戦姫絶拳シンフォギアF   作:病んでるくらいが一番

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今まででいちばん長いです。


#45『共闘』

 テレビやソファーがある、流の前世であろう景色が暗転し、前にソロモンと対峙した場所にいつの間にかいた。

 

『君の前世はああやって幕を閉じた……いや、君の魂の持ち主はああやって消えたと言った方がいいね。アニメを見ていたら、次元を超えて分解に巻き込まれるなんて、凄い確率だね』

 

 流のすぐ側には、椅子に座ってこちらを見上げているソロモンがいた。ソロモンは流に座るよう促し、彼はそれに従う。

 

「何故……」『何故俺はイグナイトの怒りに飲み込まれたはずなのに、あんなわけ分からない追体験をさせられたんだ?』

 

 日本語では通じないことを思い出し、統一言語と言われているテレパスのような会話法に切り替える。ソロモンが言い方を変えたのが気になったが、考えてもわからないのでいつものように放置する。

 

『あれは本当に君の持つ魂の、前世の体験だよ。それを思い出しただけだね。君が何故サンジェルマンに会ったとき、あんなに怯えていたのか分かっただろう?』

 

 流はサンジェルマンと会った後、自分の強さに自信が持てなくなり、ノイズにすら勝てないほど弱ってしまった。病は気からという言葉があるように、流や弦十郎の強さも気からくるものでもある。

 あの時どうして自分があんなにも、サンジェルマンに怯えていたのか分からなかった。実際は彼女に怯えていたのではなく、サンジェルマンが使うであろう錬金術に怯えていたのだ。

 

『俺の元体が錬金術に殺されたから、それを根源的な恐怖、本能として怖がっていたとでも言うのか?』

 

『そうだよ。()()()は今回のイグナイトの暴走で更に亀裂が入ったからね。あの方の封印が解けつつあるんだよ。だから、色んな事を思い出し始めた。君の内面と肉体は()()()()()()()()()()()()から、齟齬が起きているのだろうね』

 

 ソロモンがなんとなしに言った言葉に、流はソロモンが出してきたワインが入ったグラスを落とした。

 

『汚いな。これ今の時代では飲めないお酒なんだよ?』

 

『俺が魂に亀裂が入っていると言ったか?』

 

『言ったよ。聖遺物の欠片を二つ、完全聖遺物を一つ、それらを同時に暴走させて、更にその一つが無限のパワーを生み出す聖遺物。人間程度の魂では負荷に耐えられないだろうね。それでも壊れはしない』

 

『肉体が耐えられないじゃなくて?』

 

 聖遺物は魂と融合しているわけではなく、肉体と融合しているはずだ。それなのに魂が耐えられないとソロモンは言った。

 

『……まあそこら辺は言えない事情だね。あの方の意に反してしまうから』

 

 今までの傾向を見るに、ソロモンは神の意に沿わぬことは出来ない。流の意思で既に拒否したことも出来ない可能性がある。これは死者蘇生を他人の力でやったらつまらないという言葉を前に言われたことから。

 神の意に沿わぬ事ではなく、話の流れに関連があり、流が拒否していないことは言えるのだろうか。

 

『俺の魂は今回以外ではいつ壊れた?』

 

『セレナという少女に死者蘇生を約束した時と、死者と意思疎通している事が櫻井了子……フィーネにバレた時だね』

 

 思い返してみると、セレナの時は体の中の何かが裂けた感覚があったし、了子の時は痛みすら感じた。

 

『仮に魂が完全に壊れたらどうなるの?』

 

『知らない。魂を壊すなんてやったことは無いからね。あんまり良くない事なのは確かだね』

 

 今度は変な含みも持たせず、知らないと言い切った。やはりソロモンは流に対して嘘をつかないのかもしれない。つけないのかもしれないが。

 

『魂が壊れている今のデメリットとあるならメリットは?』

 

