自宅警備員で時給5000円の職場があるらしい。   作:秋ピザ

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三倍の執筆時間を使ったので、二倍の長さです。
そして今回、無駄に色々仕込んでみました……
主に半ニートの趣味を。
そんなわけで、長めのお話をどぞ。
なおタイトルは適当です。


引きこもり、人の二面性を目撃する

 知らない天丼だ、って一度は言ってみたいって誰かが言いました。

 しかし俺さんは言いました。

 このくだらないテンプレは、俺が変える!と。

 なので気絶して目が覚めたもののなんとなく目を瞑っている俺は、あえてテンプレを破壊しようと思う。

 なんかよく分からんベッドに寝かされている感覚があるから、とりあえず半回転してベッドに手を突いて起き上が………れない。

 どうやらこのベッドに使われているマットレスは相当にふかふかとかそんなレベルのもんじゃないらしいな。

 良いだろう、これでもどんな状態、状況であってもベッドから起き上がることに関しては兄貴や妹にも負けたことがないんでね。

 引きこもりの本気、見せてやんよっ!

 俺はうつぶせになった状態から右に向かって連続で寝返りをうって落ちようとする。

 ベッドからの落下による衝撃はそれなりに痛いが、まぁテンプレを壊すためなんだからいいよね、ちょっとくらい自滅と言うか自爆しても。

 

「そこはテンプレを守れよ、引きこもり」

 

 ………が、しかし。

 俺の決死のテンプレ破壊作戦は突如としてベッドに突き立てられた何者か(聞こえた声を頼りに考えるなら、多分女)の腕によって妨害されてしまう。

 これでは寝返りが打てないぜ、チクショウ。

 

「そうか、それならテンプレを守ってやろうじゃないか。知らない天井(てんい)だなぁ、え?」

 

天井(てんい)ってなんだ?」

 

 知らん、天丼と天井の間に生まれた子供か何かじゃないですかね。

 そんなことを考えつつも、ひとまず落ち着いて逆に寝返りをうち、手の突き立てられていない方から逃げ出そうとしてみる。

 口ではテンプレの道を歩んでしまったが、しかしまだテンプレを破壊する術はある。

 このまま一度も目を開けず、最初に天井以外の場所を見ればいいのだ。

 そうすればテンプレなど………ん?

 逆回転したらもう片方にもなにか俺の寝返りを邪魔する何かがあるんですが。

 

「あ、言い忘れてたけどさー、今お前は私に押し倒されるような格好になってるぞ?」

 

「は?」

 

「有り体にいうと今からお前を社会的に抹殺する」

 

「それじゃ俺は今すぐにそれを回避しようじゃないか」

 

 どうやら寝ている間に押し倒されちゃったらしいね、俺。

 寝ているだけでヒロイン攻略するとかどこのラノベ主人公だっつーの。

 今時ラノベの主人公でもここまでサクサク攻略しないが。

 あ、もしかしたら寝ている間に俺の裏人格が目覚めて夜な夜な異能バトルを展開していたりするのか?

 だったら寝ているだけでおにゃのこを攻略出来るわけだね、ひゃっはー。

 

「まぁ聞けよ、社会的に抹殺したあとのお前は私の世話……具体的には飯作ったり風呂の世話したり名義貸したりするだけで生きていけるようにしてやる。時給5000円でな」

 

「そんなバイトが引きこもりに出来るとでも?」

 

「だったら私の姉貴に『痩せ型で身長が高くてヒモの才能があって明らかに社会不適合でモテなさそうな若い男』として紹介するぞ?結婚相手的な意味で」

 

「ハッ、残念だったな!俺はこれでも中学を中3の3月で辞めてからずっと引き込もっているクズだぜ!どんな奴だって俺なんかと結婚したがる奴が……」

 

 俺がそこまで言ったところで、女は無駄に堂々とこう言った。

 

「ふん、残念だが私の姉貴は22の時すでに周りがみんな結婚していたのに一人だけ独身だったせいでストライクゾーンが太平洋並みで多くのクズ人間に何度も寄生されて捨てられたクセにまだ懲りないどころかヤンデレ属性まで得た怪物だぜ?その程度じゃ足りねぇよ」

 

「そんじゃ生粋のマザコンって点は?」

 

