戦姫絶拳シンフォギアF   作:病んでるくらいが一番

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#11『告白』

 流は重たいまぶたを開けると随分と忘れていた、しかし慣れ親しんだ部屋が出迎えてくれた。轟流でもなく、風鳴流でもない。その前の自分として生きてきた部屋が目の前には広がっていた。

 ベッドからゆっくりと体を起こす。何故か肩や腹の痛みがない。

 

「随分と無茶をしたな。勝つ気あったのか?」

 

 声のした方を見るとこの場には似つかわしくない美しい少女、天羽奏が椅子に座っていた。

 

「どうだろ。絶唱を初めからされてたら負けてた、あの縛りで初めから速度重視で攻められ……ごめん。翼を守れって遺言残してたのに、逆に割と強めで蹴り飛ばしちゃった」

 

 負けるパターンを考えていたが、まず翼を倒すために戦っていた事について謝る。

 

「どうすんだよ、翼が子を産めなくなったら。女の子のお腹はとっても大事なんだぞ? そこんとこわかってんの?」

 

「ごめんなさい」

 

 流は奏のお説教に素直に頭を下げる。全く反抗なく頭を下げたことに肩を落とし、自分の髪をガシガシと掻いてから彼の背中を思いっきり叩いた。

 

「うぐっ!」

 

「しゃんとしろ! いいか、あたしは死人だ。そんな奴の願いを守れなかったからって、一々凹んでんじゃねえよアホか!」

 

「ごめん」

 

「ああ、もう! それでここは何処なんだ?」

 

 奏は疑問を口にしながら、ベッドの下を見たり、机を漁ったりしだした。

 流はシンフォギアの世界でも、そんな隠し場所にする人がいる事を知らなくて少し笑った……同年代の男友達がいないため、知らなくて当然なのだがそれには気がついていない。

 

「エロ本は多分なかったはずだよ。そんな所に隠している人っているの? 端末で見れるだろうし」

 

「それは間違いだ。紙だからいいらしい」

 

「そうなのか。で、ここは俺の前世の部屋。ノイズなんていない世界の部屋だよ」

 

「ノイズが全て死んでるってことか?」

 

「いや、ノイズ自体が存在しない。過去にもそんな奴らはいないはず。歌で起動する聖遺物もない平和な世界って言えばわかるか?」

 

「マジで言ってるんだよな? ノイズがいない……ねえ」

 

「げふっ」

 

 奏は流を蹴飛ばすとベッドに寝転がり遊び始めた。奏が楽しそうにしているので文句を言う気が削がれ、流はパソコンを開いてみるがネットに繋がらない。窓を見ると外の風景は歪んでいる。

 

「なあ、最終的にフィーネを仲間(. . )にしたいから、今は従ってるんだよな?」

 

「そうだよ。あの世界の不思議現象は大抵フィーネが関わってるから、フィーネがいるだけでこの後の戦いで死者をずっと減らせる。あと既に母さんみたいなもんだし、家族を殺したくない」

 

「でも、流は死んじまったよな」

 

「……マジか」

 

「マジマジ」

 

 血液が足りず路地裏で倒れてしまった。流は自分の体がどうなったのかと思っていたが、死んでしまったようだ。

 流はもう一度周りを見回す。彼にはここが地獄にも天国にも見えない。

 

「死んだのなら、ここはどこ?」

 

「流の前世の部屋なんだろ?」

 

「いや、そうだけど、そうじゃなくて」

 

「……?」

 

 要領を得ないので奏から離れる。この部屋に唯一ある扉を開けようとするが開かず、殴ってみてもびくともしない。何度も本気で殴って疲れたのでベッドに座り直す。

 

「なんで翼を倒す……怪我をさせたんだ? あの時は咄嗟にアドバイスしちゃったけどさ」

 

「それは……ここでは言えそうだな。翼が入院すると響が見舞いに行く。そうすると翼のあれが判明する」

 

「片付けられないアレか」

 

「それ。で、なんやかんや打ち解けるんだけど、何故かあの戦いの時点で背中を預けてたんだよな。要らなかったかも。あとクリスを戦わせると、最悪翼がアームドギアなしで絶唱使っちゃうから」

 

 流は更に考えこもうとしたが、枕が顔面に当たり、犯人の方を見る。

 

「流って前々から見てきたように話すけどなんで?」

 

 ネタバレをしていればいつかは来ると思っていた。流はここで嘘をつくことも出来るが、奏にはもう嘘をつきたくないと思い、真実を告げた。

 