『今のところはデメリットはあまり無いんじゃない? メリットは魂から漏れでる力を使えるようになる。錬金術師とかが使う魔力はその力を使っているのではないか? って言われてるよね』

 

 錬金術師達は魂にあえて傷をつけたりしているのだろうか。セレナの思い出の花畑のあとに、力が増した感覚があったのは、その魔力とやらを感じたからなのかもしれない。

 

『魂に傷がつくトリガーは何?』

 

『あの方の意にそわぬこと。統一言語で君が使役する者達以外に話しかけても駄目だから気をつけて……今回はここまでだね。次回君が来る時は、きっと君の出生や君の精神性についての話が出来ると思う』

 

 ソロモンが席から立ち上がると、また前回のよう少しずつ距離が広がっていく。

 

『俺の出生? 精神性?』

 

『考えても無駄無駄。トリガーを解除しない限り、思いつかないように思考がロックされてるんだから。今君の体は暴走していて、キャロルやクリスくん達を殺そうとしているから、頑張って暴走から復帰しないと……大切なものが君の手からこぼれ落ちちゃうよ?』

 

『は?』

 

 ソロモンの最後の言葉と共に、流の視点はまた暗転した。

 

 

 **********

 

 

 時が少し戻り、流が負の感情に飲み込まれたところまで戻る。

 

 

「ぐああああああああ!!」

 

 流は意識を落としたが、聖遺物に支配された体は動きを止めない。

 

『うあああああああああ!!』

 

『いやあああああああ!!』

 

 もし彼がシンフォギアを纏っていたら、黒い衝動に飲み込まれ、全身が黒に染まった獣になっていただろう。だが、彼はシンフォギアを纏っているわけではなく、自らの体に聖遺物を融合させている。

 

 流の体は彼を拒否しているデュランダルによって支配された。全身がデュランダルのような金属になり、金色と水色の紋様を描く、人型のデュランダルに変化した。

 左手親指についている指輪の周りだけは、何とか人間としての皮膚を保っているが、徐々に侵食されている。指輪がデュランダルの侵食に抵抗するたびに、奏やセレナは流が受けた負の感情と痛みに苛まれ続ける。

 

 流が乗っていた飛行型ノイズは、乗っている主が変わった、闇に堕ちた事がわかったのか、自分の背から落として体を引き絞り、流を攻撃をしようとした。

 

 奏は何とか流の体に憑依して、ノイズに命令をする。

 

『逃げろ! ぐっ、うおおおおおお!!』

 

 流は位相操作を身につけるために、何度もバビロニアの宝物庫に訪れていた。その時に流はネフィリムに語りかけるのと同じように、ノイズにも話しかけていた。

 もちろん返事など返ってこないが、何となく彼らにも意思があるような気がすると思っていたので語り続けた。その語りかけが先程の落下を命令なしで助けるというノイズの行動を産み、流の変化を理解する性質を手に入れた。

 

 流に憑依した奏の言葉を受けて、ノイズは攻撃することをやめて、少し離れたところから、流を追いかけるように飛び始めた。

 

 何とか声を出せた奏だが、流の体に入ってしまったが故に、デュランダルが増幅させているイグナイトから来る怒りをもろに受けて、意識を失ってしまった。

 

 聖遺物に支配され、見た目も人間から大きく変わってしまった。そんな流は暴走しているはずなのに、足元に了子に習った紫シールドを出現させて、ノイズに落とされて、落下をしていた体を止める。

 異端技術の臭いがする方を睨み、背中からデュランダルのエネルギーを響のガングニールのバーニアのように噴き出して、一気にその場所へ飛んだ。

 

 その臭いがする方向にはダウルダブラのファウストローブを着たキャロルに、イグナイトの第一セーフティーを解除した響に翼、そしてクリスがいる場所だった。

 

 

 **********

 

 

 キャロルはアルカノイズを大量展開したが、イグナイトの第一抜剣状態にうまく移行出来た三人は、その力を使ってアルカノイズを一気に殲滅していた。

 

「へそ下辺りがむず痒い!」

 