「どんくらいよ?」

 

「今でも数日おきに添い寝してもらってますが?」

 

 俺はとりあえず超正直に答えてみる。

 というかいまだ顔を見ていないこの女の姉が怖いんですが。

 引きこもり9年生の23歳児でもまだストライクゾーンとかどんだけよ。

 

「ハハハハハ!その程度かよ!片腹、いや両腹いてぇな!」

 

「ダニィ!?」

 

 そんなことを考えながら適当な返答をし、女が衝撃の真実ゥ!を明かすのを待った。

 きっとあれだな、多分過去にその姉はマザコンどころかガチペド&踵フェチを同時に患ったレベルの変態とでも付き合ったとかくらいのもんだろうよ。

「むしろストライクゾーンド真ん中を突き抜ける200km/hストレートだぜ!」

 

 ……と、思っていた時期が俺にもありました。

 どうやら現代はマザコンであることが結婚に有利な条件になる時代らしい。

 

「ついでに言うと私的にお前は引きこもり仲間で学歴が近くて身長が高くて便利そうで言うことに従ってくれそうだから72点くらいだな」

 

「すげぇどうでもいいわ!」

 

「そして72点の男よ、私は今からお前を社会的に抹殺する」

 

「話の繋がりが見えないんですけど!?」

 

「フッ……これでも業界じゃ異次元の魔術師と呼ばれてるんだぜ?」

 

「なんの業界だよそれ!?」

 

「経済界ならぬKY界だな」

 

 KYとか古いだろ。

 つーか空気の読めなさで言うとかつて厨二病患者でやたら国語の得意なクラスメイトに【理奪う断絶の魔王】とか呼ばれた俺はなんなんですかね?

 ちなみにその厨二ネームを意訳すると、『話の流れと勢いとペースとムードその他諸々ぶっ壊してかっさらってまったく違う話に塗り替える様はまさに魔王』ということだったりする。

 

「それじゃあえて冷静に聞くわ。この状況で社会的に抹殺する手段って?予想はついてるけど」

 

「そりゃもう、片方のみ合意のS○Xですがなにか?」

 

「いやそっちかよ!?てかそれ完全にレ○プだろそれ!?」

 

「知ってるか?性犯罪で女に訴えられたら余程の証拠がない限り女が勝つという現実を」

 

 えぇ知ってますよ、そりゃもうものすごく知ってますよ。

 前に強姦で訴えられて危うく人生がポックリ逝きかけちゃった(ただし中卒引きこもりというのは社会的に復帰出来ないからほぼ死んでいるが)人間だからね!

 いやまぁ、俺は現在完全に童貞ですけどね?

 それはともかく。

 

「なんてこったい、こうなったらお前からの評価が下がるであろう俺の本性を晒してやるぜ!」

 

「いまだに軽度の厨二病患者でファーストキスの相手が母親、二人目が大型犬、三人目が小学校からの幼馴染みの男ってことか?」

 

「なんで知ってるんだテメェ……場合によっちゃ容赦しねぇぞ……」

 

「いや、なんか普通にググったらお前の名前とかと一緒に出たわ。なんか面白い経歴なのな」

「いや面白いじゃ済まないやつあるよな!?」

 

「私としてはこれくらいロクでもない経歴があった方が好きだから問題はない」

 

 あらやだ可愛い……いきなりストレートに好きとか言われると勘違いしちゃうね。

 どうせ今のはlike的な好きでしょうけどね。でも引きこもりはそこで勘違いする生き物なんです。だって引きこもりだもの。

 

「それに、私なんてお前よりもっとロクでもない経歴とか色々あるんだ。その程度入門編にもならねぇっての」

 

 って、この俺でまだマシとかお前はどんだけ酷い経歴持ってんだよ!?

 俺がそんなツッコミを入れようとしたとき、不意に体を固定していた女の腕が何故か俺の頭を掴む。

 

「まぁ、そういうわけだから気にせず天井のシミでも探してろよ。その間に抹殺するから」

 

「呑気にシミ探してる場合じゃねぇよなそれ」

 

「大丈夫、社会的に死んでも金には困らせない」

 

「なんというか別の意味で困るんですけど!?」

 

「よいではないかよいではないか」

 

「全然よくねぇ!誰か助けて!」

 

「ところがギッチョン、この家にはここに入れる人間は私を含めて3人しかいないのさ。物理的問題でな!」

 

 物理的問題って何ですかね?