「あたし達が物語のキャラクターか……あたしはやっぱり死ぬのか」

 

「うん。アニメに比べてあの事件の生存者は増えてたっていう差異はあったけど」

 

「そういう改変を繰り返して、知ってる未来よりもいい未来を目指すってことか」

 

「相当狡いけ、うおっ!……離せバカ」

 

 話している途中、ベッドでゴロゴロしていた奏に腕を引っ張られ、そのまま奏が寝っ転がっているベッドに入ってしまう。

 すぐにそこから出ようとするが、背後から抱きしめられて流は動けなくなった。

 

「さっき翼を傷つけた事を謝ってきたよな」

 

「ああ。遺言にも書いてたろ」

 

「あたしの遺言三つ目は?」

 

「……俺が無茶せず体を大事に」

 

 奏は更に強く抱きしめたので、豊満な胸が背中で潰れ、流はあたふたし出す。

 前世の人との関わりの想い出が消えていて、常に大人に囲まれていた。そういう意識を持つ余裕が無かったため、それが今芽生え、色々と挙動不審になってしまう。前かがみとかそういうあれだ。

 

「あたしは翼もおっさんも了子も好きだけどさ、流だって好きだ」

 

「ありがとう」

 

「流はどうなんだ?」

 

 流の頭の中でパニックを起こし、顔が熱く、変な汗が出てくる。その汗が臭くないか? 汗で奏が嫌な思いをしていないか? など無駄なことを考え続けてしまう。

 無駄な思考の合間に流は血の繋がった父親の遺していった言葉を思い出し、冷静になれた。もう手遅れだということも同時に思い出す、この奏は都合のいい妄想なのだから。

 

「好き。愛している」

 

「な! そ、それはよかった。だけど、あたしはもう死んでんだから、未練タラタラは駄目だぞ? 流の父親の遺言通り、人の流れからすくい上げないと。あたしはその流れにはもういない」

 

「見捨てる気だったから、仲良くしたくなかったのに、何度も俺のところに来てくれて嬉しかった。作った飯を美味しいと言ってくれたのが嬉しかった。奏と翼と三人で行った遊園地は楽しかった」

 

「そうだな」

 

「……ごめん。奏が死なないで世界を存続させる方法が考えつかなくて、ごめん」

 

奏が死んだ後一度だけ流した涙の後、もう涙は流さないと誓ったのに流はそれを破ってしまった。

 

「大丈夫だ。死人はな、生きてる人達の心の中で生き続けるんだ。だから、大丈夫」

 

 奏が流の頭を撫でる毎に、彼のまぶたはゆっくり落ちていく。抵抗するように流は奏と正面から抱き合い、そのまま顔を近づけて……。

 

 

 **********

 

 

「……痛っ。くそ、なんか凄い腹と肩が痛い!」

 

「起きたか馬鹿野郎! 何勝手に死のうとしてるんだよ!」

 

 流は目を開けると赤色の髪の少女ではなく、銀髪の少女が目の前にいた。雪音クリスが濡れタオルを持ってそこにいた。

 

「んー? あれは夢か。はぁ……」

 

 さっきまでの事はしっかり覚えている。奏は死んだと言っていたがジョークだったようだ。そして夢という自由空間で奏を好き勝手動かしてあんなことをしてしまったことに、自己嫌悪する。

 

「おーい……大丈夫なのか? おい!」

 

 流が起きて言葉を口にしているのに、クリスの言葉に反応しないので、危機感を覚えて体を何度も叩き始めた。

 

「タンマ! 聞こえてる! 痛い、まじ痛い! あと柔らかくてデカい。痛い痛い痛い痛い!!」

 

 体を寄せて流の体を叩く時、ちょうどクリスの胸とベッドに腕が挟まれていた。クリスは反応してくれたので叩くのをやめたが、その後何故か更に痛いと叫び出した。

 

「よかった。って大丈夫か! 死ぬな!」

 

 妄想の産物のはずの奏が傷口を抉るように指を突っ込んでいた。そしてその血を舐めているが、流はその事を気にすることが出来ず、痛みに悶え続ける。

 

 クリスは汗を拭いたり、容態を見たりなどでずっと看病してくれていたようだ。流は彼女の目の下のクマを見て、それを察した。

 

「……もう大丈夫。クリスのおかげで死なずに済んだよ」

 

