「卒業生代表、衛宮切嗣君」
「はい」
校長に名前を呼ばれた切嗣が壇上へと上がる。
今日は雄英高校に通う最後の日だ。
いくら、精神年齢が大人とはいえ感じ入るものはある。
因みに切嗣が卒業生代表なのは、体育祭で今年も優勝した実績があるからだ。
雄英高校は実績を第一に評価する。故に優勝者には栄えある権利が与えられるのである。
(と言っても、僕自身はやりたいことでもないんだけどね)
壇上に立ち、スピーチの原稿を広げながら内心で溜息を吐く切嗣。
ヒーローには積極性が必要とは言うが、切嗣は特に目立ちたいという願望は持っていない。
人助けは積極的にやるが、こういった面倒なものは余りやりたい性格ではないのだ。
正直に言えば、スピーチの練習に時間を割くくらいなら戦闘訓練をやっていたかった。
(まあ、効率的じゃないが……これも僕の歩いた道のりで得たものだ。だから喜ぶべきか。
そうだよね―――母さん?)
保護者席に座る多くの顔を見回してみるが、見慣れた顔は見えない。
当然だ。彼女はもうこの世のどこにもいないのだ。
もしかすると、自分のように他の世界で輪廻転生しているのかもしれない。だとしても。
(もう……褒めてもらうことはできないんだな)
そんな当たり前の事実を今更ながらに実感しながら、瞳を一瞬だけ閉じる。
そして、もう一度開かれた時には感情などないような冷たい瞳だけが映っていた。
「ここでこうして君と話すのは1年生の時以来かな、衛宮君」
「そうですね、あの時は武装についての話でしたね、根津先生」
式も終わり、友人と話をしたり親と会話をする生徒が多い中、切嗣は根津に呼び出されていた。
場所は仮眠室。2年前のあの日に正義の味方がどうあるべきかを語った場所だ。
「それで、何の話でしょうか? 先生が居ないと他のみんなが困りますよ。記念撮影にアルバムへのサイン。他にも色々と話したい人が居るでしょうからね」
「HAHAHA! 人気者は辛いね。しかし心配は無用さ。しっかりと時間配分は考えている。それに今は君と話したい気分なんだ」
「……先生」
「ん、何かな?」
「親の居ない僕に、気を使っていただいてありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げる切嗣。
一方、頭を下げられた根津は苦々し気な表情を隠さない。
「バレたかい…?」
「ええ。先生のお心遣いには感謝しています」
「はぁ…君は不相応に大人びているね」
「不相応ですか?」
「ああ、君は子どもなんだ。親が居ないなら素直に寂しがっていいんだ」
根津が切嗣をここに呼び出した1つの理由は、彼に親子の触れ合いを見せないためだ。
教室に居ようが廊下に出ようが、そこには嬉しそうに笑う親子が居る。
そんな光景を見せられて親を失った子供が何も思わないわけがない。
きっと、辛い思いをさせてしまうだろう。
そう考えて誰も居ない仮眠室へと呼んだのだが、切嗣は全て察していたのだ。
何とも可愛げのない子どもだと思ってしまうが、文句を言っても仕方がない。
「もう子どもじゃないんです。今からは立派な……か、どうかは分かりませんが大人です」
「大人だって泣きたくなる時はある。あまりに感情を抑え続けていると、心が壊死するよ?」
「その点は何の問題もありませんよ。ええ、
「……?」
自嘲気味な笑みを浮かべる切嗣に、根津が疑問符を浮かべるが切嗣は答えない。衛宮切嗣の心は決して壊死しない。どれだけ硬く凍結してもすぐに激情が溶かしてしまう。心を殺すことなどただの一度もできなかった。
世界を平和にしたいと願い続けた。弱者の慟哭に誰よりも共感した。人が笑う姿に心の中で歓喜の涙をこぼした。だというのに、体は自分の心を置き去りにして引き金を引き続けた。心がどれだけ血を流しても死なないことをいいことに。
「…と、変なことを言ってしまいましたね。今のは忘れてください」
「そう言われると逆に忘れられない物なんだけどね。卒業祝いだ、忘れるとしよう」
「では、僕は教室に戻らせてもらいますね」
気遣いなど要らないのだから、ここに残っても意味がないと判断し切嗣は立ち上がろうとする。
しかし、その肩は根津の小さな手に抑えられてしまう。