 まぁいいや、とりあえずヤバいことだけ理解した。23年守ってきたものがピンチである可能性も。

 ちくせう、この8年引きこもりだから割とマジで魔法使い名乗れる歳まで童貞だと思っていたんですがね?

 ひとまず逃げようと身をよじってみるが、頭を完全に抑えられているので非常に動きにくい。

 その上、辛うじて動く下半身を動かしてみてもそっちは足で抑えられているのでそれはそれで動けない。

 

 万事休す。詰みました負けました投了!

 もはや俺に出来ることなんて体を動かさずに出来ることしかないですよ。

 ………それこそ、今頃になって目を開けるとかね?

 いきなり社会的に抹殺されるのはなんとも文句を言いたいところだがまだ我慢できる。というかすでに色々重なって社会的に死んでるからダメージはほぼ存在しない。

 だが、それでも。

 初めてがずっと目を瞑ったままとかそんな奇特なプレイは好みじゃないんですよ。

 つーか終わってから目を開けて相手が俺より顔面偏差値の低い(なお俺は中学時代のデータで32。現在は低下中)相手だったりしたら泣きますよ?思いっきり泣いた挙句に物理言語による抗議も辞さない。

 

 よし、とりあえず覚悟を決めて、1度目を開けて顔を確認してみよう。

 割と底辺近い俺より顔面偏差値が低かったら逃げる方針で。

 俺はずっと降ろしていた瞼を上げて………さっきまでずっと閉じていたせいですぐに落ち………何度か繰り返して、ようやく瞼を上げた状態で固定する。

 そして………

 

「「うぇいやぁ!?」」

 

 目を開けた途端、実はちょっとだけ知っている人間の顔が目と鼻の先に存在していたせいで反射的に体が逃走を図り、全力で右方向に回転してしまう。

 しかし相手も俺とまったく同じ行動をとってしまったのが災いし、離れるために取ったその行動はむしろ逆効果で………

 つまりは回転しながらくんずほぐれつし、再び顔を突き合わせることとなった。

 

「え、えーっと………その………」

 

「………………」

 

 だが今度は二度目という事もあり、慌てて飛びのく訳でもなく、片やばつが悪そうに弁解し、片や完全な沈黙状態に陥るのみだった。

 うん、まぁその、あれですな。

 

「えー、夏目さん?何故にこんな状況に?」

 

「あ……あう……」

 

 なんで夏目さんが目の前に居るんですかね。非常に不思議でなりませんよ。

 というか最初に出会った時の喋り方とさっきの喋り方が明らかに違うのも気になるね。

 多重人格かってくらいに調子が違ったよ。

 

「あ、いやさっきのはなんというか、ちょっと錯乱しちゃっただけといいますか……」

 

 最初の時とも、さっきとも違う口調で必死になにかを弁解する夏目さんを可愛いなぁ……なんて思いつつ、ふと自分が居る空間に目を向けてみた。

 やたらだだっ広い部屋に、そこそこ高品質な気がする家具や、やたらと大きいテレビとP○4。

 あとは部屋の隅にはハンガーにかけられたスーツが一着。

 この感じからして実は夏目さんが俺がバイトで身の回りの世話をする相手だったり……はしないよな。

 だって夏目さんなら世話役を募集する面接を午前2時にする必要はない。というかマトモな時間に、普通の給料で普通の求人広告を出し、夏目さんの写真でも付けといたらそこそこの人数が集まるはずだ。

 と、なると誰なんだ?

