星々の冒険者たち   作:oden50

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 リハビリがてらPSO2の二次創作を投稿します。
 別で執筆中の某学園ゾンビサバイバルはちょこちょこ書き進めてます。
 今はSFが書きたいので・・・


第1話

  普段、当たり前すぎて知覚する事の無い、内蔵されたストレージを読み込む微細な振動と起動音を、ギアーズは確かに感じていた。

  精緻な機構によって強化された五感は、普段はユーザビリティを考慮して必要な情報のみを得られるように設定されている。その気になれば、ギアーズはVR訓練プログラムの模擬戦終了後に於けるAAR(事後評価)での自分に対するクラスメイトの小さな呟きや、気になる女の子の毛穴まで細かに精査する事が可能だが、知りたくもない情報を片っ端から取得していたのであれば非常に日常生活が煩わしいものとなってしまう。

  だが、今のギアーズは、機械的知覚とは別に、僅かに残ったーどの程度の“自分”が残っているのかは分からないー生身が、何気無い自身の変化を感知している。

  目覚めようと意識をすると同時に、電子化された視界が目の前に広がり、自身の簡易パラメータが表示されたーバッテリー、ラジエーター、人工血液、人工筋肉、各駆動部、油圧、電子機器、生体部品、フォトンレベルといった基礎的事項が、明確に自分の状態を教えてくれる。

  ギアーズは、自分の脳の詳細なパラメータを読み込んだ。成る程、神経伝達物質のバランスが平常時よりも些か偏っている。ノルアドレナリンが普段よりも多い。

  端的に言えば、少し緊張していた。朝、目覚めたばかりだが、これからの新しい生活への記念すべき第一日目ともなれば、仕方がないだろう。心なしか人工血液を循環させるコンプレッサーの回転率が高い気がする。

  機体を固定しているメンテナンスクレイドルのロックを外し、上半身を起こす。人工筋肉とマイクロサーボモーターが滑らかに稼動し、ごく自然で生身に近い挙動だ。

  調子はすこぶる良い。クレイドルから足を下ろし、立ち上がるー脚部に内蔵されたアクティブサスペンションとショックアブソーバーが、重量500kg以上になるフルサイズフレーム(最大身長)を安定して支えた。

  本来ならばそうする必要はないのだが、ギアーズは両手を頭の上で組み、思い切り背伸びをした。肩部装甲が可動の邪魔をしないようにスライド可変し、更に生体と同等かそれ以上の動きを可能とする関節部によって、ごてごてと分厚いPOMーフォトンオーガニックメタルー製装甲に身を包んでいる機体に何気無い動きを可能としていた。

  各関節部が最大限まで伸長し、人工血液の循環率が上昇する。人工筋肉の稼働効率はトップへと至り、今にも空へと飛び上がれる程だ。

  背伸びを終えたギアーズは一通り、朝のルーティーンとしている軽い準備運動をし、パラメータに表示されない機体の調子を感覚的に把握する事にしていた。

  生体の大部分を機械化している種族であるキャストは、感覚的なものを大事にする傾向が強い。キャストという種族はロボット然とした容姿の者が多いから、理論や数値といったものに頼る唯物的な思考をしがちに思えるが、意外と生の感性を大事にするものである。

  でなければ本当に機械そのものと思われてしまい、そういった扱いをされるとキャストの人格と尊厳は大きく傷付けられる。外見は無機的だが、彼らも紛れも無い人間(ひと)であるのだから。

  今日も調子は良いー少し緊張しているのを除けば至って普段通りである。今の状態に満足したギアーズは、大きな姿見の前で自分の容姿を確認した。

  姿見には、フルサイズフレームのキャスト男性ー拡張性に優れ、バランスの良いヴァリエス系のパーツで機体が構成されたーが佇んでいた。その装甲に施されたカラーリングは白を基調としながら、赤、青、黄といったトリコロールであり、派手にならないような抑え目の配色がなされている。

  装甲のカラーリングはキャスト男性にとってはファッションのようなものであり、数少ない自己表現の手段でもある。これを怠るキャストは少ない。

  洗顔や髭を剃るといった身嗜みはキャストであるギアーズに必要ないが、装甲のワックス掛けや汚れの拭き取りといったキャスト独自の身嗜みは存在している。

  ヴァリエス系の特徴である、ゴーグルタイプのセンサーカメラや角のように見えるツインアンテナ、マスク形状の顔面部装甲に傷は一つもなく、機体の全てはフォトニックコーティングされ、工場から直送されたかのようにピカピカだ。