「なにか?」
「いや、別にここで聞くつもりはなかったんだけど。ついでだし聞いてしまおうかとね」
「いえ、だから何を?」
「ヒーローとはどうあるべきか。2年前に君と話した内容の答えを聞きたくてね」
その言葉に切嗣は、以前に
「答えは見つかったかな? 君がヒーローとしてどうあるべきかの答えが」
根津の黒く底の見えない目が期待するように光る。
その目にこれは何か答えなければ解放されないと悟り、切嗣は小さくため息を吐く。
わざわざ人に言うものでもないが、言った所で問題があるわけでもない。
「……分かりました」
「ははは、ご教授願うよ」
切嗣は若干の気恥ずかしさを隠すように、1つ咳ばらいをしてこの3年で得た答えを告げる。
「
それが母と父の死を乗り越え、無駄にはしないと決めた切嗣の答え。
助けを求める者の、“絶望を切り裂き希望を嗣ぐ”。そんな願い。
具体的に説明しろと言われてもできないが、心が、魂がこの答えでいいと納得していた。
「切って、嗣ぐか……ああ、君の在り方にこれほど当てはまるものもないよ」
「少なくとも僕はそうありたいと願っています」
「HAHAHAHA! 謙遜しなくていいよ、既に君はそうなっているさ」
そう言って、根津は真っすぐに切嗣の目を見つめ優しく微笑む。
「
「……はい」
「―――本当に立派になったね」
告げられた言葉は簡潔かつ質素なものだった。
だが、そこに込められた想いは、宝石よりもなお輝いているように感じられ、目頭が熱くなる。
なぜなら、その言葉は。
「あり…がとう…ございます…っ」
切嗣が両親に言われたかった言葉なのだから。
「さて、そろそろみんなの所に戻ろうか。きっとみんな君を探しているだろうさ」
「……はい」
「それと、衛宮君」
「……はい」
「卒業おめでとう」
今日、この日をもって衛宮切嗣の高校生活は幕を閉じるのだった。
卒業式も終わった雲一つない青空の下、切嗣はある場所に来ていた。
「父さん、母さん、久しぶり」
2人が入っている墓の前で、切嗣は朗らかに笑ってみせる。
今日は卒業の報告をするために墓に訪れたのだ。
「2人のおかげで無事に卒業できたよ」
両親に見えるように卒業証書を広げてみせるが、何も返っては来ない。
ただ、鏡のように磨かれた墓石に自分の姿が映るだけである。
古来から鏡の向こうには霊的なものが映ると言われるが、期待しても誰も映らない。
まさか、自分がこのような非合理的なことを考えることになるとは思っていなかったと内心で自嘲するが、悪い気はしない。こうやって未練がましく思ってしまう心も時には必要なのだ。でないと、いつの日か2人と過ごした日々を忘れてしまう。
そうならないために墓はあるのだ。
「……墓は残された人のためにあるとは言うが、本当にその通りだな」
前世では家族の墓すら作ってやれなかった身なので、しみじみと呟く。
人が死ねばそこに残るのは死体だけだ。火葬にしようが土葬にしようが、死人には関係ない。
極端な話、墓などあってもなくても死人には意味がないのだ。
だが、残った者にとって墓とは故人を思い出すために必要なものである。
人は忘れる生き物だ。どんなに大切に思っていても愛していても、時と共に消え去る。
まず、どんな声だったか思い出せなくなる。次に顔の輪郭がぼやけていく。
そして、彼らとどんな日々を過ごしたかを忘れ、最後には名前すら記憶から消える。
だから、人は墓を作り故人の名前を刻む。
名前を起点に彼らと過ごした日々を思い出し、顔を思い出し、声を思い出す。
それが墓の役割だ。
「悲しい記憶を覚え続けるのは辛いが、それすら忘れてしまうのはもっと悲しい」
誰にも聞こえないように切嗣は小さく、小さく、弱音をこぼす。
「アイリ……もう…君の声が思い出せない」
忘れることからは逃れられない。
妻の声で最後の瞬間まで“死ね”と呪われていたのに、その声すら薄れ摩耗していく。
娘や息子の顔が記憶の中でぼやけている。
前世を持っているという特殊な生まれの切嗣であっても、忘れることから逃れられはしない。
そのことが堪らなく怖かった。
「おーい、切嗣ー! お供えの花を買ってきたよ。言われたとおりに白と赤の菊」