 成長して胸が大きくなっているキャロルは、アルカノイズに気を取られている響に攻撃しようとした時、装者達の後方から、何かが飛んできた。キャロルは錬金術のシールドを展開してガードするが軽く吹き飛ばされた。

 

「『グオオオオオオオ!!』」

 

 それ()は頭に直接届く声と音を通じて届く声で雄叫びをあげた。

 

「今度は何!?」

 

「あれは……なんだ?」

 

「俺の邪魔をするなあああ!」

 

 響や翼の誰何(すいか)にそれは答えず、キャロルはそれに対してエーテル属性の錬金術で、金色の光線を放った。

 それはその攻撃を受ける瞬間、位相を思いっきり変化させて、自らの体を透過させて回避する。

 

 近くでアルカノイズと戦いながら、それを見ていた響が瞬きをした。目を開くと、それは響の視界から消えていて、響は勘でその場から大きく退いた。流や未来が使う瞬間移動をされたように感じたからだ。

 

 それは響の一瞬の隙に背後に回り込み、頭を拳で打ち抜こうとしたが、ギリギリで避けられた。

 響は攻撃をされたのなら敵。どんな敵でもとりあえずぶん殴って、会話を出来る状態にしようと、それに拳を放とうするが、銃弾が響を掠めて動きを止めた。

 

「何するのクリスちゃん!」

 

「やめろ! そいつは流だ!」

 

「え!?」

 

「まさか……いや、あれはデュランダルに飲み込まれたのか!」

 

 クリスはそれが登場した時点で、誰であるのかを見抜いていた。だがどうすればいいのか分からず、迷っていたら響に戦い始めたので、戦いを中断させた。

 

 それは銃弾を避け、撃ってきたクリスの下へ一気に飛んで、顔面を拳で打ち抜こうとする。流が自分を攻撃するはずがないと思っていたので、クリスは反応が遅れて、避けるのが間に合わない。

 しかし、それとクリスの間に入ってきた翼が、それの拳を受け流した。

 

「惚けるな雪音! 今の流は敵だ!」

 

 響がこちらを見ている間にキャロルは攻撃したが、響はなんとか回避して、響はキャロルに向かって拳を振るう。

 

 それはパワーも速度も桁違いで、何よりも普段の流は装者達に笑顔を向けても、殺意を向けたりはしない。だが、それは殺す気で掛かってくる。

 クリスはその殺気に怯えてしまうが、翼は怯むクリスから離れるように丁寧にそれの攻撃をいなしていく。

 

 生きている中で弦十郎を除き、最も流と戦ってきたのは翼だ。本人と訓練として戦う事もあれば、ノイズと戦う時は何度も共闘もしてきた。

 翼との戦い方を流は熟知しているが、その逆もまた然り。いつもの流に比べてパワーや速度があるが、技に雑さが残っていて、その隙を利用してうまく受け流しながら、翼はそれを斬りつける。

 

 翼の天羽々斬はそれを切り付けても、金属と打ち合う音しかしなく、有効打にならない。

 

「先輩やめてくれ! それは流なんだ!」

 

「否! この状態の流を流と認めてなるものか! 彼奴は決して仲間に殺意を向けたりはしない! 雪音はキャロルを頼む!」

 

 追加でアルカノイズを召喚したキャロルと、一人で戦っている響の方にクリスを向うように指示を出す。

 

(雪音は流に悪い意味で依存してしまっている。これと戦わせるのは少々辛かろう)

 

 クリスが辛そうな顔をしてから、キャロルに目を向け、早く終わらせるためか、強い技を連発しようとしている。厄介な敵()を放置して、それはクリスの方へ向かおうとする。

 

「させぬ!」

 

「『グオオオオオオオ!!』」

 

【千ノ落涙】

 

 それに向けて千ノ落涙を放つと、落ちてくる(つるぎ)を腕で弾き、翼に向けてお叫びを上げながら殴りかかってくる。

 

