「何故セレナがここに? 霊体ってことは幽体離脱でもしたのか?」
「え?」
「貴様は黙っていろ」
「なんなんだよ……」
自分以上のマジもんな怪物の拳が目の前で止まり、その拳を振り下ろしていた
ミラアルクは訳が分からなく、もうどうにでもなれとばかりに体育座りで黙っていることにした。テレパスやテレポートを使わないのは目の前の怪物を刺激しないためと、もしそれを辿ってヴァネッサやエルザの場所を知られたら、きっと殺されてしまうと思ったからだ。
『そうです。流さんが怒りに支配されているのがわかったので、ソロモンの指輪を頼りに飛んできました!』
「ゴメン、すぐに助けられなくて……あれ? そんな簡単に幽体離脱なんて出来るのか?」
肉体と精神、肉体と魂はそう簡単に離れることが出来ないはず。なのにセレナは事も無げに幽体離脱をしたようで、流は頭を傾げるが、その理由もセレナは把握していた。
『私はソロモンに肉体を造られましたよね? そのせいで分類が悪魔や天使と同じような精神生命体が肉体を得た者になっていました。ですので、人と違って肉体が優先ではなく、精神の方が優先されているのかな? って思ってます……私って復活後は人間じゃなかったみたいなんです』
人類を創ったシェム・ハに化け物や怪物としてカテゴライズされたセレナはそれを流に告白する。流ならば種族なんてものは全く持って意識しないとはわかっているが、セレナの右腕で抱きしめている左腕が僅かに震えている。
「セレナはセレナだよ。俺がこう言うことはわかっていただろ? それにそんなこと言ったら俺なんてほぼアヌンナキで、人類で、生体聖遺物で、怪物みたいなもんだ。俺はセレナを愛している。人じゃなかったとしても関係ない」
「……!?」
『それでも口にして貰えると、嬉しい……ですね』
セレナは嬉しそうに流に抱きつき、涙でぐしゃぐしゃな顔を隠す。例え好きな人だとしても、いやだからこそ涙と鼻水で酷いことになっている顔を見られたくない。
そんなセレナを少しの間抱きしめていると、セレナは思い出したとばかりに情報を上乗せする。
ちなみに流がセレナを抱きしめていたが、ミラアルクには虚空を抱きしめているやばいやつにしか見えていない。
『それだけじゃないんです。私はシェム・ハに
「ヒッ!?」
「具体的には?」
『『始まりのイブ』という存在としての側面を与えられてしまったみたいです。知恵の実という美味しくない果実をずっと食べさせられたり、イブなのに脇腹を刺されると水と血が流れる。それらは全て『人類の祖』という概念を得るために儀式が行われたみたいです』
「アヌンナキが何故『人類の祖』を欲したかわかるか?」
『シェム・ハに完全同調できる肉体を作る為だったみたいですよ。もう用済みなのか、私の体は銀にされてまともに動きませんけど』
ミラアルクがまたもや流の漏れ出た怒りで泣きそうになっているが、二人はそれを放置して話を続ける。
最初は神の器、流の肉体が造られたプロジェクトDの廃棄個体をシェム・ハは使っていたが、セレナを使って謎の木のようなものからシェム・ハの完全なる肉体が創り出された。
更には今のセレナの肉体は全身が銀で動くことが出来ず
ギャラルホルンという完全聖遺物の依代にされていることも話した。
「この世界改変は訳分からん聖遺物のギャラルホルンのせいなのね。ママも雑に管理してたから盗まれちゃったのかもな。深淵の竜宮に置いているよりは厳重だったけど、バビロニアの宝物庫で管理すべきだったか」
『今の体だと満足に流さんとお話も出来ないんですけど、戻してもらうことって出来ますか?』
セレナは流ならば戻せると確信をもって質問をする。
「銀にされているのを戻すのは多分楽じゃねえかな。組成構造を変えられただけでしょ? 人じゃない存在を人として作り替えるのに比べたら楽なはず。オートスコアラーを人に転生させるよりも簡単でしょ」
「……!!??」
『流さんって出来ないことがない程極まってきてますよね』
「いやいや。何となくだけど神の器であり、神の力が使えるからこそ、種族とか人を
『アヌンナキみたいに?』
「アヌンナキみたいに」
もしこの会話をアダムが聞いていたら、きっと顔を引き攣らせていただろう。それくらい常識はずれであり、アダムが昔は求めていた力のひとつであるが、流にとってこの力は
そして二人は状況も考えずにイチャつき出そうとした時、ある声で現実に戻された。
「頼むぜ……ます」