  今日という日に備え、キャスト専用のエステでオーバーホールとメンテナンスをしてもらったのだ。機体制御用OSと火器管制システムも最新バージョンにアップデートしており、あやとりや折り紙などの細かい作業も朝飯前だ。

  身綺麗に整えた容姿と機体の調子を確認し終えた所で、ギアーズはストレージ内に圧縮情報化されたアイテムや装備に不備がないか点検し、その内の一つを実体化させた。

  手元で淡いフォトンの輝きが現れたかと思えば、即座にアサルトライフルがギアーズの無骨な手に握られていた。

  アークスで正式採用されている基礎モデルに改良とオプションを追加したヴィタブラスターは、従来より大型化されてはいるが、ギアーズには丁度良いサイズである。

  ブルパップ式のライフルを構えると、姿見にはまさにレンジャーらしい自分の出で立ちがある。やはりキャストと言えばレンジャーだろう、というのがギアーズの考えであり、実際、高度に機械化されたキャストに向いているクラスはレンジャーやガンナーといった銃火器を扱う職種の場合が多い。

  ライフルに搭載された、電子制御された照準器と自身のFCSが連動し、視界内にターゲットサイトが表示されるー弾種、弾数、フォトン含有率、銃身温度、集弾率などのパラメータも数値で表されている。

  棹桿を引き、薬室内に弾薬が装填されていないことを確認するー真新しい武器から香るガンオイルの匂いは嫌いではない。硝煙に煤けていない銃口や錆や傷ひとつない銃床を眺めるとワクワクする。

  銃身は通常よりも長く肉厚、握把も特注品でフルサイズフレームのキャストの手に合わせて作られている。バットプレートにもサスペンションを追加しており、勿論引き金だって手を加えている。

  カスタムされた武器の感触を楽しむと、再び圧縮情報化する。その他にランチャーとガンスラッシュもデータ化して携行しているが、全ての武器をいちいち実体化させて手触りを確かめていては、今は時間が足りない。

  ギアーズは全ての支度を済ませ、自身にインストールしたアプリケーションを介して電気や戸締りをし、自動化されたスライドドアから部屋を出た。

  背後でドアが閉まると電子ロックにより施錠される。アークスシップ内の一般的な独り住まい用のマンションは、その殆どがスマート化されていた。

  ふと、隣から気配を感じた。動体センサーが反応を捕捉すると同時に、隣接する部屋のドアから僅かな空気の圧搾音が聞こえ、一人の女性が出てきた。

  大柄なギアーズと比べれば、その女性は小柄だった。ハルコタン風ー地球という星の文化で例えるなら、和風という表現だろうかーのヘッドパーツに、涼やかな目元の美人である。肩にはそれなりのブランド物の通勤バッグを掛け、黒を基調としたナビゲータードレスをかっちりと着こなす様子が、彼女の身分と職業を如実に表していた。

  そのキャストの女性は、ギアーズの存在に気づくと、にこりと笑って軽く会釈した。

 

「おはようございます」

 

  キャストらしく、合成加工された声だが、その控えめな響きは鈴の音がなる様に耳に心地よい。まさにオペレーター向きと言えた。

 

「お、おはようございます」

 

  幾らかギクシャクしながら、ギアーズは挨拶を返した。

  訓練学校を卒業し、それまでの寮生活から一転して一人暮らしをする為にこのマンションに越してきたその日から、彼はこのお隣のキャストのお姉さんが気になっていた。

  フウリンカシリーズのヘッドパーツを使用しているが、キャストの女性にとってヘッドパーツは髪型程度のものでしかなく、人工皮膚を備えた顔は十人十色で違う。

  彼女ーヘンリエッタは、ハルコタン風のフウリンカに合わせたかの様に涼やかで清楚な顔立ちをしており、粛々とした出で立ちと相まって実に様になっている。

  それがギアーズの好みにどストライクだった。

 

「これから初出頭ですか?」

 

「ええ、そうです。ちょっと緊張していますけど…」

 

  無機質な外見から判別は難しいが、ギアーズはかなりへどもどしていた。

  密かに憧れている歳上の女性と会話をするだけでも、初心なキャスト男子にはハードルが高い。

 

「訓練学校の修了試験には合格されているのでしょう? 訓練通りにやれば、実地研修も大丈夫ですよ」

 

  ヘンリエッタにそう励まされ、ギアーズは嬉しくて舞い上がりそうだった。

 

「ありがとうございます。一生懸命頑張ります!」

 

