フウシャ村のすぐ側にコルボ山という山賊達が住む山がある。そこは山賊だけではなく常人なら太刀打ち出来ないような猛獣達の棲家でもある。ゆえに危険な山としてフウシャ村の村人は好んで立ち寄りはしない。
そんな山の獣道を鼻歌まじりに登る白い少女がいた。言うまでもないがシルヴィアである。普通、匂いを嗅ぎつけて恐ろしい猛獣が集まってくるのだが、集まってきた猛獣達は木々や大岩などの物陰に隠れてシルヴィアを忍び見ていた。それも酷く怯えた様子で。
それは、シルヴィアから発せられる覇気、覇王色の覇気を敏感に感じ取っていたためである。獣の本能が、アレに逆らえば殺されると警鐘を鳴らしているのだ。
当の本人はそんなつもりは微塵もなくダラダラと歩いているだけなのだが、コルボ山の猛獣達は相対すればノータイムで腹を見せるくらいに怯えていた。
「そろそろかな…というか山登るの面倒くさい。桐代〜」
私の呼び出しに桐代はノータイムで応じてポンッという音ともに参上した。
急な呼び出しに嫌な顔もしない、嫌な顔どころか恍惚の表情である。私はいつもの事だと気にするのを大分前から諦めている。
「お呼びでしょうか」
「おんぶ。」
「畏まりました」
二つ返事で了承し、桐代は私の前で屈んだ。桐代は女性にしては高身長で175cmもあるのに対し私は152cmしかないためである。
私は桐代に倒れこむように抱きついた。半ば飛びついたようなものだが、桐代はビクともせず受け止めると太ももあたりに手を伸ばし軽々しく立ち上がった。
「目的地の場所はどこでございましょう?」
「うーん、説明するの面倒くさいなぁ…。取り敢えずまっすぐ!」
「承知しました、この桐代にお任せください」
おっとりした返事とは裏腹に、鬼の膂力を持ってして全力疾走せんと足腰にググッと力を入れているのを悟った私は堪らず制止をかける。
「まって!急ぐ必要はないからね!?ゆっくり行こう、ね?」
「あらあら、まぁまぁ!それは私との時間を大切に過ごしたいと、そう言っているのですね!私、とても嬉しいです」
本当は身の危険を感じ取っただけで先程のはそういう意味を含蓄した発言ではないのだが、訂正するのも可哀想だし面倒くさいので黙っておく。
「愛おしいお方…」
身の危険、いや貞操の危険もビンビン感じる。桐代は命令に忠実なので暴挙に出ることはないが、仮に自由にしたら最後どうなるか分からない。少し褒めた、感謝するだけで悦に入るあたり本当にヤバいと思う。
今後の桐代の対応を考えているとダダンの家が視界に入る。
「あ、見えた。あそこの家に向かって」
「はい、分かりました」
おっとりと返事する桐代。普段はお淑やかな大人の女性にしか見えない彼女。
しかし、私の事となると話が通じなくなるくらいに狂ってしまう。
ーー思い出すのはやめよう。良い思い出がない。
「到着致しました。あとはどうしますか?」
感傷に浸っている内にダダンの家に着いていた。私はもそもそと桐代の背中から降りると指をビシッと指した。
「任務ご苦労帰ってよし」
「承知しました、また御用とあれば何時であろうとお呼びくださいませ。この桐代喜んで参上致します」
少し残念そうに桐代はポンッという音ともに帰って行った。改めてダダンの家を見る。そして、その脇にある謎の建物というか小屋を見る。エースの国、ルフィの国…。小屋の主は見たら一瞬で分かる。しかし小屋の主は留守にしているようだ。
見聞色の覇気で近場を探っても彼らの気配は感じ取れなかった。
私はふぅ、と一息吐くとダダンの家の扉をドンドンと叩いた。
▽
ドンドンと玄関から音が響く。タバコを吸いながら新聞を読んでいたダダンは怪訝に顔を歪ませた。