「…! ああ、わざわざありがとう、信乃ちゃん」
「いいって。墓参りに来るのに何にも持ってこないのも罰当たりでしょ」
声をかけられて慌てて振り返ると、花を持った信乃が居た。切嗣が墓参りに行くと零したのを聞き、どういうわけか彼女も墓参りに行くと言い出したのである。まあ、切嗣の母とは仲が良かったのでそこまで不思議ではないのだが、若い男女が2人っきりで行く場所が墓地というのも色気が無い話だ。
「それにしても、あの日と違って今日は暑いぐらいに良い天気だね」
「そうだね。参りに来る人間としては助かるよ」
「じゃあ、切嗣のお母さんとお父さんにご挨拶しないと」
何でもない話をしながら、白と赤の菊を供える信乃の様子を観察するが、先程の呟きを聞かれた風には見えない。そのことに安心すると同時に、切嗣はあることを思う。
(……誰かに話せば、自分以外の誰かにも覚えてもらえば忘れないだろうか)
ふとした考えだ。目を瞑って真剣に祈ってくれる信乃の横顔を見つめていたら思いついた考え。
前世のことを彼女に話して、覚えてもらえば妻や娘達の思い出を忘れないで済むかもしれない。
そんな漠然とした考えを思い浮かべ、切嗣はすぐに首を振る。
(バカバカしい。覚えるのも忘れるのも自分の責任だ。それを他人を使って繋ぎ止めようとするなんて馬鹿げている。なにより、この考えは
どちらが重く、どちらが軽いかの話ではない。
どちらも大切でかけがえのないものなのだ。
天秤の測り手では何も変えられない。
切り捨てるだけでは何も救えないと、嫌という程思い知らされたのにまた間違えるつもりかと切嗣は自嘲する。
「……そう言えばさ。矩賢さんってどんな人だったの? 私もあんまりあったことないし」
「ん? 父さんか。そうだね……」
黙っていたせいか、それともジッと見つめていたせいか、信乃が話を振ってくる。気を使わせてしまったなと、内心で渋い顔をしながらも切嗣も話に乗る。なぜだか、彼も父親について話したくなってきたのだ。
「偏屈な研究者で、人付き合いが不器用な人…かな」
「なにそれ?」
「酷いように聞こえるけど、第一印象としてはそれが正解だからね」
「親に対して第一印象っていうのも変な話ね」
「ああ。もちろん、僕から見た印象は違う」
切嗣は在りし日の父に思いをはせるように目を瞑る。
「父さんは家に居ても研究ばかりの人だったけど、声をかければ必ず答えてくれた。望めば遊びに連れて行ってくれたりしてくれたと思う。普段は仏頂面で笑顔なんて見せないけど、微笑みながら不器用に頭を撫でてくれることもあった」
「良い人じゃない」
「いや、良い人じゃないね。そう言う姿を見せるのは家族だけで、
良い人という言葉を即座に否定する切嗣だったが、その顔には険はない。
むしろ、普段は見せない表情で楽しそうに語っている。
「でも、僕にとっては不器用だけど優しい父親だった。
良い人じゃないけど、良い父親ではあった」
そんな父親に自分も似たのだろうと思い至り、すぐに苦笑する。
自分と矩賢が同列など勘違いも良いところだ。
矩賢は最後まで子どもを守り抜いた。対する自分はどうだ。
娘を置き去りにし、すぐに帰るという約束を破ったままのうのうと生きている。
きっと娘は恨んでいるだろう。あの雪の降る城で今も独りぼっちで温もりを求め泣いている。
そんな現状に追いやった自分が、良い父親のはずがない。
「……切嗣?」
「ああ…ちょっと
訝し気に覗き込んでくる信乃に誤魔化すように笑ってみせる。
嘘は言っていない。相手が
「……あなたも何かと不器用よね」
「え?」
「戦闘中は分からないけど、普段は誤魔化そうとしていると笑顔が不自然になるのよ」
「……本当に?」
「嘘だけど、そこでしらを切れないところが不器用なのよ。戦闘中は無視するのにね」
いたずらっぽく笑う信乃の姿に一本取られたと溜息をつく。なるほど、確かに日常生活ではあらゆる点で不器用なのかもしれない。戦闘になれば、心と体を切り離して
「まあ、不器用で良い父親だったと思っているけど、1つだけ分からないことがある」
「話を逸らしたわね。まあ、いいけど。それで、何が分からないの?」
