リアル的に説明するのはやっぱキツイです。
丹川視点
私のチートを端的に言えばプロ野球スピリッツで作成したある特定のオリジナル選手の能力とある程度自身の能力を同値化する能力だ。いや、より正確に言えばその動きに出来うる限り近づける事が出来る能力と言った方がいいか。
プロ野球スピリッツ(以下プロスピ)はパワプロとも一部連携しているリアル志向のプロ野球ゲームで、実際のプロの試合というものをかなり近いレベルで再現した完成度の高いゲームである。私はパワプロが好きであったがこちらはこちらで大好きで、様々な選手を作ろうと試行錯誤していた。
パワプロとの違いは例えばパワプロでは変化球は特に使っている中でも2~3球種くらいまでしか投げれないのに対し、プロスピはその選手が投げれるほぼ全ての変化球を再現している為、5~7球種位持っている事はそう珍しくない。
また、それぞれ変化球の球威(ようはキレ)や制球もそれぞれ個別に決まっており、パワプロと違って単純に変化量が大きければいいというものではないのである。
で、ここで問題なのがそう、変化球の多さである。
パワプロでは先程も述べた通り、変化球は大体2~3球種位。多くても4球種位だろう。
しかし、それに対してプロスピの変化球をそのままぶっこんでしまった場合どうなるかというと、文字通り『7色の変化球』投手が出来てしまうのだ。これはパワプロとしてなあまりに破格レベルである。最強選手を育てるにしてもここまで変化球は増やせない。
もう一つ、問題としてはある特定のオリジナル選手の性能である。
このオリジナル選手はずばり言うと私の前世の「私のつくった最強の投手」である。
よって能力は私が作ったオリジナル選手の中でも最高の性能で、大〇なんて目じゃないレベルである。
特殊能力もがっつり付けまくった苦労に苦労を重ねたエースである。
まあ尤も、廃人レベルで強いという訳では絶対に無いが。
これによってチートを使っている間はプロスピステータスが変換されてフィクションであるパワプロ選手を遥かに凌駕してなおかつそのもののステータスと化す。その結果が以下の通りである。
パワプロステータス
球速 :163km/h
コントロール :A
スタミナ :S
変化球 :スロースライダー 5、カットボール 3
SFF 6、チェンジアップ 4
超スローカーブ 5、ナックルカーブ 2
シュート 3
シンカー 4
火の玉ストレート 、ツーシームファスト
投手特殊能力 :強心臓、、不屈の魂、クイックC、ガソリンタンク、ノビA
重い球、逃げ球、対左打者B
牽制〇、尻上がり、変幻自在、リリース〇、球持ち〇
奪三振、勝ち運、キレ〇、投手威圧感、調子安定
………流石に小中時代はこれそのままではなく、その身体能力に合わせてかなり能力を落としてはいた。それでも中学で140km出せるくらいには破格レベルであり、最終的にプロになればこのステータスそのままの実力をパワプロのプロ野球で発揮されてしまうのである。
これの恐ろしさを今更ながらに確認した私は尚更このチートの封印を決断。
で、そうしたら今回のこの勝負はどうなるのかというと――――――
「カキーン!!」
乾いた音が鳴り響き、今しがたど真ん中高めに投げたストレートは勢いよく高く飛び上がり、高い柵をあっさりと越えた。
「…ホ、ホームラン!」
相手方から審判として任されていた小鷹美麗から勝敗を決定づけた一打の結果を伝える大きな声がグラウンドに響き渡った。
打った側の羽輪は何故か信じられないというような顔で呆然としている。
まあそれも当然か。何せ、今の私の球は130km/hすら出ていない。
恐らく114~119km/hそこらである。それもチェンジアップではなく純粋なストレート。
さて、もうお分かりになると思うがチートを使わない私はこの通り酷いものである。
パワプロステータス【()のステータスはチートステータス】
球速 :120(163)km/h
コントロール :F(A)
スタミナ :D(S)
変化球 :スライダー 1(スロースライダー 5)(カットボール 3)
(SFF 6)(チェンジアップ 4)
(超スローカーブ 5)(ナックルカーブ 2)
(シュート 3)
(シンカー 4)
(火の玉ストレート)(ツーシームファスト)
投手特殊能力 :ランクがある特能全てE
ポーカーフェイス
(強心臓)(不屈の魂)(クイックC)(ガソリンタンク)(ノビA)
(重い球)(逃げ球)(対左打者B)
