流は弦十郎から数日の入院を言い渡された。もちろん彼はそれに従うつもりだし、機関銃を持った人や
この世界でノイズを素手で殴り殺せるというのはそれだけ貴重であると同時に、畏怖を向けられる存在なのは間違いない。
「これからどうしよう」
流は平和な何も無い世界に転生したわけではなく、『戦姫絶唱シンフォギア』の世界に転生してしまったようだ。
何故流は悲観しているのか。この世界は作中で主要メンバー以外のモブが簡単に、赤子の手を捻るよりも簡単に死ぬのだ。コンサートを見に行ったら死に、海に行ったら死に、街を出歩けば死に、東京都市圏にいるだけで消滅させられる。
幸か不幸か、流にはモブが死ぬ原因のトップであるノイズの炭素変換を受けないという特殊な体のあり方をしているので、ノイズによる理不尽死は無い。だからこそ逆に、彼は恐怖している。
(絶対にフィーネに目を付けられた。自分の息子にしようとしたのだって、俺の体を弄り回したり、洗脳をしたりする気だったはずだ!)
フィーネとは過去の神に仕える巫女であり、バアルの塔を建てた……創作によく出てくるバベルの塔を建てさせた張本人。更に数々のオーバーテクノロジーを生み出し、最も神という頂上的な存在に近づいた女性。
そんな女性は自分の意識を遺伝子に移し、アウフヴァッヘン波形という特殊な波形を、自分の遺伝子を引き継いだ子孫が浴びると、その体に意識が覚醒する、リインカーネーションが出来るような機構を仕込んでいる。
流はもうすぐ7歳だが、体も小さく大人に比べてひ弱だ。こんなでは未来の知識があっても簡単に殺される。そんなマイナスな思考をループさせて一日を過ごした次の日、彼はある事を思い出した。
対人戦最強。敵がノイズじゃなければこの人だけで全てが解決する。異端技術で作られた星間飛行船の操作盤を壊す。シンフォギア装者の武器であるアームドギアを素手で止める。シンフォギアシリーズ最強のラスボスをボコれる男。
その名も、風鳴弦十郎。
作中では圧倒的な力を持っているが、相手がノイズという触れたら負けの敵であるために、少女達を戦わせることを我慢しているはず。2期以降は組織が大きくなってしまったがために、ベースを離れることが出来ず、悔しい思いをしている人。
更にこの人に数週間師事することによって、シンフォギアの主人公である立花響は戦闘能力を格段に向上させた。
「司令に師事を仰ごう!」
彼がいきなりベッドから立ち上がり、大声をあげたことにより軍人が詰め寄ってきたが、些細なことなので詳細は省く。
**********
「緒川、これはどういう事だ?」
「いえ、私にもさっぱり」
エージェントが一人で悪の組織と戦ったり、カンフー的な映画を見舞いに持ってきた風鳴弦十郎が部屋に入ると、流は地面に飛びそのまま土下座をし始めた。
「俺を強くしてください!」
「……まあ、座れ」
弦十郎は少し間を置いてから、「土下座された状態じゃ喋れない」と言い、ベッドの上に座る様に指示を出した。緒川は空気を読んで外に出て、他の監視の者を全て部屋から離した。普通なら離れる事を拒むだろうが、風鳴弦十郎という男の強さを知ってる者が大半なので、黙って従った。
「何故強くなりたいんだ?」
極一部の政府高官だけが流のノイズ耐性について知っている。その人達は皆、流を鍛えて
だが、彼はその命令を一時保留としている。普通の子にしては理解力があり、ノイズ耐性があるからといって、子供の未来を強制する気にはなれなかったからだ。
