星々の冒険者たち   作:oden50

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まだプロローグみたいなものです。
EP毎の種族やクラスの実装については時系列を無視していますが、そこはご容赦してください。
ちょっとギャグ色が強いかも?


第2話

『………我々は、諸君らを歓迎する』

 

 通信端末のモニターに映る白いキャストの言葉は、以上を持って締め括られた。

 六芒均衡の中でも特に能力に優れた、三英雄が一人、レギアスだ。アークスに対して、彼の功績や六芒均衡について改めて語るほどの事はないだろう。

 

「いやー、俺たちも年を取ると話が長くなるのかねぇ」

 

 すっかりレギアスの長い訓示に退屈していた様子のバルクは、やれやれと肩をすくめ、全身の排気口から排熱した。

 

「まぁ、相変わらず総長の話が長いのが否定はしないけど……」

  

 ギアーズも肯定の言葉を口にする。レギアスは各アークスシップに設置されている、全てのアークス養成学校の総長を務めており、彼の訓示が長いのはうんざりするほど知っていた。

しかも、終了試験前に放映されるこの訓示は録画ではなく、生放送らしい。毎回、内容が異なっているとのことだが、レギアスならば当然だろう。

 あれからバルクと合流したギアーズは、ナベリウスの実地に於ける修了試験へ向かう為のキャンプシップに乗り込んでいた。

 ナベリウスへの航路はそれほど時間の掛かるものではなく、空間跳躍の後に通常の宇宙空間に現出し、通常航行によりナベリウス上空へと既に至っていた。

 現代の進歩した技術であれば大気圏突入時も滑らかであり、何事も問題なく、窓から眼下に広がるほぼ手付かずの美しい原生林を一望できた。

 

「おー、流石に生で見る光景は違うなぁ」

 

 バルクは窓にべったりと貼り付き、アークスシップの人工的に作られた自然環境よりも雄大で美しい光景を、センサーの有効半径全てに収めようとしていた。

 

「確かに、シップとは大違いだね。これが本当の自然か……」

 

 ギアーズも横に並び立ち、しばし景色に見入る。

 ナベリウスは美しく自然豊かな惑星で、知的生命体や文明の痕跡はない。凶暴な原生動物が多く生息しているが、それほど危険な惑星というわけでもなく、アークス研修生の修了任務の場所に設定されている。

 標準的なアークスシップの全長は約70kmであり、百万人規模の人間が住む為に必要な工業地区、農業地区を備えており、自然環境も整備されている。しかし、人工的に作られた環境よりも、天文学的確立の果てに作られた大自然の息吹には興奮を隠せない。

 

『おいおい、こいつは遠足じゃないんだぞ? そんな気分でいると後悔しても知らんぞ、若いの』

 

 不意に機内放送が入ると、操縦席と兵員室を隔てる扉が開き、一人のキャストが出てきた。

 そのキャストはシェリフシリーズによって構成された機体であり、全身をガンメタリックレッドに塗装し、アクセントにゴールドという派手なカラーリングだ。首には洒落たスカーフを巻き、左肩には跳ね馬のエンブレムが刻印されている。

 

「よぉ、挨拶がまだだったな。俺はキャラハン。お前さんたちの検定官だ。それでこっちが」

 

 キャラハンに続き扉から出てきたのは、渋いオリーブドラブに塗装されたディスタシリーズで身を固めたキャストであった。

 そのキャストの全身の分厚い装甲に施された塗装は所々が剥げ、細かい傷跡が無数にあった―人間であれば、身嗜みに疎いと見做されても仕方がない出で立ちだ。

 キャラハンの洗練された姿を見ると余計に、みすぼらしく怠惰な印象を受けた。

 

「サージだ。お前らの動きは逐次モニターさせてもらうが、基準に満たないと判断したならばすぐに検定を中止する」

 

 サージと名乗るキャストは、ぶっきらぼうにそう言い放った。

 

「まぁ、こいつがこういう性格なのは承知してくれ。さて、改めて実地に於ける修了試験の内容を説明する」

 

 苦笑しながら、キャラハンは二人の目の前にホログラムウィンドウを開いた。

 

「目標は森林奥地に生息するロックベアの討伐だ。最近、やけに原生生物の凶暴性が増しており、特にロックベアの個体数が増加し、生態系を狂わす兆候がある」

 

 ウィンドウにはロックベアの基本的なデータが表示された。類人猿に似たこの生物は、フルサイズフレームのキャストの数倍もの体格を誇り、その豪腕は岩山をも砕く。

 

「〝宇宙のあらゆる生命種の多様性について人の手によってこれを保全する〟……アークス憲章の序文にある通り、俺たちの本来の任務は惑星の調査とその自然環境の維持だ。この現状を見逃すわけにはいかない」

 

アークスとはあくまでも惑星調査が主任務であり、決して戦闘が本分ではない。様々な分野で研究者として活躍するアークスも多く、フィールドワークを行う上でその身分に付与される権限が目的というのもあった。

尤も、ギアーズとバルクは学識者という身分にはまったく興味がないのだが。

 

「さて、お話はこれくらいにして、もうそろそろ目的地だ。テレプールの座標設定も完了している」

 

キャラハンが指し示す先、兵員室後部にはプール状のテレパイプが起動していた。

 

「行ってアークスとしての本分を全うしろ」

 

