「ゴフッ!……起こし方が雑じゃない?」
「妥当だ。で、もう話してもいいんだよな?」
「もちろん」
流は翼とマリアの強い想いが流れ込んできたのに耐えきれずに気絶したが、刹那の後には奏のボディーブローで倒れる前に目が覚めた。
奏は別に暴力系ヒロインに目覚めたわけではなく流を覚醒させるにはこのくらいのダメージがないと起きてくれないからだ。しかも流は色々と目覚めたせいでやっと寝れるようになっている……はずなのでそのままではすや〜といってしまう。
「風鳴流、まさかもう完成させたというのか!?」
「ああ……と言っても不完全だからまだ何回か作り直さないといけないけどね」
翼以外にもサンジェルマンやカリオストロは流の隣にいるローブの人が誰なのかわかったようだ。パヴァリアは流が蘇生にこだわっていたことを知っている。
『……流、やったのね』
「ああ、これが俺の積年の大望だからね」
『はぁ、フィーネたる私の息子はやっぱりやる事が凄いわね』
「それほどでも」
死人が生き返ったのに了子はさも当然とばかりに受け入れてインカム先で奏の戸籍云々と会話を始めた。了子自身もフィーネとして何度も転生しているから今更なのだろう。
「ね、ねぇ、流……その横にいるローブの人は誰?」
いつもと口調が違う翼は恐る恐る、流に付き従っているローブを指さして震える声で問いかけた。
「酷くないか? あたしを忘れちまったか……」
「本当に、本当に奏なの?」
「……はは、翼はもう年長組なんだし、今はギアを纏ってるのに泣き虫翼じゃ駄目だろ?」
ローブの人、天羽奏が翼の声に反応するたびに翼はSAKIMORIから可愛い翼へと戻っていく。流さぬとあの日に決めた涙が溢れてくる。
「……この声って、なんで!?」
「響だって分かってるんだろ? なんでもクソもねえよ。死んだくせにノコノコ生き返ったツヴァイウイングの片翼で、初代ガングニールのシンフォギア装者、天羽奏だよ」
奏はいたずらが成功した子供のような笑顔で、ローブのフードを外して皆に顔を晒した。
翼は止められぬ涙を流し、響も涙を目に留めることが出来ない。元々ツヴァイウイングのファンだった未来も、口を手で抑えて必死に堪えている。
そんな中つまらなそうにしている人が若干名いるが、それも仕方の無いことだろう。流が奏に固執してたのは知っていたが、れはもう死人だから関係ないと思っていたのに蘇って隣にいるのだから。
「かなで……奏!!」
「はい、翼はちょっと待とうな」
翼が感極まってこちらに走ってこようとする。奏が待てと手で指示するとピタリとその場で止まった。
マリアはセレナの事も気になっているが、翼があまりにも可愛くなってしまったせいでそちらに気を取られる。ここでセレナが生身で出てきたら別だが、存在を仄めかされただけよりも今の翼の変化の方がビックリだ。
(何この剣、可愛い過ぎない?)
