虚偽のエース   作:戦国宰相

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エースの面影も今は無く

パワプロ君視点

 

 

 

聖ジャスミン学園。ここは転校する事になった俺、羽輪布留が今年から通う学校だ。

 

元は女子校だったらしいけど、去年から共学になったらしく、俺も前の校長先生の「超高校級の選手がいる」という話に騙されてここに転校してしまった。

 

そんな2年間通う高校の情報すらまともに調べる事の無かった程の間抜けだった野球馬鹿。そんな俺の夢は甲子園優勝。そしてプロ野球選手になる事だ。

 

しかし、後輩に当たる野球ファンの川星ほむらちゃんにここは野球部すらない事を聞かされて愕然とした。

 

それでも諦めきれない俺は一人の女の子、そしてほむらちゃんにある天才ピッチャーがこの学園にいるという噂を聞き、まず野球部設立の為にスカウト活動に乗り出す事にした。

 

矢部田亜希子ちゃん、ほむらちゃん、そして数少ない男の子?の小山雅君にマネージャーの猫塚かりんちゃんを取りあえず集める事に成功し、さらに時間を掛けて太刀川広巳と小鷹美麗、ちーちゃんこと美藤千尋をスカウトする事に成功!所属していたソフトボール部には悪い思いをさせてしまったけど、こちらとしても甲子園を目指すには妥協できない。後日、形だけでも謝りに行った。

 

みよちゃんこと大空 美代子も何やかんやで興味を持ってもらえたようで野球部に入ってくれた。

 

これで一先ず7人が集まり、後最低でも1人。ここで矢部田ちゃんが知り合いの底野尾前子ちゃんを紹介してくれたお陰で一応野球部としての体制は整った。

 

しかし、投手である太刀川は女性投手としては140kmにもなる重い速球や3種の変化球が投げれる程優秀だったけど昔の度重なる無理な練習が祟り、肩の具合が悪いらしく、連投が出来そうにないから少なくとももう一人先発が必要になった。補欠役も怪我人が出来たときの為に出来れば欲しい。

 

一応ソフトボール部の投手も兼任しているちーちゃんもいるけど、正直太刀川程投手としては活躍出来そうなセンスは無さそうだし…。

 

正式に部活として認められたから余裕も出来た事だし、ほむらちゃんが言っていた噂の天才ピッチャーを探してみる事にした。どうやらここでは珍しい男の子だとか。………小山君も男の子なんだけど、何か男の子って感じがしないんだよなぁ…。言ったら失礼だから言わないけど。

 

 

 

 

 

 

数日後、ようやく見つける事が出来た。噂から発見までほむらちゃんには頭が上がらないな。

 

丹川道隆。やや目元の隈が気になるけど、身長は171㎝ある俺より高い様に見え、体つきそのものもやはりスポーツマンと言った服の上からでも分かる引き締まり具合だ。

 

ほむらちゃんによると中学では140km/hを超える球速と7色の多彩かつキレのある変化球に巧みな制球力の持ち主と全てにおいて高水準な右腕エースピッチャーとして数々の大会で優勝。しかも全ての試合で負けなし。完全試合達成を何度も経験しているという聞くだけでもその凄さが伝わってくる。

 

それだけの投手が居てくれれば投手の問題は解決されたも同然になる。早速放課後にスカウトしてみた。

 

「なあ、野球部に入ってくれないか?俺達と一緒に甲子園に行こうぜ!」

 

「いやだね。」

 

即答されてしまった。

 

「い、いやそんなことを言わずに…」

 

「いやと言っているんだ。私とて、部活紹介で野球部の実情は少しは把握している。人数も大していない。経験も碌に無い。そんなチームで甲子園?夢のまた夢だろう。」

 

「確かに俺達の野球部は作ったばかりの弱小だけど、皆で息を合わせて練習すればきっと…」

 

「はぁ………」

 

今度は溜息を吐かれてしまった。どうもかなり現実思考の出来る奴みたいだ。

 

こうなると説得はかなり難しそうだ。何せ急造の、それもほぼ女子による野球部で甲子園を目指そうというのだから当然と言えば当然の反応ではあるけれど…。

 

どうやったら説得が出来るか悩む俺を見て、今度は向こう側から話しかけてきた。

 

「そういう問題じゃない。今の私がチームに加わった所で話にならないと言っているんだ。」

 

「話にならない?どういう意味?」

 

「じゃあ勝負をしよう。一打席勝負。」

 

丹川はおもむろに席を立つとこう切り出してきた。

 

「私が投手。お前が打者。私がアウトを取ったらお前さんの勝ちで野球部に入っていい。お前さんがヒットを打ったらお前さんの負け。分かったか?」

 

「へ?」

 

一瞬何を言っているのか分からなかった。普通打った方が勝ちで、アウトになった方が負けじゃ…?

 

しかし、こちらの返答を待たないまま丹川は教室の扉を開けて振り向かないままこう一言告げた。

 

「手を抜いてわざとアウトになるなよ。これは勝負。そうだろう?じゃグラウンドで待ってるからな」

 

「あ、ああ…」

 

返答を聞いた丹川は困惑する俺を尻目にそのまま去って行った。正直どうしてそんな勝負をしようと言うのか。

 

そもそも、プロでも3割打てれば巧打者であるし、仮に俺が優れた打者、丹川が凡投手で本気の勝負でやったとしても7割は打ちとれるのだ。

 

「ま、まあでも完全にこっちの有利な条件の勝負じゃないッスか!正直完全試合達成投手なんてほむらじゃ打てる気がしないッス。態々こんな回りくどい真似するなんて素直じゃないッス!」

 

「そ、そうだね…。」

 

