「お前らくっ付いてんじゃねえ! そういうのは家で、もやるな!」
アトラクションを降りて出口へ向かうと、何故か後ろに並んでいたはずのクリス、響、未来がいた。
「嫉妬デースか? クリス先輩」
「……ちょっとこっちに来い!」
「嫌デスよ、流助けてデース!」
煽り耐性の低いクリスを煽り、怒って近づいてくる彼女から守ってもらうように、流の背中に切歌は隠れた。
「無理でーす」
流は背中に引っ付いた切歌を持ち上げ、クリスに渡して、流と調は響達の方へ逃げた。
「お願い聞いてくれるって言ったじゃないデスか!! イヤああああああああああ」
「待て!」
切歌が何とか抜け出して、遊園地の奥へ逃げていった。その切歌をクリスは追う。
「あれは切ちゃんが悪い」
「あれま〜、このアトラクションで随分と仲良くなってますね〜」
響が流の服の端を掴んでいる調を見て揶揄ってくる。流は小動物のようで気に入っている。
「そんなこと言ったら、未来とは会った瞬間から仲良かったぞ?」
「ですね」
「……あれ? そういえばそうだったような……なんで?」
「響には秘密」
「すっごい気になる!」
シンフォギアで戦ったり、二課にいる時の写真を定期的に未来に送ったりしていたので、よくメール上で話す友達になっていた。最近は未来が響の胃袋を掴むために料理を教えている。
「切ちゃん達はすぐに戻ってくると思うから、次のアトラクション行こう」
「あっ、待って調ちゃん。ここの遊園地はお昼の時に凄い混んじゃうから、少し早いけどお昼にしない?」
「そういうことなら」
未来が調の予定を修正して、フードコートに向かうことになった。
「デデデース!!」
遠くから自称常識人の叫び声が聞こえた気がするが、調はお昼に思いを馳せていたので、聞こえていなかった。
「よーし、たくさん食べるぞー!」
「響くらい食べてもいいんだぞ?」
「無理」
響が流の家で夕飯を食べた時に、物凄い量を食べていたのを思い出して、お昼前で何も入っていないはずなのに調は吐きそうになった。
**********
クリスに連絡すると、飛ぶようにして戻ってきた。涙目で頭を抑えた切歌を脇に抱えながら。
調と未来以外は思い思いに注文し、遠慮する二人にも好きな物を注文するように促すと、カロリーを気にしながら注文していた。
カロリーを気にするなら、デザートを頼まなければいいのに、と思う流だった。
『デザートは女の子にとって別腹ですからね』
『そんなんだから太んだよ』
『……奏さん? 少し向こうに行きましょう』
『ちょっと、助けてな……』
奏はセレナに引っ張られて、二人は消えていった。多分どこかにある流の前世の部屋に行ったのだろう。
固まった席に座ろうと探すと、一箇所だけ空いている場所があったのだが、その横では白衣を着た白髪の男がデザートを貪っていた。
調と切歌は微妙な顔をしていたが、そこしかないので妥協させた。
「ウェル楽しんでる?」
「こういう所の菓子類もなかなか楽しめるね」
皆が自分のペースで話しながら食べている中、流はウェルの元へ向かった。ウェルは年齢が弦十郎達ほど離れておらず、男性であることから、流は最近よく話しに行っている。
調がこの前にこんな事を流に聞いた。
「流って男友達いるの?」
まだ国から個人で端末を持つ事の許可を得られていなかった時、マリアに連絡するために流の端末を渡された調は、何となくアドレス帳を見た。二課以外のタグがついたアドレスには、男の名前が一件もなかった。
「…………あれ? 俺ってもしかして男友達がいない?」
流はやっと男の友人がいないことに気がつき、急いでウェルと友達になろうと、しつこく絡んでいた。ウェルはそれをウザがっていて、友達になる道は遠い。
「流は僕の強烈な英雄願望を見破っていたよね」
「ソロモンの杖の運搬終了の時に、英雄について語って狂気的な笑顔をしてたしな」
あれだけで見破れる人は少ないはずだ。現にあの場では響もクリスも友里も気が付かなかった。
「あの時は英雄になるためのパーツが揃って気分が高揚していたからね。僕は英雄を羨み、英雄を目指そうとした」
「でもそれは俺に砕かれて、ウェルとナスターシャ達は日本内部では英雄扱い。ゴタゴタが終われば、世界各国に二人とあの子達の正義は公表されるよね。これで世界的な英雄だ」
