ウルスラグナが廃工場の中を破壊しながらイリヤを探していると、ふと重く威圧感を放っている扉が彼の視界の中に入ってきた。
ーーあれか!ーー
ほぼ直感的にその扉の中にイリヤがいると感じ取ったウルスラグナは、「怪力」の権能を行使し、あれ程に威圧感を持っていた重い扉を一気に跳ね飛ばして中へと侵入した。
中へと侵入したウルスラグナの視界に入ってきたのは、重い扉がいとも簡単にふっとばされていることに慌てふためいている黒ずくめの男たちと、椅子に縛り付けられているイリヤだった。
ウルスラグナは、自分の中に湧いて出てくる怒りの感情を沈めながら、「神速」の権能を行使してイリヤに近づき、呆然としているイリヤを眠らせ、イリヤを椅子に縛り付けている縄を解いてから、再び「神速」の権能を行使し、廃工場の外に脱出した。
そして、ウルスラグナは一瞬で廃工場の外に移動したあと、空中に浮かびながら、権能である「破壊」を司る大猪を呼び出し、冷たい声で大猪に命令を下した。
「常勝不敗の軍神、ウルスラグナが命ず。目の前にある廃工場を破壊し尽くせ」
異世界に飛ばされてから初めて呼び出された大猪は、自分の主からの破壊の命令に喜んで嘶き、廃工場へと突進していった。
四十秒後、廃工場があった場所に残っているのは、瓦礫の山だけだった。
ふと、自分が両腕で抱えているイリヤの「うぅん……」という声を聞いたウルスラグナは、ゆっくりと空中から地面へと降りて行った。
自分を攫った人間を自分の幼馴染が皆殺しにしたと知ったならば、この心優しい少女はどう思うだろうか、と考えながら。
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イリヤは、ふと自分の意識が覚醒していくのを感じた。
ーーあれ?確か、ウルスラグナが私のことを助けに来てくれて…、あれ?その後、どうなったんだっけ?ーー
目を覚ましたイリヤの視界に入ってきたのは、自分を心配した顔で覗き込んでくる幼馴染だった。
「あれ?ウルスラグナ?なんでここに?私のことを攫った人たちはどこ?パパとママは?」
ウルスラグナは、目を覚ましてからすぐにマシンガンのように質問を浴びせかけてくる幼馴染に苦笑しながら、彼女の質問に答えていった。
「まあ、まずは落ち着け。まずは、深呼吸だ。す〜、は〜。よし、落ち着いたか?じゃあ、一つづつ答えていこう。まず、我、じゃなかった俺は、いろんな人の目撃談などをもとにして、お前の場所を割り出して、助けに来たわけだ。そこまでオーケー?ドーユーアンダスタン?」
「イエス、アイアンダスタン…(なんで英語?)」
「よし、お前を攫った人たちは、俺達が廃工場から脱出してからすぐに廃工場が壊れて、多分今頃はもう……」
「そっか……」
嘘をつくことに若干の罪悪感はあるものの、イリヤが悲しむよりはマシかと割り切って話を進めるウルスラグナ。
「切嗣さんとアイリさんには、ここに来る前に連絡をつけておいたから、もうそろそろ到着するはずだ。切嗣さんとアイリさん達が来るまでしばらく待っていよう」
「うん、分かった。」
そしてイリヤとウルスラグナは切嗣たちを待ち続けるのであった。
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しばらくして、切嗣達が到着した。
彼らは揃ってイリヤが無事な様子に安堵のため息を吐き、イリヤのもとに近づくのであった。
そして彼らが一通り再開を喜びあったあと、ウルスラグナへの質問タイムが始まった。
「どうやってこの場所がわかったんだい?」
「そりゃあもちろん自分一人で追跡し…いえ、目撃者の証言から推測をしたからです。」
「なんで一人で来ていたんだい?」
「自分一人のほうがずっと効率が良いかr…イリヤの事を考えると、待つことが出来なくなったからです。」
「どうやってイリヤを救出したんだい?」
「神速を使って一瞬で…じゃなかった、隠れながらなんとか助け出しました。」
質問は何度も何度も続き、ウルスラグナが「そうか。良くやってくれたね。ありがとう。」の言葉とともに質問攻めから開放されたのは、約三十分後だった。
質問攻め地獄のせいで若干グロッキーになりかけているウルスラグナを見ながら、切嗣の心の中には数々の疑問が広がっていた。
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ウルスラグナやイリヤなど、アイリスフィール以外の皆を家に帰らせた切嗣は、アイリスフィールに自分の疑問を打ち明けていた。
「なあ、アイリ。この現場は、少しばかりおかしいと思わないかい?」
「あら、それはどういうこと?」
「まず最初に、ウルスラグナ君は工場が勝手に崩壊したと言っていたが、工場の瓦礫のあとを見れば、これは自然な崩壊ではなく、何かが突進してできたあとのようなんだ。」
「次に、ウルスラグナ君は黒ずくめの男たちから隠れながら侵入したと言っていたが、それはありえないんだ。」
「どういうこと?」
「黒ずくめの男たちが所属している組織、黒の組織は、索敵の魔術を得意とするものが多くてね。廃工場内に侵入者が来たとなれば、すぐに発見されてしまうはずなんだ。なのに、彼は見つからなかった。」
「確かに。」
「そして最後だが、この廃工場からは、魔力の残滓が存在しない。おかしいと思わないかい?自分の組織の目当てであるイリヤがいなくなっているのに、探索の魔術の一つも使わないなんて。」
「つまり切嗣。あなたが言いたいのは、ーー」
「ああ。ウルスラグナ君は、魔術関係者なのではないか、と言うことだ。」
「なっ!ーーそれじゃあーー」
「ああ。絶対にあってほしくはないが、僕たちは最悪、彼と戦わなければいけないということだ。」
「ーーーーーーーーーーーーー。」
(ウルスラグナ君…君は一体何者なんだ?…)
愛娘の危険が去って一息ついたところでまた一難。今後の対応に頭を悩ませる切嗣だった。
感想にあったリクエストにお答えして、黒の組織の方々には大猪で潰れていただきました。
あと、本作品中の「黒の組織」は、某頭脳は大人で体が子供の名探偵の中に出てくるあの組織ではないですよ?