「何故土下座?」
そこには翼を生やしたミラアルクが日本特有のひれ伏して、地面に頭を着けて行う最敬礼、土下座をしていた。
「私はどうなってもいいから家族を、ヴァネッサとエルザを怪物から人間に戻して欲しいんだぜ……ます」
そこには仲間を想うただの被害者が涙を流しながら、
***
「流はホント人誑しですねぇ」
「今回のは錬金術サイドの不手際だと思うのですが、ガリィさんはどのようにこの責任を取るおつもりで?」
「私ただのオートスコアラーだから難しいことわかんないんで、ギャハハハ。でもあんたがちょちょっと治すんでしょ?」
「どうしようかね」
軽く情報を聞いたあと、ライブを襲ったことに関しては絶対に許さないが、ミラアルクとその一味が唾棄すべき悪ではないことが分かった。
話をするのならちゃんとした場を設けようと、チフォージュ・シャトーにミラアルクを連れてきたあと、色々と服が酷いことになっていたため、ファラとレイアとミカに風呂に連れて行かせた。
「それでキャロルから何か連絡はあったか?」
「なーんにも。でもマスターは世界規模で行われている記憶の書き換えなんてどうやって回避しているんでしょうねぇ」
「キャロルは記憶に関してはプロフェッショナルだから何かしらの方法で回避出来ているんだろ。キャロルからお前たちに連絡が無いということは、俺も連絡は取らない方がいいのかね。シェム・ハもいるし」
「ですかね〜。ガリィちゃん的には流がシェム・ハに速攻かけてぶっ殺して欲しいんですけど」
「シェム・ハを殺した結果、皆の想い出がぶっ壊れましたとかだったら大惨事だからまだ無理だ」
流もアダムも初手よりシェム・ハを狙わないのは、シェム・ハを捕らえたり殺したりした時、やけくそ気味に現在の世界規模の記憶改変を暴走でもさせられたら困ると思っているからだ。
故に先にいくつかのことを終わらせてからでないと、シェム・ハ自身を攻撃することが出来ないでいる。
「戻ったゾ!」
「彼女からいくつか質問をされましたが、この後流さんに聞かれても答えてたであろうものでしたので答えました。宜しかったですよね?」
「暴れもせず、地味に洗濯。お前たちは自由時間とする」
「三人ともありがとう。ファラなら判断を間違わないだろうからそれでいい」
オートスコアラーに連れられて、先程着ていた服を着て現れたミラアルク。更にその周りにはノイズがコインを向けていたが、ファラの一声で思い思いに散っていった。
「私達は乾燥機じゃないゾ!」
「さっきまで敵だった存在に服を渡されても怖いだろ? それならファラの風とミカの炎で瞬間乾燥させて、さっきまで着ていたのを着させた方が精神的にいいでしょ」
「戦闘用デバイスを取り上げている時点で変わりはないかと」
「翼達のライブをぶっ壊そうとしたんだから当然である」
明らか不機嫌そうにしている流の前の席に座るように促されてミラアルクは座ったが、誰も食べていないのに茶請けのビスケットが消えているのに目を見開いている。
『ミカさんのビスケットは美味しいですね。あの変な果実は本当に美味しくなかったですし』
「程々にな、太るぞ」
『流さんは他の子に言わない酷いことを私に言い過ぎだと思うんです!! 絶対にクリスとかマリア姉さんには……マリア姉さんには言いそう』
お腹を服の上からぷにぷにしているセレナの前に流のビスケットもズラしつつ、話を始めることを全員に告げる。
「まず君たちはパヴァリアで改造されて怪物の出来損ないになったと言っていた。というかそれしか聞いていない訳だが、詳しい話を聞かない限りは助けてくれと言われてもなんとも言えない訳だが」
「ウチらについて話せば人間に戻して貰えるなら、いくらでも話す。でも本当にお前……えっと風鳴さん? は戻せるのかだけ知りたいぜ」
「風鳴は身内に何人もいるから流でいい」
ようは証拠を出せということらしい。捕虜扱いなのに図々しいとは思うが、これは彼女達の闇そのものなのであろう。恥ずべきことを他人にそうペラペラと話す事はできないのは当然であり、自分だけではなく家族と呼ぶ人達の事でもあるので慎重にことを勧めたいのだろう。
だが、流が出せる物的証拠などない。
「証拠なんてものは無い。お前達が恨んでいるであろうパヴァリア光明結社の統制局長が人間のプロトタイプとして神に造られ、今は俺がただの人間に生まれ変わらせたことはあるけど、それは証拠にならないしな。もちろん話していいとアダムに許可は得ている」