2ヶ月の鍛錬でずっと一緒にいた切歌は開いた口が塞がらないとはこの事だとばかりに、酷い間抜けな面を晒している。他の人も同様で翼のあまりの変化についていけていない。
「なんで! 奏はいつも意地悪だ!」
「一応パヴァリアの前だからな?」
「でも!」
「ここで言う事聞いてくれないと、あの事バラすよ?」
「……あ、あの事って? 奏はいつもそういう脅しをするけど……そのような事は止めるべきだ!」
翼はパヴァリアという単語でやっと周りに他の人がいることを思い出して、ゆっくりとクリスの後ろへ隠れた。奏は翼の言われたら威厳を保てない色々を知っているから、すぐに流達の下へ来るのをやめた。
『それでこれからどうするのさ』
『そうだね。奏の復活は教えられた、セレナについては憑依で何とかするとして……とりあえずお仕置きしようか』
『なんの?』
『マリア姉さんにもお尻ペンペンですか!?』
セレナは奏の感動の再開だったので空気を読んで黙っていたが、自分の姉がお仕置きされるなんて、とても良……耐えられない。
『俺を巡って争った罰としてお仕置き。あとはみんなが実際どれくらい単体で強くなったのか見たい。あとはそうだね……バルベルデでシンフォギアが軍隊に余裕で勝てる事がわかったよね?』
『ただの一般兵器じゃそんなもんだな』
『もしシンフォギア装者を世界の敵として掲げ、国連やアメリカが動いた場合を想定して、それ以上の脅威がいると認識させればシンフォギア装者をそんな扱いできないだろ?』
流が何よりも嫌なのは装者の皆が人を殺さざるを得ない場面に遭遇してしまうことだ。もちろん死んだり犯されたりという当たり前は置いておくとして、今のままだとシンフォギア装者が迫害される可能性がある。
流単体が迫害されたのならなんとでもなるのだが、装者達にされた場合工作に時間がかかる。その僅かな時間に心に大きな傷を作ってしまうかもしれない。
更に今流がシンフォギアよりも強い事を示しておけば、流をシンフォギアで殺させようとはしないだろう。皆と戦うのはいいがそれが強制された苦痛ではいけない。
なお、流はまだ自分が第一種特異災害認定された事を知らないが、訃堂が言っていた通り、認定をされる事を予想しているのでその考えを元に思考を巡らせている。
『風鳴流という、基本的に人類に益のある魔王を立てるってことか』
『私は反対です。それじゃあ流さんがあまりにもあんまりです』
『あたしは別にどっちでも。てかもうやる事は確定してるんだろ?』
『ごめんね。そういったヘイトは一箇所に向けていないと暴発した時に困るから。それで一番対処しやすいのが俺に向けることなんだよ。でもこれはただの理由付けにすぎないからね? 俺は皆と戦いたい、傷つけ傷つき、愛し合いたい!』
流はまた少し黙り込んでから、まずはパヴァリア側に釘を指しておく。
「サンジェルマン、プレラーティ、カリオストロは邪魔だけはするな。いいか、もし邪魔したら本気で怒るからね?」
「邪魔って何のことを言ってるのかしら」
「ラピスの輝きでシンフォギア装者のイグナイトを阻害するとか、あと単純に手を出すな」
「まるで流が手を出すみたいな言い方ね」
「俺が手を出すんだよ?」
「なんでよ」
流は完全にパヴァリアから意識を放し、二手に分かれている装者達を見る。パヴァリア三人娘の攻撃は錬金術なので使われそうなった時点で分かる。分かりはするが、このパヴァリア三人娘を信じているからこそ意識を向けない。
「皆、なんで俺のために争ってんの? 絶対にクリスとマリア辺りは戦ったでしょ? クリスは俺を取り返すため、マリアは俺を独占したいから」
「待ってちょうだい。全然そんなことないわよ!」
「恥ずかしいからって否定しなくていいよ? まあ、俺の為に皆が動いてくれたんだろうけど、それでも装者同士で敵として戦うのは駄目だよ」
「……」
「……」
二人だって駄目なことくらい分かっている。だが、どうしても譲れないからこそ戦って道を違えているのだ。しかもマリアは流を思ってやっているからこそ、流に真顔で言われて凹みつつある。
「なので、皆にお仕置きをしようと思います」
「……デデデース!! お仕置きってあれデスよね?」
「あれだよ、お尻ペンペン」
奏がその言葉を聞いて顔を少しだけ引き攣らせた。奏の表情の変化を見逃す流ではない。
「どうしたの?」
「……いや、流がお仕置きとして尻を叩くのって、あたしが言ったからだよな?」
「うん」
「ごめん、それ常識じゃないんだ」