(牽制〇)(尻上がり)(変幻自在)(リリース〇)(球持ち〇)
(奪三振)(勝ち運)(キレ〇)(投手威圧感)(調子安定)
変化球はスライダーのみ。球速は無いわノビも無いわ制球も定まらないわ。とてもではないがまともな投手とは思えない能力である。対比はひどいもの。
これほどまでチートと本来の実力差はかけ離れていた。
羽輪はボールが飛んだ先を少し見送るとはっと気が付き、こちらまで駆け寄ってきた。
「よう。これで私の負け…いや勝ちだな。」
「ちょっと待て!今のは…!」
「言っておくが今の私が出来る投球はこれで精いっぱいだ。言っておくが私は絶対に手加減はしていない。」
「………」
「分かっただろう?こんな程度の投手が甲子園で通用するものか。本当の私はこんなものだったんだ…。」
私はゲームの世界に居る。しかし、世界とは非情な物で私が主人公のように1年であっさり最強クラスの実力を本当の意味で身に付ける事などは不可能なのだ。そんな所で変にリアルにするなと言いたい。高校生で160km/h出す奴がアプリの方でも出たというのに。妄想力で大半が一部プロ並みの能力に成長する高校もあるというのに。
実際、黒歴史後の中学3年からは自分なりにチート抜きで一人努力した。ひょっとしたら自分の力だけでも強いとは言えなくとも、チートでこれまで投げてきた経験を活かしてそれなりの投手位の力は身に付けられるんじゃないかと。
そんな僅かな希望もあっさり打ち砕かれた。
チートにも弱点があったのだ。『チートを使っている間、一切の野球的な成長をしない』という。
所謂このチートというのは初心者救済措置みたいなもので、これを多用する事は自らの成長を大きく阻害する行為だったのだ。
そして私は中学2年生に至るまでこれを試合から練習までフルに使っていた。当然、そうすれば私は野球選手としての成長をする事は無い。そう、身になる事は無い。
結果として私が野球選手として努力してきた分は中学3年の頃にチート抜きで練習した半年分しかない。
もっともこれまでの練習全てが無駄であったという訳では無い。あくまでもチートで成長しないのは野球の実力だけで、身体的能力は鍛えれば身に付く。そもそも、チートには前提条件があり『最低限、その力を発揮する上で身体的能力を要する』。
例えば球速を出す為には肩がある程度強くなくてはならないし、足を速くする為には足腰の部分を鍛えなければならない。身長、というより足が長ければより良い。チートはその身体能力で最も最良な動きを、出来うる限りで勝手にしてくれるのだ。ちなみにどの程度まで、というのも自分の意思で決められる。
故にトレーニングはチート能力を持っているとしてもそれを引き出す為に不可欠な行動なのだ。
尤も、例えチートが参照する以上の能力もまた、発揮できない。つまりチートで発揮できる私のコントロールの最高はAまで。Sになる事は無い。球速も最高163km/hまで。スタミナは…最高のSなので大して問題無い。
自力でそこそこのスタミナとメジャーなスライダーを習得する位は出来た。しかし、未だにノーコンで軟投派もビックリな球速。メンタルも正直、弱い事は自覚している。
これだけの課題を私は3、4年でどれだけの努力をすれば改善出来るのか、そもそもそんな途方もない努力を楽してきただけのこの軟弱な精神でこなす事が出来るのか。私は半年という時を掛けてその答に諦めという判断を下した。
チートを使ってきた罰が当たったのだ。そもそも、後で考えてみればこのチートが何時までも使えるとは限らない。このチートが何らかの形で消滅するような事があれば私はそれだけで詰む。
であるならば今気づいたのが不幸中の幸いと言った所だろう。プロに入ってからでは遥かに遅い。
羽輪の横を通りすぎて帰ろうとする私だったが、羽輪は右肩を掴み、
「待ってくれ!」
と声を荒げて引き留めようとする。
一体何だというのか。この程度の投球しか出来ないような投手に用があるとはとても思えない。
背後を見せたまま羽輪に聞いた。
「どうした?勝負には私が勝ったんだ。そもそも、今の私に期待出来る事なんてなにも無い。私なぞ、居ても居なくても問題ないだろう?現に今、私自身がそれを…」
「………それでも、お前がこの野球部に必要なんだ。それにそんな寂しそうな仏頂面をしているお前を放っておけない!」
この仏頂面は元からなんだが。場面が場面だからそう見えたかもしれんが。
次には何か何処となく同情しているような顔をしている太刀川が近寄ってきた。何故そんな目で私を見るのか?