「この方を人間に戻してあげれば宜しいのでは?」
「それで頼むぜ! ウチらの事情を知らない筈なのに、人に転生させるとか、人じゃないものを作り替えるなんてワードを口にしていただろ!」
ミラアルクは机に頭をぶつけながら懇願する。証拠もクソもないが、それでも縋れるかもしれない光が届きそうであるならば恥もクソもない。恥なんてモノは拷問倶楽部に置いてきた。
もしこれで駄目だったとしても、拷問や改造に比べたら些事であるとミラアルクは判断している。
「お前らの事情をアダムやサンジェルマン達に聞いていたかもしれないぞ?」
「……その可能性は低いぜ。私達を改造していた奴らは組織としての思想からズレていたらしいぜ。無茶して実験体を集めようとしていたせいで、秘するべきことすら隠せてなかったらしい。だから他の奴らには敵視されていたらしいから、それはない。それに」
ミラアルクは誰も座らない空席を見る。
その席の前に置かれていたお菓子は既になく、流が分けていたビスケットも既に消えている。
「流さんはそこにいるらしいセレナって人を見て、真剣に人に戻すって言っていたんだぜ。その時の表情はウチやエルザを見るヴァネッサみたいだった。それだけでウチはウチを賭けられるぜ!」
それからミラアルクは自分が旅行中に拉致されて、会員制拷問倶楽部で酷い事をされたことや、エルザが家族に酷い事をされた後に色々されたこと、ヴァネッサが家族に実験体にされたこと。
まだ何故ライブを襲ったのかという情報は口にしなかったが、これはエルザ達を人間に戻してからということになった。
この時流やオートスコアラーはヴァネッサは実験で失敗しただけだし、人体実験をやった事がない訳が無いはず。更に家族はヴァネッサの犠牲を無駄にしないために『完全な生命』と目指していただけでは? と思ったが、流石に空気を読んだ。
ミカが口にしようとしたが、レイアがビスケットをミカの口に放り込んで黙らせた。
「それとこれは別として、お前らがライブを襲ったことへの罰は与えるけどな」
「……ウチらは人に戻るために、人の心を封じ込めて虐殺を、ウチらがやられたような所業を一般人にやろうとした。罰は受けるけど、酷い事をするのはウチだけにして欲しいぜ……ご、拷問とかならウチに」
引き攣った笑みを浮かべるミラアルクに何を思ったのか、ガリィが悪どい笑みを浮かべる。
「……流って小学生くらいの子にも欲情していたけど、エルザって子は確か幼かったですよねぇ? セレナの事も抱けるって言っていたし」
「エ、エルザにそういう事は辞めて欲しいぜ! ウチなら幾らでも差し出しますから!」
「本当のトラウマ持ち相手にそれするとかえげつねえな」
「いやいやー。マスターも割と歌で世界を救おうとするアイドル達を肯定していましたからねー。それをぶっ壊そうとしたんですから、これくらいは許されますよ」
「地味に悪趣味だなガリィは」
「私達はそのような思考パターンは持っていません。あれは純然たるガリィだけの思考です」
「ガリィ……ちょっと引くぞ」
「おい、お前ら!!」
逃げながらガリィの言葉に引く三人のオートスコアラーをガリィは追いかける。
ただおちょくられただけだと分かったミラアルクは顔を怒りで真っ赤にさせるが、自分たちがやろうとしたことは、まさに自分達がやられたことと同じようなものだ。故にその怒りも冷静になってしまったミラアルクは自分への嫌悪に変わる。
「それで、いつ……あれ?」
「俺もこの力がどういったものなのかイマイチ分かってないのよ。だから経過から見たいからちょっと眠ってくれ。紅茶に睡眠薬を混ぜただけだから」
「騙したの……かよ……」
まさか睡眠薬が入っているとは思っていなかったようで、ミラアルクは泣きそうな顔をしながら意識を失った。
『ちゃんと説明すればよかったじゃないですか』
「実験体だった子の意識がある時に実験体にするのはちょっとね。絶対に人に戻せるとはいえ、俺はこの子をセレナが人間に戻るための実験体として使うんだから」
『流さんって私達の為って言いながら世界を崩壊させそうですね』
「……世界を破壊したら皆が死んじゃうからしないよ」
気絶したミラアルクを近くのソファーに寝かせてから、流はミラアルクの体に触れて、彼の者の願いを想いに込めて願う。
『どうか汝に祝福があらん事を』
***
「……どうしたのかしらミラアルクちゃん」
「もうとっくに帰還時刻は過ぎているであります」