サージが、相変わらずの硬い声音で言った。

そう言われなくてもそのつもりだ–二人はお互いに見合せると、頷きあい、テレプールへと歩み、その淵に立った。

水面のように揺れる転送空間の先には、二人にとっては未知の大地が広がっているだろう。

アークスや惑星資源開発関係の職に就いていなければ、滅多に惑星に降り立つ事は出来ない。二人はまだ本当の大地に立ったことがないのだ。

不安と期待に高鳴るコンプレッサーの鼓動を鎮めようと、吸入ファンを全開にして、暫し沈黙する。

そうして、どちらともなく、二人はテレプール目掛けて飛び込もうと脚部に力を込めた。

が、呆気なく中断してしまった。

緊張感に満ちたこの場にはそぐわない、突然の陽気な笑い声に、彼らの気勢が削がれてしまったのだ。

 

『ふふふっ。いいですねえ、たまりませんねえ。これから殺戮に赴く雰囲気は』

 

突如、ギアーズの目の前に通信ウィンドウが開かれた–映っていたのは、誰であろうリサだった。

 

『宇宙のあらゆる生命種の多様性について人の手によってこれを保全する…よくもまあそんな偽善と虚偽に塗れたデマカセを言えますねえ? リサはとってもとってもとぉっーても残念でなりませんよお』

 

ウィンドウ画面の中のリサは、大げさな身振りと手ぶりで、芝居掛かった様子で悲嘆にくれていた。

 

『偉い学者先生でも無いリサ達の本分は、こちらの勝手な都合で惑星から惑星へ殺して回ることなんですよお? これから明るく希望に満ちた未来を目指す新人さん達に、大人の汚い事情を耳当たりの良い言葉で覆い隠して教えてあげるのは先輩アークスにあるまじき行いですねえ。ダメですねえ、いけませんねえ、見過ごせませんねえ、言語同断ですねえ』

 

画面の中のリサの姿が遠去かる。恐らく戦闘支援用自立デバイスであるマグが撮影しているのだろう。

そうして映し出されたのは、破壊と殺戮の痕跡だったー多様な原生生物達が、森林の其処彼処に無残な亡骸を晒していた。

頭部を撃ち砕かれたウーダン、散弾で引き裂かれたガルフ、グレネードで爆砕されたガロンゴ、炭化するまで焼かれたアギニス、そして、一際酷い有り様の亡骸は、ロックベアだった。

有りとあらゆる種類の攻撃を加えられたであろう巨大は、自らの血に塗れ、エメラルドグリーンの体毛を朱に染め上げていた。丸太のような四肢は切り取られ、自生する木々に磔のように晒し、引き摺り出された内臓もオブジェとして装飾されていた。

リサは切り株に腰掛けていた–否、それは、切り株ではなかった。

森の王者として君臨していた筈の、ロックベアの横倒しの頭部だった。

例によって酷く損傷しており、脳髄は溢れ、目玉は飛び出し、牙は残らず砕け散っている。

 

『これこそがアークスの本性でありお仕事です。余計な幻想は今の内にポイッてしちゃって下さい。ではではではでは、リサはもう少し、いやもっとたくさんたくさんたーくさん殺しまくりますので。ああ、たまりませんねえ、楽しいですねえ、愉快ですねえ、痛快ですねえ、至福ですねえ…」

 

凶暴的な悦楽に浸る事を隠そうともせず、リサはうっとりと目を細め、陶器のように滑らかな人工皮膚の頬を恍惚に上気させていた。

 

『それでは、待っていますよお。早くしないとリサがぜーんぶ殺し尽くしちゃいますので。ふふっ、うふふっ』

 

可愛らしく手を振ると、リサは恍惚の笑みを浮かべたまま両手にフォトンの燐光を纏い、ツインマシンガンを顕現させた。そしてカメラに背を向けると、空腹で堪らない獣のように獲物を求め、ナベリウスの木々の合間に掻き消えた−直ぐにツインマシンガン特有の高速連射音が響き、哀れな原生生物たちの断末魔が聞こえた。

そこで通信は途切れ、何とも言えぬ沈黙がキャンプシップ内に満ちた。

 

「あー…ギアーズ、お前はリサの教え子だったな?」

 

沈黙を破ったのは、手元にギアーズのパーソナルデータを表示しているキャラハンだった。その声は所在無さげで、バツが悪そうだった。

 

「俺たちはまぁ、アレとは知り合いだが…いや、多くは語るまい」

 

ぶっきらぼうなサージですら居心地が悪そうにしていた。

 

「兎に角、任務内容に変わりはない…気を付けろ、色々とな」

 

キャラハンがそう声をかけても、二人のキャストの若者は互いに無言で顔を見合わせ、どちらともなくテレプールに飛び込んだ。

フォトンの輝きと化した二人は設定された座標に向かって転送され、キャンプシップを後にした。

残されたキャラハンとサージは、まるで息を合わせたかのようにそれぞれの機体各所から盛大に排熱した。

 

「なぁ、サージ。誰に対してもリサはどーしてああなんだろうかな。俺にはよくわからんよ」

 

「俺だって知るか。そもそもあいつがクレイジーじゃない時なんて一瞬でもあったのか?」

 

サージの返しにキャラハンは黙る事で答えてから、言葉を続けた。

 

「…俺はギアーズという若いのを評価するぞ。あのリサの教え子という時点で充分だ」

 

「そいつは検定官としては不適当だが…その気持ちは分かる」

 

サージは手元のフォログラフィックウィンドウに表示されている、ギアーズの採点項目にチェックを入れた。過酷な任務に対する適格性あり、と。

 

