「初めまして、フロンティア事変で世界を救ってくれた英雄の一人、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス博士」
ウェルはS.O.N.G.を定時で出てたあと、チェックしておいた新作のお菓子を出す店に車を走らせた。そのお店について、何とか新作を買えて上機嫌に帰ろうとしたら、後ろから声を掛けられた。しかも一般に公開していない事変の名前を出しながら。
ウェルは振り向くと、S.O.N.G.にも多くいる黒服がいた。だが、S.O.N.G.のエージェントならウェル博士と呼んでくるので別の所属だろう。
ウェルは英雄になったあと、影からS.O.N.G.の
「ああ、そうさ。僕が世界を救った英雄の一人、ウェルだ。君の所属や名前、そう言ったことを聞く気は無い。僕に話しかけてきた目的を話せ。今は新作が買えて上機嫌だから、話くらいは聞いてやろう」
ウェルは流に英雄を押し付けられる形でなってしまったが、吹っ切れることにした。どうせS.O.N.G.にいれば、色んな異端技術の事件に巻き込まれるし、男のウェルでも自らの手で英雄になれる方法が来るはずだ。英雄に自分の力で成ることをまだ諦めていないが、無茶な方法でなる気はもうない。例えばネフィリム細胞の投与などだ。
「ご配慮ありがとうございます。私達の目的はこれです。どうか博士には手伝って頂きたい」
ウェルは渡された書類を軽く見て、こいつらが
こいつらに頼まれた仕事をしてその組織があのアホに勝てる確率と、手を貸さないであのアホに借りを作るのを天秤にかけて、後者の方が圧倒的に安全で利が大きいことがわかる。
「断らせてもらう」
「それはなぜ?」
「お前らのやりたい事はわかる。だが、僕はあのアホの
「英雄になりたくはないのですか?」
「他人の力で英雄になってどれだけの価値がある! フロンティア事変の英雄と呼ばれるようになったのだって、当初は怒り狂ったさ! 僕は英雄という称号が欲しいんじゃない。そう呼ばれる実績を、自らの手で、僕自身の実力で手に入れたいんだ! この事は僕の命に誓って黙っててやろう。だから消えろ!」
エージェントはウェルの英雄願望が、相当なものである事が分かっていたから、煽ったがその手はもう悪手以外の何物でもなかった。
ウェルは黒服に書類を投げてすぐにその場をあとにした。車に乗って走らせて、尾行がないことを確認してから、新作のお菓子を一つまみ口に放り込んだ。
「最近流行っているみたいだから買ってみたけど、チョコ明太味は本当に不味いな……騒乱の幕開けが近そうだ」
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「チャオ〜。電話では久しぶりって言ったけど、実際はあんまり経ってないのよね」
「お前らに襲撃されてから一週間も経ってないしな」
欧州から帰ってきてから、竜宮に侵入したり、マーキングされたり、イグナイトの呪いを受けたり、オートスコアラーと戦ったり、イザークと出会ったり、山篭りしたりした。結構時間が経ってそうではあるが、全てが連続的に発生しているので、実際はあまり時間が経っていない。
流もカリオストロもやる事があったので、電話先では久しぶりという言葉が出たのだろう。そのカリオストロはいつもの二つ結びを解いて、そのまま髪を下ろしている。ドレスに合わないから結ぶのはやめたようだ。
「それはマジめんごって何度も謝ったじゃない。でも、女の子に襲われるのは嬉しいでしょ?」
襲撃のあとカリオストロから、謝罪のメールがいくつか来ていた。自分達で襲撃しておいて、何故謝るのか分からないが、素直にその言葉は受け取っておいた。
「性的ならまだしも、殺す気一歩手前なのは流石に嬉しくないわ」
「でも戦ってる時は笑ってたわよ? さて、挨拶はここまでにして、エスコートをお願いしようかしら」
「するけど、エスコートって女性を守るためのものだったよな? 意味ある?」
「意地悪はいいから、よろしくね」
「はいはい」
手を合わせて謝ってきた後、すぐに話題を変えて、こちらに手を出してきた。流はその手を取り、肘を軽く曲げてカリオストロの腕を誘導する。
先程から奏もセレナもうるさくしない。常識的な事だけならば、邪魔をしないと約束させたのだ。もしするのであれば、残念だが、ペンダントを置くと言ったら二人は従ってくれた。
『腕を組むのは常識ですか?』
『ギリセーフなのかね。いや、アウトか?』
