「ふぅー」
流の一日は型の確認から始まる。
まだ風鳴弦十郎流謎武術を習い始めて数年の彼は、一つ一つの動きをゆっくり行い、身についている動きの確認をする。
そこから自分が最も動かしやすい動きへと昇華させる。覚えるだけの時とは違い、ひたすら模索の繰り返しだ。その果てにある最適な型を見つけるべく、彼は日々鍛錬に励んでいる。この武術は風鳴弦十郎が使うことに特化しているので修正を加えるように言いつけられていた。
とうとう轟と名乗っていた年数を風鳴姓が並んだ。一桁だった年齢も二桁を超え、身長も伸びている。この年齢時の弦十郎に比べたら細身だが、 一般の十と少しに達した少年達と比較すれば一目瞭然だろう。
「……まだ見つからないか」
一通り終わり、端末に通知が来たので見てみると『成果なし』の一言が見受けられた。
数年前、雪音夫妻とその子供がテロに巻き込まれた。消息不明であり、一時は国が捜索もしていたようだが既に打ち切られている。
夫妻がNGO活動をするために南米に行くタイミングは把握していた。だが、流は止めなかった。ここでクリスを救ってしまった場合、確実に物語の流れが変わってしまう。
幼気な少女が南米のテロ組織に捕まり、五年以上もの間何もされないという事はないだろう。彼はクリスがこの時期から美少女である事は確認済みだ。
夫妻とクリスが消息不明になり、流は明確に知っていたのに
南米のバルベルデのテロ組織は国連が介入する程度には大きい組織だ。国連が動くのももうすぐだが、罪悪感や償いの気持ちによって、そこへ二課の捜査員を数名派遣して捜査してもらっている。雪音クリスはシンフォギア装者の候補者なのでこれくらいはやってもらえた。
組織の発見が少し早まったとしても、フィーネに回収されれば物語的にはほとんど問題ない……多分だけど。
朝の型確認を終え、端末を見て落ち込み、シャワーなどの身だしなみを整えた。鍛錬前に作っておいた料理が置いてある場所に行くと違和感を感じた。
「サラダとカリカリベーコンが減ってる……またか」
彼には料理の量を減らした犯人がわかっているようで、大声で叫んでその人物を呼び出す。
「出てこい奏! 来るなと言っただろうが! もしどうしても来るのなら言え! 俺の飯を勝手に食うな!!」
流が今いる瓦屋根の屋敷は弦十郎が風鳴より貰い受けたものだ。都市部から少し離れているが、ここなら鍛錬の音で近所迷惑にならないので住んでいる。
アニメで響が武術を教えてもらうために訪れた屋敷と言えばわかる人もいるだろう。本当に大きな屋敷なので警備がザル。敷地を囲う外壁さえ乗り越えてしまえば入り込むことが出来る……もっとも普通はしないが。
普通は出来ないししないが、シンフォギア装者として訓練している少女なら容易い。
流はリビングから出て、いくつもの部屋を探索する。ある部屋に入り、奏を探していると。
「甘い!」
上から敵意を感じたのでバク転で回避をする。今まで自分がいた場所には奏がいて、体勢を立て直している。
彼女が何処にいたのかとチラ見をすると、こういう建造物に良くある太い
「ちっ、完全に気がついてなかったのに、これでも避けるのかよ」
「おい、勝手に家に来るなと言っただろ!」
数年前、linkerの量が足りないから聖遺物が覚醒しないとポロッと指摘してしまい、その結果何故か向こうからこちらに近づいてくるようになった。
流はクリス同様、奏も見捨てる気でいるので仲良くなりたくない。なので逃げ回っているのだが、尽く付いてくる。
弦十郎達は友人ができた事に両手を上げて歓迎していて止めてくれない。翼は奏が取られるとでも思っているのか、必死になって止めているが、自由奔放な彼女を止めるには至っていない。
「別にいいじゃねえか。まずここはおっさんの屋敷であって、流の家じゃないだろ」
「あーもう。勝手に朝飯を食うなって言葉聞こえないの!? お前はガングニールの適合訓練があるだろ! こんな所に来て油を売ってんじゃねえよ」
「当分は休みだとよ。私はノイズと戦いたいって言ってるのに、弱いからまだダメだと」