「さて、連中はそろそろ行動を開始したところか」

 

キャラハンは気持ちを切り替え、これからアークスとしての一歩を踏み出した若者の動向をモニタリングする事に専念した。

 

 

##

 

フォトンの燐光の中から現れた二体のキャストは、しばしば目の前に広がる雄大な自然に心を奪われていた。

今、立っている大地は紛れもなく人の手を介さず作り上げられたものであり、澄んだ空気は自然の息吹そのものだ。

鬱蒼と木々が立ち並ぶ中で感じる空気はひんやりとしていて、少し湿り気を帯びている。梢から差し込む陽光は、アークスシップ内の人工的な光源と違い、大気によって減衰されたものだが、暖かく穏やかである。

小動物や虫の鳴き声、遠くの小川のせせらぎ、風に揺れる葉や枝が奏でるざわめき−どれもが人が計算して作り出したものではない。

神が存在するならば、ちょっとした気紛れでこの広大な宇宙に砂の粒手を落としたかの如くの奇跡で成り立つ豊かな自然に、しばし想いを馳せた。

 

「いやー、本物の自然は凄いな。全部が偶然の産物かぁ」

 

感慨深げに呟くバルクに、ギアーズも同意していた。

目の前の光景に心を奪われながらも、二人はそれぞれの武器を手にしていた。

ギアーズはオーダーメイドのライフルを、バルクは正式採用されている標準的なソードのひとつである、ヴィタソードを携えている。

バルクのヴィタソードは、フルサイズフレームのキャストに合わせて調整された代物であり、サイズと重量が増している。その分、フォトンアーツに頼らずとも一撃で大抵のエネミーは薙ぎ倒せるだろう。

 

『遠足気分はそこまでだ。早速、任務を開始しろ。既にこちらでも複数の動体反応を確認している』

 

そこへキャラハンからの通信が入り、視界内に投影されるガンメタルックレッドのキャストにギアーズは少々残念だった。

通常、任務中のアークスを支援するのは専門のオペレーターだが、今回は検定官が担当するようだ。密かに憧れている、ヘンリエッタがオペレーティングしてくれれば良かったのに。

しかし、気持ちを切り替え、ギアーズは視界内のレーダースクリーンに注意を払い、各種センサーで周囲を走査した。

反応から察するにウーダンである、と補助脳が自動的に得られた情報から結果を教えてくれた。

 

「三時の方向、距離300、ウーダン五頭、最短で接近中」

 

発声することなく、ギアーズはバルクに秘匿回線で手短に伝えた。バルクは無言で頷いて見せ、背部ウェポンラックに携行しているヴィタソードを手に構え、ギアーズの前に出た。

ハンターであるバルクが前衛を、レンジャーであるギアーズが後衛を担当するのが基本的な戦術だ。ギアーズはレンジャーだが銃剣の扱いにも慣れているので人並み以上に近接戦も得意だが、やはり専門職に任せる方が効率が良く安心できる。

エネミーを表す赤いターゲットマーカーが、電子化された視界内に表示されている。木々の梢に遮られて姿は直接視認できないが、充分に射程内に収まっており、少々の遮蔽物でも必中弾は望めるだろう。

ライフルを肩付けで構え、頭上の梢に銃口を擬する−人工筋肉が意識せずとも照準を微調整した。

枝葉の向こうからこちらを窺う、獰猛な生物の息遣いを感じるようだった。彼らも、その多くの経験からただの野生生物ではなくなっていた。闇雲に攻撃を仕掛ける真似はしないだろう。

つまり、此方から仕掛けなければ、彼らも穏便に済ませたいのだろう。ウーダンは知性が高く、石などを使って硬い木の実の殻を割って食べている程だ。可能であれば戦いを避けようとするのは野生としては当然である。

引き金に掛けた指先に力が加わる−ふと、これから戦いの火蓋を切ろうとしているのに、ギアーズはリサの言葉を思い出していた。

〝リサ達の本分は、こちらの勝手な都合で惑星から惑星へ殺して回ることなんですよお?〟

 

確かにその通りかもしれない。

宇宙の支配者を気取って勝手に自然環境の維持という名目で、個体数の調整という間引きを行うアークスが正しいとは言えないだろう。だが、そんな事は百も承知でこの道を志したのだ。

今更後悔も何もない。

ギアーズは、トリガーを引き絞った。

刹那、遊底が後退し、硝煙を燻らす灼けた薬莢が、排莢孔から蹴り出される。フォトンを纏った大口径高速弾が、三点バーストで撃ち出され、枝葉を切り裂いて飛翔していた。

ビシッ、と鋭く水袋を叩くような破裂音が響き、梢の合間からウーダンが落下する。

そのウーダンは胸に銃弾を喰らい、地面に叩きつけられてもなお悶えていた。ナベリウスの強靭な原生生物を多少の銃弾で即死させるのは難しい。それを証明するかのように、そのウーダンは流血しながらも身軽に立ち上がり、激昂し敵意を露わに胸を叩いてドラミングしていた。

しかしそれまでだった。

脚部ホバーにより、滑るように間合いを詰めたバルクが、上段からの袈裟斬りで瞬く間に両断していた。

フォトンアーツを使用しない通常の攻撃だ。キャストだから可能な膂力と大重量の打撃武器が繰り出すのはもはや斬撃ではなく、力任せに叩き潰すと形容すべきだろう。

肩口から真っ二つに分断されたウーダンの上半身が、内臓や血飛沫を撒き散らしながら地面を転がり、藪の中に消えた。後に残されたのは、バルクの足元で血を流しながら痙攣する下半身のみだ。

