流はシンフォギアが作品として存在する世界で、帰還する方法を探したが見つからず、藁にもすがる思いで月にも来たが、もちろんこの世界の月はただの星であった。
故に流は考えることを辞めた。
「俺は絶対に帰らないといけないんだ。だからもう
流はこの世界に来た時に、真っ先に思いついた方法があった。それを使えば、割と良い確率で世界間を移動出来ると踏んでいた。しかしそれはあまりにも邪悪な方法であり、今まで流も止めてきた
そんな方法を使えば、いつか自分にその悪逆が返ってくるかもしれない。流自身に返ってくればいいが、好きな子達にその罪を被らせることになるかもしれない。
そう思った流はその計画を考えないようにしてきたが、それ以外にもうないのだ。
「日本の大霊脈、富士に行こう」
流は月から離れ、日本にある
なお、生身の人間が月面を歩き、空を飛んでいた映像はバッチリ取られており、数年の間は常に話題になっていたが、結局不可能ということで宇宙局が作ったデマ映像という事になった。
***
「ここがレイラインに接続するにあたって、接続口が一番大きい場所……のはずだよな?」
彼は富士山の火口に降り立ち、デュランダルで増やしているエネルギーの1部を使い、認識阻害の錬金術を発動させる。
「俺にはフィーネママに貰ったエネルギーを増殖させるデュランダルがある。俺はキャロルの世界解剖計画についての知識を知っている。俺はパヴァリアの人をエネルギーに変える錬金術を知っている」
それから流は人であることを捨てたかのように、ひたすらに富士山の火口で座禅を組み、デュランダルでエネルギーを無限に増殖させ続けた。
そのエネルギーを使って、存在はするもののエネルギーが枯れているレイライン、龍脈や霊脈と呼ばれる日本に張り巡らされたエネルギー導管に増やしたエネルギーを流し込み、数十年ほどでレイラインを復活させた。
そして更に数十年が経過して、やっと彼が必要としているエネルギーを確保でき、レイラインも正常に稼働するようになった。デュランダルという永久機関がなければ、絶対に起こすことの出来なかったことである。櫻井了子が流を
「キャロルがアニメでやったように、レイラインを通じて世界を壊す歌を伝播させたのと同じように、生命を、魂を、生き物全てをエネルギーとして変換するパヴァリアの錬金術を発動させる…………デュランダル、頼んだ」
流は体からデュランダルを剣状で取り出し、地面に突き刺して柄に手を添える。そして世界分解解剖方法、人をエネルギーに変える錬金術。二つの方法を詳しくキャロルやサンジェルマン達に聞いていたからこそ、可能になってしまった『全生命エネルギー変換』を開始した。
富士山から緑色の光の柱が空へと登る。その光の柱はレイラインを通って、世界に光の壁を作り出していく。
光が通った場所にいた生命はエネルギーに変換される。人も人以外の生物も、家畜や昆虫さえも全てエネルギーへと変換される。
まるでキャロルが世界を壊す歌を発動させた時のように、光が通った場所から生命が消滅していく。
まるでサンジェルマンが行使したエネルギー変換のように、その光に触れた存在は風鳴流が操るエネルギーへと変換されて消えていく。
全世界の政府はやっとこの異常な状況を理解して、スタート地点であろう日本に軍を派遣しようとするが、既に大勢の人がエネルギー変換されている為、まとも動くことが出来ない。
そして最後にレイライン全てからエネルギー変換の光が空へと伸びると、その光は弾けて、レイライン上ではない土地にいる人々にもエネルギー変換の光が届き、この世界では人と呼ばれる生命……いや全ての生命は消滅した。
「ソロモンの杖、無理させてごめん。だけど俺は帰らないといけない。次はこのエネルギーを……使って、世界の壁を穿つッ!!」
流は自分自身を聖遺物という物質に宿る人工知能という定義をして、この世界の生命の変換から逃れた。だが、手に入れたエネルギーがあまりにも膨大過ぎて、少しでも気を抜くと制御から外れてしまいそうだ。
彼の体に水色のラインがくっきりと写り、異常なまでに光り輝いているが、絶対に手に入れたエネルギーを漏らさないと歯を食いしばりながら、デュランダルに変わってソロモンの杖を地面に刺す。
ソロモンの杖とは特定の位相にあるバビロニアの宝物庫という空間と、ソロモンの杖のある世界に穴を開ける聖遺物である。他にもノイズに対して命令ができたりするが、今回使う機能は前者だ。世界に穴を開けるという部分を哲学的に限定的に拡大解釈する。