そんな考えだったのに、流は力を求めている。もし復讐が理由なら何としてでも止めないといけない。弦十郎はそんな思いから、流に強くなりたい思いを聞くことにした。
「もう父さんや母さんと同じような人を出さないため」
「それは俺達が」
「それと! 父さんが母さんに一目惚れした時みたいに、好きになった人がピンチだったら、自分の力で助けたいから!」
その後流は自分の父親の遺言、母親との出会いのエピソードと父親の息子への願いを弦十郎に語った。ついでに自衛も理由の一つであると付け足しておく。
「そうか、流の両親は立派な方達だったんだな」
「はい……グスッ」
流は父親の事を話している内にしっかりと向き合っていなかった両親の死を実感したが、涙をなんとか堪えた。精神的には体の年齢よりもずっと大人であるので、人前で泣くのは恥ずかしいと思ったからだ。
そんな流を見て、弦十郎は彼を抱きしめて背中を擦りながら言った。
「両親の死んでしまった悲しみの涙を我慢するな! 精一杯泣いて、両親の言葉を胸に刻み、未来に歩む準備をするべきだろう。泣いていいんだ、俺はもうお前の保護者……もう一人の父親だ。父親の前でなら我慢する必要は無い!」
「……っ!」
流は弦十郎の胸の中で、必死に抑えていた悲しい想いを解放し、恥など忘れて精一杯泣いた。
**********
「これを10分とか無理じゃないですか!?」
「いいや、かの有名な拳法家もやっていた事だ。俺だってやった事がある」
「子供の時に筋肉付けすぎるのはダメなんじゃ!」
「そんなもん、気合でどうとでもなる!!」
「ふおおおお!!」
退院してひと月ほど経ち、風鳴が持っている屋敷の一つを貸し切って、流の修行が行われている。
現在はあの有名な拳法使いが行っていた、カンフーの馬式の構えを取り、肩や膝にコップが置かれた状態で熱湯が注がれ、その体勢を維持し続けている。
「いいか、何度も言っているが、男が強くなるには食事と映画鑑賞と睡眠、そこに少しの鍛錬だけで十分だ!
流はそれに自己流の何かを混ぜて実行すれば、強靭な肉体に確固たる意志もついてくる!!」
「まだその何かがわかりません!」
「それを見つけるのも鍛錬の一つだ! 流も映画が好きみたいだからな、俺と同等くらいまではすぐに強くなれるだろう……だが、俺の弟子になったからには、師匠を超えるくらいに強くなってみろ!!」
「押忍!」
「返事が小さい!!」
「押忍!!!」
「よし、十分経ったな。次は走り込みだ、俺について来い!!……水分をしっかり取ってからのスタートだ!」
「お、押忍!!」
弦十郎の鍛錬は傍から見れば無理をしているように見える。実際に無理をさせているのだが、弦十郎は流が強くなるのに反対だからこそ、始めから辞めたくなるようなキツさで、しかし頑張れば付いてこられる鍛錬を行っている。
弦十郎は自分の息子になった子を戦場に送り出す為に強くしている訳では無い。しかし、流はきっとノイズとの戦いに出向いてしまうであろう事が己の勘でわかる。
ならば、もし戦場に出てしまったとしても生きて帰ってこれるように強靭無敵な弟子を作るべく奔走している。
子供の時期から鍛えると、筋肉が成長を阻害するのが一般的だが、そこは風鳴弦十郎による食事療法からマッサージ、己の勘に櫻井了子による助言、特異災害対策の余っているリソースを使って、最適な鍛え方を演算して完璧に管理している。
二課のリソースを私物利用して怒られないのか?