「…………え?」
流は奏の言葉で動きが止まった。確かに流は昔はおかしいと思っていた。だが、奏が何度もこれが正しいと言ったため流はそれで納得したのだ。しかしそれは嘘であった。
流はおしりペンペンは女性にやるお仕置きとして常識ではなかった。なら、それを何度も受けているクリスや調にはもしかして嫌われてしまっている? 流は思考が停止した。
「デスデス。あれはお仕置きデスけど私達くらいの年頃の子にやるお仕置きじゃないデスよ! しかもクリス先輩とか喜んでいますよ」
「は? 悪いか?」
「うわっ、この人開き直ったデスよ!」
「おま、今先輩であるあたしをこの人呼ばわりしたな! 絶対に許さねえ」
「なんか今のクリス先輩すっごい面倒デス」
流の横に当たり前のように奏がいるので、クリスはイライラが秒単位で増し続けている。調は逆に先程から奏の動きに一切の音がない事に気が付き、この人できる! とか考えている。
別にこれが常識じゃなくてもいいやと流は思い始めた。スキンシップにもなるし、クリスや調やエルフナインは気持ちよさそうなのだからやめる意味が薄い。それに流にとってもご褒美になるのだから。
「……待て待て。お仕置きはお尻ペンペンのままね。なんか否定された気がするけどきっと気の所為だし。それにお仕置きという名目でお尻が触れるからね!」
「ねえ響、流ってあんな感じの人だったかしら? なんかだいぶ性格が変わっているような気がするのよね」
「元々の先輩はあんな感じだったのかも。何かがあって……奏さんが隣にいるからとかかな?」
響の予想は当たっている面もあるが、これも全てフィーネとソロモンが関与していることだ。
「じゃ、パヴァリア三人娘は手を出すなよ? 先にお尻ペンペンされたいならやってやるけど?」
「……ヨナルデパズトーリも追放されて敵も戦う気がない。戦おうとすれば人外に邪魔だてされることは必須……カリオストロ、プレラーティ、帰るわよ」
「え? いいの?」
「……形勢が不利なのはわかるワケダ。でも、やらなくてはまたあいつに大きな顔をされるワケダ」
「いいのよ。彼が想定外に強くなっているのよ。下手に挑めば死ぬわ」
パヴァリア三人娘も流がアホなことを連発したり、有り得ないことを連発したせいでやる気が削がれてしまった。しかも下手に手を出そうとすれば口ではやらないと言っているが、位相の監獄に一生閉じ込められてしまうかもしれない。
アルカノイズを作れるサンジェルマンだが、了子ですら解明しきれていない位相操作を習得しているわけがなく、本当にあれは必殺になり得てしまう。
流をここで生命エネルギーへと変えるにはあまりにもリスクが大きすぎるので、サンジェルマンは他二人に指示をしてテレポートジェムで帰っていった。
帰り際にカリオストロが流に一言テレパスを送っていた。特に愛の囁きなどではないが、カリオストロは流と話したいことがあるようだ。
「皆を愛するため、それに保険とかもろもろの為に、今ここで戦ってほしいんだ。拒否しても無理やり襲うから、ね? さて、やろう」
「……切ちゃん、一緒に戦って欲しい」
「調! で、でも」
流の悪い癖の説明せずに物事を進めようとするのが出て、いきなり戦いを申し込んだ。今のままだと理由がよくわからず、負ければお尻ペンペンが待っている事くらいしかわからない。
一番初めに動き出したのは調で、少し離れたところにいる切歌に手を伸ばしている。調は今度こそ自分の力で流をギャフンと言わせたい。だが、それは無理なので自分が最大限強くなれ、一番信頼している切歌を呼んだ。
切歌も調のもとへ寄ろうとしたが、今はマリアの下にいてあげなければならない。
「流が一人で圧倒したいのは分かるんだけどさ、翼はあたしに預けてくれないか?」
「……いいよ。でも、まだ無理しないでね」
「ああ、翼! ちょっとここから離れるぞ」
「え、あっうん。ついて行けばいいんだよね」
最近の翼は割と野太い、強さを意識した声を出していた。だが、奏が話しかけると昔のような高くて可愛い声で返事をしている。
「……最近の翼と落差がありすぎてやりづっら」
「いってらっしゃい」
『あまり苛めすぎちゃ駄目ですよ?』
『ああ、行ってくる。あとあたしが毎度の如く流がトラブルに突っ込むみたいに苛めているみたいな言い方はやめろ』
奏はシンフォギアを纏ったままの翼を引き連れて、少し離れたところへ向かった。翼が物凄く楽しそうなのが、流は見ていて微笑ましく感じる。
**********
「……ここら辺でいいか。改めて、久しぶり」
