……」

 

 キャリコを構えて、狙いを定めながら相手の特徴を把握していく。

 (ヴィラン)はチーターの姿をしており、機動性に優れた存在であることがうかがえる。

 そして、何よりも切嗣の注意を引くのは。

 

「黒く染まった舌……突発性(ヴィラン)だな」

 

 トリガーを使用して内出血により染まった舌だ。この(ヴィラン)から売人の情報でも出るかもしれないと考え、切嗣は引き金にかけた指に力を入れる。だが、次の瞬間に予想外の言葉を投げかけられ、その指を止めてしまう。

 

「…さが…したぞ…クロノス」

「僕を探していた…だと?」

「…………」

 

 自分を探していたと告げる(ヴィラン)に眉をひそめる。

 それを(ヴィラン)は確認したと考えたのか、止める間もなく踵を返して路地裏に消えていく。

 明らかに何か裏がある。その行動に切嗣は思わず思考を乱してしまう。

 

(罠の可能性が高い。だが、僕が追わなければ何をするかが分からない。路地裏で会った人間に危害を与える可能性も十二分にある。罠だとしても市民の安全を考えれば……追うしかないか)

 

 明らかな罠だとしても市民の安全には変えられない。

 ヒーローとしてそこだけは譲れないと考え、切嗣も路地裏に駆け出す。

 

 

「ふーん、あれが糸音ちゃんの愛しのおじ様かぁ。糸音ちゃんに飛ばしたうちの()が潰されたからナニゴトかと思ったけど、ドクセン欲ってヤツだねぇ。ま、それならそれで、友だちらしく手助け(・・・)しちゃおっかなー」

 

 

 ビルの屋上からハチスカは切嗣の姿を面白そうに見つめ、不気味な羽音を残して闇の中に消えていく。そんな彼女の姿に切嗣は気づくことが出来なかった。しかし、ハチスカ自身も自分を見つめる、()()まった視線に気づくことはなかったのだった。

 

 

(これが罠だった場合は、正面から食い破ればいい。それに通報の指示は出している。仮に僕が死んでも警察や他のヒーローが何とかしてくれる。何も問題はないはずだ)

 

 自身を見つめていた存在に気づくことなく、どこか危なげな思考を終えたところで、切嗣は背後から何者かが近づいてくる気配を察知する。すぐさま、迎撃のために走りながら後ろを振り返るが、そこに居たのはハチスカでも(ヴィラン)でもなかった。

 

「ザ・クロウラー参上! 道案内ならお任せください!」

「君か……道なら覚えているから大丈夫だよ。君も危ないから下がってるんだ」

 

 『滑走』の“個性”を用いて、文字通り地面を四つん這いで滑りながら近づいてくるコーイチ。

 その姿に何となくゴキブリみたいだなと、失礼なことを考えながら帰るように告げる切嗣。

 しかし、コーイチは笑って上空を指差す。

 

「コーイチ、チーターの(ヴィラン)は2つ先の分かれ道で右に曲がったみたい」

「ありがとう、ポップ! ほら、こうしてポップが建物の屋上を跳びながら案内してくれるから、見失わないんですよ。それに……」

 

 ポップの“個性”は『跳躍』。簡単に言えば建物を飛び越えられる程の大ジャンプだ。

 コーイチが地面を這い回って敵を追い、ポップが俯瞰視点でそれをナビする。

 そして、もう1人の男。

 

「―――俺がいる」

 

 ナックルダスターが殴って(ヴィラン)を退治する。

 これがコーイチ達、ヴィジランテの完成されたコンビネーション。

 数多の突発性(ヴィラン)を今日までお縄につけてきた、熟練の技だ。

 

「……お前もか」

「おう、不満がありそうな顔だな」

「ふん、こっちとしては捕まえる対象が増えたと言っても間違いじゃないからね」

「なんだ、やるか?」

「ああぁっ! なんで喧嘩腰になるんですか、2人とも!?」

 

 顔を合わせた途端に険悪なムードになる切嗣とナックルダスターに、コーイチは来てしまったのは間違っていたかもしれないと思い始める。しかし、ここまで来て引くわけにもいかず、二人の仲をなんとか取り持とうとする。

 

「心配しなくていいよ、コーイチ君。何よりも優先すべきは市民の安全だ。だから、(ヴィラン)の捕縛が最優先事項に変わりはない。こいつを捕まえるのはその後さ」

「こ、この人、むちゃくちゃ冷静だけど恨みは絶対に忘れないタイプだ」

 

 しかし、犬猿の仲の相手と手を取り合うことは出来なかった。

 そのせいか、何となく緊張感がなくなるような空気が流れ始める。

 だが、それも長くは続かなかった。

 

「止まって! なんか、ヘンなものがある!」

「変なもの? 罠か…!」

 

 チーターの(ヴィラン)の進路を先読みしていたポップから、止まるように言われ足を止める一同。そして、辺りに警戒しながらゆっくりと何かがある場所に近づいていく。そこにあったものは。

 

「これって……蜘蛛(・・)の巣?」

 

 コーイチが仄かな明かりの中に浮かび上がったそれを見て呟く。

 月光に照らされた白銀の()は、一種の幻想さすら見る者に与える。

 しかし、その本質は冷たく張り詰めた狂気だ。

 

「よしよーし、変なものも着いてきちゃったけどおじ様(・・・)をちゃんと連れてきたからご褒美だよ」

 

 切嗣達が異様な光景に立ち止まる中、蜘蛛の巣の前に現れた人物がチーターに何かを与える。

 コーイチ達はその人物に見覚えが無い。しかし、切嗣には見覚えがあり過ぎた。

 

「糸音…ちゃん…?」

 

 自分が切嗣に呼ばれたことに、糸音は花が咲くような笑みを浮かべる。

 そして優雅にスカートの裾を摘み、淑女のように挨拶を行う。

 

 

 

「―――こんばんは、おじ様。今夜は月が綺麗ね」

 

 

 




月が綺麗ね(I love you)」なんてケリィは良くモテるなぁHAHAHA!

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