『アウトで良くないですか?』
『ただのエスコートだからな?』
こんな感じで常に判定がされている。
流はやっと自分の事を知る気になってきた。理由は様々だが、人間として産んでもらったのに、人間性を損なっているので、申し訳ない気持ちなどから来ている考えだ。他にも聖遺物に対する耐性の高さや、物覚えが良すぎることなど、色々疑問点がある……謎武術とその身体能力は疑問じゃないのかだって? それはOTONA達のおかげなのは間違いない。
カリオストロ……キャロルに聞いて始めて錬金術三人組が、パヴァリア光明結社の幹部であることを知ったが、あのパヴァリアが流を勧誘したのだ。きっと流の何かを知っているのかもしれない。その何かが彼女たちにとって重要だったりするのだろう。
そんな思いと電話先のカリオストロから切実さを感じ取ったから、招待したのだが、今のカリオストロを見るに失敗だったかもしれない。
場所はリディアン音楽院から少し離れた、F.I.S.によって壊されなかったスカイタワーの近くにあるドレスコードが必要なレストラン。そこに山篭り前日にうまく予約ができた。というか、権力でゴリ押して入れた。
流の格好はサマースーツで目は黒のカラコン、腕は特殊メイクを施して、肌色の普通の腕のように見えている。髪が二房ほど金と水色だが、それはお洒落として放置している。本気で一度でも腕を振れば、壊れるほど脆い服だが、流の本気に耐えられる物を作るには、聖遺物レベルの硬さが必要なので妥協した。
ちなみに髪をお洒落として放置しているが、奏とセレナにはセンスがなさすぎると言われている。
入店して適当にコースの確認をして、カリオストロはワインを頼んだ後、一度お色直しに行き、戻ってきてからすぐに彼女が話し始めた。
「ここに誰かと来る気だったの? スカイタワー近くのレストランで有名なのってここよね。全然予約が取れないって聞いたことあるわよ?」
早速カリオストロが飲み終わったグラスに流が注ぐ。流は飲まないが、女性に注がせるのはマナー違反なので仕方なくやる。ギルティー判定はセーフ。
「調って子……お前らはF.I.S.を武装蜂起させたんだから、そこにいる装者は知ってるよな? 月読調と来るはずだったんだけど、ドタキャンされたんだよ」
「ぶっふー、ゲホッゲホ……ドタキャンされたって情けないわね。他に誘う子はいなかったの? 周りにたくさんいるじゃない。風鳴とか雪音とか、歌姫マリアだっているし、キャロルなんかも」
口の中にワインが殆どない状態でカリオストロは噴き出した。それでも軽く流の顔に掛かったが、店を汚していないようで安心。霊体二人がすぐに拭くように指示してくるし、濡れたままで酒くさいのは嫌なので、タオルの内側で拭う。
「皆駄目。キャロルも母親もみんな用事だよ」
調に奏のフライパンを使っていいと許可を出したあと、料理を更に上手に出来るようになりたいと言ってきた。そこで流は高い店の料理を食べてみたり、料理の作法を学んでみないか? と聞いたところ、凄い食いつきで頷いていた。教室などに行かせるのではなく、流がマンツーマンで教えることになった。
調と店を探して、スカイタワーの横のレストランを彼女が見つけ、ここに行きたいと言われた。軽く調べたところ、予約で当分先になってしまうようだったので、流が割と気軽に頼れる権力の一つ、
可愛らしい女性とデートに行くこと、そこの店をご所望だが予約で当分先になる事を話すと、うんうんと頷いた後、予約をコネでゴリ押してくれたのだ。
傍から見れば孫のお願いを聞くお祖父ちゃんのように見えただろう。対価としてまた今度、蕎麦を奢る約束をした。
だが、山篭りのあとから調に連絡が繋がらなくなってしまったのだ。翼や切歌に話を聞くと、緒川と忍術修行に行ってしまったと聞く。忍者修行のために飛騨山脈の秘境に行ったのなら、連絡が通じるわけがない。流は結構落ち込んだ。
しかし無理やり予約を入れてくれたので、行かないなんて選択肢はない。その場にいた翼と切歌のどちらかと、もしくは二人が行かないかと誘ってみた。翼は堅苦しいのは本家だけでいいと言い、辞退して切歌と行くことになった。
その切歌は八紘に気に入られ、八紘邸を出れなくなってしまい、断りの電話が来て流は再度落ち込んだ。だが、まだエルフナインやキャロル、友里や藤尭がいる! と思っていたが、みんなに断られてしまった。