「それだよ。僕は図らずも英雄になってしまった。僕の手を使わずに」
「英雄なんてそんなもんだろ。響達の事をウェルは英雄なんていうけど、彼女達は自分を英雄なんて言わないし、英雄になる気なんてなかった。ただ救いたかっただけなはずだし」
ウェルは凄く甘そうなシェイクを吸い、一呼吸置いてから流の目を見る。
「僕は君が気に入らない。何でもわかっているような事を言い、自分の所業について無頓着。いいか、何かをなした者はそれに責任を持つべきだ。君はルナアタックで活躍したんだろう? それなのに功績の全てをシンフォギア装者に渡した。ナスターシャは組織として世界を救うことが出来ないと思ったから、独立して反旗を翻そうとした。僕がどう思っていたのかはともかく、僕は自分の行動に責任を持っている」
「ああ」
「だが、君はどうだ? 今回も僕やナスターシャを英雄として仕立てあげ、君への賞賛がない。馬鹿じゃないのか? 人は誰しも認められたいと思うはずだ! 何故お前はそれを表に出さない! 簡単に人に手柄を渡すな! もっと英雄であることを自覚しろ! 自分の成した事に責任を持て!」
ウェルは夢中になって大きな声で指摘し、流の胸ぐらを掴み持ち上げた。少女達が周りに謝っていたり、店員に頭を下げているのを流は横目で見て、後でお礼を言うことを頭の隅に書く。
「とりあえず下ろせ」
「……はぁ、僕らしくない。熱くなってしまった。糖分が足りてないのかもしれないね」
ウェルは流を下ろしてから、シェイクを吸うが既になかった。
「俺にはそんな価値はない。俺はお前らを助けたけど、どれだけいっても異物なんだよ。確かにお前等にとっては俺はそういう存在だろうけど、まず俺は助けられたはずの女の子を犠牲にしてここにいる。だから、英雄なんて誇れない」
「英雄譚に悲しみは付き物だ。仲間の死を乗り越えてこそ、英雄たり得る」
「俺はその悲しみを乗り越えられない。だから、英雄にはなれない。まあ、皆が俺といてくれるから、俺はそれで満足してるよ。賞賛とかいらないし、調や切歌、マリア達とも最近は仲良くなれた。みんなともっと仲良くなりたい。仲良くなってほしい。俺はこれしか思っていない」
「やはり
「ああ、また」
ウェルはそう言い残して、その場を去っていった。
「……みんなすまんな」
男の二人が騒いだせいで、周りに迷惑をかけ、代わりに謝ってくれた優しい子達に流は頭を下げた。
**********
「競走デース!」
「負けない」
「未来行くよ!」
「頑張ろうね響」
「やるからには勝つぞ」
「おう」
一行は昼飯を食べ終わったあと、いくつかの乗り物で遊んだ。今度は二人乗りのゴーカートに乗り、勝負をすることになった。このゴーカートの順位によって、お土産で買える金額が変わるというルールが儲けられたので、みんなは本気だ。なお、
『レディー、GO!』
皆が係の人の掛け声の後、ぶつかり合いながらスタートを切った。途中でしらきりペアとひびみくペアが、流クリスペアを追い抜きリードを取った。そして二つのペアがカーブを曲がると、流が乗っていて、クリスがハンドルを握っているゴーカートは止まった。
「どうした?」
「……なあ、調と切歌と仲良くなったみたいだけど、なんかあったのか?」
クリスは少し黙ったあと、こちらを見ずに質問してきた。
『ツンデレ可愛いですね』
『あっ! セレナ。こういう場面には出るなって、後で流に苛められるぞ』
『そうなんですか?』
彼はクリスの言葉に回答しようとしたが、霊体の奏とセレナが横に出てきた。周りに誰もおらず、声を出そうとした時にいきなり出てこられたため、びっくりして言いたいことが口の中で止まる。
『セレナが読んでる雑誌みたいな事をされるかもしれないな』
『……駄目ですよ! 私は幽霊なんですから』
『あー、ごめん。今セレナと戻るから』
奏が顔を赤くしていやいやするセレナを欠片に押し付けて、欠片の中に消えていった。
セレナが読んでいるのは中高生向けの雑誌で、色々過激な内容の書いてあるものだったと流は記憶している。掃除している時に見たことがあり、誰かが持ち込んだようなので本棚に置いてある。
セレナも女の子だし、そんなもんなのか……と思っていると、クリスがこちらを見て、少しだけ涙目で睨んでいた。
「……教えられないほど色々やったのか!」