  これで貴女がオペレートしてくれならなぁーギアーズは叶いそうもない願いを、胸中で呟いた。

  ナビゲータードレスを身に付けているヘンリエッタは、まさしくアークス専属のオペレーター要員の一人であり、彼女達は任務に赴くアークスのサポートが主な仕事である。

  オペレーターとなるにはかなりの倍率の試験にパスする必要があり、優秀な人材でなければ務まらないエリートとされ、そこらの十把一からげの新人アークスよりも身分は高い。

  つまり、たまたま自分はお隣さんとなっただけであり、彼女からすれば有象無象という訳だーその事実に改めて気分が落ち込むが、歳上の綺麗なお姉さんと隣人になれただけでも幸運であり、更に会話を交わせただけでも僥倖の極みだろう。

 

「ふふ、あまり気を張りすぎない様頑張ってください。それではお先に失礼します」

 

  軽く会釈をし、ヘンリエッタはエレベーターへと向かった。

  ギアーズは、その後姿を見送りつつ、彼女のタイトスカートに包まれたヒップの動きをストレージ内に詳細に記録した。

  キャストには日常生活用のベースボディがあり、それは生体とほぼ変わらない仕様となっている。特に女性キャストのアークスは、オフの日はベースボディで過ごす場合が多く、生身の女性同様にオシャレやショッピング、食事を楽しむ事が可能だ。ヘンリエッタのように、惑星に降下して危険な原生生物と過酷な環境に身を晒すアークスでなければ、ベースボディのまま生活したり就業しているキャストも大勢いる。

  男性キャストも同様だが、アークスに所属する男性キャストの場合、ベースボディで任務から離れて日常を過ごす者もいるが、ベースボディ用の生身の顔と、キャストボディのヘッドパーツの差異に悩む事が多く、街中で見かける事は少ない。

  ギアーズもベースボディを一応所持しているが、ヴァリエス・ヘッドをそのまま挿げ替えて使用するに留めている。今更生身の顔を設定するのは恥ずかしいし、これまでもこれからもこの顔でいたいと思っていた。

  ストレージ内に記録したヘンリエッタの尻を眺めていると、視界内にコミュニケーションウィンドウが突然ポップアップされた。

  映し出されたのは、コロッサスシリーズの重厚なパーツ群で構成された機体のキャストだった。装甲は焦げ茶色の渋い色合いを基調にカラーリングされており、ギアーズとは正反対である。

 

「よお! またエロ画像でも観てるのか?」

 

  開口一番、そのキャストはギアーズの図星をついた。

 

「そ、そんな朝から観る訳ないだろ!」

 

  しどろもどろになっている様子が全てを物語っていたが、敢えて彼はその事には触れずに話を進める。

 

「まぁ、今度新しい秘蔵のエロいデータやるからよ。ちなみにお前の大好きな歳上のオペレーター系だぞ」

 

  ガハハ、と豪快に笑うキャストーバルクは、朝からギアーズをからかった。

 

「…ところで、用件はなんだい? 約束の時間にはまだ余裕があるはずだけど?」

 

  訓練学校で同期だった、この豪放磊落なバルクとは腐れ縁であり、常に連んでいた。

  他にもう一人、連んでいる仲間のキャストがいるが、実地研修が二人とは別の日である為、今日会う予定はない。

 

「俺と会う前に、お前は教官殿に挨拶にでも行った方がいいんじゃないかなぁと、思ってな」

 

  教官殿、という言葉に、ギアーズのストレージ内にはとある女性キャストの顔が浮かび上がるー途端に、コンプレッサーの回転率が高まり、ラジエーターが機体の余剰熱量を過剰に排出し始めた。見る見るうちに機体熱量は下がり、気温との差により装甲表面に結露が生じる。

  はたから見れば、まるで全身に冷や汗をかいているようだった。

 

「いや、今はちょっと出来れば教官には会いたくないんだけどなぁ・・・」

 

  ギアーズはかなりトーンの下がった声で呟いた。バルクとは個人的な通信回線で会話している為、彼との会話を声に出す事なく行なっていたので、第三者から見れば今のギアーズはフリーズしたまま全身に水滴を滴らせる不審なキャストであった。

 

「教え子が初陣だってのに顔も出さなかったら、後の方がよほど怖いと思うけどなぁ」

 

  バルクは肝をすっかり潰しているギアーズの反応を楽しむ半分、素直に忠告してもいた。

 

「…分かった。取り敢えず、教官の所に顔を出してくる。12番ゲートで待ち合わせよう」

 

「骨は拾ってやる。遅れるなよ?」

 

