ジャパリパークのかじやさん   作:Kamadouma

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たすけあうということ

一晩明けると、雨雲は去って木漏れ日が木々に彩りを与える風景が広がります。誰もいない穏やかな朝の森を、ゴーグルのフレンズは白いまんじゅうを片手に散歩しています。

 

前の姿なら食事は獲物をとったその場で済ましてしまいますが、かつて見たヒトがやっていたように歩きながら食事をとってみたようです。

 

 

 

「…なるほどな。石探しに熱中したい時とかにいいかもな」

 

 

 

火で少しだけ炙ると、このじゃぱりまんは味が変わります。味覚が発達したヒトならではの楽しみ方をやってみて、ゴーグルは少しうれしくなってきました。

 

ヒトの特徴を持って生きているなら、その特徴を精一杯使わないと。そう思うと頭が冴えて何でもやってみたくなります。

 

 

 

「よし、としょかんとやらに行ってみようか」

 

 

 

自分の正体も気になるし、ヒトが残した何かが自分の役に立つかもしれないと考えるとやはり行っておくべきでしょう。例えば、背中の剣をもっと鋭くしなやかにする方法だとか、雨に濡れないようにする方法だとか。そんな知恵を求めてゴーグルは森の中を闊歩します。

 

 

 

「…しかしまあ、本当になにもいないな」

 

 

 

すみかにしている洞窟の近くに、なぜかこのまんじゅうが毎朝置かれているので食料には困っていないのですが。こんなに生き物がいないのは少し不自然に感じられます。

 

木の上の方まで気配を探りながら歩いて、気付けば小さな湖まで来ていました。この先から中心部につながります。

 

 

 

「……水回りは避けよう。突き落とされたら大変だ」

 

 

 

ゴーグルのフレンズの体温は普通の動物に比べてものすごく高くて寒さにも対応しますが、水をかぶると急激に冷えて動けなくなってしまいます。雨の中で長時間活動するとその場で震えるしかなくなります。

 

熱を持った剣を水につけて冷しただけで、ゴーグルはそのまま踵を返しました。

 

しかし、何かが近付く足音がして剣の柄に手をかけます。

 

 

 

「すみませんっ!ちょっと、手をっ、貸してくださいっ…!」

 

「…何者だ」

 

 

 

その何者かは横から来るようです。すでに臨戦態勢に入っているのでいつでも剣を引き抜けます。

 

しかし息を切らせてやってきたのはフレンズらしく、声色からして戦いにきたわけではないようです。

 

 

 

「わ、私はキンシコウ。ハンターですっ…。湖で漂流しているフレンズがいたので助けようと思ったのですがっ…」

 

「…だが?」

 

「湖がなんだかバチバチしててっ、助けにいけないんです…!」

 

 

 

バチバチ?何のことだろうとゴーグルは首をかしげました。

 

ゴーグルを呼び止めたフレンズ…黄色の毛並みをもつ風変わりな髪止めと真っ直ぐ長い棒状の武器が特徴のキンシコウは、なんだか焦った様子で事情を説明します。

 

しかし、ゴーグルはどのみち泳げないので断ろうとしましたが、ふと前の姿の時の記憶がよみがえります。

 

重装備のハンターを洞窟の池に突き落とした時に、他のハンターが防具を捨てて助けに行った光景が頭の中をかけめぐります。

 

危険を承知で仲間を助けにいく勇気。仲間を大事にする友情。…それがヒトの強さの秘訣なのかもしれない、と根拠のない仮説が妙に説得力をおびてきました。

 

 

 

「…わかった。私は泳げないが、何か手伝えることはあるか?」

 

「っ!ありがとうございます!」

 

 

 

ハンターということはヒグマの言っていた仲間なのだろう、私の仲間の仲間だ、と思ってさらにやる気が沸いてきます。

 

仰々しくゴーグルの手を握ってキンシコウ感謝を伝えますが、ゴーグルのグローブの鋭い牙に触れてしまい手を離してしまいます。

 

 

 

「いたっ…!」

 

「あ、すまないな。私の手には武器を研ぐ牙がついているんだ」

 

「い、いえ、大丈夫です。それよりあの子がっ…!」

 