「違うんだよ、ごめん。少し日差しが強くてフラフラしてた。幽霊が見えるくらいに」
「大丈夫か! 水は……流が持ってるもんな。早く飲め」
先程の表情から打って変わって、血相を変えて流を心配し出す。嘘をついて真面目に心配され、流は胸が締め付けられるが、奏とセレナの事は一言も言語化する事が出来ないので、嘘をつくしかない。
「大丈夫。心配してくれてありがとう」
「だ、大丈夫ならいいんだよ。それで、あの二人とは何があったんだ?」
「現状が前と比べて幸せ過ぎて辛いって」
「……そうか、やっぱりあいつらもそう感じるのか」
クリスは遠い目をして、ゴーカートファイトを繰り広げているであろう場所を眺める。
「やっぱりクリスもあったの?」
「あった……人には誰しも言いたくない事があるって前に言ったよな?」
「ああ」
「あたしは皆に……特に流には知って欲しくない事がある」
目を閉じ手を胸に当てて、クリスは気持ちを落ち着かせようとしているが、少しずつ動悸が激しくなっていく。流はクリスを持ち上げて、照りつける太陽で暑いが、それを無視して彼女を強く抱きしめる。
クリスは流と一緒に暮らしていて、急に不安になったり、バルベルデの事を夢で見ると、よく泣きついてきていた。その次の日はぷんすか怒るのが恒例のパターンだった。
流はアニメについて3期までの記憶しかないが、作中でクリスが他人にモロ甘えることは無かったと記憶している。
クリスのフィーネとの数年はほとんど流もその場にいた。最初の流のいない数ヶ月でフィーネに依存する手前まで精神が折れ、そこから流が加わった事で、鞭がフィーネで飴が流という構図が図らずも出来上がった。
そのあと流が過去に自分を捨てた事を知り、それでも身を呈してパーツとなり、カ・ディンギルを止めようとしてくれた。自分がカ・ディンギルを止めに行くことを確信していて、パーツとなり、ダメージを受けないようにしてくれたと脳内でクリスは勝手に変換した。
その後も響や翼にする以上に優しくしてくれ、了子によって男として意識してしまう。更に安らげる場所でもあるので必死になってその場所を守ろうとしている。
これらの事柄が重なり、クリスは流に恋をするもしくは依存している。当人はその事に気が付いていないが。
ちなみに響や翼以上に優しくしたのは過去の負い目がある。両親が死んだ後に助けられたのが流と奏、助けてもらえなかったのがクリス。異物である自分が助かったのに、クリスは助からなかった。それらの罪の意識があり優しくしていた。
そんな事は知らないクリスは、乙女特有の都合のいい考えで事実をねじ曲げていたが、先日流をクリスが命を張って助けた事により、流は奏への依存と同じ類のモノをクリスへも向けるようになった。
「あたしの知って欲しくない事は……バルベルデの捕虜だった時の話なんだ」
「聞いてもいいの?」
「もう隠したくないんだ。あたしって見た目がいいだろ?」
「凄い綺麗で可愛いよ」
「へへぇ……まあ、だからこそそういう事をさせられた」
クリスは流に強くしがみつき、体の震えに耐えようとする。流はクリスの体が折れるくらい片手で抱きしめ、もう片方の手でクリスの背中を摩る。
「クリス、ぶっちゃけそんな事は関係ない」
「……え? いや、大事だろ!」
「俺はクリスがどんなにされていても関係なく抱きしめられる。顔の皮が剥がされても、四肢がなくても、クリスであるのならば、俺はどんな姿でも関係なく守ってやる。そんなことはさせないけどね? もう俺は逃げることをやめた。絶対に勝てないことなんてない。絶対に殺させない。だから無駄に卑下するな」
奏の顔が頭の隅に浮かぶが、流が新たに取った方法は二人を同時に幸せにする事なので、特に気負うことは無い。だが、流は好きという言葉を口から出すことが出来ない。
(それを言おうとすれば、思ってしまえば、奏のように死んでしまう)
流が始めて本気で人を好きになったのは、奏が死ぬ間際だった。それを思えば相手は死ぬ。そんな変な考えが頭を過ぎってしまい、愛を紡ぐことは出来なくなっていた。一種のトラウマだ。
「いいか、クリスが俺の言葉を信じられないなら命じてみろ。皮を剥げ、目を抉れ、命を絶てと。クリスのお願いなら、俺はどんなことでも聞いてやる」
「……ならもっと、あたしを強く抱きしめろ」