エルフナインとキャロルは、エルフナインの希望でキャロルが昔住んでいたところに行くそうだ。キャロルも避けてきた場所だったが、エルフナインに勇気をもらって行くことになったらしい。
友里と藤尭はああ見えて、弦十郎や了子や緒川、ナスターシャとウェル。これらのような存在の次のランクの権限を持っている人達なので、弦十郎達がいない状況ではまともに動けないと言われた。その時は流が代理にしてある事を隠していたので、二人の説明が微妙に変だったことを覚えている。
そんなこんなで八紘邸を出た後に、流の連絡できる人達に当たったが全滅していたところに、カリオストロの通話だったので、色々と渡りに船だった。
「流って交流関係狭そうだものね」
「お前らの上司のサンジェルマンほどではないと思うぞ?」
「あの子は人をあまり信じられないからね。私達だって、仲間になる時に色々な力を与えられたけど、それでも一歩引かれてたもの」
プレラーティはあまり分からないが、カリオストロはグイグイ来る人なので、サンジェルマンは苦手そうに思える。だが、今はそれを乗り越えているのだろう。
「でも今は仲良しと」
「命を懸けてでも、サンジェルマンの願いを叶えたいくらいにはね」
そう口にするカリオストロの顔は覚悟と決意に満ち溢れていた。そしてサンジェルマンにはキャロルのような裏技を使うことが出来ない。やはり殺し合いになってしまうかもしれない。
料理が運ばれてくると、二人は料理の味についての話をしたり、他愛もない、情報にもならない会話を続けた。カリオストロは喋るのがやはり上手いようで、聞き役でも話役でもとても楽しむことが出来た。だからこそ、情報が抜き取られないか気を入れないといけなくて大変だった。
コースの合間の口直しのアイスを食べている時、カリオストロが雑談ではない話を切り出した。
「流はやっぱりこちらに付いてくれないのよね?」
「無理だって。俺はみんなを裏切ることなんかしない」
「……はぁ〜、まあそうよね。私だってサンジェルマンを裏切れなんて言われても行かないわ。自分の気持ちを偽って、相手の懐へなんて事も
前に話した時も嘘をつくようなことはしないと言っていた。そういったモノのプロフェッショナルだったのかもしれない。
「あーあ、譲れないものがある人達と戦うのは嫌だな」
流は了子、フィーネと戦うのだって嫌だった。好きになった新しい母親なのだから当たり前だ。そしてフィーネは命を捨ててでも勝とうとしていた。
マリアはほぼ確実に物事を進められることが分かっていたから、あの時は力を見せる必要があったので、致し方なく戦った。それをしなければ、流もマリア達もそれ以上の戦火に巻き込まれていたはずだからだ。
キャロルだって、あの思いは父親への愛によるもので、イザークを魔女狩りした奴らが悪いと流は思っている。そんなキャロルはイザークのおかげで、流が考えていたよりも穏便に事を終わらせられた。
サンジェルマンからはフィーネと同じような純粋な願いを感じた。それが何かはわからないが生半可な願いではないだろう。
「それは私もそうよ。敵とこんなに仲良くなるんじゃなかったわ。まあ、私は切り替えができるから、多少なら問題ないけどね。元詐欺師だし、そこら辺はね?」
ここで始めてカリオストロは過去の一端を口にした。嘘をつくことばかりしていたからこそ、今は嘘をつきたくないのだろう。
「切り替えができないほど、仲間以外とは仲良くしないように心掛けてたりするの?」
「普通そうでしょ。あなたは違うみたいだけどね」
「絶対に分かり合えない奴じゃないなら、全力で仲良くしようとするのは普通だろ」
「それが敵じゃなければね。敵とそんな事をして、戦うことになったら悲しいじゃない」
カリオストロは既に結構な本数開けているが、色っぽい吐息を吐くだけで、酔っているようには見えない。
そのあとまたメインに戻ったので、話を変え、料理を楽しんだ。
コースが終わり、コーヒーを店員が置いていった。支払いはその時に流は済ませておいた。
「……流、私とプレラーティはね。こんな事を言えばサンジェルマンに怒られちゃうけど、今まで続けてきた作戦なんてどうでもいいの。プレラーティはその中で楽しみを見つけているけど、私はどうかしらね」
「で?」
「ただサンジェルマンに救ってもらって、それに感謝して、サンジェルマンが願うなら私達もその目標に向けて必死になる。私達にとって、サンジェルマンがイエスと言えばそれはイエスなの。パヴァリアでも局長でもなく、サンジェルマンだからこそ従っているわ」