このソロモンの杖は流が生まれた世界のバビロニアの宝物庫への鍵だ。今は世界間の壁があまりにも厚すぎて、リンクしているバビロニアの宝物庫へと穴を開けることが出来ないが、世界全ての生命をエネルギーにしたのなら、足りない道理はない。
「開けえええぇぇぇぇ!!!」
ソロモンの杖に過剰なまでのエネルギーを流し、ソロモンの杖に謝りながら世界というあまりにも厚すぎる壁を穿ち、流は足元に出来た世界を超える穴へと落ちた。
ソロモンの杖やデュランダルには謝罪やお礼もあったが、この世界の人々への祈りや礼は一切なかった。
***
『でも着いたのは平行世界だったんですよね?』
「そうだね」
『シンフォギアが作品として存在する世界』の生物を贄として、『シンフォギアのある世界』には辿り着けはした。しかし流が望んでいた『風鳴流が生まれた世界』ではなかった。
「今は消しているけど、戦闘時になるとマフラーを巻くようになったんだよ。響のシンフォギアと同じような……というか、見た目は全く同じもの」
『平行世界の響さんに貰ったとかですか?』
流がこの世界に来て響や奏に攻撃された時、彼はデュランダルカラーの響のシンフォギアのマフラーと同じものを付けていた。
「
流は子供の頃の記憶を以前は持っていたが、その記憶は流にはない幼少期を補完して、齟齬で人格に悪影響を与えないようにするためのものだった。しかししっかりと思い出してしまえば、おかしな点も見つかるかもしれないため、思い出してもぼんやりとこんなことがあったかな? 程度でしか想起が出来ないようになっていた。
彼はそれを
『流さんのメンタルでも駄目なんですか? そのまま覚えているのは』
「わからない。だけどそういう処理をしたということは、きっと一度は発狂でもしたのかもしれない。俺は一度だけ平行世界に積極的に関わったことがある気がする。でもその結果、俺は関わってはいけない。そう思った……はずだ」
彼は
知り合いが死ぬまで息を潜めていたのは、単純に迷惑を掛けたくなかったからだと彼は推測しているが、その記憶すら上手く思い出せない処理をしているので正確にはわからない。
「俺は罪の重さに逃げたんだろう。だが、何度か精神的におかしくなりながらも、それでもこの世界に戻ってきたかった」
『アダムやキャロルちゃんがやろうとした事よりもだいぶ規模の大きな事変を起こし続けたんですね』
「そうだね。今の俺はシェム・ハが何かをしようとしても、正論を言えない立場になってしまっているよ」
『でも止めるんですよね? シェム・ハの企みを』
「当然だろう? だって、俺は今まで戦ってきたのは全て自分のため。世界のためでも平和のためでもない。好きな人達を巻き込んで変なことをしようとしてるのなら、資格がなくても止めるさ」
サンジェルマン達の比ではない程、風鳴流には怨念や憎悪の念が取り付いている。理不尽に命を燃やさせられた者たち、神の力の行使の影響を受けた人達。それでも彼は前に進み続ける。
フィーネの想いを砕き、マリア達の革命を最初から壊し、キャロルの想いを利用し、パヴァリアの最終的には崇高なる祈りを殴り壊した時のように、今回も彼はシェム・ハを止めようと覚悟を決める。
『でも』
そんな流に対して、セレナ・カデンツァヴナ・イヴは微笑みながら、そっと口付けをして甘い言葉で流を溶かす。
『私はそんな流さんでも愛しています。例え防人たらんとして翼さんに拒絶されても。無垢な人達を護るために歌を歌う奏さんに否定をされても。騒乱に巻き込まれたが故に争いの根源に毛嫌いするクリスさんに撃ち抜かれても。
流は弦十郎との修行によって『皆のため』という題目を掲げて動き続けてきたが、今回の異世界の生物を消滅させたのは根底にあるのは風鳴流が好きな人達の元に帰りたいという願いからくる。
100%自分のために世界を破壊したその記憶は朧気になろうとも、心に掛かり続けている負荷は想像を絶するものである。
そんな時に全てを肯定してくれる温もりが来れば、それを流は拒絶することは出来ない。拒絶しないと愛する人達に何かがあるならば、彼も拒絶できたかもしれないが、セレナの告白はただただ彼に優しかった。
流は
『おやすみなさい、流さん』
***
翼達のライブがあってから数日後、風鳴宗家は急ピッチで屋敷の修繕が行われている中、風鳴訃堂の葬式が行われていた。
「何かお手伝い出来ることがございましたら仰って下さいね」
「ありがとうございます」
翼は自ら来訪者に挨拶をして、言葉を重ねている。風鳴宗家は大きな家のため、本来は
訃堂が死んだ今、本来ならば翼が当主となるはずだったがなんの心変わりか、訃堂は当分の間は風鳴八紘が当主代行をする事と言葉を残していた。