初めて意識して、生き物の命を奪ってしまった。それも、原始的だが社会性を持った動物を。人間のように、感情を持っているだろう動物を。

吐き気のような嫌悪感が込み上げてくる。ギアーズに口があれば堪らず嘔吐していただろう。だから今はキャストである事を感謝していた。

群れの仲間を殺された事で、頭上の梢から様子を窺っていた他のウーダン達が口々に威嚇する。甲高い咆哮や木々を揺らし、自分たちの縄張りへの侵入者への敵意を剥き出しにしていた。

 

「次だ、ギアーズ!」

 

 バルクの声に我に返り、ギアーズは次の標的へ狙いを定めた。

 バースト射撃により、次々と梢の合間にいたウーダン達は撃ち落され、待ち構えているバルクの大剣が一刀のもとに斬り潰していく。

 鉄塊の如き大剣が恐るべき速度で振るわれる度に哀れな野生生物たちは内臓や血飛沫、骨の破片を飛び散らせながら周囲にばらまかれる。その虐殺劇は一方的で、彼らに反撃の暇を欠片も与える事はなかった。

 当然の結果だろう。

 宇宙最先端の技術で武装した鋼の機兵が相手では、いかに強靭なナベリウス原生種といえども赤子以下だ。新人とはいえ両名ともキャストであり、訓練されたアークスである。後れを取ることなどあり得ない。

 美しい風景が一変して、酸鼻極まる屠殺場と化していた。無造作にばら撒かれた生物の部品、樹齢を重ねた木々に血飛沫がこびり付き、血生臭さと内臓に詰まっている排泄物の臭気が混ざり合い、あれだけ澄み切った空気を汚していた。

 その中に佇む両名とも返り血と肉片を浴びており、特に前衛のバルクは普段の焦げ茶色の装甲がどす黒く染まっていた。

 センサーの反応から増援が来る様子もない。これ以上の殺戮を重ねないで済んだことにギアーズは内心で安堵し、ライフルを腰部ウェポンラックに戻した。

 

「あれは群れの斥候だろうな。今日は其処彼処でアークスが狩り立てているから、あいつらも必死で安全な場所を探してるんだろう」

 

 ギアーズと同様に背部ウェポンラックに大剣を納めたバルクが、秘匿通信ではなく、肉声を発していた。

 

「僕らのやってることは正しいことなのか…何の罪もない野生動物を殺すことが」

 

ギアーズは込み上げる不快感を露わに呟いた。

 リサの言った通りだ。宇宙の支配者気取りで星から星へ資源を略奪するオラクル船団の尖兵に過ぎないのがアークスだ。

一体、それのどこが正しいのか。何億と生きるオラクルの人々の生活を支える為の惑星調査とはいえ、実際は侵略者と何ら変わらない。

オラクルは、アークスは、生きる為には他者を踏み躙り、搾取することを是とするのか−所詮、ギアーズ一人が悩んだところでこのシステム自体を変える事は出来ない。彼の悩みなど瑣末なものでしかないのが現実だが、事態に直面すれば戸惑うのも当然である。

座学で学んでいたとはいえ、生き物を殺すのは気分の良いものではなかった。

 

「今更くよくよ悩んでも仕方がねえ。承知の上でアークスを目指したんだ。嫌だったら辞めればいい。俺は理解した上で、こいつらを挽肉にした。お前は覚悟もなしに引き金を引いたのか? だったら、帰ってくれ」

 

普段と違い、今のバルクの物言いは少々乱暴だった。

補助脳が感情をある程度制御しているとはいえ、やはり戦闘による昂りは隠せないのだろう。前衛のバルクは直接、手にした武器から命を奪う感触を味わっているのだ。

 

「いや、そういう訳じゃないさ。ただ、やっぱり気分の良いものでは無いからね…」

 

「まあな……お喋りはここまでにして先を急ごう」

 

「ああ」

 

バルクに促され、ギアーズは森の奥へと進んだ。

 

##

 

暫く探索を続けたが、他の原生生物と遭遇する事はなかった。

主にバルクが全身に浴びた返り血のせいだろう。強すぎる死臭が警告となって寄せ付けないのだ。これはこれで無益な戦闘を回避できるから願ってもいない。

しかし問題なのは、この調子で探索を続けていても、目的のロックベアも警戒して出てこないのではないだろうか。

それでは任務を達成できない。考えた二人は、取り敢えず鬱蒼と木々が茂る森林から出て、見晴らしの良い川縁に出た。低地に流れる川で装甲表面を洗浄して少しでも死臭を紛らわす為だ。

インストールされている、ナベリウスの地形データを頼りに川を目指す。目的地は目と鼻の先だ。キャストの足なら数分でつく距離だろう。

 足元に転がる岩が増え、やがて細かな砂利が混じるようになってきた。周囲に観察できる植生も豊富な水源に見られるものとなり、ギアーズの周囲を飛び回る昆虫は清流でしか観察できない細い体に繊細な翅を持つ種類だ。角度によって鮮やかに色を変える硝子細工のような翅は宝石のように美しい―あのような塗装を施すとしたら、どんな塗料が必要なのだろうか、と思わず目を奪われた。

 そうして動植物を観察しながら歩いていると、やがてゴツゴツとした小高い岩場が目の前に現れたが、キャストのブースターを併用した跳躍ならひとっ飛びで越せる程度だ。これを越えれば目的地はすぐだ。聴覚センサーにも水のせせらぎが確認できる。