  そして視界内からバルクの顔が消えると、ギアーズは顔の左右に設けられた排熱孔から盛大に排気した。生身であれば深いため息だろう。

  今までの揚々とした気分から一転、ギアーズは暗澹たる思いで記念すべき一日を始めるべく、殊更に重く感じる一歩を踏み出した。

 

 #

 

  市街地を走るトランスポーターを乗り継ぎ、ギアーズはアークスの活動の窓口となっているゲートエリアに到着した。

  広大なホールには多種多様な種族のアークスの老若男女が、様々な惑星へ赴いて行く為に無数のゲートへと足早に消えて行く。此処は巨大な宇宙港のようなものであり、パブリックスペースやショップエリア、果ては遊技場などの娯楽施設も備えていた。

  街中には少ないが、此処にはギアーズのように大柄な男性キャストが大勢いる。皆経歴の差はあるだろうが、この場においては間違いなくギアーズが一番の新人だろうー人波を掻き分け、ギアーズは片隅の談話スペースへと重たい足を運んだ。

  電子化された視界が、談話スペースに置かれたテーブル席に腰掛ける、一人の女性キャストの横顔を捉え、自動的に拡大補正するー青を基調としたカラーリングのイオニアシリーズに身を固めており、無機質な赤褐色の瞳は、手元の今は珍しい紙媒体の本に向けられている。

  テーブルの上にあるのは、キャスト向けのエナジードリンク、といよりも巷では違法スレスレの合法ドラッグに近い、トリップ作用があるとも言われている怪しい添加剤だ。それが3ダースほど空になって転がっていた。

  公共の場で、しかも朝からそんなものを大量に口にする、相変わらず彼女のクレイジーな生態に、ギアーズは改めて肝を潰した。出来れば朝から会いたくないが、やはり此処はそうも言っていられない。

  ギアーズが意を決して一歩を踏み出すと同時、出し抜けに、その女性キャストは何の予備動作もなくこちらを振り向き、機械化された瞳孔が窄まる様子がつぶさに見てとれた。

  瞬間、ギアーズのコンプレッサーはメチャクチャに動き回り、人工血液の循環効率がデタラメな数値を弾き出す。指先の人工筋肉は強張り、脚部のホバー機構が勝手に作動して回れ右をしそうになるが、そこは何とか堪え、逆にホバー噴射で迅速に彼女が座るテーブルまでダッシュする。

  逆噴射により急制動を掛け、そのまま直立不動の姿勢で相対し、彼女の言葉を待つーものの数秒ほどだろうが、ギアーズにとっては堪え難い沈黙でもあった。

  その女性キャストは、自身の倍ほども上背のある、緊張した様子のギアーズを爪先からてっぺんまで一瞥すると、にこりと笑ったーしかし、機械的に口角を吊り上げただけであり、眼は相変わらず笑っていない。言い知れぬ狂気を湛えたままだ。

 

「あらあ、あらあら? おはようございます。いえ、おそようございますですかねえ…リサは待ち遠しくて待ち遠しくて昨日から貴方を待っていましたよお」

 

  その女性キャストーリサは、草臥れた表紙のハードカバーを閉じると、よっこらしょ、と椅子から立ち上がった。

  ギシィ、と昨晩からリサの大重量のキャストボディを支え続けていた椅子が安堵の軋みを立てたが、ギアーズは終始気が気ではない。

  直立不動のまま、彫像のように固まる彼の周囲を、回遊する肉食魚のようにリサが歩き回る。カツ、カツ、と彼女の硬質な金属の足音は、訓練学校時代を思い起こさせ、ギアーズの精神を苛む。

 

「なんだか少し元気なさそうですねえ? そんなことないですか? そうですか。まあ、リサとしてはどっちでも構わないんですけどねえ。勝手に話すだけですしねえ」

 

  黙っていれば可愛いのに、いざ口を開くと狂気が溢れ出てくるリサが、ギアーズは苦手であったー膨大なアークスの中でも、彼女はかなりの有名人であり、特にキャストの間では半ば伝説的な存在であった。

  彼女が通った後には屍が積み重なり、草木は焼き払われ、雑草すら生えない不毛の大地と化すまで破壊の限りが尽くされるという。誰が呼んだか知らないが、死の人造天使と渾名されていた。

  そんなリサが、何故か訓練学校で気紛れに教鞭を執り、彼女が受け持ったレンジャークラスは脱落者が続出、ギアーズを含めた数人しか修了試験に辿り着けなかった。

  彼女からすればギアーズは教え子だが、熱心に後輩指導に回るような人物ではないので常に真意は分からない。ただの暇潰し、あるいは新たな遊びの為に教壇に立ったのだろうか。

 

「緊張しているんですかあ? ダメですよう。力を抜いて、リラックス、リラックスですよお」

 

  ギアーズの背後に回ったリサは、おもむろに彼の腰部装甲に手を触れた―冷やかな彼女の指先の感触に、背筋を悪寒が這い上る。

  刹那、視界内に幾つもの警告ウィンドウがポップアップされ、けたたましいアラート音が脳内で鳴り響く。突然の出来事にギアーズは狼狽し、混乱し、まるで対応できなかった。

 

(外部からの不正アクセス?! 機体の制御システムがハッキングされている?!)