そのおかげで翼はアイドルを続けることも出来るようになった。流石に風鳴当主になったらアイドルを続けることが出来ず、彼女の歌は戦うためだけの歌になる所だった。
「翼! まだ線香をあげていないだろ? 思うところがあることは分かるが」
「わかっています」
翼は和装の喪服に身を包みながら、風鳴訃堂の少しだけ若い写真の前で線香をあげるために移動をする。
ちょうど先程まで線香をあげていた長い黒髪の女性が翼を見ると、少しだけ顔を引き攣らせているが、翼は無心となって理解している作法通りに体を動かす。
『お父様に多大な業を背負わせ、幾度も我々S.O.N.Gの邪魔をしてきた。お父様や叔父さんに比べたら、政務やS.O.N.Gのエージェントとしての立場以外では話したことも無い。それなのに、何故私は不安に駆られているのだろうか』
訃堂は過激ではあったが防人であった。やり方が家族すら利用するその方法に八紘も弦十郎も翼もいい感想を持っていなかった。八紘が当主として動けば、武力行使以外の方法でうまく防人れるはずである。
なのに、翼はとてつもない不安……いや、希望を潰されたような失意が心を占める。
朝からずっと来賓の対応をしていた翼は一度休むように言われ、自室へと戻る。
「……そうか。マリアと奏に手伝ってもらい、片付けたのだったな」
下着一つ落ちていたい綺麗なお部屋に入ると、汚部屋ではない理由を思い出す。
「皆と暮らすようになった後に増えたものを運び入れるくらいでしか使っていなかったな」
センチメンタルな想いを抱きながら、引出箪笥の中身を覗く。この箪笥にマリアが増えてしまった服を持ってきて、入れてくれたはずだ。その時は確か、翼は正座をさせられて部屋の隅にいたはずだ。
『翼が片付けをしようとすると、前衛芸術になってしまうもの』
そんなことも言われた気がすると、少しだけ頬を緩ませていると、不可思議な服装が入っていた。
「……何故バニースーツ? メイド服もあるみたいだけど、こんなもの買った覚えがない。マリア……はこんなことはしないから、奏がイタズラで入れたのかな?」
そこにはコスプレと呼べるような代物から、翼が自分では買わないような可愛い服装が入っていた。棚から出してしまうと畳めない翼では床に店を広げることになるため出さないが、新品という訳ではなさそうなので着たことがあるようだが、そんな記憶は彼女の記憶にはない。
翼が気を紛らわせるために部屋を漁り、少しだけ部屋が汚くなった時、ふと視界に見覚えのない縦長の桐箱が壁に立て掛けてあった。
好奇心か、はたまた不審物を検閲するためか、それを翼は開けて愕然とする。
「何故私の部屋に国宝たる天叢雲剣がッ!!」
その箱の中には淡い青い光を放っている天叢雲剣が入っていた。抑えもなく乱雑に、まるで無理やり放り投げたように入っていた剣を、八紘や弦十郎に相談するために箱の蓋を一度閉めようとした時、天叢雲剣が浮き上がり、翼の手に勝手に納まった。
「………………」
彼女は天叢雲剣を持った状態で止まる。
最近ずっとパズルの最後のピースが見つからない。それに近いモヤモヤを抱いていた。装者の皆が漠然と、何かが足りないような気がすると口にしていたが、了子に相談しても、キャロルやサンジェルマンに相談しても、その正体が分からなかった。
「バニーもメイド服も奏が
霧が晴れるように翼は風鳴流という存在を思い出した。雨を呼び込むはずの天叢雲剣が真実という光を与える。
「以前に立花や月読が流を知っているかと聞いてきていたが、今はそのようなことを言っていない。二人は一度思い出し、そしてまた忘れてしまったという事なのだろうか? お父様や叔父さんに相談するのは危険なのかも……流は何故立花に殴られた後、再生させなかった? まさか立花の持つ神殺しの力でデュランダルの力が殺されてしまった? ならば何故奏に溶かされた腕をいつもみたいに生やさなかったのか」
いくつもの疑問が浮かんでくるが、ただ一つわかる事は天叢雲剣を手放せば、きっとまた流のことを忘れてしまうかもしれないということ。
余っていた刀入れに天叢雲剣を入れ、翼は流を覚えている同志を、そして本人と会うために再び防人としての仮面を被って部屋を出ていく。
『ふははははははははっ!!』
「……お爺様の笑い声の幻聴も聞こえるなんて」
翼は目頭を抑えながら、敵の見えぬ戦いに参戦する覚悟を決めた。そんな翼が背負う天叢雲剣をもし見ていたら、幻聴が聞こえた時にキラリと光っていたように見えたはずだ。
リインカーネーションを知っている方が簡単に死ぬわけもなく。