「…どういう状況だ?」

 

「その子は流木に掴まっているんですが意識がなくて…でも湖はバチバチしてて入れなくて…」

 

「…わからんな。とりあえず現場に向かおう」

 

 

 

話だけ聞いても状況が飲み込めないので、ゴーグルはそのフレンズを見つけた場所に向かうことにしました。キンシコウの後ろについて走り出します。

 

 

 

「で?あなたはどうやってそのフレンズを助けようと考えた?」

 

「私が流木に乗れればあとは棒で漕いで岸につけますから…そこまで跳躍できればと」

 

「…なるほど」

 

「ですから、体格の大きなあなたに放り投げてもらえれば多分届きます」

 

「……大分危険なやり方だな。私がちゃんとそこに投げられるかわからないし、間違って着水したらそのバチバチにさらされる。あなたは自分の危険を顧みないのか」

 

「フレンズを守るのがハンターですから。相手がセルリアンであれ何であれ」

 

 

 

危険を省みず仲間のために命を張るのはヒトの強さだと思い至りましたが、その片棒を担がされるのは何かイヤでした。

 

ヒトの強さはそれだけではない、障害を乗り越えていくための知恵が一番の武器であることもゴーグルは知っています。…その知恵に敗れたのだから。

 

別の方法がないかとあれこれ考えている内に、どうやら現場についたようです。

 

 

 

「あそこです…!あのフレンズです…!」

 

「……?」

 

 

 

湖の中ほどに浮いている大きな流木に、確かにフレンズがしがみついています。

 

よく目を凝らして見ると、黒っぽいトゲがたくさんついたパイロットスーツを着ていて、所々黄緑色に光っています。頭と思われるところにはとさかのように逆立つ黒い髪と、ヒトの耳を覆うようにステンドグラスのような翼が生えていました。

 

 

 

「…確かにただのジャンプでは届かないな。高い木もこの辺りにはないようだし」

 

「はい。では早速いきます!」

 

「…待て。そのバチバチとやらを確認していない」

 

 

 

恐る恐る指で水面に触れてみると、バチっと弾けた音がして痛みが走ります。

 

ゴーグルはさほど痛がる様子は見せませんが、この現象は過去に味わったことがあります。

 

 

 

「……これは、あの狼の…」

 

「…オオカミ?お知り合いですか?」

 

「いいや、縄張りから追い出しただけだ。…そいつが使ってた、“雷”によく似ている」

 

「雷って、昨日鳴ってたあのゴロゴロの…?」

 

 

 

キンシコウはゴーグルのフレンズの横顔を見つめながら頭に疑問符を浮かべています。雷を遠くで見たり聴いたりしても、実際に自身に何かが起きたりはしないので知識がつながりません。

 

ゴーグルは黙って注意深く漂流したフレンズを観察します。蟹のハサミのような尻尾も黄緑色に光っており、水に触れるたびに雷光が走りました。

 

おもむろに自分の喉に手を当てると、ゴーグルのフレンズは沈黙を破ります。

 

 

 

「たぶんだが、この電流の原因はあのフレンズにある」

 

「え?」

 

「雷の力をため込む習性があるのだろう。あの尻尾が水面に触れると電流が流れている」

 

「電気うなぎ…みたいな?」

 

「……それは知らないが、力の溜まった部分を刺激して一気に放出してやればバリバリしなくなるだろう」

 

 

 

推測に過ぎませんが、確信があります。なぜなら、自分自身も同じような現象が起きるからです。

 

ゴーグルは身体から燃えるすすを吐き出しますが、武器を熱して鍛える時は喉にそれをためていつでも使えるようにします。しかし、その時衝撃が加わると喉の中で爆発してしまうのです。

 

大きなエネルギーを持ったものは、取り扱いを間違えれば簡単に放出してしまう。それは炎であれ雷であれ同じはずです。

 

 

 

「でも、どうやって…?それこそ流木に飛び乗らないとできませんよ…?」

 

「………………」

 

 

 

方法はあるにはあるのですが…。

 