現在、アニメの時とは比べ物にならないほどノイズの出現は少ない。アニメの時間軸はフィーネがソロモンの杖で出したり、能力で召喚しているからであって、特異災害と名付けられている通り本当に頻度が少ない。
最近は翼と奏がアイドルとしてデビューする準備しているので、ノイズを倒しに行くのは専ら流がやっている。
流は確かにノイズとの接触で炭素化されない。だが、ただの拳で戦っているので、数が多い場合シンフォギア装者に戦ってもらわないといけなくなる。
何度か翼と共闘したが、嫌われているようで無視されることが多いのが、最近の悩みとなっている。
「まあ弱いからな。俺だって学校に行かずに四六時中鍛錬を積んでいるし、翼はもっと小さい頃から防人として訓練をしているわけだし」
「そう、それだよ!」
流の言葉に奏は大きく頷きながら、顔がくっついてしまうくらい近づけ、さらに話始めようとした時。
ぐ〜
流の腹が空腹を告げた。
**********
「あたしは……まだ弱い……強くなるために、おっちゃんに鍛えてもらってる……だけどあの人も忙しいだろ?……だからさ……」
「喋るのか食うのかどっちかにしてくれ。あと断る」
「だからさ、あたしを鍛えて……はぁ!?」
流は食べ始めると、じーと彼を見つめて腹を鳴らす少女がいたのでともに食事を取ることにした。すると、ものすごい速度で食べながら話し始めたので、注意と拒絶を伝えた。
驚きの声をあげた時、味噌汁が奏の口からスプラッシュして彼にぶっ掛けた。流は穏便な心で、頭に拳一発で許してあげた。奏は涙目で数分悶えていた。
「俺にメリットがない。俺も強くならないといけないからそんな余裕はない」
「流は充分強いじゃんか! 頼むよ」
「父さんには勝てないし、本気を出した緒川さんにも勝てない。下手したらフィ……了子にすら勝てないかもしれない」
脳裏にネフシュタンフィーネを思い浮かべ、まだ勝てないと答える。
「またまた、流石に了子になら勝てるだ、ろ……マジなのか?」
流は頷きながら、卵焼きを口に放り込む。その反応に奏は落ち込みながら、流が取ろうとした最後のウィンナーを掻っ攫って食べる。
「……頼む」
全ての料理がなくなり、片付けを始めようとしている流の前に座り、頭を地面につけて奏はお願いをした。俗にいう土下座である。
「しょうがねえな……なんて言うわけないだろ? 断るよ」
「よっ……」
上げて落とされた奏は顔を真っ赤にして肩を震わせる。そんな事はどうでもいいと無視して流は洗い物を始める。
「わかったよ。あたしも最終手段を使わせてもらう」
その言葉を聞いた流は言い知れぬ不安が頭を過ぎった。そう、それは過重状態の弦十郎と森で戦っていた時、洞窟の行き止まりに誘い込まれたあの感覚。
その勘に従い、皿をおいて即逃げようとしたが、彼の動きが緒川さん並ならば或いはあったかもしれない。
奏は自分の着ているワンピースをバサっと脱ぎ捨てた。下にあるはずの下着はなく、流は奏のまだ幼いはずなのに年齢の割に育ち始めているお胸を見てしまった。
「おっちゃんは女性には紳士的にとかも言ってたよな?
流は今、あたしの裸を見た! ああ、流に
「ひ、卑怯だぞ! 流石にそれは狡い!」
奏は脱いだワンピースを捨て、腕を組んで仁王立ちで流を脅迫し始める。その頬は若干赤らんでいる。
流はこのまま見ていては本格的に不味いと思い、目線を逸らそうとするが、視線を外すことが出来ない。
奏の事を拒否して嫌われようとしているが、奏の体に興味が無いか? と聞かれたら、流は速攻でNOと答えるだろう。
元々スポーツをやっていたのか程よく引き締まっていて、年齢の割に大きくなり始めて将来性を感じる胸、ムッチリしているが筋肉もついている太ももなんてとても良い。
精神年齢は上だが、流の体に合わせて趣向も変わったようで、これもありだなんて思ってしまっている。
そんなこんなで流はガン見し続けていた。時間が経てばたつほど奏の頬は加速度的に赤くなる。
全裸で頬を染めた奏と、逃げようと低い姿勢のまま奏をガン見している流。お互いに動きが止まってしまったが、その時を動かす人物が現れた。
「……は!? あー、なんだ? えっと、流石に早い。そういうのはもっと仲良くなってから……じゃないか?