ギアーズは脚部のホバー機構にエネルギーを回し、一気に跳躍しようとした。

 

「待て。反応が三つある…」

 

そこをバルクが制した。言われた通り、ギアーズもレーダースクリーンに注目した。

反応が確かに三つある。しかし、表示されている光点は青であり、同じアークスである事を示していた。敵味方識別装置(IFF)により、それは間違いのない情報だ。

 

「どうしたんだい? 同じ修了試験中のアークスじゃないのかな?」

 

「静かにしろよ…ここからは秘匿通信と、ステルスモードで行動だ。ついでに敵味方識別装置(IFF)もオフラインにしろ」

 

「なんで?」

 

「いいからそうしろ。すぐにわかる」

 

釈然としないまま、ギアーズは言われた通り、機体熱量や駆動音を極限まで抑えるステルスモードに切り換え、敵味方識別装置(IFF)もオフラインにした。

バルクは、ストレージから何かを実体化させた。

 

「なんでマグなんか持ってるの? 僕たちにマグの所持認可はまだ…」

 

マグは、アークスを戦闘面で支援する高度な小型機械生命体だ。機密の塊でもある為、ある程度の経験を積んだアークスでなければ所持ライセンスが発行されない。尤も、修了試験をクリアしたアークスならば誰でも許可される程度の簡単な条件だが、二人ともまさにその試験の最中であるので、本来ならば所持を許されていない。

 

「世の中には抜け道がいくつもあるんだよ。こいつはプロダクトコードを洗浄(ロンダリング)した代物だが、それ故に機能は最低限しかない。まぁ、偵察用無人機(UAV)代わり程度の使い道しかないが、それで充分だ」

 

バルクは掌にすっぽりと収まる、自立型AIを搭載した丸い形状の愛らしい機械生命体を優しく撫でた。マグは電子音声の鳴き声をあげ、主人の愛撫に小さな体を震わせて応えた。

「よしよし。マグ太郎、これが終わったらお前の大好きなフードデバイスを沢山やるからな」

 

バルクは何事か手元のマグに指示を下した。マグは、了解の意味を込めて短く鳴くと、ふわふわと宙に浮き、忽ち周囲の風景に溶け込むように姿を消した。

 

「光学迷彩まで…僕らにはまだ使用が許可されていない装備じゃないか」

 

「言ったろう? 世の中には抜け道がいくつもあるってな」

 

バルクは大袈裟に肩を竦めて見せると、ギアーズと視界を同期(リンク)させた。

ギアーズの視界の片隅に、マグからの映像が投影されたウィンドウが表示された。丁度、二人を頭上から俯瞰しているようだ。自分の頭頂部を第三者の視点から見るのは奇妙な感覚だった。

マグは音もなく移動を開始した。映像もそれに合わせて切り替わる-目の前の岩場を超え、その先にある低地を流れる清流を目指して滑るように宙を進む。

二人が目指していた川は、まさに目と鼻の先だった。わざわざバルクがマグを偵察に出した意味を訝しみながらギアーズはウィンドウに注目する-直ぐに彼の真意が理解できた。

マグの視界に白いものが映った---いや、白ばかりではない。褐色や、青白いのもある。

一体あれは何だ、とギアーズがそれらに意識を向けた途端、ぼんやりとした色彩たちは輪郭を備え、実像を形成した。

それは裸の、若い女性達だった。色白のニューマン、褐色のヒューマン、青白いデューマンと揃いも揃って弾けるように瑞々しい肉体の持ち主達である。

彼女たちは一糸纏わぬ姿で水遊びに興じていた。装備は恐らく、圧縮情報化して脳内インプラント内に収納しているのだろう。

ギアーズは、突然の光景に絶句した。

  先程まで自分達は原生生物を血祭りに上げ、噎せ返るような血臭に塗れているというのに。何故に彼女たちは、今、このナベリウスの原生林で無防備な姿でいられるのか理解出来なかった。

 

「あ、あの人達は一体…」

 

「俺たちよりもベテランのお姉様方だろうな。あの姉ちゃん達にとって此処は大した脅威がないんだろう。だからああしてムチムチ、バインバインと呑気にキャッキャウフフ出来るのさ。それに見ろ」

 

バルクがウィンドウ内の映像にマーキングした。少し離れた場所でマグが浮遊し、主人達にいつでも警告を発せるように目を光らせていた。

 

「マグだって配置してある。いざとなったら戦闘準備はすぐ整えられる…それにしてもやっぱ生の映像はたまんねえな、オイ」

 

  マグは嘗めるように彼女たちの、艶めかしい肢体を撮影し続けている。

  揃いも揃って見事な身体つきという他なかった。アークスである以上、肉体の鍛錬は必要不可欠である為か、すらりとしていて無駄な贅肉が彼女達にはない。しかし、女性らしく丸みを帯びており、出ているところは出ているのだ。

 

「おっと。俺はこのおねーちゃんがタイプだな。色白でむちむち。いいねえ、たまらんねえ」

  

  秘匿通信で感嘆の吐息を漏らすバルクは、まるで好色な中年男性のそれである。

  マグは、そのバルクの好みのニューマン女性を中心に映している―彼女の腰の辺りまである蜂蜜色の髪は緩やかに波打ち、陽光を受けて殊更に輝いて見えた。

  その女性は三人の中では一番、肉感的だった。胸は殊更に豊満だが腰回りはしゅっと括れ、何とも言えない柔らかさを備えていそうな下腹部、肉付きの良い臀部から伸びる太腿は眩しいばかりに白くむっちりとしている。雰囲気も柔らかく、おっとりと優し気な顔立ちはギアーズの好みでもある。