「なんでアホみてえにつええのに、拳も忍術も使わねえんだよ! 戦いをナメるな! 死にたいのか!」

 

「今は殴らないで」

 

「あ、悪い」

 

 一段落したのでクリスにお礼を言うと、クリスはその場で立ち上がり、流に説教しながら頭に拳骨を落とした。

 流はあの戦いで必死に戦っていたが、事情を知らないクリスからしたらただ縛りを入れて舐めているとしか思えないはずだ。

 

「本当にすまん。あの戦い方は必要だったんだ……多分」

 

最後の言葉は小声になってしまう。

 

「嘘じゃねえよな?」

 

「カストディアンに誓って」

 

「先史文明期の神様か。まあ、信じてやる」

 

 なんとなしにワードを出してみると、クリスはしっかり教えられているらしい。フィーネは先史文明期の事を流には教えないので、少しだけ羨ましく思った。

 

『よかったな。相対的にあたし並みのおっぱいの持ち主に世話されて。なんかさっきのやり取りをコケにされた気分だぜ』

 

 クリスの前で神に誓いを立てていると、空中に寝っ転がりこちらにジト見してくる奏と目が合った。さっきのやり取りは夢で流れの頭が作ったことのはずだ。それなのになぜか、申し訳ない気分になる。

 

「すまん」

 

「なに謝ってんだよ。信じてやるって」

 

 奏に謝ると、クリスが反応した。

 

「ああ、ありがとう」

 

『責めたのにありがとうとか……悲しいな』

 

 クリスに感謝を告げると、奏が反応して悲しみ始めた。

 

「どうすればいいんだよ」

 

「何がだよ!」

 

『あははははは。疲れたし、少し寝るわ』

 

「ああ、すまん。まだ少し混乱してるみたいだわ」

 

 奏は寝ると言って空中で解けて消えた。そんな消え方は初めて見たので驚くが、クリスの誤解を解きにかかる。その後クリスは少し部屋から出ていき、戻ってくるとお盆の上に湯のみが乗っかっていた。

 

「飲め」

 

「ありがとう」

 

「一々礼なんか言わなくていい。あたしが命令したんだからそれに従ってろ」

 

 クリスの言葉に頷いて、起き上がるのを手伝って貰い、湯呑みで茶を飲む。少し渋い。

 

「はぁ〜、温まるわ」

 

「それはよかったな……あー、そのよ、ごめん」

 

 クリスは湯のみを置くと流に向かって頭を下げてきた。クリスにお礼を言うことは多いが、謝られることなんてされていない。

 

「何? 食器とか割った?」

 

「そんな事じゃなくて、この場所をフィーネに言っちまった」

 

 流は改めて体に触れる。抉られた腹もある程度治っていて、肩は傷跡が残っているが肉は修復している。確かに医学の知識を持っている人が治療したのだろう。

 それと再生能力が日々弦十郎(人外)に近づいている事に気がついた。

 

「治療のために呼んだんでしょ? それなら全然構わないよ。むしろ礼しかない。あとさ、隠れ家ならまだいくつもあるから」

 

「それならよかった……は?」

 

 クリスは前半の言葉に安堵し、後半の言葉に突っかかってきた。

 

「二課にもフィーネにも知られていない部屋はここくらいしかないけど、セーフハウス的なのはもっとあるから大丈夫だよ」

 

「お前ってあたしと同じくらいの年齢だよな?」

 

「クリスは確か16歳だよね。俺は一つ上。俺って特殊災害対策の手段の一つにされてるのよ。シンフォギアとは別の手段にカウントされているわけ。だから、勝手に国外に行けないし、あまり長く所在地を不明にするのは良くないんだけど、それ相応の報酬が支払われているんだよ」

 

 小さい頃は弦十郎にその金を管理されていたが少し前、奏が死んでからは色んなことを任せられるようになった。

 

「な、なあ? ちなみに」

 

「これくらい」

 

「は!? 単位は万だよな」

 

「もちろん」

 

「年収?」

 

「月」

 

「はあああああああ!?」

 

 雪音クリスは数字をブツブツ呟いて数分間戻ってこなかった。

 有名な音楽家の両親を持っていた少女でも驚くほどの金額を得られるのは、シンフォギア以外の新たな特異災害対策を開発するよりも圧倒的に安上がりであり、他国に引き抜きをされないためである。

 

 更にシンフォギアは研究しないといけなく、そちらにも金が流れる。流の場合、彼のコンディション以外は特に関係なく、幼い頃色々検査をされたが、再現不可能となったのでその研究費がコンディション維持費として支給されている。