「父さんと母さんが結婚した理由だよ。というか、本当に愛し合っていたのか分からない」
「ああ……」
あっけからんと言い放つ切嗣に信乃の方も納得したように頷く。
切嗣の父と母は息子から見てもなぜ結婚したのかが分からない。
“個性婚”で“個性”目当てで結婚したのかとも思うが、母は一度も父の悪口を言ったことはなかった。自分達を置いて出て行ったあとでさえ、恨み言一つ零さずにだ。もはや、お互いに興味すら持たない程に関係が冷え切っていたのかとも思っていたが、墓参りに来る程度には情もある。正直に言って分からないことだらけだ。
「いつか聞いてみようと思ってたけど、結局聞けずじまいだ」
「……私は愛してた思うよ。少なくなくともお父さんの方は」
「どうしてそう思うんだい?」
「乙女の勘」
「…………」
「冗談よ。ちゃんと理由はあるから、そんな呆れた表情しないでちょうだい」
茶目っ気たっぷりにウィンクする信乃に切嗣が白い目を向けると、恥ずかしかったのか頬を赤くしながら咳ばらいでごまかされてしまう。
「ほら、白い菊と赤い菊を供えたでしょ? これってお父さんが選んだものなのよね」
「ああ、僕は特にこだわりはないんだけど、父さんが毎年同じ花を選ぶから何か意味があるのかと思ってね。墓参りの時はこれにしているんだ」
「じゃあ、この花の意味は知ってる?」
「意味…? 花言葉のことかい? 残念だけどそういったことは門外漢だからね」
「うん、だと思った。菊だから偶然かとも思ったけどいつも同じなら確信犯よ」
なにやら納得したように深く頷く信乃とは反対に、切嗣は首を捻るばかりである。
基本的に必要な情報以外は頭に入れない性格なので、女性のように花言葉を覚えたりはしない。
そもそも調べようとも思わない。だが、これだけ意味ありげに言われると流石に気になる。
「どんな意味なんだい?」
「……白い菊の花言葉は『真実』。この場合だと嘘じゃないって強調してるのかしら」
「それで、赤い方は?」
「うん…こっちがメインね。赤い菊の意味はね、その…えっと…」
何故かためらう様にほんのりと頬を染めた状態でこっちを向く信乃に、切嗣は疑問符を浮かべるが、すぐにその表情は驚きへと変わる。
「―――あなたを愛しています」
その言葉に切嗣は思わず呆れたような笑いを零してしまう。
白と赤の菊を合わせれば、それは“真実の愛”となる。
口では一言たりとも愛しているなどと言わないくせに、こういった所ではしっかり好意を表す。
何ともいじらしい行為だ。
毎年花を供えていたことを考えれば、これからも続けていくつもりだったのだろう。
自分の寿命が無くなるその時まで、ずっと…ずっと。
「本当に……不器用な人だ」
切嗣はあの世にいる父親の姿を思い浮かべもう一度笑う。今度は、誇らしげな笑みだった。
エンデヴァー事務所社長室にて、エンデヴァーは一人静かに思考を巡らせていた。
あの時戦うことになったAFOの歴史。
そして何より、事情説明としてオールマイトに話された
あれから時間が経ったというのに、オールマイトの言葉は未だに頭から離れてくれない。
―――OFAはお師匠様から受け継いだ“個性”なんだ。
“個性”を継承する“個性”など聞いたこともないので、それ自体が驚くべき話だった。
しかし、エンデヴァーはそれ以上の驚愕の事実に思い至ってしまったのだ。
オールマイトはOFA以外の“個性”を使用していない。それはつまり。
―――オールマイトは元“無個性”だったのだ。
「そんなことが本当にあり得るのか……」
信じられるわけがない。
だが、ありとあらゆるオールマイトの動画を穴が空くほどに見ても、他の“個性”は無かった。
まるで最強の“個性”を作り出すことに固執していた自分を嘲笑うかのごとく。
「元、“無個性”でもあれだけの高みに立てるというのか……」
OFAが反則級に強い“個性”なのかもしれない、と自分を慰めてみるが何の意味もない。分かっているのだ。強い“個性”はそれだけ反動も強い。生まれながらに持っていれば自然に制御の術も身につくだろうが、受け継ぐ以上は一気に全ての力を器に注ぎこまれるのだ。慣れないうちに使えば自らすら殺す諸刃の剣となる。