もしかして今の小学生ってこんなに早いのか?」
「「……ぎゃあああああああ!!」」
弦十郎と流の戦闘鍛錬は、向かい合い、始めの合図からというものが多い。しかし現実の戦いにはスタートを合わせることなんてない。だからこそ、弦十郎は流にいきなり襲いかかると事前に告げ、何度か襲撃を行っている。
今朝も弦十郎は強襲を行うべく、気配を消し流の気配を読み、ゆっくり近づいたら、まだ子供だと思っていた二人が何かをやっていて驚きの声をあげてしまった。
そんな弦十郎の声と姿を認識した二人は、悲鳴をあげて逃げ出した。流は事情聴取のため、弦十郎によって速攻で捕まり、彼も事実を告げようとした。
「待ってくれおっさん! あたし……私はただ流と話したかっただけなのに……ぐすっ、無理やりひん剥かれて」
どうやってか涙をホロりと零しながら、奏は目を抑えて蹲る。その時、時が止まったように辺りの音が消えた。
「流ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
弦十郎の拳一発で流は流星の如く真っ直ぐに吹き飛ばされた。吹き飛びボロボロにされた体は、屋敷から数キロ先で発見された。
流が搬送された後、あの光景を見た奏は流にガチで謝った。嘘がバレたら自分もやられるのではないかと思い、体を震わせ全力で泣きながら土下座をした。
その場面を翼に見られて更に一悶着あるが、それは何時か語られるかもしれない。
**********
流は基本的に拳で戦う。対ノイズ戦は炭素化せず人間ともノイズとも位相がズレた肉体でなければ、ノイズへ有効打を与えられないからだ。
ならば、拳以外が出来ないかというとそんな事は無い。
弦十郎は拳しか使わないが、弦十郎の武術は映画を参考にしていて、主に中華系の武術の流れを汲んでいる。そのためクローや投げ武器、棒術などもある程度は教えられた。
更にOTONAでNINJAである緒川によって、手裏剣術や拳銃の扱いなども学んでいる。
何が言いたいのかというと。
「くそ! なんで拳以外もそんなにつええんだよ!」
「飯食って映画見て寝てるからだろ? その映画にたまたま棒術やら投げ武器が出てたからな。あとシンフォギアなしの奏だと基礎能力が違いすぎる」
「おっさんもそうだけど、お前ら絶対におかしいよ!」
二課の訓練施設にて二人は訓練をしていた。乙女は倒れ込み、少年は棒で少女を警戒している。前に倒れたと思ったら、いきなり不意打ちをされた経緯があるためだ。
その場にいるはずの幼き防人は、フォニックゲインの計測をしているため不在。翼が流が嫌いだから、予定をズラしたとの噂もある。
「俺もおかしいと思ったけど、やってみたら出来た。まあ、父さんが居なかったら無理だっただろうけ…………うっぷ」
「馬鹿! あたしの上で吐こうとするな!」
流は鍛錬を受け始めた時の地獄を思い出し、口にこみ上げてくるものを何とか押しとどめた。
「……ふぅ、でも強くなってるよね」
「当たり前だ! こんなにやってて強くなれなかったら泣くぞ!」
「だけどさ、ガングニールは短槍や長槍じゃなくて馬上槍みたいなもんだから、そんなに細かく振れないからね?」
「わかってるわ!」
返事をしても起き上がらない彼女を見て、流はため息一つつき、部屋の端に置いてあるスポーツドリンクの入ったボトルとタオルを取りに行って渡す。
「……ぷはっー。全然追いつけねえな。強くなってる実感はあるのに」
「たった一年と少しで追いつかれたら堪らん。俺も鍛錬してるしな」
「そういえばよ、なんでシンフォギアをつけてる状態でも、おっさんはしょうがねえとして流にすら勝てねえんだ?」
奏はlinker使用の装者なので、シンフォギアを纏った状態での訓練はあまりしない。だが、ノイズの襲撃が一定間隔ない場合、データ収集のために纏って戦う。
大抵は翼&奏&流VS弦十郎で組み、まだ一度も勝っていない。奏VS流は彼の全勝。翼VS流はどっこいといった感じだ。流はまだ刀のアームドギアを真正面から殴って、吹き飛ばせるほど功夫を積んでいない。普通に腕が切れてしまう。
「身体機能が上がっても癖とかは変わらないし、当たらなければ意味ない、あとは時間を稼げばlinkerの効果も切れる。更に俺は忍術も使う」
「それ! 変わり身はセコいぞ! 影縫いもするし、なんで壁に立てるんだよ!」
「あれは地面に足を固定して、腹筋で体を起こしてるだけだから。父さんは天井で胡座をかくからな」
「腹筋ねえ」
奏は軽くめくれているシャツを胸下まであげ、腹筋を触る。本当に軽くだが割れている。流はそこよりも、微かに見える下乳に思いを馳せる。
「男がいるんだからそんな事すんな。もう父さんにボコボコにされたくないから」
「あー、悪い悪い。さて、体も動くようになってきた事だし、もう一戦……」
「やはりか! 奏を苛めるな! Imyteus……」
奏は疲れて動かない体を癒すために寝っ転がり、流は上からそれを見下ろす形になっている。その場面を訓練所に入ってきた翼が発見してしまった。
毎回こんな事が起きて勘違いするのだが、奏のワンピースを剥いだというジョークを又聞きして、それを間に受けてしまった翼はこういう場面があると絶対に暴走する。
「変身はやめろ!」
翼は駆けながら変身をし、容赦なく流に一刀を浴びせる。その攻撃を流はその場でジャンプして躱す。そして持っている棒の上に乗る。
翼はその棒を切断して、落ちてきたところを斬り結ぼうとするが、体が動かないことに気がついた。
流はジャンプして避けた時に、服の裏に貼り付けておいた棒手裏剣を翼の影に放ち、【影縫い】によって動きを封じていた。
「落ち着けって。奏、後はよろしく」
「おう、今日もありがとよ」
「逃げるな! 卑怯者! 正々堂々戦え!」
「……よいしょっと。ふう、翼も落ち着け。流に変なことはされてないから。訓練してもらってたんだ」
「で、でも! あいつは奏の服を剥ぐ変態で!」
「だからそれは……」
二人の会話を盗み聞きするのも悪いので、流はそのまま更衣室に向かうのだった。
次回、#6 『喪失』