「跡がつくくらい本気で抱きしめるよ」
流の重すぎる宣言に、クリスは重いとは思わず、そのまま受け入れ、ただ抱きしめてもらった。本当はクリスが買ったティーン雑誌のような事をお願いしようとしたけど、恥ずかしくていつもの抱きしめになった。クリスは流の首元に強く噛み付いた。自分のモノだと示すように。
『あんまり良くない傾向だな』
少し離れたところで姿を現していた奏は、そんな二人の危うさを見ていた。
**********
「いい休日でした。運転手をさせられていますけど、お土産のお菓子まで大量に仕入られましたからね! 悪魔は天才に甘味が必要な事は分かっているようですし。二課にも言わないとですね!」
「風鳴に菓子折りが届くからそれを流せばいいんだろ?」
「最高だ! 肉や野菜を食べる奴らの気が知れませんよ」
ウェルは機嫌がいいのか、敬語で話す初期ウェルみたいな事になっている。
「お菓子しか食べないで生きているウェルの方がおかしいから」
ゴーカートは響と未来が一位、調と切歌が二位、最下位が流とクリスだった。未来と調の間で何やら取引があったようだ。響は無制限予算を手に入れ、アホみたいにお土産を買っていた。半分ほど未来に怒られて戻していたが、それでも高額な買い物になった。
行きと同じように車では後部座席で皆が喋っているわけではなく、みんな寝ている。調と切歌とクリスは不安が解消された反動で、気持ちよさそうに寝ている。響と未来は抱き合っているのでとても仲が良いことがわかる。
「……」
流は寝ているはずの未来と目が合ったが、にっこり笑って目を逸らした。
ウェルとの話がひと段落した辺りで、流の端末に連絡が入った。マリアを影から安全のために監視しているエージェントからだ。
内容はアメリカの工作員が周囲をうろついているとのこと。
「ウェル、止めてくれ」
「……仕事かい? 大変だね〜」
お菓子で上機嫌なウェルに皆をしっかり家へ送迎することを頼み、クリスと調のしっかり出来る二人を申し訳ないが起こして、仕事で抜けることを告げた。
「すぐに帰ってこいよ」
「無理は禁物」
「素手の響を10人くらい殴ってくるだけだし、平気へっちゃらって奴だよ」
「……今の響を10人は辛いような?」
狸寝入りをやめた未来の言葉にクリスと調が反応する前に、流は車から飛び出し、マリアの元へ向かった。
マリアは大物達を集めたバラエティのスペシャルが終わり、その打ち上げに参加している。流はそこまで全力で走り、エージェントと合流し、スーツを借りて、着替えたあとマリアの元へ向かった。
マリアは日本の有名なアーティストや芸能人、俳優の人達に囲まれていた。
「マリアさん」
「それで……あー、ごめんなさい。お化粧直しに行ってきます」
文句を垂れる人もいたが、流が睨みつけて黙らせて、マリアをその場から連れ出した。その俳優の関係者の方には他のエージェントが自己紹介して、流がスタッフの一人である事を教えておいてもらっているので、変なスキャンダルにはならない。
「どうしたのよ? あなたが私のアイドルとしての活動を邪魔するのは珍しいわよね」
「アメリカの奴らが周りにいるらしい」
マリアはその言葉に、自然に見えるよう周りを確認する。まだ建物の中なので問題ないが、外に出れば、口封じにきた奴らに襲われるだろう。
アメリカは日本が真実を知った事に気が付きつつあり、国の闇側の証拠であるレセプターチルドレンをひとまず処理しようとしているのではないか? とエージェントの方々が言っていた。
「見当たらないってことは外ね。でも、どうやって追っ手を振り切るつもり?」
「とりあえず屋上に行こう」
「……あれは嫌よ!」
「ノー」
マリアを強引に引っ張り、建物の屋上へ行き、マリアに帽子を深く被らせて、お姫様抱っこで抱え、建物伝いに家に帰った。
「ギアなしでこんな高速移動はいやあああああああ!!」
20歳を超えた女性の声は闇夜に溶けていった。その女性を抱き上げている男性が、面白いからとわざと落下したり緩急をつけたせいで女性の叫び声が消えることは無かった。
『ふふふ、マリア姉さんはやっぱり可愛い方がいいですよね』
『マリア達が言っているセレナの性格と違いすぎねえか?』
『人はそれを成長といいます』
そんな二人を見ながら、幽霊なセレナはこの場にカメラが無いことを悔やんでいた。