(クソガキ共か…いや、ガープの奴かも知れん…そうなると厄介だな。取り敢えず)
「あぁ?クソガキ共の悪戯か?ちょっと見てきなドグラ」
無難に手下に対応させようとたまたまダダンの近くにいたドグラに声をかけた。
「お頭ぁ、人使い荒くニーですか?」
「うるせぇッ!」
「はいはい分かりやしたよ…。」
ドグラが扉を開けるのをゴクリと唾を飲みながら見ていると、扉の向こうに現れたのはガープのような大男の影ではなく小柄の少女だった。
「…お前もしかして、シルヴィアか?」
「うん。ダダン、皆も久し振りに会えて嬉しいよ」
「ふん、心にもねぇ事を…」
「何故バレた…」
「正直だなオイッ!チッ、お前の目的のエース達はもう此処にはいねぇよ。さっさと出て行きな!」
「え?何で?」
「外の巫山戯た小屋見ただろ?独立するんだとよ。有難い事だね!あのクソガキ共の世話見なくて済むんだからよ」
「何処にいるの?」
「あぁ?外に居ねぇってんなら知らないね、アタシが知ってるとでも思ったか?テメェで探しな!…でもまぁ、あのクソガキ共だったら森で殴り合いしてんじゃねのーか?知らねえけど」
「…うん、分かった。ありがとうダダン」
「うるせぇ、黙って出て行きな」
「…あ。もしかしたら後でガープおじいちゃんが此処に来るかも。頑張ってね」
「そうかよ………え?ちょっ、シルヴィアァァァァ!?待ってくれ!一緖に話をして待とうじゃないか!?」
「お頭、もうシルヴィアの奴いニーです。」
「…クソッ!ガープの奴も来てやがるのか!今度は一体何の用だってんだ!」
ダダンの悲鳴のような叫びがコルボ山に木霊した。それを少し離れた場所にいた私は聞いていたが無視して森の中を探索した。
▽
森の中、開けたスペースのある草原で2人の少年が互いの力を競い合っていた。
1人は腕を伸ばして戦い、1人は慌てずそれを対処していき、そしてーー
「今日も俺の勝ちだなルフィ」
麦わら帽子の少年、ルフィはエースの蹴りを食らって地面に倒れた。しかし、然程ダメージはないのかムクリと体を起こすと地団駄を踏んで悔しがる。
「くっそー!何で勝てねぇんだ!」
「お前が俺に勝つのは100年はえぇんだよ!まだ1人で熊も狩れねぇくせによ!」
「エースだってちょっと前までは無理だったろ!」
「うるせぇ!昔の話してんじゃねぇよ!」
「図星かぁ?」「うるせぇ!」と、口論は次第に熱を増していき、“何時ものように”殴り合いへと発展した。互いに罵倒しつつ殴る蹴るの応酬である。
そんな2人の間に気怠そうな声が割って入る。
「ーー2人とも何やってるの?特訓はいいけど喧嘩はダメだよ」
声の主は2人の拳を掴んで止めた。エースとルフィは驚いたように拳を握った張本人を見る。目に飛び込んできたのは白。見覚えのある白く透き通るような髪。
「シルヴィア!?何でここに?!」
「おぉ!姉ちゃん!久し振りだな〜!」
「休暇で帰省中。ルフィもエースも久し振り。元気にしてた?」
「俺は元気だぞ〜!」
「けっ、聞くまでもねぇだろ」
「ほぅ、この私に向かってその口の利き方…後悔させてやろう」
私は指をクイクイっと動かし挑発する。腰に携えた刀には手を添えず素手だけで対応するつもりだ。
「はっ!昔みたいににいくと思うなよ!」
対するエースは直ぐに挑発に乗っかり構えを取った。これまでの敗北の屈辱を雪ぐために。
「エース!姉ちゃん!どっちも頑張れ〜〜!」
ルフィの声援が試合開始の合図となり両者が動き出した。
エースとシルヴィアの戦績、126戦中、シルヴィアの全戦全勝。
シルヴィアの帯刀している刀は昔桐代が侍から奪った刀で、桐代本人もその刀の銘を知らないのでシルヴィアは無銘と呼んでいる。本当は最上大業物だとかそうじゃないとか。