 

  視界はあっという間に様々な警告ウィンドウによって埋め尽くされていく。焦燥感が募るが、機体に搭載されているシステムはプログラム通りに主人を守るべく、電子的な防御機構を作動させる筈だ。最新のアップデートでセキュリティは強化されている。何も焦ることはない―しかし、幾重にも展開されたファイアーウォールは、障子紙程の効力も発揮せず、侵入者によって易々と突破されていく。

  あっという間にギアーズの身体の主導権は奪われ、今の彼はまさにただの操り人形と化していた。

  勿論、この侵入者は、背後に立つリサだろう。ギアーズに全く意識させる事なく、彼女は腰部装甲の下に厳重に秘匿されているメンテナンスポートを開放し、指先に備える端子を滑り込ませたのだ。

  ギアーズの身体は、彼の意志とは裏腹に、その場に膝をついた―リサがどのような表情を浮かべているのかは分らない。後方警戒センサーも当然の如くオフラインとなっており、相変わらずウィンドウがポップアップし続ける視界は狭く窮屈だ。

  腰からリサの指先が抜けるのを感じた。気配から、彼女が目の前に回ったのを察した。

 

「おやおやおや? 相変わらずの甘ちゃんぶりですねえ。リサは心底がっかりしていますよお?」

 

  今ではリサがギアーズを見下ろす格好となっていた。彼女を見上げるギアーズの視界は、ノイズ混じりで普段の半分以下の解像度まで低下していた。

 

「レンジャーが背後を取られるのは即、死を意味するんですよお? リサ、教えませんでしたっけ?」

 

  リサが身を屈めると、その顔(かんばせ)が間近に迫る―両手でギアーズの頭部を挟み込むように抱え、こつん、と彼の額部装甲に、その額を当てた。

  傍から見れば、膝をついて恭しく首を垂れる機械仕掛けの銃士に、まるで褒美の接吻を賜る鋼の姫君といった光景だが、当の本人からすれば生きた心地がしない仕打ちだった。

 

「早く実地に赴いて、たくさん殺して殺して殺して殺しまくってくださいねえ。じゃないとリサはがっかりしすぎて、貴方を後ろから撃っちゃいますから」

 

  殊更に狂気を孕んだリサの低い声音に、もうギアーズの精神は粉々になりそうだった。いったい、僕が何をしたっていうんだ?!

  身体の自由は利かず、アラート音に精神は乱れ、眼前の狂気の双眸に射竦められ、思考はもはや取り留めもなく溢れ、疾走する。

  己の無力感と絶望感に、ギアーズはこれ以上ないほど打ちひしがれていた。

 

「ふふ、びっくりしましたかあ? ごめんなさい、今のは冗談ですよお」

 

  唐突に表情を和らげると、ギアーズの頭からぱっと手を放し、リサは一歩下がった。相変わらず目は据わっているが、少しばかり悪戯っぽい表情を浮かべている。

 

 

「ひとを撃ったら怒られてしまいます。でも、撃ったことないのはひとだけなんですよねえ。どんなふうになるんでしょうねえ」

 

  細い顎に手を添え、少し考える素振りをするリサは、どうやら本気で人間を撃ってみたい様子だ。

 

「でもでも、リサは良識を持っているので、そんな事はしませんよ。安心してくださいねえ、ふふふっ」

 

  リサの口から語られる良識という言葉の意味が、ギアーズにはもはや分らなかった。良識があれば、教え子の身体をいきなりハッキングする事などしない筈なのだが。

 

「ではではではでは、用事も済みましたし、リサもぼちぼち出発します。リサもこれからナベリウスに行って、いっぱいいーっぱい撃って撃って撃ちまくって殺しまくります。ふふふっ、銃はいいですねえ。銃って本当にいいですよねえ・・・感触は残らないし、敵は踊るように倒れていく・・・なんともたまらずぞくぞくしませんかあ?

