「…ガープ中将、身勝手に私を振り回さないで欲しいと再三進言しましたよね?」
船尾にある一室で私は煎餅を囓るガープ中将の背中に向かって責めるようなキツイ視線を飛ばしていた。
無論、私の制止を無視して軍艦でどこかへ向かっている事に対してだ。幸いタスクは全て終わらせていたから良いものの、毎度この人に振り回されてはかなわない。
「……」
ガープ中将はまるで聞こえてないかのように振り返りもせず煎餅に手を伸ばしていた
「はぁ…。ガープおじいちゃん?」
この頑固爺めと思いながら公私の私にあたる部分を引き出しガープおじいちゃんと呼んだ。するとガープおじいちゃんはバッと勢いよく振り返り笑顔で答えた。
「おぉ、なんじゃシルヴィ。何を突っ立っておる、こっちに来て座らんか。煎餅食べるか?」
「あのね、私はもう中将の身なんだからおじいちゃんの勝手に振り回されるわけにいかないの。」
煎餅はいらないと手で合図しつつガープおじいちゃんの前の席に座る。
「何を言っとるか!ワシはただシルヴィの昇格祝いにと思ってだな」
単純に善意でやらかしたのは分かるから、取り敢えず煎餅食べたまま喋らないで欲しい。
おじいちゃんの口から飛んでくる食べかすをガードしつつキッと睨みつける。
「今どこに向かってるか知らないけど許可は取ったの?幸い、私は仕事の引き継ぎだけで仕事は特になかったから支障は出ないと思うけど。」
「ちゃんとセンゴクの奴に言っておるわい。」
「一方的に喋って逃げてきたんじゃあ許可を取ったって言わないからね?」
「ぬぅ…。し、しかしセンゴクの事だからどうにかしてるはずじゃ問題はなかろう」
この反応を見るに「シルヴィの昇格祝いじゃから軍艦一つ借りるぞ」「待てガープ貴様!どこに行くつもりだ!?」なんてやり取りが目に浮かぶ。
「私が言ってるのはそういう事じゃないの。良いか悪いかなんて聞いてないし、なんでおじいちゃんはいつもそう適当なの?おじいちゃん大嫌い(棒読み)」
演技するのも面倒くさくなった私は感情を込めずに適当にあしらったつもりだが、対するおじいちゃんはーー
「…ぐ、ぐはぁっ…!?」
ショックで一気に老けたおじいちゃんを尻目に私は部屋を出て行く。
後ろでノロノロと私に手を伸ばすおじいちゃんの手を払うとジト目で睨みつける。
「ちゃんとセンゴク元帥に報告するまで話しかけてこないでくれる?それまでおじいちゃんの事無視するから」
そう言い残して扉を閉じると扉の向こうからバタンと何かが倒れる音が聞こえたが無視して甲板へと上がった。
精神的ショックでしばらく放心状態だったガープは義孫娘が出て行ってから数分後に気を取り戻し、最後に残していった忠告を思い出し電伝虫に手を伸ばした。
「あー、あー。こちらガープ、聞こえるかセンゴク?」
「ガープ貴様ァ!シルヴィア中将をどこへ拉致した!?」
「うぉ…。そう叫ばずとも聞こえるわい。少しは落ち着いたらどうじゃ?」
「貴様という奴は…!もういい、それで貴様は今どこへいる?」
「どこって、東の海じゃが?言っておらんかったか?故郷に帰ると言ったつもりじゃったが」
「一言も聞いとらん!…直ぐにでも戻ってこいと言いたいところだが、いいだろう、1週間程滞在を許す。」
「おぉ、そうか!」
「幸いな事にお前もシルヴィア中将も急を要する案件はない。シルヴィア君にはしっかりと羽を休めるようによろしく言っておいておくれ。」
「あー分かった。」
「それと最後に、お前の処罰は追って連絡するが…本部に戻った時が楽しみだな」
「ほーい」
鼻くそほじりながら適当に返事を返す。小指をフッと息で吹くと電伝虫から怒髪天を衝くような怒声が飛ぶ。