 通常の天羽々斬ではそれに有効打が与えられず、それも翼に動きを把握されていて一撃を与えられない。キャロルとの戦いはクリスが流を気にして戦力にならず、ほぼキャロルとの一騎打ちになっている響は劣勢だ。

 

『三人とも! イグナイトには制限時間がある!』

 

『何とか流を救って!』

 

『本気で殴り倒しちゃえばいいデスよ!』

 

 翼はマリア達の通信で、いつもと違いイグナイトには制限時間があることを思い出す。翼は決断して、封印した技を解禁する。

 

「この技は流を奏の仇とし、確実に葬る事だけを考え、研ぎ澄ませた技。対ノイズではなく、対人間でのみ使える防人の刃。流、腕の一本は我慢して貰おう!」

 

「『グオオ!』」

 

 先程までは俊敏に動いていた翼が足を止めたのをいい事に、それは右腕に力を溜めて、今の状態で放てる本気の拳を翼に向けて放つ。

 

 足を止めた翼は、本来なら抜き身で使っている天羽々斬の鞘を生み出して、刀を納刀する。目を閉じ、心を落ち着かせる。

 鞘に入った刀の柄を握り、流の拳が目の前に来た瞬間に目を開けて刀を抜刀する。

 

【天羽々斬 真打】

 

 神速にも勝る居合の立ち会い。流の首を斬る為だけに開発され、使われることがなかった技がそれに猛威を振るった。流が唯一翼の技で明確に知らなかった技がこれだ。

 

「『ギィアアアアアア!!』」

 

 目の前まで迫っていた拳は、翼がエネルギーを刀に研ぎ澄ませて放った居合切りによって、それの右肩から先が斬り飛ばされた。

 腕が吹き飛ばされた方へ向かって下がるそれに対して、翼は追撃を放とうとする。それに集中し過ぎた余り、キャロルの弦による切り裂きの対応に遅れ、翼は吹き飛ばされてしまった。

 

「何なのだあれは! 貴様らが生み出した生物兵器か!」

 

「流を生物兵器なんて呼び方するんじゃねえ!」

 

「流? ソロモンはあのような姿形ではないはずだ」

 

「ソロモン? てめえは何を言ってやがる!」

 

 キャロルはある人らから忠告されていた、イレギュラーの一人があの暴走体であることを認識する。他のイレギュラーにその協力者達の局長が含まれていたことに、キャロルは笑えなかった想い出がある。

 クリス達は流が錬金術師達になんと呼ばれているのかを知らないので、無意味な問答を繰り返すことになった。

 

 

 **********

 

 

 それは圧倒的な力で全てを蹂躙するために繰り込まれたシステム。素体の経験をフィードバックして、()()()()()()()()()()()にある。それなのにそれは右腕を斬り飛ばされ、雌の剣士一人に翻弄されていた。

 それは考えを変え、己の中に入ってきた霊体を取り込み、己に付いてくる霊体も取り込む。

 

 それは無くなった肩から先をデュランダルの力で復元し、斬られて落ちている右腕を握る。

 

「デュランダルは不滅不朽。やはりあの程度では駄目なのか……貴様あああ!!」

 

 翼は再生した腕を見て、やり方を模索しようとした時、それの斬り落とされた右腕の形が変わっていった。斬り離された右腕は膨らみ、伸び、棒状になり、金色と水色で出来たガングニールの槍へと変化した。

 槍を持っていない左腕はまるでシンフォギアのギアみたいな形に変形する。

 

『……あれはアガートラーム!? でも、少し違う。まさか! あれはセレナのアガートラーム!!……大技は返されるかもしれないから、使っちゃ駄目よ!』

 

 マリアの叫び声が通信機越しに聞こえる。本来なら白いギアであるアガートラームはデュランダルカラーで、マリアとはほんの少し形の違う、セレナのアガートラームが再現された。

 

 翼がそれに襲いかかろうとした時、それはガングニールを空へと投げた。翼はそれの意図を察して、下がろうとするが、拳でそれが追いかけてくる。

 