「俺だって周りの人たちがいるからこそ、周りの人が大事だからこそ、いくつかの組織と繋がっているしな。ぶっちゃけ滅ぼしたい組織もあるし」
S.O.N.G.だって、鎌倉だって、大切な人がいるからそこにいる。もし皆がS.O.N.G.を辞めるなら、流だってやめる。
流にはカリオストロが言っている言葉が良くわかる。
「次会う時は本当に殺し合いになると思うの。そんな関係なのに、こんな事をお願いするのはおかしいと思うけど、私達は私たちの意思で動いている。だからこそ、もし私やプレラーティが、サンジェルマンを蔑ろにするような事をしているのを見かけたら……すぐに殺してちょうだい」
カリオストロがいつもの高い声ではなく、まるで男のような低い声で頭を下げてきた。偽りを完全に剥いだカリオストロの本音が聞こえた。
「わかった。もしそんなことが起きたら手段を問わず、速攻で殺してやる。だけど、そんなことが起き得るのか?」
「これも外部の人間に言ったら不味いと思うけど、局長、アダム・ヴァイスハウプト。あの人を私もプレラーティも信用していないし、信頼する気もない。あの人は得体がしれなさ過ぎる。でも、あの人は確かに強い。だから、頼むわね」
カリオストロとプレラーティはサンジェルマンが掲げているからこそ、目的を達成するための行動を取り続けているようだ。そしてアダム・ヴァイスハウプトはサンジェルマンにとって必要な人材。だが、元詐欺師のカリオストロはアダムを不審に思っている。
欧州の闇を作ったとされるパヴァリア光明結社ですら、一枚岩になっていないようだ。その点S.O.N.G.は割と多面性はないので、とてつもなく有難い。鎌倉や国連に頭を下げないといけないのは癪ではあるが、流が暴れたら装者達が不幸になる。
「わかった。アダムはおまえからしたら不審なのね。それなら俺もそういう体で物事を考えるわ」
「……あのさ、元詐欺師の私が言うのもどうかと思うけど、他人の、しかも攻撃してきた敵の言う事を簡単に信じすぎよ? それって信じてますよポーズじゃなくて、本当に信じてるわよね?」
何故かカリオストロは馬鹿を見るような目で流を見ている。そしてその彼女の言葉に、顔を嫌悪感で歪めているが奏とセレナも頷いている。
「サンジェルマンとの信頼関係はなんとなくわかった。なら、そのサンジェルマンが不幸になる可能性を排除するために、あえて俺に情報を流しているんだろ? そこで嘘をつく意味ないし、同じ釜の飯とは言えないが、同じ飯を食った人の話くらい信じるわ」
もし洗脳じみたなにかをされているのが分かったら、殺す前に達磨にでもして、キャロルや了子の所に連れていこうと流は考えている。そして何があってもサンジェルマンを頼むという、カリオストロが口に出していない願いは曲げずに叶えよう。
「……もう、ホント仲間になってくれたら心強いのに」
「逆に三人で俺の下に降れ。三食デザート昼寝付き、酒自由、住む場所提供、水道ガス光熱費タダで雇ってやるよ。もちろん給料もしっかり働くなら出す」
流石にこの行為は奏とセレナに殴られた。勧誘はダメだったようだ。
「あのパヴァリアの幹部に、そんな事を言う人間は他にいるのかしらね。もちろん拒否よ……お願いを聞いてもらえそうだし、流に一つだけプレゼントをあげるわ」
心底楽しそうにカリオストロは笑った後、コーヒーを飲み終わり、流の横まで歩いてきた。奏とセレナが警戒を強め始めるが、それよりも一歩早く、カリオストロは流れの耳の横まで口を持ってきた。まるで頬にキスをきているように見える。
「プロジェクトDeus。轟夫妻とあなた自身の出生を調べてみれば、私達も知らない何かがわかるかもしれないわよ」
「……ありがとう。次戦う時は手加減してやるよ。殺される前に白旗あげる準備でもしておけ」
「なら、本気を引き出さないといけないわね。帰りのエスコートはいいわ。適当にそこら辺でテレポートして帰るから。またね」
「ああ。また」
ギリギリ接触しなかったので、二人は軽く怒る程度で済んだ。カリオストロはこちらに振り向かずに、手を振ってその場を後にした。
「轟夫妻。俺の両親だよな? あんまり覚えてないな……やっぱり俺はなんかあるのかね」
霊体の二人には、カリオストロの声は聞こえなかったようで、何を言われたのか言え! と問い詰めてくる。どうせ調べれば二人とも知るので、無視してコーヒーに口をつけた。
そのコーヒーはたしかに美味しいのだが、流は紅茶派なので、少しだけ苦い顔をしてブラックで飲んだ。