 

「こっちのヒューマンのおねーちゃんも捨てがたい。恐らくファイターかもしれねえなぁ」

 

  次に映し出されたのは、褐色の肌を持つヒューマン女性だ。

  バルクの言葉通り、彼女が纏う雰囲気は前衛職に多い活発としたものであり、肩の辺りで整えられた黒髪と相まってまるで女戦士然とした端正な顔立ちである。くっきりとした鎖骨、変声前の少年のような背中、うっすらと割れた腹筋、すらりと長い手足はよく鍛え込まれ、運動量に秀でているのだろうが、やはり女性らしく胸と臀部は豊かだ。特に臀部については、羚羊のようにしなやかに鍛えられた筋肉の上に適度な脂肪がついているという、思わずふるいつきたくなるような造形をしている。

 

「このデューマンのおねーちゃんは絶対ドSだぜ。秘密のサド先生シリーズを全部観たから間違いない」

 

最後は、青白いデューマン女性だ。

 成程、確かに、彼女は少々冷淡な印象を受ける容姿をしているとギアーズも素直に同意した。背中まで真っ直ぐに伸びる白銀の髪、額から突き出た黒曜石のような短い角、切れ長で涼やかな目元、白桃色の薄い唇はやや酷薄そうな性格を現しているのかもしれない。デューマンに多く見られる青白い肌は彫刻のように滑らかであり、他の二人と比べると全体的に肉付きは薄く、仄かに肋骨のラインが浮き出て見え、それがパセティックな色気を醸し出している。種族特有の紋様に縁取られたヒップは、未成熟な少女のように控え目だが、そこから伸びる脚は驚くほど洗練されていて、太腿はギアーズの前腕部よりも細いだろう。

 三者三様の美女の映像を観賞している内に、なんだか先程までの殺伐とした気持ちは形を潜めていた。美しい清流で水浴びに興じる異性の姿が、まさかこれほどまでに心を穏やかにするものだとは思わなかった―ギアーズは、戦場で男が女を求める心情が理解できたような気がした。

 

「まぁ、思わぬ眼福なのは認めるけどさ…」

 

  視界内に送信され続ける美女の映像に心を奪われつつ、ギアーズはバルクに向き直った。

 

「当初の目的はどうするのさ? 僕らがこうしているのも逐次モニターされてるだろうし、このままじっとしている訳にもいかないんじゃないの?」

 

  当初の目的は、装甲にこびりついた血肉を落とすというものだったが、このまま映像観賞をしている訳にもいくまい。やましい気持ちは忽ち霧散し、普段の真面目なギアーズに戻り、些か親友の行動に腹立たしくなってきた。

 

「それな。勿論、分かってるさ。でもよ、ここでノコノコ出て行ったら空気読めねえし、そもそも俺たちは下手すりゃ覗き魔だ。このままじっとしているしかねえだろう?」

 

  そう答えるバルクの声は心なしか弾んでいる。

  ギアーズは助平な親友に半ば呆れ果てたが、かといって劇的な良案が思い浮かぶ訳でもない。

  暫し瞑想した後、ふと、その場に屈み、足元に生えている草を束にして毟り取り、立ち上がった。

  そして、無言で手にした草束でバルクの装甲表面を擦り始めた。

 

「おいおい。何するんだ?」

 

  ギアーズの突然の行動に、バルクは咄嗟にその手を掴んで制止させた。小さな事を気にする性質ではないが、流石に装甲に草汁やら泥を着けられればバルクと雖も気分を害される。

 

「水場が使えないなら、こうやって少しでも血肉を落とすしかないだろ? それに、水浴びするより草の汁や土で臭いが紛れるかもしれないし」

 

  バルクの手を払い、彼に構わず血肉をこそぎ落すのを再開する。

 

「やめろって。おい、やめろよ、ちょ、待て、待てったら!」

 

  再び自分の装甲を草束で擦るギアーズの手を掴み、秘匿通信で会話しているとはいえ、バルクは声を荒げる。

ギアーズの腕を掴む彼の手には先程よりも力が込められており、装甲が僅かに軋みを上げた。

 

「だったらどうするのさ? 彼女達を鑑賞するのも良いけど、僕達には任務があるのを忘れていないかい?」

 

腕を掴むバルクの手を、ギアーズは少し乱暴に振り払い、草束を握る手を改めて彼に向かって伸ばす。

 

「だあぁぁもう、お前はせっかちだな! あのねーちゃん達がいなくなってからでも問題ないだろうが!」

 

伸ばされた手をかわし、バルクは後ろに数歩下がってギアーズと距離を開けた。

先程まで無い鼻の下を伸ばしながらいかがわしい映像を共有していた仲が、今は一触即発の剣呑な雰囲気となっていた。

 

「それじゃ遅いから僕はこうして言っているんじゃないか! だいたい、覗きなんて真似は良くないよ!」

 

「うるせえ! こいつは偶然だろうが! それに俺は覗く為にマグを出したんじゃねえ! あくまで偵察の為だ!」

 

「なんで敵味方識別装置(IFF)まで切る必要があったのさ!?」

 

「同じアークスでも試験中はライバルだ! ライバルと無闇に接触しない為だ!」

 

