ジャパリパークのかじやさん   作:Kamadouma

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ならくのようせい

 

 

青い液体のセルリアンは迎撃隊の前衛を突破して猛スピードで崖道を前進していました。それを探知したパンサーカメレオンが、ヒグマと戻ってきた二人に報告します。

 

 

 

「何だって!?あいつらがやられた!?」

 

「信じられないでござるがっ…本当にっ…」

 

「ヒグマ、急ごう!相手のスピードを落とさないとタイミングが合わせられない!」

 

「私もそれには賛成。成功するかは私たちにかかってるんだよ」

 

「………………」

 

 

 

フォッサもジャガーもヒグマも、驚きを隠せませんでした。背中を預けられるくらいに強くて頼りになるフレンズたちが、武器まで用意して安全第一で戦っていたのに、あっさりと突破されてしまったのです。

 

勇み足になるじゃんぐるの二人。迎撃隊の指揮を取るヒグマはどうするべきか熟慮していますが、答えは一つしかないようなものです。

 

 

 

「で、でもっ、セルリアンが本性を現したでござるよっ!博士やノヴァどのの指示を仰いでからっ」

 

「いや、いい。今は時間が惜しいんだ。特徴だけ教えてくれ」

 

 

 

ヒグマが下した決断は、作戦継続でした。ここで撤退しては全てが水の泡になってしまいますから。

 

せめて何か攻略の足掛かりになる情報をカメレオンにたずねます。

 

 

 

「…二つの頭は、頭じゃなかったでござる。腕だったでござる」

 

「…は?」

 

「本当は、本体の下に顔を隠していたでごさる…。…それも、身の毛もよだつ化け物の顔を…」

 

「そこが弱点なんだな?」

 

「わからないでござる…。…それから、青い液体を地面や身体から放ったり…あと、“赤黒い光”が見えたでござる…」

 

 

 

情報は役に立たないとヒグマは判断しました。知ったところでどうしようもないという意味で、です。何せ、見たこともない化け物なのですから。

 

 

 

「わかった。お前は博士のところに戻って報告をしろ。あとは俺たちでやる」

 

「気をつけるでござるよ…!」

 

「わかってるって」

 

「絶対成功させるからね…!」

 

 

 

ヒグマはノヴァから預かった大剣を握りしめて、崖道を駆け出します。その後にフォッサとジャガーも続きました。

 

カメレオンは恐怖でずっと青ざめていました。本能が警告を鳴らすほどの異形だったのです。勇猛果敢に立ち向かう三人の戦士たちが、なぜあんな表情ができるのか不思議でなりませんでした。

 

 

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

 

 

「…え…?アクシスジカ、ちゃん…?」

 

「う、うそ……」

 

「キンシコウさんもやられたの…?」

 

 

 

陽動隊のスピードスターたちから遅れて、マレーバクとミナミコアリクイ、そしてオカピが崖道へやってきました。セルリアンが掘り返した土の山を目でたどって、惨状が視界に入ってきます。

 

吹き付けられた青い液体の威力は相当なものだったようです。首で殴打されるのと変わらない衝撃で宙へ打ち上げてられて地面に叩きつけられれば、動くこともできません。

 

 

 

「ちょっとっ!寝てる場合じゃないぞっ!」

 

「………………」

 

「キンシコウさんに、アライグマさんまでぇ…」

 

「……だ、誰か、いるの、か…?」

 

「あ、アライグマさん!いるよ!助けにきたよ!」

 

 

 

崩れた瓦礫を少しかぶっていたアライさんが、かすかに眼を開けてマレーバクと視線を合わせます。

 

 

 

「…ぬぅぅ…!もう十分休んだのだっ…!追いかけないと…!」

 

「だ、ダメだよぉっ!そんなにケガしてっ!」

 

「ノヴァさんから任されたのだっ…!絶対成功させるのだっ…!」

 

 

 

アライさんは何事もなかったかのように駆け出しました。彼女の影からは、キラキラ輝く結晶が尾を引いています。

 

陽動隊の三人には止められませんでした。その動きはあまりにすばしっこいものですし、止めたところで止まらないのを察してしまったのです。

 

 

 

「みんなー!二人のことよろしくなのだー!」

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

本性を現した異形のセルリアンの攻撃は、苛烈を極めました。カメレオンが言った通り、二つの首は本物の頭ではなく腕だったのです。動きの制約が外れた多元的な攻撃は歴然の三人ですら近づくことができません。セルリアンの攻撃を避けるばかりで、ジリジリと後退していくばかりです。

 

胴体だと思っていた骨の外殻は持ち上げられ、その下の顔が露になっています。青いガスが口から出ていて見えづらいですが、横に二本の口腕を携えた大きな顔。陸の生き物では形容しがたいその剣呑な面持ちは、彼女らにとって嫌悪感しか湧きません。

 

 

 