 貴方もそう思うからレンジャーを選んだんですよねえ?」

 

  恍惚とした表情で、いつの間にか実体化させたライフルを手に携え、リサはその場で無邪気な子供のようにくるくると回りだす。そうしてライフルからツインマシンガン、果てはランチャーに持ち替え、想像上の敵に狙いを定め、引き金を引く。

  勿論、アークスシップ内では武器に内蔵された安全装置が働き、決して発砲される事はないのだが、周囲の人々はリサを遠巻きに足早に去っていく。関わったらヤバイ人物であると思わせるには十分な振舞だ。

 

「まるで全てを支配している感じで・・・ああ、そんなこと話していたら早くやりたくなっちゃいましたよう」

 

  ぴたり、と唐突に止まり、リサは再び考えのわからぬ無機質な表情となり、武器を圧縮情報化してストレージ内に収納した。

 

「それじゃあ、リサは行ってきます。ごきげんよう。ごきげんよう」

 

  可愛らしく手を振り、リサは揚々と軽やかな足取りでゲートへと向かった。途端に、他のアークス達は空気を読んで彼女が歩き出すや否や立ち止まり、進路を譲った―まるでその光景は海が二つに分かれるかのように神秘的だったが、場の空気を支配しているのはリサの隠しきれないほどの凄絶な狂気だった。

  当の本人は鼻歌交じりで搭乗ゲートのアークス職員に一瞥もくれず、ナベリウス行きの定期便キャンプシップへと繋がるテレパイプに消えていった。

  同時に彼女のハッキングから解放されたギアーズは、ようやく身体の自由を取り戻したが、内部機構はめちゃめちゃに作動しており、暫くエラー処理を完了するまで動けなかった。

  ようやくシステムの再起動が終わると、全身の装甲の隙間から余剰熱量が噴き出し、ゆっくりと立ち上がる―ギアーズの足元には、自宅を出る前と同様の理由による結露のために水溜りができていた。

  まだキャンプシップにすら搭乗していないというのに、異様に疲労していた。機体ステータス上のものではなく、精神がかなり摩耗している。

  この調子で、果たして今日の実地研修は大丈夫なのだろうか―顔の横にある排熱孔から、盛大に排気した。本日二度目となる、ギアーズ独自の大きな溜め息だ。

 

「ギアーズ君」

 

  不意に背後から声を掛けられ、ギアーズは大きな機体をびくりと震わせた。この加工された合成音声はキャスト独自のものだろう。しかも女性である。

  振り返るよりも前に、後方カメラでその人物を見る。瞬間、ギアーズのシステムは再びエラーを起こし、土下座をするかのように前のめりに倒れ、膝をついた。

  大重量の金属の塊が倒れる盛大な音が周囲に轟く。道行くアークス達は何事かと足を止め、四つん這いになっている男性キャストを見たが、その傍にいる人物を目にするや否や蜘蛛の子を散らすように足早に去って行った。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

  その人物は、ただならぬ様子のギアーズを心配し、傍にしゃがみ込む。当の彼は、物凄い勢いで循環系が暴走しており、機体を熱量の損傷から保護する為の強制冷却機構が作動する始末であった。

  これは生身で例えるなら、心臓が今にも破裂しそうなばかりにでたらめに鼓動し、失禁しているようなものである。機体内部に充填された強制冷却材が化学反応を起こし、装甲表面は結露ではなく凍結すらしていた。

 

「な、na、なんde・・・」

 

  もはやエラーを起こしすぎて発声機構すらまともに動作しない。

  意を決し、軋みをあげながら、なんとか顔をその人物に向ける―そこにはリサの顔があった。

 

「アイエエエ!? リサ=サン!? リサ=サンナンデ!? コワイ! ゴボボーッ!」

 

  マッポーめいた悲鳴をあげ、ギアーズはゴキブリめいた四足歩行でその場から逃れようともがいた。傍から見れば生理的嫌悪感を想起させるような、でたらめな動きである。

 

「ちょっと、突然どうしちゃったの?!」

 

  しかしリサは、そんなギアーズを逃そうとはせず、その背に馬乗りになった。女性といえども戦闘用キャストであれば、その重量は200kgを軽く超える―普段のギアーズであればその程度の重量は造作もないのだが、今の彼の人工筋肉はまるで生まれたての小鹿のように弱々しい出力しか発揮できなかった。

  敢え無くその場に潰れてしまい、とうとう万策尽きた。ああ、僕はここで死ぬのか・・・

 

「ヤメロー! ヤメロー! ハイクは詠まないぞーっ!」

 