「貴様!今回仕出かした事の重大さが分かっておるのか!?シルヴィア中将にはーー」
あまりの声量に驚いて受話器を落としてしまい、それが拍子に電伝虫の通信も切れてしまった。シルヴィアがどうとか言ってた気がするが…
「あ、しもうた。切れた。まぁいいか」
ガープは特に気にせず、煎餅を囓ると立ち上がり目に入れても痛くない義孫娘を探して船尾室を出て行った。
▽
プツリと通信が切れる、わなわなと手を震わせながら受話器を置く。
「ガープの奴…!毎度の事だが頭が痛い…。あいつが海軍の英雄なんていう称号がなければ即刻インペルダウンに収監してやるというのに…!」
鼻くそほじってるガープの顔が思い浮かび余計に苛立つ。恨み言を溢しているとドアが開いてクザンが現れる。
「あらら、どうしたんですか?そんなカリカリして。」
「クザン…。あの馬鹿をどうにかしてくれ」
「えぇ?ガープさんの事ですか?俺に言っても無駄だって知ってるでしょ?少なくとも俺の手には負えないのは確かですからねぇ。んで?今回は何やらかしたんであの人?」
「シルヴィアを連れて里帰りだ」
「は?許可は出したんですか?」
「そうじゃないからキレているんだ…!」
「ひぇ〜、そりゃ大変。っと、そういえばセンゴクさん、シルヴィアの事ですが」
「なんだ?」
「身の振り方を話し合って、俺の下につく事に決めました。大分避けられましたが」
「そうか、ガープの奴の所じゃなくなって安心したよ。お手柄だ」
「俺としては絶対に
「確かに、相性は極めて悪いだろうな。同じ船に乗せれば必ず不和を起こすのも目に見える。」
「えぇ、俺もそう思いますし本人もそう感じてるでしょう。ところで、里帰りって言うと…東の海ですか?」
「あぁ、そうだ。生まれ故郷ってわけではないらしいが…詳しい事は私も知らん。ガープの奴も頑なに口を割らん。ただ、ガープが何処かで保護してそのまま東の海の小さな村に連れ帰ったという報告は来ている。」
「…」
「気になるならガープに聞いてみろ。シルヴィア中将はお前の事を少なからずは信頼している、であればガープも口を割るかもしれん。それか、本人が口を割るのが先かもしれんな」
「俺としちゃあ後者の方が望ましいですけど」
「まぁ、何にせよガープには今回の件でしっかり責任を取らせねばなるまい」
「シルヴィア連れ出したのがそんな大きな問題だったんですか?」
「何事も規範が重要だと言っているのだ。主力である中将2人が突如消えたらどうなるか、ガープはそれを分かっておきながら勝手な行動を取っているのは明白だ。」
「センゴクさんも大変ですねぇ。あ、コレシルヴィアの配属願い受理したんで確認よろしくお願いします」
「…ふむ、確かに承った。これで恙無く進むだろう。…シルヴィア中将は海軍の有望株で上層部の期待も高い。しっかりと頼むぞ、クザン」
「言われなくても大事に育てますよ。まぁ、あいつは特に何もせずとも大物になるとは思いますが」
「私もそう思うが、環境は重要であるのは間違いない。その点ではお前は信頼出来ると私は思っている」
「光栄なこって、期待には応えてみせますよ…と、俺は仕事あるんで戻ります」
壁に立てかけられた時計を見てクザンは用事を思い出し、出口へと向かった。
「あぁ、ダラけずしっかりとな。」
「分かってますよ〜」
クザンは振り返らずに手を振って答えて部屋を出て行った。
シルヴィアは6歳の時ガープに拾われフウシャ村とマリンフォードなどで幼少期を過ごした。
ガープは任務で家を開けることが多かったが家事炊事洗濯は自分で出来たので生活に困ることはなかった。実質一人暮らしであった。