「皆、槍が雨の如く降ってくっ、奏の愚弄は許さん!」

 

 槍は空中で分裂して、ガングニールの槍の雨が降ってきた。天羽奏が使っていたらこんな技名だったはずだ。

 

【STARDUST∞FOTON】

 

 翼は足の刃も使い、それの攻撃を流しながら、槍の雨を迎撃する。

 クリスは泣きそうな顔をしながら槍を迎撃する。クリスは流に攻撃されるたびに、少しずつ心の闇が増していく。

 響はアルカノイズと戦いながら槍の迎撃をしていた。キャロルは敵の言葉を信じていなかったようで、上から降ってきた槍に当たりそうになる。そこにバーニアを噴かせた響が介入して、それの攻撃からキャロルを守る。

 

「危ない! うおおおおお!」

 

「私に手を差し伸べるな! さっきから邪魔だああああああああ!!」

 

 キャロルは響に弦を何度も向けて大きく回避させたあと、先程から邪魔をしてくるそれに向けて、想い出を少し多めに焼却させて、金色の極太光線を放つ。

 響達はマリアのアドバイスを受けて、大技の使用は控えようとしていたし、キャロルにもそれを言っていたが、聞き入れられなかったようだ。

 

 それはニヤリと笑い、翼を刀の上から思いっきり蹴って大きく下がらせる。光線に向けてアガートラームのギアに似た腕を突き出し、右腕で左腕を抑える。

 光線を左腕で受け止めながら、それはこう言った。

 

「『セイギョ(制御)……サイハイチ(再配置)』」

 

 キャロルとの最終決戦時のマリアを真似するように、キャロルが撃った光線を束ね、自らの内へと飲み込んだ。

 それは戻ってきたガングニールの槍を両腕で持ち、ガングニールの先が、金色の光を渦巻かせながら回転していく。

 

「響避けろ!」

 

 またもや奏の技を使おうとしていることを察した翼は、射線上にいる響にそのことを告げる。

 響はすぐに退こうとしたが、後ろにいるキャロルは大技を放った後で肩から息をして、避ける準備が出来ていない。

 

「『キエロ』」

 

 奏とセレナを飲み込んだことによって気配の変わったそれは、ガングニールの槍の回転が臨界点まで到達したので、キャロルとその横にいる響に向けて竜巻を解放する。これも奏が使ったらこんな技名だろう。

 

【LAST∞METEOR】

 

 技が放たれてやっとやばい攻撃が来ていたことに気がついたキャロルは、急いでシールドを貼ろうとしたが、目の前に響が立ち塞がった。キャロルに背を向ける形で。

 

「流先輩、いい加減にしてください!!」

 

 響は腕のギアを巨大化させ、ナックルを下ろし、内部でギミックを一気に回転させて、それが放った攻撃に対抗する。

 

「加勢する!」

 

【蒼ノ一閃】

 

「うおおおおおおおおおお! はあああ!!」

 

 翼がそれに蒼ノ一閃を放ったことで攻撃が止まり、響は竜巻をぶん殴って吹き飛ばした。

 響は避けられたのに、キャロルを庇うために竜巻に立ち向かった。それは後ろで《《守られた》》キャロルなら理解出来た。

 

「何故私を助けた!」

 

「私の趣味だから!」

 

「はあ? 私は敵だぞ!」

 

「それでも助けたいって思ったから、この拳で助けてるだけ!」

 

「その呪われた旋律で他人を助けるなど傲慢だ!」

 

「エルフナインちゃんがくれたこの力が呪われているものか!……キャロルちゃん、今だけでいいの。流先輩を止めるのを手伝ってくれないかな?」

 

 蒼ノ一閃を放った翼に、今度は頭を使って襲いかかり始めたそれを警戒しつつ、響はキャロルに手を差し伸べた。

 

「断る!」

 