「お、押されてるけどこれでいいの!?」

 

「ああ、このペースなら…!」

 

「うわっ!危ないなぁっ、この!」

 

「そっちも武器を持ってるなんて、聞いてないよっ…!」

 

 

 

頭骨が外れた触腕が持つのは骨だけではありません。見るからに質量の大きい鉱石の塊を右腕に、ノヴァの剣のように研ぎ澄まされた大骨を左腕にもって変幻自在の攻撃を繰り出します。

 

武器を持てるのは自分たちだけではないと知って、うろたえてしまいました。熱攻撃は腕や本体にしか通用せず、武器で防がれてしまっては思うようにダメージを与えられません。

 

…それよりも、優位性を失ってしまった精神的ダメージの方が大きいのが問題なのですが…。

 

 

 

「もうそろそろ作戦地点だ…!ギリギリまで引き付けるぞっ…!」

 

「うんっ、なんとかやってみるよ!」

 

「コブラのためにも、負けられないもんなぁ!」

 

 

 

後ろを見れば大きな岩が上の崖のへりに並べられています。博士も飛びながらタイミングを計っているようです。

 

唯一相手の攻撃を受け止められる武器を持つヒグマは、果敢に懐へ飛び込みました。案の定鉱石の鉄槌が振り降ろされますが、大剣の峰で受け止めて踏ん張ります。

 

 

 

「うぎぎぎぃっ…!」

 

「フォッサ!私たちでもう片方を抑えるよ!」

 

「了解っ!」

 

 

 

ヒグマも長くは持ちこたえられないでしょう。今にも膝をついて押し潰されてしまいそうです。

 

しかし隙はできました。ジャガーをジャンプ台にして、フォッサが剣を持つ腕に飛び掛かります。腕にしがみついてしまえば相手の攻撃手段は限られますので、あとは反撃をするだけです。短剣を青い肌に突き刺して左右にえぐっていきました。

 

 

 

「ほらっ!どうだ!これで!」

 

「私も本気でやらせてもらうよ!!」

 

 

 

腕を両方使ってしまったセルリアン。そうなれば顔はがら空きです。取り巻いていたガスはいつの間にか引っ込んで、ギョロっとした黄色の眼がジャガーをにらみます。

 

ジャガーは怖れることなく、全力のストレートを眼玉へ叩き込みました。グシャッという鈍い接触音を鳴らして、セルリアンはよろめきました。衝撃は両腕まで伝わって、剣と鉄槌を落としてしまいます。

 

 

 

「…よしっ!あとは攻撃隊に任せるぞ!ジャガー!フォッサ!走れ!」

 

「あいよ!」

 

「了解!」

 

 

 

 

 

 

「よし、よくやったのですヒグマ。これなら相手も顔を真っ赤にして追ってくるのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…しかし、セルリアンは愚者を演じていただけでした。

 

武器を落としたセルリアンの両腕には赤黒い光が集中して、暗雲に地獄の色を映し出します。

 

そして、光は二筋の条となって、天を穿ちました。

 

一つは、崖の上の岩石を貫通して。木端微塵になった足場が連動して崩壊し、瓦礫と共に中道へと降り注ぎます。まるで全てお見通しと言わんばかりに、ヒグマたちの退路を絶ってしまいました。

 

そしてもう一つは、上空で様子を見ていた博士に向かって。下から撃たれる、という経験のない彼女は、まさか飛んでいる自分が標的になるとは考えていません。避けるという思考に行き着く間もなく、赤黒い光条が身体を包みました。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

ヒグマはその光景をその眼で見ました。まったく訳がわからないまま、博士が瓦礫の上へ落ちていきます。

 

今起きたすべての訳がわからないのですが、作戦が失敗してしまったということはわかります。そして、それが意味することも。

 

 

 

「そ…そんな……」

 

「博士っ!しっかりしてっ!博士ぇっ!」

 

「うそっ…でしょ…」

 

 

 

訳のわからない何かに蝕まれた博士は返事をしません。力なく瓦礫に横たわるだけです。

 

その様子をただ眺める三人に、もはや戦意などありません。ただ一つの希望だった落石作戦は失敗し、退路は絶たれ、挑んで勝てる相手ではないのです。そして、その状況でもどうにかするアイディアを絞り出せるフレンズは、ここにはいません。

 

 

 

一方で異形のセルリアンは尚も赤黒い光を身体に集めています。光は大きな口に集中して、一帯の色を染め上げるように照らし出します。両腕は地面を穿って食い込み、身体を反らせて力を溜め込んでいるようにも見えます。

 

…あの赤黒い光を、今度はヒグマたちに向けるようです。

 

 

 

「……ちくしょうっ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう助からないと、直感が悟ってしまった時でした。

 

 

 

「グオオオオオォォォォォォッッッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

警鐘のような咆哮が渓谷中、いやパーク中に響き渡りました。

 


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