  精神を錯乱させ、訳のわからない言葉を口走るギアーズは、やはり先程のリサによるハッキングによる精神的ダメージを受けていた。

  キャストにとってハッキング行為とは、個人差はあれどしばしば強姦にも等しいものとされる。精神はおろか肉体すら電子的に支配してしまう為に、その行為は個人の人格と尊厳に対する直接攻撃である。

 

「ちょっと待ちなさい!? よく見なさいよ!」

 

  馬乗りになっていたリサは、ギアーズの頭部をがっしりと万力の如き力で掴むと、彼の後頭部に備わるセンサーカメラをじろりと覗き込んだ。

  幾らかの沈黙の後、ギアーズはもがくのを止め、じっとそのままの体勢でいた。

 

「まったく、失礼しちゃうわ。教官と間違えるだなんて」

 

  情けなく狼狽するギアーズに呆れ、リサによく似たキャストの女性は、やれやれと彼の背から降りた。

 

「貴方の言動は世の中の女性を敵に回したわ。似たような髪形や服装をしている女性はすべて一緒という事になるのよ」

 

  腕組みをし、地面に潰れたままのギアーズを睥睨するその眼差しは厳しい。

  様々な機能や特性を備えたパーツを任務や環境に合わせて組み換え可能なキャストは、他の種族よりも汎用性が高いの利点だが、それ故にパーツ構成が他人と被ってしまう事は珍しくない。それを気にするキャストもいるが、特に女性はその傾向が高い。

  その為、中にはベースボディをわざわざ戦闘用に改造し、他の種族の女性と同様の各種コスチュームを着用する女性キャストもいる程だ。そうなると純粋なキャストボディ程の恩恵は受けられないが、アイデンティティを確立する為には多少の扱い辛さにも目を瞑る。

 

 

「いや、まぁ、その・・・悪かったよ。ごめん」

 

  ギアーズは立ち上がり、ばつが悪そうに謝った。似たようなパーツ構成から他人と間違えられるのはキャストにとっては苦痛であり、ギアーズもその辛さは知っている。

  規格化されて製造されたパーツを使っていても、自分という存在はただ一人であり、決して工業製品の部品の一つではない。外見で判断されて辛い思いをするのは、おそらく生身の人間だってそうだろう。

 

「まったく、イオニアシリーズなんてやめようかしら・・・」

 

  髪型パーツを撫でながら、その女性キャスト―リーリャは、小さな溜め息をついた。

 

「エターナルFにでもしようかな?」

 

「いや、リーリャはその身体が似合ってる。僕のせいで変えるなんて、そんな事言わないでよ・・・」

 

  しゅん、と項垂れるギアーズは、心底から申し訳ないと思っているのだろう。大きな機体が、叱られた子犬のような雰囲気を出していた。

 

「冗談よ、冗談。キャストなら仕方がないことだもん」

 

  流石に意地悪しすぎたかと、リーリャは少し反省した。

  リーリャは確かに全身をイオニアシリーズで統一しているが、カラーリングは白みがかった藍色を基調とし、露出している人工皮膚も陶器を思わせるかのように透き通って瑞々しい。髪型パーツは烏の濡れ羽色であり、顔立ちは柔和でまだあどけない。それに澄んだ藍緑色の瞳を見れば、リサとは全くの別人であるのは容易に判別できるだろう。

  そして何よりも、リサよりもバストとヒップが大きいのが、最大の違いだろう―先程までの落ち込んだギアーズは消え失せ、ただのむっつりキャスト男子と化した彼は、この幼馴染の女性キャストの肢体をまじまじと観察していた。

 

「そういえば、バルクと待ち合わせしてるんじゃないの?」

 

  リーリャの言葉に我に返り、ギアーズはストレージ内に彼女のキャストながらも扇情的な肢体を記録するのを止めた。

 

「忘れてた! それじゃ、ナベリウスで会おう!」

 

  落ち込んでいる様子から一転して、ギアーズはいつもの調子を取り戻し、彼女と別れ、親友の待つ12番ゲートへ向かって駆け出した。

  今日という一日はまだ始まったばかりである。

 

 ♯

 

  これは、一人のアークスを通して紡がれる、星々を冒険する旅人達の物語である。

  彼らの前にはさまざまな艱難辛苦が待ち受け、やがて宇宙を巻き込む壮大な叙事詩へと至るが、それはもう避けられぬほど間近に迫っている。

  だが、彼らに巨大な運命を変えうる術はない。

  ただ、あるがままに暴力的な宇宙の真理の前に翻弄され、やがて力尽きて流されていく。

  それを知る術は、彼らにはない。

  知ったところでどうしようもないのだから。

 

 

 

 