「それは詭弁だろう?! そもそも、こんなところに来てまで君のスケベっぷりには呆れるよ!」

 

「なんだとこの野郎! てめえみてえなむっつり野郎こそ俺は鼻持ちならねえんだ! 男がエロくて何が悪い!? 堂々とスケべが好きだと言いやがれってんだ!」

 

「時と場所を弁えるべきは君だろう! こんな時にまでそんな事にうつつを抜かして! 覚悟がどうとか偉そうに言える立場なのかい!?」

 

「てめえこそウーダンの数匹を撃ったぐらいで落ち込みやがって! おめえみたいな軟弱むっつりキャストがアークスだなんて嗤わせるな!」

 

「言ったなこのどスケベ脳筋キャスト!」

 

「言ったぞこのむっつり軟弱キャスト!」

 

もはや秘匿通信ではなく、大声での応酬となり、それぞれの武器に手を伸ばすほど理性を失ってはいないが、互いに徒手空拳で構え合った。

 

「よっしゃもう我慢ならねえ! 行くぞこの野郎!」

 

「口が先ぐらいなら掛かって来ればいいだろう!」

 

言うや否や、ギアーズはノーモーションで鋭い前蹴りを放った。おまけに脚部のホバー機構を連動させて加速している。高出力の人工筋肉と厚く重たい装甲を纏った一撃は、生身であれば全身を砕ける威力があるだろう。

しかし、バルクの腹部装甲を狙った蹴りは、彼の盾のように厚い右腕部装甲に阻まれた。鋼鉄のぶつかり合う、鈍く重い衝撃音が清涼な空気の中に響いた。

 

「っ! てめえやりやがったな!」

 

防御は完璧だが、流石の重量級のコロッサスシリーズと雖もその凄まじい衝撃には足が地面から浮き、後方に数メートル程吹き飛ばされる。

態勢を大きく崩さぬよう、バルクはホバー噴射により吹き飛ばされる勢いを相殺し、更にその場で氷上の舞踏家のように回転し忽ち後方への慣性をゼロにする。

 

「もう許さねえぞおい!」

 

バルクは、両脚を肩幅程度に開いて腰を深く落とし、片手を地面に着いた。その構えはまるで相撲、若しくはセットポジションについたフットボールプレイヤーのようだ。

構えた瞬間に、既に脚部のホバー機構へは充分なエネルギーが回され、人工筋肉もバネのように力を蓄えていた。

 

「どっせい!!」

 

気合いの一声と共に力が解放される。爆発的な脚力は地面を大きく抉り、大重量のキャストの機体を前進させ、尚且つ最大出力で噴射される脚部スラスターが生み出す推力と相まって、バルクの巨体が弾丸の如き速度で地を這うように射出された。

 

「ぬぁぁ!?」

 

流石にこの一撃は正面から受け止められないとギアーズは判断していたが、予想以上に勢いが鋭く、回避が間に合わなかった。

バルクは右腕でその腰にがっぷりと組み付き、更に左手は右脚を抱え込んでいたので、ギアーズは左脚一本という不安定な姿勢へと追い込まれては強烈なタックルに対して為す術がなかった。

二人のキャストは組み合ったまま一つの鉄塊となって凄まじい勢いで転がり、身を隠していた岩場を容易く砕いて反対側に突き抜けてもなお威力は衰えなかった。

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 

組みつかれたギアーズは兎も角、バルクも自身が放った一撃が予想以上に凄まじかったので、転がりながら思わず頓狂な悲鳴を上げていた。

河原の砂利を散弾のように跳ね飛ばし、清水が緩やかに流れる川に飛沫を上げながら突入してもまだ回転運動は止まらない。

そもそも二人合わせて1トンを超す重量なのだ。普段は重力制御により地面に掛かる負荷を軽減しているとはいえ、単純な重さが変わっても質量までは変わらない。

漸く勢いが衰えたのは、川の深みに到達してからだった。回転運動が水の抵抗を受けて緩やかになり、そうして組み合ったまま二人は川底へと沈み、どちらともなく離れた。

二人は川底に立ち、互いに顔を見合わせた。周囲は流木が沈み、丈のある水草が揺らめき、川魚の群れが泳いでいる−−冷たく澄み切った水がそうさせたのか、もはや両者に闘志はなく、互いに首を横に振り、取り敢えず川辺へと歩を向けた。水中で取っ組み合う訳にもいかないだろう、という気持ちが互いにあったし、些事を理由に争い続けるのも馬鹿らしくなってしまった。

深みは水流が激しかったが、頑健なキャストだから物ともせず、のしのしと岩の転がる川底を歩き、やがて浅瀬へと至ると頭部が水面から出た。

 

「? どうしたの?」

 

しかし、前を歩くバルクが急に立ち止まると、慌ててこちらを振り向き、また深みへ戻ろうとする。

訝しんだギアーズは咄嗟に彼の腕を掴んだ。

 

「一体どうしたのさ?」

 

「やべえ、早く戻れ! いや、急いで水から出るべきか!? どっちにしてもやべえ!」

 

しどろもどろの彼の言動は要領を得ないが、川辺を見たギアーズは状況を一瞬で理解した。

そこには、果たして三人の女性がいた。言わずもがな、先程まで水浴びに興じていた美女たちである。

しかしその装いは一糸纏わぬ妖精のような姿から一変して、アークスの技術の粋を集めた戦闘装備に身を固め、それぞれの手に携えた武装から物々しい雰囲気を察した。

それぞれが、フィーリングローブ、ネイバークォーツ、エーデルゼリンといった各種族や職種に適したコスチュームに身を包んでいる−−フィーリングローブを身に纏うニューマン女性が手にする、法撃職の主武装であるロッドが、自動的に視覚補正されて鮮明に見えた。