「奏!!」
翼はここからも他の人に見えているのも構わず、手を伸ばす奏の胸の中に飛んだ。奏も優しく翼を抱きしめてくれた。
「昔と変わらない奏の匂いだ」
「いつもの翼と違いすぎて、若干びっくりしてるんだけど」
「私は先輩だから。頑張らないと」
「そんなの流にぶん投げればいいんだよ。翼はいつも固すぎる」
「奏が適当すぎるだ……あれ?」
翼は抱きついた感じ、昔の奏に比べて少しだけ身長が大きく感じた。多分ここ数年分の成長も加味して、奏が流によって蘇生されたのだろう。
だが、これは如何なものか。
「ねぇ奏。昔と比べて……胸大きくなった?」
「なったな。流が身長とかを加味して、純粋に計算とか、錬金術で推移させたらしいんだけど、昔に比べても大きくなってるよな」
「……理不尽」
頭をグリグリしてその理不尽な胸にじゃれつく翼。翼は奏に言われた胸のマッサージを欠かさず行っているのに、見た目的にはとても小さく見える。
ファッションに興味を持ち始めてから、翼は自分の胸が身長の割に小さくて服が合いづらい事を気にしている。
そんな事を考えていた翼だったが、あることを思い出して冷や汗をかいて震え始めた。翼は大切な親友の
「ど、どうした?!」
「ごめんなさい! 風鳴が勝手に流を私の婚約者にしちゃって……奏の将来の夢を潰しちゃった事になっちゃうよね?」
「ま、待て。その事はいいから」
「でも! 奏はノイズがいない世界を作ったら、流に結婚してもらうって!」
「うがああああああ!!」
弦十郎がカンフー映画にハマり、流は戦い方を近接戦闘映画全般を参考にしているのと同じように、奏はホームドラマに割と影響されている。
流の今の家だってそうだし、その家の風呂もそうだ。そしてこの結婚というのもホームドラマの影響だったりする。
色々と純粋だった昔の自分の夢を親友に語られて奏は恥ずか死しそうになるが、流石にもう死にたくないので心をゆっくり落ち着かせる。
「そこら辺は全部流にどうにかさせるからいいんだよ」
「流は大体何でも出来るもんね!」
奏の中にある記憶の翼はまだ防人語を会得しておらずこんな感じの翼だった。何にでも緊張して一人で泣こうとしたりするそんな子だった。
だが、流の下で防人語が堪能で防人たらんとする翼を見てきた。更にアニメの記憶なんてものもあるせいで今の翼には違和感がとてつもなくある。
「……でもその流を敵にして恨んでたよな?」
「そ、それはしょうがないじゃん! 奏は本当に意地悪だ。でも、あの後からまた仲良くなれたよ」
「それは本当に良かったよ。翼が流を殺してたら流石に私も恨んじまったかもしれないからな。まず生き返れなかったし」
「あ、危なかった」
どうみても翼には思えないくらい明るく、それでいて表情豊かで笑顔が絶えない。そんな翼を見ながら奏と翼は想い出に浸るのだった。
十数分後、話が一区切りして、奏は流も大体終わったようなので、この場はこれで終わらせる。
「もうそろ終わるから、アッチを見ようか。流は許さない」
「え?……え?」
奏が自分と翼の周りに風の結界を錬金術で作っていたので、外の騒音は二人の会話の邪魔をしなかった。奏が翼に反対側を見させる。
そこにはクリスがお尻を抑えてプルプル震えていて、調は顔を地面から上げられない切歌のお尻を優しく摩っている。その調もお尻がむず痒いのか座り方が安定していない。
マリアは体育座りをして、お尻の下に手を置いて、しくしくと泣いていた。
響は何故か流を見てポーとしている。何かをされて放心してしまったようだ。唇あたりを気にしているので、奏は何をされたのか察し、流を本気でぶん殴ることを決意した。流石にリビドーを解放しすぎだ。
そして未来は。
「グオオオオオオ!!」
「はい駄目! いいか、心の闇を受け入れるなり、打ち倒すなりしろ。俺に響を取られるとか思っているんだろ? 俺は未来から取らないよ? 二人共愛するし」
「ギュオオオオオオオオオ!!」
イグナイトの闇に飲まれた神獣鏡を纏った未来をいなしつつ、通りすがりにお尻を叩いている流がいた。
暴走しているはずだが、何故かその未来は武術を扱っているようにも見える。
「……ねえ、これって」
「どうせ流が悪い」
「だよね」
二人は巻き込まれないように、響や他の人を避難させるために動き始めた。
アニメではシリアスでサンジェルマンが手を取り合う可能性を知った話なのに、シリアスブレイカーがいたせいで、手を取り合うフラグが全く立たない。