ほむらちゃんはそう言いはしたが、俺は絶対にこの勝負が丹川の野球部に入りたがらない理由に繋がっていると考えた。でなければほむらちゃんの言う通り、こんな回りくどい事はしなくてもいいはずだからだ。

 

ただその理由が勝負の意外な結果でわかる事になろうとはこの時想像もしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川星ほむら視点

 

 

 

 

私達野球部は今、グラウンドの外側に立っていたッス。

 

その視線はマウンドに立つ丹川先輩、そして打席に立つ羽輪先輩に向けられていたッス。

 

一応キャッチャーと審判の両方を務める小鷹先輩も既にキャッチャーミットを構えて真剣な表情を見せているッス。

 

丹川先輩は気だるげな表情を隠そうともしないものの、投球フォームを確認し、投げる姿勢を少なくとも見せているッス。

 

正直な所、あの丹川先輩の投球を見られるという事で内心興奮を抑えがたいッス。太刀川先輩も少なからず注目、というか憧れていたらしく、目を輝かせているッス。

 

何せ、小学生の頃から剛速球で同年代の野球少年を圧倒し、中学生の時点ではプロ顔負けの多彩かつキレのある変化球を身に付け、制球も非常に安定し、全体的に完成度の高さを見せた将来のエースプロ野球選手候補としてスカウトの間ですら知られたという所謂若きレジェンドッス。

 

それでいてチーム打順でも常に上位打線、俊足巧打の打者として活躍した二刀流候補でもあるッス。正直、漫画の世界の主人公みたいッスが、事実記録としてしっかり残っているッス。

 

一方で羽輪先輩も野球一筋で生きてきたらしく、外野手として能力は勿論、打者としても全体的に優れた実力の持ち主である事は一緒に練習した時に把握してるッス。流し方向にも強い打球が打てる広角打法打者で、はっきり言って私達の中では一番上手いッス。

 

ただ、丹川先輩程名は知られてないッス…。まあ差がありすぎて比べる方がおかしいッスけど。

 

さて情報整理もそこそこに、二人の対決を見守るッス。

 

まず、丹川先輩が投げる数々の変化球で一番脅威と言えるのがキレ、落ち具合共にヤバイ『SFF』ッス。

 

フォークよりもストレートに近い球速で投げ込まれて一瞬で真下に大きく落ちる為、三振要警戒の決め球ッス。

 

次にやや遅めで大きくキレて曲がる『スロースライダー』。これも厄介で、ただキレてるだけじゃなく通常のスライダーよりもやや遅いせいでタイミングを崩されやすいッス。一部のメジャー行きのプロやサブマリン投手も主な変化球として使っている事で有名ッス。

 

最後にこれはこれでヤバイのが『超スローカーブ』ッス。超、と付いているようにスローカーブよりもさらに遅い変化球で、その球速差はストレートと比べて何と50~60km/h差にもなる強烈な緩急がつく魔球ッス。

 

そして何と言っても一番の武器が中学2年頃には既に到達していたという140km/h越えの『ストレート』ッス!

 

高校2年生の今なら恐らく150km/hにも到達していても可笑しくない、ノビも併せ持った剛速球…。

 

まさにプロ顔負けッス。羽輪先輩には負けて欲しくは無いッスけど、こればかりは打ち返せるビジョンが浮かばないししょうがないと思うッス。

 

こんな投手が何でここで燻ぶっていたのかは謎ッスけど…これだけの人が仲間になるのは頼もしい事ッス。フッフフー!

 

私は最早丹川先輩に対して野球部に入ったも同然の思いだったッス。流石にあの条件を出して手加減しようというのは余りにかっこ悪いッス。

 

 

「さて、それじゃ投げ始めるぞ。用意はいいか?」

 

「ああ、全力で行くぞ!」

 

 

二人が勝負の準備を完了した事を伝え合うと丹川先輩がゆっくりと投球姿勢に入るッス。

 

大きく振りかぶりその剛腕から投げられるのは剛速球かそれともキレッキレの変化球か―――!!

 

 

 

 

ややヘロヘロ気味ながら真っすぐに投げられたボールがキャッチャーミットに入る。………あれ?思っていたより明らかに球速もノビも無くないッスか?しかも真ん中に近いややインロー気味のストレート。え、これチェンジアップじゃないんッスか?

 

流石の羽輪先輩も逆方向で予想外の球に唖然としてるッス…。

 

「ス、ストライク!」

 

小鷹先輩ですら厳しい球が来ると構えていた所にこんな酷い球が来るのが予想外だったらしく、少し間を置いてストライクを宣言するッス。

 

持っていたスピードガンに計測されているのはたった114km/h。

 

中学生1年時代のレベルじゃないッスか…。しかしこんな球を投げたというのに丹川先輩は平然として次の球を投げる準備をしているッス…。

 

次の投球では丹川先輩はアウトローにキレッキレで大きく曲がるスライダーを!………投げなかったッス。

 

投げたのは大して変化しないしキレもまるで無いただのスライダーッス。これはストライクコースに入らずアウトローのボールに。球速104km/h。

 

どういう事だろうと思ったッス。この人は丹川道隆という名の別人なのでは、とすら感じさせる余りに稚拙な投球。ストレートは球速もノビも無い。変化球はキレも変化もしない。

 

そのまま続けて3球目、4球目と投げるもどちらもボール球。投げたのはストレートとスライダーのみッス。

 

あの多彩な変化球もスライダーのみと何処へやら。制球も定まらず。

 

結局追い込まれた形からストライクを取りに行った5球目の真ん中高めのストレートを思い切り羽輪先輩に打ち返されて柵越えのホームランとなり、決着。

 

かつてのエースは見る影もなかったッス………。

 

 

 




次回の主人公視点にてそのチートの謎の全貌が明らかに。

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