「でも、キャロルちゃんはこのままだと帰れないよね? 多分流先輩はキャロルちゃんがテレポートでここから離れようとしても、ついて行っちゃうと思うよ? 今度キャロルが襲われても、手を貸してくれないなら助けたくても……ねぇ?」

 

「お前、俺を脅しているのか?」

 

 アニメの響ならば嘘だとしてもこんな脅し文句は使わない。だが、この世界の響は流の影響を受け、流の影響を受けた未来と共にいた為、少しだけずる賢さも備えている。無論もしキャロルが攻撃を受けそうならば、響は助けに動いてしまうだろうが。

 

 キャロルは少しだけ、こいつらを助けるのではなく利用する理由を考える。もし自分の今の体がソロモンによって殺された場合、万象黙示録の譜面は完成せず、世界解剖が何十年も遅れてしまう。パヴァリアは協力と引き換えに、世界解剖のデータの提供を求めていたし、もしここで退くことになれば、パヴァリアも邪魔をしてくる可能性がある。

 パヴァリアの目的も最終段階に突入しているようで、世界解剖のデータを急いで欲していたので、シャトーが乗っ取られる可能性もある。

 

「いいだろう。癪だが、あの暴走個体を殺すのを手伝ってやる」

 

「殺しちゃ駄目だよ!」

 

「うるさい! 貴様は近づくしか能がないのだろう。行け!」

 

「うん!」

 

 響は貶されたことを特に何も言わず、キャロルが協力してくれると言ったことに心底嬉しそうにしながら、それに向かって行った。

 

「先程キャロルと何を話していたのだ?」

 

「キャロルちゃんも流先輩を止めるのを手伝ってくれるって」

 

「本当か!? それは心強いが信じて大丈夫なのだろか……」

 

「信じないと何も始まらないよ」

 

「そうであったな」

 

 翼と響がそれに近づき攻撃をする。それが隙を見せると、キャロルは出力を抑えた錬金術による光線や弦で攻撃をしたり、二人が攻撃をしようとする時は手助けをする。

 流への地味な攻撃が5分ほど続き、装者達の残り時間が6分を切った辺りで、翼の天羽々斬による攻撃を弾かなくなってきた。

 

 傷を与えることが出来るが、すぐに直ってしまう。戦いながら、響にデュランダルの概要を聞いたキャロルは、戦いに必要だからと知識を口にする。

 

「無限のエネルギーによる肉体の再生は無限ではない。聖遺物にも疲労はある。このまま行けば殺せるぞ!」

 

「だから殺しちゃ駄目だって!」

 

 少しずつ追い込まれていくそれは、響の攻撃をまともに食らい吹き飛ばされた。すぐに追いつこうとしたが、こんなに吹き飛ばされるとは思っておらず、皆は追撃が少し遅れた。

 

 その隙を突くように、それは体にくっついているだけになっている服のポケットから、液体注入器を取り出す。

 

「……不味い、今それを使うということは! 雪音!」

 

 今まではまだlinkerを使っていなかった。それは更に聖遺物としての力を引き出すために、linkerを使おうとしている。翼は唯一linkerを使う事今から中断できそうなクリスに声を掛けたが、途中からずっと耳を抑えて蹲っている。今も同じようにうずくまっている。

 

 流の経験上、linkerを使えばパワーアップをしていたので、それも同じように使った。だが、多少出力が戻ったが劇的に強くなることはなかった。

 linkerは人と聖遺物を繋ぐものであって、聖遺物になっている今のそれでは、linkerは無用の産物になっていた。

 

 

 クリスは戦いが始まり、翼が()の腕を斬ってから、ずっと誰かの声が聞こえていた。

 

 死にたくない、痛い、戦いたくない。

 

 そんな声が弱く心の中に響いていた。その声を聞くたびにクリスは、胸を抉られるような想いになり、胸を抑えて蹲っていた。

 その声は親を失くした幼子の声。理不尽に家族を奪われた男の子の声。クリスは聞けば聞くほどその声の主に近づく気がしてずっと聞き続けた。

 