「だというのに……奴は
継承する“個性”だと聞いた際にさりげなく行った、反動に耐えられたのかという質問への答えだ。
オールマイトは誤魔化しはしても嘘はつかない男だ。
つまり、“個性”を継承した瞬間からその力の全てを操れていたのだ。
ただの、“無個性”だったはずの男が。
「“
それがオールマイトの狂気。
素手でビルを砕き、拳圧で空を飛ぶ。
それらを行っても反動で肉体が壊れぬ鍛錬をオールマイトは少年時代から積んでいたのだ。
“個性”が無ければヒーローにもなれぬ社会だというのに。
馬鹿正直に、結果など出るはずもない、意味のない鍛錬を延々と。
名も知らぬ誰かを救うためだけに行い続けていたのだ。
ただ、平和を願う者達の柱となるためだけに。
「化け物めが……」
そんな狂気に思わず悪態を吐く。オールマイトの力に対して、このように思ったことは数えきれないが、彼の精神性に対して化け物と思うのは初めてだった。平和の象徴、この国の柱と言えば聞こえはいいが、それは1人に厄を集中させることでもある。
1人の人間に全ての人間の願いを託し、その命を捨てさせる。これは人柱だ。大昔に行われていたような、人の命を奉げることで自分達の平穏を祈る行為。いくら綺麗な願いで覆い隠そうともその実態は生贄に過ぎない。だというのに、オールマイトはその役目を自らで望んで引き受けた。
その自分という存在を排したような精神性が―――化け物なのだ。
「OFAが特別なのではなく、あいつ自身が特別な存在…か」
例え、自分がOFAを継承していたとしてもあそこまで強くはなれない。
オールマイトの強さは、狂気の域まで昇りつめた平和への意志がもたらしたものだ。
そのことを痛感し、エンデヴァーは他人には決して見せない深い溜息をこぼす。
「遠い……知れば知るほどに離れていくようだ」
今のままでは決して追いつくことが出来ない。そう理解した。
「だが……追いつくぞ」
それでも彼は諦めない。
「しかし、今のままではダメとなると
そして、その過程で自分の血を継いだ息子に過酷な運命を背負わせるのだとしても構わない。
結局の所、エンデヴァーはオールマイトを超えることが全てなのだ。
お世辞でも良い父親とは言えなければ、今後もそう呼ばれることはないだろう。
悪に落ちることは決してない。だが、完全な正義と呼べる存在にもならない。
それが、エンデヴァーという男だ。
「エンデヴァーさん、入ってもよろしいでしょうか?」
「…! 衛宮か、入れ」
「失礼します」
ドアをノックされたことで、初めて自分が独り言を言っていたことに気づいたエンデヴァーは、苦々し気な表情を浮かべながら入室の許可を出す。それに従い
「それで、何の用だ?」
「今日から正式に
「フン、一々言う必要はない」
「いえ、こういうものはやっておいた方がいいので。僕個人の意思表示としても」
普段なら意味のないことはしない切嗣が食い下がり、エンデヴァーは怪訝な表情を浮かべる。
「……まあいい。手短に済ませろ」
「はい、それでは改めて」
軽く喉を鳴らし、背筋を伸ばす切嗣。
そして、重く覚悟の籠った声で名乗りを上げる。
「本日付で
「……これからは本名よりヒーロー名の方を使え」
「はい、分かっています」
ヒーロー名。
ヒーロー活動を行う上で欠かせないものだが、今までの切嗣はあまり重要視していなかった。
端的に言えば呼び名などどうでも良かったのだ。しかし、今は違う。
名乗りたい名前ができた。受け継ぎたい、未来に
しかし、そのまま名乗るのはヒーローとしては良くないことだと理解している。
だから、名前の一部分を組み合わせて貰うことにした。
「ヒーロー名は……」
父の異名『
その名も―――
「―――
伏線回収回。3話で出たヒーロー名を何にするかの話と10話で出た白と赤の菊の回収。
花言葉を知っていると矩賢さんが何を考えているか分かる使用でした。
因みに12話で枯らしてしまったサルビアの花の意味は『家族愛』。まあ、小ネタです。
さて、これで学生編は終了です。
次回からは数話程『ヴィジランテ』要素を出しながら原作開始までの過程を書きます。
原作開始まではもう少しだけお待ちください。それでは!