ゴーグルのすすの弾丸なら正確に届きます。ですが、あまりに殺傷力が高いのです。セルリアンを一発で木端微塵にする弾丸を、フレンズに放てばただではすまないでしょう。

 

この方法は使えないと頭を悩ませます。

 

 

 

「…爆発させない方法、か」

 

「あの、どうしました?」

 

「いや、マグマを飛ばせば届くのだが、あいつにすごい痛い思いをさせるかもしれないからな…」

 

「マグマ?」

 

「私、口から火を飛ばせるんだ。それなら届くには届くんだが…」

 

「?種を飛ばすみたいに、ですか?」

 

「………!!」

 

 

 

キンシコウの言葉で、足りないものが揃った気がしました。

 

息を吹き出す力でマグマを遠くまで飛ばしているのなら、飛ばすのがマグマでなくても届きます。

 

 

 

「それだ。何か大きな果実はないか」

 

「たしか、対岸にプラムがなってたと思いますね」

 

「わかった、そこに案内してくれ」

 

 

 

方法が見つかればあとは実践あるのみです。ゴーグルとキンシコウは岸を駆け抜けて、ツタのはった赤い実のなる木を見つけました。

 

手の届く実を一つ採って、固さを確かめます。簡単にグローブの牙が入るくらいの固さなら、高速で飛ばしてもケガはしないでしょう。

 

 

 

「これおいしいんですよ。救出が終わったら一つどうですか?」

 

「ああ、そうしよう。…あの首長どももこういうのを食ってたのだな」

 

「??」

 

 

 

昔獲物にしていた首の長い草食竜はこういう果実をよく食べていたな、私もまさか同じものを食べるなんてな、と感慨深く微笑みます。草や実を食べても腹の足しにもならないと見下していたのが懐かしく思えます。

 

でも今はあのフレンズを助けるのが先です。湖に浮かぶ黄緑のハサミに視線を合わせてプラムをくわえます。

 

 

 

「…できそうですか?」

 

コクコク

 

「お願いします。…あんなカッコつけたこと言っておいて、本当は怖かったんです。セルリアン以上に得体のしれないものですから…」

 

 

 

弱音が聞こえて、何故だかほっとしたゴーグルでした。ヒトのもつ“使命感”だけで動いていただけではなくて、ちゃんと心を働かせていたのが知れたからでしょうか。

 

すーっと息を吸って、喉のすすを燃え上がらせます。ある一定温度になると小さな爆発が起こって、ガスが喉を逆流します。蓋になっていたプラムに圧がかかって、やがて口の外へ放り出されました。

 

肺活量だけでなく、爆発の圧を上手に使ってブレスを加速させる…彼女のもつ技はプラムをとんでもないスピードで飛ばしました。ハヤブサの急降下すら追い抜くスピードです。

 

赤い弾丸はまっすぐ漂流したフレンズの尻尾を捉えてました。

 

 

 

どごぉぉーんっ!!

 

 

 

「きゃっ!!」

 

「うっ、耳が…」

 

 

 

近くに雷が落ちたような、他に何も聞こえなくなるような激しい音と光が二人の感覚器を遮りました。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

目が正常に光を捉えて、耳鳴りがおさまってきました。キンシコウがゴーグルの安否を確認します。

 

 

 

「だ、大丈夫ですか」

 

「あ、ああ。何ともない。それよりあのフレンズは」

 

 

 

視線をすぐに湖へと移します。

 

漂流したフレンズは光を失って、流木の上でぐったりしています。たた先ほどの衝撃でゴーグルを認識したのか、まぶたを開けて視線を送ってきました。

 

 

 

「…こっちを見ている?」

 

「意識を取り戻したみたいですね!」

 

「だが、弱っているみたいだ。急いで救出した方がいい」

 

「はい!」

 

 

 

改めて水に触れると、手についたプラムの果汁が洗い流されました。バチっと電気が走ることもありません。

 

安全は確保できましたが、もう一仕事思いつきました。最短であのフレンズを助ける方法です。

 

 

 

「…あなたは泳げるのだな?」

 

「ええ、水棲のフレンズほどではありませんが。ヒトの泳げる能力くらいです」

 