彼女が手にするロッドに大気中のフォトンが、肉眼ではっきりと見えるほど収束されている。眩いばかりの煌めきが、フォトンの高まりとなって現れているのだ。

あれはマズイ−−警告音が脳内で鳴り響き、頭上にフォトンによる電位の急激な上昇を感知した。

刹那、鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、フォトンの雷光が二人を包んだ。

 

「「アバーーーッ!?」」

 

電子回路が焼き切れるのではないかという電撃に、二人は叫び、硬直するしかなかった。そして瞬時に発生した電気抵抗により、自然界の電撃に対してならば絶縁機能のあるPOM装甲が赤く熱せら、二人の周囲の水が沸騰し泡立つ。

 

「アバ、アババババ…」

 

暴走する電気信号により、ギアーズの人工声帯から意思とは関係なく声が漏れる。ノイズ混じりの視界は、変わらず川辺の二人の女性を捉えていた。

二人? 二人だっけ?−−混濁した意識の中に生まれた微かな疑問は、この後に起こる出来事からすれば瑣末なものだと、ギアーズは後から思い返す事になると知った。

不意に鋭い風切り音が聞こえ、何かが目の前の水面に垂直に近い角度で突入したかと思えば、次の瞬間、足元から強烈な爆発が発生していた。

 

「「グワーーーーッ!?」」

 

フルサイズフレームの重厚なキャストボディが、水柱と共に空高く吹き上げられる。宙を舞いながら、ギアーズは爆発の要因がなんであるかを目にした。

エーデルゼリンに身を包んだデューマン女性が、二人よりも高空でバレットボウを構えていた。放った矢が、恐らく爆発する弾頭を備えたシャープボマーだったのだろう。

二人はそのまま、川辺へと向かって錐揉みしながら落下していく。もはや彼らに抗う術はない。

待ち構えているのはネイバークォーツ姿のヒューマン女性だろう、と諦めにも似た境地でギアーズは予想した。

まさしくその通りであり、ナックルを両手に装備した彼女は、フォトンを込めた拳を固く握り締め、両脚を踏ん張るように開いたスタンスで上半身を大きく後方に捻って待ち構えている。

二人は、寸分違わず彼女の目の前に落下した。が、地面に到達する前に、限界まで引き絞られ放たれた弓矢の如くの一撃をギアーズは左脇腹に、返す刀でバルクは右脇腹に受けた。

真っ直ぐに落下する筈だった運動が、横方向からの衝撃によってベクトルを強引に変更され、彼らの巨体は弾丸ライナーのような低軌道を描いて吹っ飛ばされた。

直後、ギアーズは岩場を砕きながら、バルクは樹齢を重ねた巨木を薙ぎ倒しながら転がり、漸く止まった頃には川辺からかなり離れた位置にいた。

ギアーズは、ノイズ混じりの視界で空を見上げながら、やはり覗きなどするものではないと後悔し、同時にこんな調子で試験を無事に終える事が出来るのかと悩んだが、そこで彼の意識はプッツリと途切れた。

 




キャラ紹介

〝キャラハン〟
キャストのベテランアークス。
ど派手なガンメタリックレッドに塗装したシェリフシリーズが特徴。
軟派な性格であり、女性と見れば種族を問わず声をかける。
元々は警官であったが、ある理由によりアークスとなる。
ツインマシンガンの使い手であり、ヤスミノコフ8000Cを愛用している。

〝サージ〟
キャストのベテランアークス。
渋いオリーブドラブに塗装したディスタシリーズが特徴。
ぶっきらぼうな性格であり、キャラハンとは対照的に寡黙。
元々は軍人だったが、ある理由によりアークスとなる。
ランチャーの使い手であり、ヤスミノコフ4000Fを愛用している。

以下、登場しているが名前が作中で明かされていないキャラ

〝レファーニュ〟
ニューマンの女性。
ギアーズらよりも先輩だが、キャラハンらよりは下の世代。
おっとりと優しげな顔立ちと緩やかに波打つ蜂蜜色の髪が特徴。
肉感的な身体の持ち主であり、バルク曰くかなり好み。
容姿通りの性格だが、他の二人を束ねるリーダーとしての資質を備える芯の強さもある。
フォースであり、サテライトライザーを愛用している。

〝フランシスカ〟
ヒューマンの女性。
ギアーズらよりも先輩だが、キャラハンらよりも下の世代。
凛々しい顔立ちと短く整えた黒髪、褐色の肌が特徴。
アスリートのようにしなやかに鍛え上げられた肢体の持ち主。
容姿通りサバサバとした性格の姉御肌だが、レファーニュには頭が上がらない。
ファイターであり、ヘブルパニッシャーを愛用している。

〝トモエ〟
デューマンの女性。
ギアーズらよりも先輩だが、キャラハンらよりも下の世代。
涼しげな顔立ちと白銀の髪、黒曜石のような短い角、青と赤の瞳が特徴。
他の二人に比べると全体的に肉付きが薄いが、少女のように控え目なヒップから伸びる脚はすらりと長い。
バルクの評価通り、少々口数が少なく冷淡に見受けられるが、仲間や友の為に静かに闘志を燃やすタイプ。
バレットボウをメインにしたブレイバーであり、ハクミナリを愛用している。

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