〝人物設定〟

 ギアーズ
 主人公。年若いキャスト。
 アークスシップ17番艦〝ウィアド〟にて訓練学校を卒業し、アークスとして実地研修の地であるナベリウスへと向かう。
 根は素直で真面目、たまに妄想にふけるのは若さゆえ。平均的な男性キャストであり、どちらかといえば年上のお姉さんが好み。
 バランスのとれたヴァリエス系のパーツを使用し、極力派手にならないようなトリコロールのカラーリングが特徴。
 レンジャーを選択した瞬間から苦難の歴史が始まってしまった。


 バルク
 キャストの新人アークス。ギアーズとは同期。
 分厚い装甲と高出力を活かしたパワフルな戦い方を好む。
 豪快な性格であり、細かい事はあまり気にしない。厳つい外見と性格に反し、かなりのエロ孔明。
 重厚なコロッサス系のパーツを使用し、焦げ茶色の渋い色合いのカラーリングが特徴。
 無難にハンターを選択し、それなりに訓練学校生活は楽しんでいた。


 リーリャ
 キャストの新人アークス。ギアーズの幼馴染。もちろんレンジャー。
 イオニアシリーズを使用している為、某有名女性キャストと同一視されるのが苦手。
 カラーリングは白みがかった藍色を基調とし、顔立ちは柔和でまだあどけない。
 澄んだ藍緑色の瞳を見れば、某キャストとは全くの別人であるのは容易に判別可能。
 そして何よりもバストとヒップが大きめなのが特徴。
 イオニアシリーズの公式設定画像に近い外見。
 休日はベースボディで生活し、年頃の少女としてオシャレやショッピングを楽しんでいる。
 ギアーズよりも少しだけ年上。
 

 リサ
 クレイジーシューティングエンジェル。以下略。
 狂気を孕んだ言動と双眸からマジ(キチ)天使とファンの間で呼ばれている。
 何を狂ったのか、訓練学校でレンジャーの教官として教鞭を執り、かなりの脱落者を出した。
 公共の場で、キャスト向けの違法スレスレの合法ドラッグ入り添加剤をがぶ飲みしたり、クレイジーサイコパス感を出すために初っ端からギアーズの精神を蹂躙する。


 ヘンリエッタ
 アークスでオペレーターを務める女性キャスト。ギアーズの隣室の住人。
 憧れの年上のお姉さん枠。おそらく出来るキャリアウーマン。
 戦闘任務に就くことがないのでベースボディで勤務している。



〝用語解説〟

 ベースボディ
 キャストの日常生活用義体。
 生体とほぼ変わらない機能と構造、外観を備える。
 これはキャストの精神衛生の為、生身の人間と同様の生活を送れるよう配慮された代替施策である。
 女性キャストの使用率が高く、男性キャストは総じて低い傾向にある。
 中には戦闘用に改造し、各種族のコスチュームや装備に対応させて任務に赴く者もいる。その場合は純粋な戦闘用であるキャストボディよりも劣ってしまう。
 ベースボディへの換装は簡単であり、その為の最低限の設備は自宅に備えられる程度の大きさで済む。
 

 POM装甲
 Photon Organic Metal―直訳すると、フォトン有機金属。
 アークスとしてキャストもフォトンを扱う関係上、その働きを阻害しない特性を備えた金属で機体が製造されている。
 更にそれに有機的な働きも付与し、ナノマシンやメイト系アイテムの使用により損傷個所を迅速に修復可能。
 

 フルサイズフレーム
キャストのパーツ規格。その名の通り最大身長に合わせて作られている。
 よほど特殊な任務や用途でない限り、男性キャストのフレーム規格は概ねこれに統一されている。
 これは規格を統一することで製造ラインを圧迫しないようにという配慮と、機体の性能保持の為である。
 小型に作ればその分、キャストの特性である頑健かつ高出力の機体を維持するのが難しくなるため。
高出力を必要としないテクニック職は機体の軽量化や小型化を重視する傾向がある。

 アイテムなど
 フォトンの力により、圧縮情報化してアークスは携行する。
 コスチュームや脳内インプラントによるストレージ内に保存され、必要に応じてフォトンの燐光と共に実体化させる。
 アイテムの携行数は各人のストレージ容量に依存する為、ベテランアークスはストレージ容量を拡張することが多い。


 ハッキング
 キャストにとっては強姦にも等しい行為。
 了解を得ずにキャストに電子的に接続し、そのシステムに干渉するのは素手で脳や心臓をこねくり回すのと同義である。
 これをされると、キャストは大きく人格と尊厳を傷つけられる。

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