「わかった。…あなたの進言通り、流木へ放り投げることにしよう。たどり着いたらあいつにプラムの木にはっていたツタを引っかけてくれ。手繰り寄せれば最短で救出できる」

 

「…はい!」

 

 

 

少しの思考のあと、キンシコウは嬉しそうに首を縦に振りました。ゴーグルが何をしたいのか察してくれたようです。

 

ゴーグルは長い長いツタをキンシコウに手渡して、彼女の腰を持って抱えました。投げる…というのはあまりやったことのない動きですが、腹ペコのあいつが岩を投げていたのを思い出して、私にもできるはずと自己暗示します。

 

 

 

「せーのっ」

 

「えいっ!」

 

 

 

理想的な角度でキンシコウを放り上げました。勢いはそのまま、流木のフレンズの元へツタが放物線を描いて飛びます。

 

キンシコウはすっと流木に足をつけると、早速フレンズのわきにツタを巻き付けました。そして、ハンドサインで丸を作ります。

 

 

 

「……?どういう意味だ?いいのか?」

 

 

 

…ゴーグルには伝わらなかったようです。とはいえ、ツタを巻き付けたのは見えているので引き寄せ始めます。

 

ぐいっぐいっ

 

手を休めることなくツタを手繰り寄せました。するとすぐにフレンズが岸につきます。即座に仰向けに寝かせて頭を持って意識を確認します。

 

 

 

「もしもし、意識はあるか?」

 

「………………」

 

「…ダメか。返事をする体力もないようだな」

 

 

 

かすかに目は開いていて呼吸はありますが、それ以外に動く部分がありません。

 

身体に傷はないか見渡すと、足に服が破れるくらいの外傷があります。出血が酷く、さらには骨も折れているように見えます。

 

 

 

「!!…足が折れているのか。これはマズイな」

 

 

 

生き物にとっては致命的ともいえる足の骨折。生命力の高い生き物なら自力で治癒してしまうといいますが…。

 

このフレンズは消耗していて、今のままでは治癒は望めません。

 

どうしようか、どうすれば生きられるかを必死で考えても、ゴーグルには剣を鍛える技術と敵を倒すための知恵しかありません。ケガを癒す方法はどうやっても思いつきませんでした。

 

 

 

「どうすればいい…?…わからない…」

 

「はあ、ふう。なんとかなりましたね」

 

「…!キンシコウ、こいつ足をケガしているんだ。どうすれば助けられる?」

 

 

 

ずっと一頭で剣を鍛えて生きてきたゴーグルの口から、誰かを頼るセリフが出るとは本人も思っていませんでした。

 

しかしそれくらいこのフレンズを助けたくて、どうにもできない自分がイヤでしょうがありません。ゴーグルの中で輝く青い瞳が泳いで渡ってきたキンシコウに熱く訴えかけます。

 

 

 

「足を……。…私にもわかりませんが、博士なら何か方法を知っているかも」

 

「博士…?…ああ、としょかんにいるってあのフレンズか」

 

 

 

ヒグマが言っていた自分の正体を知っているかもしれないというフレンズ。確かにその人なら何か知っているかもしれません。

 

思い立ったら即行動。普段は冷してしめた刃のように冷静な彼女ですが、心の中には熱い炎を宿しています。その炎がこのフレンズを救えと身体に流れる血を熱くたぎらせました。

 

背中の剣を地面に突き刺して、漂流したフレンズを肩に担ぎました。ゴーグルの行動はもう決まっています。

 

 

 

「そのとしょかんに案内してくれ」

 

「はい、すぐそこです。…その子を、お願いします」

 

 

 

キンシコウも元々そのつもりでした。ゴーグルの大きな剣を重そうに持ち上げて湖の岸を歩き始めます。

 

 

 

「うんしょ、…この武器、すごく重いですね…」

 

「刃に触れるなよ、簡単に切れるから」

 

「はい。…こんなすごいものを持ってるなんて、元々どんな姿だったのでしょうね」

 

「さてな。自分の名前すらわからないからな」

 

「でも、今は優しくて強いフレンズです」

 

 

 

優しい、と聞いてむずがゆく思いましたが、それが私がフレンズになって得られた一番大きなものなんだとも思いました。

 

 

 


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