「そうだったんだね…君も私と同じで、しかももう取り返しのつかない所まで行っちゃってたんだね………」
「………一体何の話」「君の肩だよ。中学2年から投げれなくなったのって、それが理由なんでしょ?噂だと確か中学の頃、いつも熱心に練習するのに、2年生のある日挙動不審になって部活を早帰りした頃から練習に出なくなってそれっきり野球を止めたって。………君が出なくなったのは肩を壊してしまったんじゃないかな?」
ああ………それ多分今までの事が黒歴史化した日だわ。部活に出るのが怖くなってそれ以降出れなくなってしまったんだよな。
しかし、肩を壊したと誤解されるとは………いや、ある意味帳尻を合わせるには好都合か。話に乗っかっておくとしよう。
「…気づかれてしまったか。ああ、私はもうまともな球を投げる事が殆ど出来ない。もうあれで精いっぱいだったんだ。」
「そんな…それでいいのかよ!それで野球を!」
「出来ないものは出来ないんだ。あれから私はあらゆる野球のセンスを失ってしまった。野手としても守備は覚束ない。バットもまるで真芯を捕らえる事すらままならない。走りもやらない間に大きく衰えてしまった。投手としての才能が私を支える全ての才能に結び付いていたんだ。」
「なんてことだべ…。」
嘘だけど。ぶっちゃけ投手出来なくても内野手出来るでしょって言われたら困るからこんな方便付けただけだし。後、君矢部に似ているね。まあ矢部ーズなんて沢山いるからわけわからん事になってるけど。
無論、この行いは私の良心を大きく傷つけた。だけどまるで才能が無いのは事実であるし、こんな奴が惰性で野球部にいても足を引っ張るだけだろう。未練こそあるが彼女らには自分達の野球をしてもらいたい。それが私の純たる願いだ。
ふと、足を動かすと足元に落ちている何かに当たった。野球ボールだ。練習中に回収していない物がそこらへんに転がっていたのだろう。
私は特に深く考える事なく左手で落ちているボールを持つとそのままの腕で目に付いた遠くのボール籠に投げ込んだ。
ボールは我ながら良いコントロールでボール籠にすっと入った。内心ガッツポーズを決めているとふと回りが悲しい雰囲気から驚いたような顔に変わっていた。一体何に驚いているのかと思った瞬間、
「丹川先輩、左でも投げれるんッスか!?」
「ん?あ、ああ…私は両手利きだからね。」
「「「えっ!?」」」
そう、現実において私の数少ない自慢出来る事、それは両手利きである事だ。どうやらパワプロ世界でもそれは共通していたようでどちらでも器用に同じようにこなせる。お陰で右打席でも左打席でも自由に打てる…なんて思っていた事もある位だ。まあチートにおいては対象となった選手が右利きだったため、発揮される事は無かったが。
それに何やら閃いたように太刀川が迫ってこう話しかけてきた。
「丹川君!私に提案があるんだけど、聞いてくれる?」
「て、提案?」
非常に嫌な予感がしたが太刀川の言葉は止まる事無く、
「左投手として、うちでやってくれないかな!」
折角の逃げ場をつぶされてしまう事となった。
プロスピ2015ではパワプロ2014の選手を引っ張ってこれるけど、逆ならどうなるんだろうというほんの考えだけで出来たのがこの小説です。