「ちょっとちょっとぉ!見捨てるなんて酷いじゃないの〜!俺はそのせいで昨日センゴクさんから大目玉食らったんだぜ?」
「自業自得でしょう、これに懲りてセクハラはやめてください。」
翌日の朝、書類の整理をしているとクザン大将がノックもなしに部屋に入ってきて開口一番にコレである。私は呆れた様子で正論を主張した。
「…ぐ、確かにそうだが。仮にも上司じゃん、助けてくれたっていいじゃない」
「普段から多めに見ているのに付け込んで調子に乗るからですよ。これまでの悪行が清算されたと思って反省してください」
「はいはい、分かりましたよ〜。んで、センゴクさんに何を言われたんだ?昨日呼び出されてたんだろ?」
クザンさんは窓際に設置したテーブルとセットの椅子に腰掛けて質問を投げ掛けてきた。
腰の据え方からしてなかなか出て行かないつもりなのが見え見えである。
「中将昇格だそうです。将来的には大将も見据えているとも」
「かぁー!出来のいい弟子をもったなぁ俺は。俺も逸材なんて持て囃されたもんだが中将なんのに数年かかってーのに。お前は一年半くらいか?」
「私はいつから貴方の弟子になったんですか?勝手なこと言わないでください。それと、正確には1年と9ヶ月と7日です」
「お前ってダラけてるのかしっかり者なのか偶に分からなくなるよな。」
「常にダラけてる貴方とは違うんです、公私は分けるのが出来る女…です」
ドヤァ、と年中グータラ大将に皮肉る。仕事の時もダラける貴方とは違うんで。
「出たよ、ソレ。自称出来る女」
「実際に私は出来る女…」
「そうだけどよぉ、自分で言ってると間抜けに見えるぜ?」
「万人に理解されようとは思ってませんし、わかる人には分かるからいいんですよ」
「へーい」
「ところで何の用です?特に理由がなければ来ないで下さいって言いましたよね?」
「お前を口説きに来たんだよ」
「は?またセンゴクさんのお世話になりたいんですか?」
「違う!そういう意味じゃない。いや、あと数年したら楽しみなんだが…。じゃなくてだな、正式に俺の下につけって事だ」
「はぁ…そういう派閥みたいなの面倒で嫌なんですが。独立してはいけませんか?」
「駄目だな、中将となったんだから身の置き方くらいしっかりしてもらわないと。それに、ボーッとしてたらガープさんやサカズキの軍艦に乗せられるかもしれないぜ」
それを聞いて私は正直げんなりする。ガープ中将の軍艦に乗せられたら振り回されるのが目に見えるてるし、赤犬大将の軍艦に乗ったら意見の食い違いが起こって不和を起こすのも容易に想像できる。
「ガープ中将はともかく赤犬大将の軍艦は勘弁願いたいですね。」
おじぃちゃんはある程度制御効くし。可愛い孫娘を演じるか、『おじぃちゃん大嫌い(棒)』とか言っておけば。
赤犬大将は…うん、無理。あの人とは反りが合わない。
「だろ?だから俺のところに来なって。仕事もそんなに回さないつもりだからさ」
「む、それは魅力的です。でも、セクハラ上司がいるのはマイナスポイントです。私的には黄猿大将の方がいいかな」
あの人紳士だし。ちょっと癖の強い叔父様みたいなものだ。飄々としてて何考えてるか読めない人だから嫌われやすい人だと思うけど、私は嫌いではない。
「あの人の仕事知ってる?大方天竜人関連の仕事ばかりだぜ?」
うわ、ぜってぇやだわ。やっぱ黄猿大将の軍艦だけは無理。くそ、多少の面倒は避けられないだろうけどここは…
「やっぱりガープ中将の軍艦ですかね」
そう言った瞬間にクザンさんはズッコケて椅子から滑り落ちた。
「なんでだよ!?俺んところに来いよ!」
「セクハラしませんか?」
疑惑の目を送る。クザンさんは目線を縦横無尽に泳がせていた。汗も出始めた。
「……あ、あぁ。」
「目を見てください」
そう言ってもクザンさんの目は私の視線から逃げるように泳ぎに泳いでいた。そして束の間の沈黙を破りクザンさんは立ち上がって私に詰め寄った。
「ーーあぁ、もうまったく!いいんじゃないの!お尻くらい!」
「うわ、開き直りましたね。ないわー。しかもお尻くらいって。最低ですね」
「お前なぁ、上司虐めて楽しいか?もっと敬意とかそういうの払うべきじゃない?!」
「真面目に仕事してる時ならそのつもりですが?」
「うぐ…」
「でもまぁ…ほかに比べればマシですし、いいですよ」
「おぉ、マジで?冷たいシルヴィちゃんにもデレ期が来たんじゃないの」
「うわっ、いきなり頭触らないで下さいよ。セクハラで訴えますよ?しかもシルヴィちゃんとか言わないでくれます?鳥肌立ちました」
「ちぇ〜少しくらいいいじゃない。減るもんじゃあるまいし」
「ちょっとセンゴク元帥に用が出来たので部屋を開けます。物色したら怒りますからね」
「待て待てっ!俺が悪かったから!許してくれよ〜!」
「まったく、貴方って人は…。今回だけですよ?」
「はいはい、んじゃあシルヴィアの了解も得たところだし。俺は少し仕事してくるとしますか」
「へぇ、何するかは知りませんけど頑張って下さい」
「おぅ優しいねシルヴィちゃん、愛してるぜ〜」
クザンさんはそう言い残して部屋を出て行った。投げキッスと共に。
……あの歳で投げキッスとか。
「ないわー」
私はぽつりと呟き、処理の途中だった資料に目を通し始めた。
▽
資料を整理し終わってやっとダラけられると思った矢先、ドスドスと大きな足音が部屋の外から響いてくる。まさかと思っていると、粗雑にドアがノックされる。
「おーい!シルヴィはおるか?」
やっぱりと頭を抱えながらドアを開いて顔を出すと、ガタイの良い白髪の老人が豪快に笑って出迎える。
「何の用ですガープ中将?」
「職務関連の話じゃない、いつも通りおじいちゃんと呼んでくれてもええんじゃぞ?んん?」
この人おじいちゃんって言わないと口聞いてくれないくせに白々しい…。思わず溜め息を吐く。
「何か用なのおじいちゃん?」
私がそう言うと、おじいちゃんは表情の喜色を強めて笑ってサムズアップした。
「よくぞ聞いてくれた!シルヴィが中将に昇格と聞いてな、居ても立っても居られなくなったんじゃ!という事で」
ちょい開けして顔のみを出して対応していた私の首根っこをむんずと掴んで引きずり出すと、そのまま肩に抱えて歩き出した。
「ちょ!?おじいちゃん!?どこへ連れて行く気なの!?」
「昇格祝いじゃ!!」
「ちゃんと答えてよ!!」
ジタバタと身を捩り抵抗するも、大砲を素手で投げる義祖父の手から逃れる事は出来ず。さらには会話すらろくに成立せずに私は軍艦に乗せられた。
シルヴィアは三大将の再来と謳われる程の化け物新兵として活躍しており、次期大将候補の1人に数えられていた。
クザンはシルヴィアの本質を見抜き、サカズキから遠ざけるように色々と工作してきた。
そのことをシルヴィアは気付いているが、特に何も言わず知らぬふりをしている。
感謝はしているが単純に面倒なだけ。
サカズキは実力は認めているがクザンに毒されていると考えているため良いイメージを持ってはいない。
黄猿は仕事も出来て実力も兼ね備えるシルヴィアの存在を良き後進と捉えている。