 

 それがlinkerを自らに使ったあとから、声がはっきり聞こえるようになった。

 linkerは人と聖遺物を繋ぐ制御薬だ。ソロモンの杖を起動したクリスと、その杖を融合させた流の間には不思議なラインが出来上がっていた。

 例えば何となくどこにいるのか分かる。相手の感情が何となくわかる。相手の考えていることが何となくわかる。

 

 クリスが毎回お仕置きをする時、クリスの頭の中に流の想像していることが、どうしてだか分かっていた。そんな不思議な繋がりがある二人。linkerを使ったあと、その繋がり、聖遺物()(クリス)の繋がりが増した。

 

 それは翼と響とキャロルと戦っているが、その金色の体に重なるように、見たこともない幼い流をクリスは幻視した。そしてあの暴走を止める手立てを思いついた。

 

 

 キャロルと共闘しても、イグナイトの制限時間ギリギリ、下手したら倒しきれないと翼と響は感じていた時、クリスが立ち上がり、それの下に歩き始めた。

 

「クリスちゃん危ないよ!」

 

 密着して戦っている二人を押しのけて、クリスはそれ……流に近づき、クリスの意思でシンフォギアを強制的に解除した。

 

「「クリスちゃん(雪音)!?」」

 

 異端技術の行使者だったクリスに向けて、流は拳を振るおうとする。

 

「大丈夫。私は怖くない」

 

 イグナイトの暴走には人によって様々な理由がある。翼は剣である自分が歌女として、風鳴の道具である自分は人を抱きしめられない。クリスならば血に塗れた自分は平穏を求めれば、他人の平穏まで犯してしまうのではないか。

 流は失うことへの恐怖。自分の命を、好いた人の命を、人間としての自分を、皆の期待を失うことを恐怖している。乗り越えたはずのそれは、前世の自分の死因を想起させるキャロルを見てしまったがために、再び本能から目覚めていた。

 

 それをクリスは感じ取ったからこそ、暴走した流を止める手立ては武装解除であり、即死の拳を向けてくる流に手を広げ、彼に体を委ねることだった。

 

 クリスは迫ってくる拳に恐怖を表に出さず、流を迎え入れるように手を広げる。流の拳はギリギリでクリスの顔から逸れ、その綺麗な顔に一筋の傷を残して動きを止めた。

 抉れた顔の傷を気にせず、止まった流をクリスは抱きしめる。

 

「大丈夫だから。私はどこにも行かないし、今はもう休んでいいんだ」

 

 耳元でクリスはそう囁くと、全身がデュランダルのように変化していた流の体が、少しずつ人間の皮膚に戻っていき、右腕と目の色と、髪の一部以外は元の流の人体の色と皮膚に戻った。

 

「……顔ごめん」

 

「傷なら治る。戻ってきてよ……あれ? なんだこれ」

 

 上から覆いかぶさるようにクリスに体を預けていたため、ちょうど首筋がクリスに見えるところへ来ていた。クリスの目の前には、深く、所有権を示すような歯型がくっきりと存在した。

 

「え? あっ!」

 

「どういうことだ、なんだよこの歯型!」

 

 抱きしめる体勢から、そのままクリスは流を地面にぶん投げた。暴走で疲れきっていた流はそのまま意識を失った。

 

「……興が冷めた。今回は俺にも利があったから協力してやったが、次はお前ら、奇跡を殺す!」

 

 キャロルは必死に戦っていたのに、クリスが抱きすくめるだけで無力化できた事に力が抜け、去り際の言葉を残してテレポートジェムを使って帰った。

 

「っておい、流? 流ええええ!!」

 

「何だか」

 

「疲れたな」

 

 変身がちょうど解けた装者二人は、叫んでいるクリスを見て、ため息を一つ零すのだった。




暴走聖遺物人間と戦うのではなく、愛による救済が最も早いルートでした。
色々ツッコミどころがありますが、変なツッコミをされるところはないはず。

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