国連はパヴァリア光明結社から逃げ出した三人を確保し、交渉と名ばかりの強制命令をノーブルレッドにしていた。
黙って三人がそれに従っているのは、国連には
その力で三人を人間に戻してくれるという条件で、いくつかの任務を言い渡されていた。その力が本当にあっても使わせてもらえるかわからない。だが、藁にもすがる思いで、三人は任務に取り組むことにした。
一つは力を持ち過ぎている日本のパワーを削るべく、日本国民の数を減らすこと。
一つは風鳴訃堂を暗殺すること。
一つは
最後に関しては翼の誘拐は無理でも、
本来ならばこのライブに乗じて、三人で襲撃を掛けようとしたのだが、風鳴訃堂暗殺時にその本人があまりにも人外な力を持っていたため、ヴァネッサとエルザは負傷してしまい、ライブもいう機会を逃せないので、ミラアルクだけが出撃する運びとなった。
ミラアルクも両腕を負傷させたが、吸血鬼特有の再生能力で他の二人よりも早く復帰していた。
ライブは作戦通り謎の停電が発生したようだが、空模様が一時的におかしいこともあったらしいが、そのまま続けられて先程ライブは終了してしまった。作戦は失敗したのに、未だにミラアルクは帰還してこない。
不安になったエルザとヴァネッサはミラアルクにテレパスを掛けるが、阻害結界の中にでもいるのか繋がらない。
「ミラアルクちゃん……」
「まだ余裕があるからって血清をあまり使っていかなかったでありますから本気の戦闘をしたら、あんまり持たないでありますよ」
刻一刻と時が進み、ライブが終わってから一時間が経った頃に、目の前にテレポートの錬金術陣が展開され、一瞬の閃光の後に人の姿がそこに現れた。
「ミラア……誰でありますか!?」
「ミラアルクちゃんを離して!」
現れたのは待ち望んでいたミラアルクと、
エルザはマニピュレーターデバイス『テール・アタッチメント』を、ヴァネッサが両手の指先の銃口をエルザの肩を掴んでいる男に向ける。
「ヴァネッサ、エルザ!!」
「ミラアルクちゃん? 今戦闘中だからこういうのは」
「……あれ? ミラアルクの力が弱いように感じるであります」
ミラアルクは涙や鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしながら、つっかえながら二人の元に走って、二人を同時に抱きしめる。
二人はミラアルクを号泣させたであろう男に更に警戒しようとしたが、ミラアルクの表情を見て顔を傾げる。
ミラアルクは笑いながら泣いているのだ。
「ウチら人間に戻れるんだぜ! 怪物じゃない。正真正銘の人間に戻れるんだぜ!!」
その言葉でエルザはミラアルクから感じていた違和感を察した。ミラアルクはバイオブーステッドユニット『カイロプテラ』を使って戦うが、それ無しでも超人的……いや、怪物的な力をその身に宿していた。その代わりに『RHソイル式』という稀血を人工透析しないといけなかった。
ミラアルクの顔色も良いため、まだモンスターパワーを発動している筈なのに、その身からは
その事をヴァネッサも感じ取り、ミラアルクと共にテレポートしてきた男に誰何する。もしヴァネッサの考えが正しければ……。
「貴方は一体何者!」
「なんて答えて欲しい? ライブ会場を襲おうとしたミラアルクを殴り飛ばした張本人? ミラアルクを威嚇だけでおもらしさせた男? それとも」
「ウチらを治してくれる神様だぜ!!」
「だから、俺はジョークで神とは言うけど、崇めようとするな!」
「でもウチらにとっては、流さんは神様そのものだぜ!!」
「……☆■!」
流は諦めたように自己紹介をしようとしたが、この世界に掛かっている呪いのせいで名前すらまともに言えない。故に本来ならばまだ呪いも解かれてなく、使えないはずのあの言語で伝える。
『俺は風鳴流……あっ、あの時に統一言語を使ってれば皆に俺が流だって伝えられたじゃん!! 長い間使ってなかったから忘れてた……あー、風鳴流。お前たちを人に戻す代わりに罰を与えようとしている神の力を行使できる、ただの人間だ』
ヴァネッサとエルザは目を大きく見開きながら、崇拝するように流を見ているミラアルクに驚きながらもこう思った。
『『そんなただの人間はいない(であります)』』
4期のアダムを人間に変えた時には、まさか5期の敵の一味を一発で懐柔できる力になるとは思ってもなかったですね。
あと今日はセレナの誕生日。誕生日に体を銀に変えられたと言わされるセレナ……。