「お上方が鍛えろと言ったんだ! 文句なんて言わせるかよ!!」
OTONAな弦十郎は大人な汚さもしっかり扱う事が出来るからこそ、この地位にいるのだ。
そんな地獄のような鍛錬を流が受け続けられるのも、死にたくないという思いと、弦十郎や周りの期待、そして父親の好きになった人を助け上げる時に力がなく、後悔したくないなどの思いから何とかついていけている。
**********
それから沢山の人に色々な技術を習っている。
例えば忍者緒川。
「いいですか、影とはただ物体によって光が遮られたものではありません。光があるところでは影は必ず人の体と接触しています。影はもう一人の自分だと思ってください。その考えから…………などによって影に楔を打ち込むことによって『影縫い』を行うことが出来ます」
「あのー」
「なんですか?」
「それって秘技とか秘伝の類じゃないんですか?」
流はアニメでは風鳴翼も教えて貰っていたなと思い出し、緒川に頭を下げたところ、すぐに了承を貰い、忍術の座学を受けている。
何故忍びであることを知っているのか聞かれたが、親決めの時に了子が言っていたことを復唱して逃げた。
だがまず、緒川家は奥義伝承を行わないと誓う代わりに忍びとしての生活を捨てるなど、簡単には教えてはいけない技術のはずだ。それなのにすぐに許可が降りたことに疑問を覚えている。
「確かに流君が普通の子なら駄目だったと思います。ですが、我々緒川家の人間では対処のできないノイズという敵と戦う時に我々の技術が役に立つ。国防に役に立つなら問題ないと既に許可を頂いています」
「なるほど」
「さて、次は実践です。何度も影縫いを受けて、どんな感じか経験してみましょう」
「さて、出来る女だけど選ばれなかった櫻井了子の授業で〜す」
「……」
流の学習は弦十郎の謎拳法がメインだが、せっかくならと緒川の忍術、手の空いたスタッフによる英才教育が施されていた時、たまたま通りかかった了子が面白がり、流を拉致してきた。別に拘束などはされていないが、いきなり抱き上げて二課内の研究室に連れてこられたので流は心臓バクバクだった。
(殺されると思いました)
「さて、国防というのは綺麗事では全て解決出来ないって事はわかる?」
「はい」
そう言いながら流は出された紅茶を一飲みする。周りには了子以外の研究員もいて、ここには了子によって連れてこられた所を色んな人が見ている。変な物を盛られていることなんてないだろうと、流はそのまま紅茶を飲んだ。
「よろしい。まずプログラムを学んで、クラッキング技術を学びましょうか。情報は重要よ! それを扱う技術を持っておくに越したことはないわ」
了子はそう言いながら、画面いっぱいに彼の理解できない何かを展開し出した。元々知識のある流だから、この二課の一般科目の英才教育にはついていけているが、プログラムに関してはチンプンカンプンのようで待ったをかける。
「今でさえギリギリなのに、プログラムなんて無理!」
その言葉を待ってましたとばかりに笑顔になる了子は、研究室の奥から機械を引っ張ってきた。
「じゃーん! これがアウフヴァッヘン波形について研究していた時に出来た副産物の一つ、音波波形や光、映像や脳波干渉などによって、無理やり知識を詰め込める装置よ!……人体実験はしてないけど」
最後にボソッと何かを言ったが、流には聞こえなかった
「……は?」
「サブリミナル効果はわかる?」
「潜在意識とかに無理やり刺激を与えてーって奴ですよね?」
「ほんと優秀ね、7歳とは思えないほどに。サブリミナルっぽい効果が出るのがこの機械なのよ」
「えっと、安全なんですよね?」
そう聞くと、何故か後ろから近づいてきていた了子以外の研究員が流を拘束した。
「あのー、なんで安全か聞いたら捕まえるんですか?」
「安全だと証明されていますけど、まだ人には使ったことがないんですよ。大丈夫です。動物実験では成功してますから」
「そうよ、櫻井了子の作った偉大なる研究結果をいち早く体験出来るのよ!」
「安全だとわかってから受けますから……今回は帰らせ……あれ?」
流は緒川から習った初歩忍術『縄抜け』を行おうとしたが、体が痺れて動かないことに気がついた。
「ふふふ、紅茶に一杯盛らせてもらったわ! さあ、技術の発展に犠牲は付きものよ!」
「やめろ! 死にたくない!」
流は頭にヘルメットのようなものを被せられて、変な音や映像、その他様々なものを受けた。それを受けている間、走馬灯のようにシンフォギアの記憶を思い出したが、特に問題はなかった。