 

 ガチャリ

 

 クリスは鍵の開いた音で正気に戻り、流もゆっくり立ち上がり構えるが、その構えもフラフラしていて頼りげがない。それでも無意識にクリスよりも前に一歩出て、守ろうとするのは弦十郎の教育の賜物だろう。

 

「……あら? もう起きたのね」

 

 部屋に入ってきたのは、肉体年齢も考えずに着たい服を着ているフィーネだった。ちなみに櫻井了子の年齢は34歳だ。あと少しで35歳だ。

 

「おかげさまで」

 

「……クリスはこの部屋から出ていきなさい」

 

「流はさっき起きたばかりでその、看病が」

 

「それは私自らやるわ。早く出なさい」

 

「はい」

 

 あまりフィーネに反抗することのないクリスが反抗したが、強く言われるとこちらを一度見てから部屋を出ていった。

 

「私はフィーネであるけれど、櫻井了子でもある。櫻井了子の人格は既に抹消されているが、その記憶自体はこの体にある。だからこそ、フィーネである私は違和感なくその環境に溶け込める」

 

「何が言いたいのさ」

 

 フィーネは椅子に座って、机に足を乗せて組む……ふむ、紫か。何度か洗濯などの雑務をしたことがあるけど、その時はなかったから最近買ったのだろう。また洗濯物を溜め込んでいる可能性がある。

 

「リインカーネーションで乗っ取ってからすぐはフィーネとしての感覚が色濃く残っているわ。でもね、何年も経つとどちらがフィーネなのか、それとも櫻井了子なのか分からなくなるのよ」

 

「俺にとってはどっちも櫻井了子だし、どっちもフィーネ。俺の前では了子の口調が多いけど、フィーネっぽいのもある。俺の母親は櫻井了子とフィーネと轟了子の三人って事にしてるよ。そうすればバランスも取れるし」

 

 フィーネは(フィーネにとって有能ならば)割と優しい。流はある程度力を持っていて、普通に接してしまっているせいでフィーネが脅威に思えない。

 

 アニメの響のような事を言っているが、流は途中から了子もフィーネも同じ人であり、自分の母親と思うようになってからこの考えが続いている。

 

「そんな所でバランスを取る意味が分からないわね」

 

 了子かフィーネか分からない苦笑を浮かべて足を組み直した。

 

「まだカストディアンに固執してんの?」

 

「……その言葉も今の時代にはほとんど残っていない言葉なのだけれど。クリスが言うとは思えないし」

 

「で?」

 

「そうじゃなければ意識を覚醒させていないわ。リインカーネーションは、私の遺伝子を継いだ人がアウフヴァッヘン波形を浴びた場合、私が乗っ取れるようになるだけ(. . )よ。意識を表に出さないことだってあるもの」

 

「知ってる」

 

 フィーネは何かを考え始める。

 

「……ねえ、あなたが知っている事で話せないことってない? 相手に伝えたくても伝えられない。想いを言葉にも文字にも、歌にも出来ないこと」

 

 フィーネの言葉に流は『魔法少女事変』と言おうとする。やはり言語化することが出来なかった。

 その様子を見てフィーネは何かを察したのか、目を閉じて考え事をし始めた。

 

「a○!な、jaた%▼)…………」

 

 フィーネは立ち上がると、アニメの回想に出ていたフィーネの巫女服に変身した。流の肩に手を置いて、彼は一切理解の出来ない、もうこの世にはない言語で何かを歌い始めた。

 

 全く理解出来ない言葉なのに、流は照れ臭さや悲しさ、愛おしさや失望、色々な感情が胸の中で一杯になる。

 その歌は数十分続き、歌が終わっても流は動くことが出来なかった。

 

「弦十郎くんと同じような体だから、数日休めば治ると思うわ。流があの場所に血痕を残したから、データを隠してフェイクを用意するのが大変だったのよ? データは(. . . . )しっかり隠蔽しておいたわ。……涙、拭いておきなさい」

 

「え? あ、はい」

 

 流は渡されたハンカチで涙を拭き終わると、既にフィーネは目の前から去っていた。

 

「大丈夫だったか?!」

 

「全部脱がされて、経過を見せただけだったからね」

 

「そうか」

 

 流はさっきの歌がカストディアンへの賛美歌、愛の詠だったのではないか? となんとなく思った。


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