 多分夏目さんなら分かるよなと考えて、俺は部屋を見渡すために離していた目を再度夏目さんに向けた。

 

「私のイメージが……折角常識人的なポジションに立てていたのに……あぁ……お先真っ暗……欝いです……」

 

「な、夏目さーん?」

 

「なんですか……チキンで奥手過ぎて寝込みを襲ったのに顔を見られた途端ビビって自滅するような私を笑うんですか……?笑えばいいですよもう……」

 

「ダメだ暗黒面に飲み込まれてる!」

 

 しかし目を向けたとき夏目さんは何か思い詰めたかのようにブツブツと呟きながら黒いオーラを辺りに撒き散らしていた。

 うわぁ、なんだこの既視感。俺はさっきこんな光景を目にしたような気がするぜ。

 というか心当たりしかねぇわ。

 これはどう考えてもさっきのお母さんと同じパターン、つまりこのあと……

 

「……そうだ死んでしまいましょう」

 

「スタァァァァップ!死んじゃダメですからね!?というかなんでこの家自殺までのプロセスがいやに短いの!?呪われてんの!?」

 

「あは……そうですよね……私みたいなチキン性犯罪者は誰にも知られぬままひっそりと……」

 

 何故だ、何故そうなる。

 そんな疑問を抱えつつも、ひとまず俺は夏目さんを落ち着かせようと説得を試みる。

 

「いやそうじゃなくて、というか夏目さんが死んだら困る人が結構居るでしょう、例えばお母さんとか、ジジイとか」

 

「あんなストレス製造マシンどもはむしろ死ね……」

 

 しかしダメだ。例に出した二人がストレス発生装置過ぎて夏目さんに嫌われてる。

 いや確かにジジイがあれなら納得だし、お母さんがあれなら納得こそしないが理解は出来るけどさ。

 ただ、そうなるともう例に挙げられるのが一番便りにならないものしかない。

 

「そ、それじゃ……」

 

「どうせ思い付く訳ありませんよ……」

 

「……じゃ、じゃあ俺とか?」

 

 その名も俺。

 この回答をしてどうにかなるなんてことはありえないが、やらないよりはマシだろう。

 いや、俺が悲しむなんてこと、どうでも良いだろうけどさ。

 でも70億いる人類の中に数人くらいはそんな人が存在してもおかしくはないだろう。

 だからそれに賭けるのさ。

 

「……ひとつ聞きますけど、私が死んだらどうします?」

 

「新たなトラウマになってしばらくの間家から一歩も出られなくなる」

 

「じゃあ自殺やめるので抱いてくださいって言ったら」

 

「…………」

 

「というか彼氏居ない歴=年齢なまま死ぬのは辛いので」

 

「それなら俺に言う必要はないでしょうが!合コンに行って適当に釣れ!」

 

 ……あれ?なんか意外と自殺を止めてる。

 というか自然に死ぬまでの期間の引き延ばしに成功してるぜ!

 やったよ母さん!俺は人の命を延命したんだ!

 

「いや、私に男が釣れるとでもお思いで?」

 

 俺はそんな謎の感動に浸りながら、ひとまず延命したこの命を無駄にさせちゃダメだよな、と思って最適な回答を考える。

 俺の知る限り最高の女たらしならどんな言葉を叩き出すか。

 確か相手に自信を持たせ、徐々に自分が居ないと自信が出ないようにする、とか言ってたし、この状況じゃ最適だな。

 まぁその女たらしは兄貴だけど。

 

「大丈夫、夏目さんは文句なしに美……ってあれ?」

 

「きゅう……」

 

 ……が、しかし。

 俺がそこそこ悩んで出した言葉は、自信を付けさせる筈が意識を奪ってしまったようだ。

 それも最初のイメージぶち壊しな可愛らしい声とセットで。

 ……いやぁ、なんなんですかねこの状況。

 目覚めたらなんか適当感が漂う声でとんでもないことを言われて。

 逃げられないと分かって眼を開けたら夏目さんで、しかもなんかイメージが違う。

 そんでもって気付いたら夏目さん気絶しちゃったよ。

 もはや理解不能なんてレベルを通り越したね。

 もう笑うしかないや。

 あはは……

 

 俺がそんな末期的な思考に陥り始めたころ、部屋に設置されていたドアを蹴破るような音が聞こえてきた。

 具体的には擬音にするとバシィン!とかになりそうな感じのそれ。

 ……一体誰なんだ?

 少し警戒して夏目さんを床に置き、ドアから死角になる気がする位置に移動する。

 ドアを蹴破って入ってくるようなやつだ。ロクな奴ではないに違いない。

 それこそさっきのジジイとか、それっぽい奴とか。

 

「おい開けろ夏目ー。お前が片付けをするからって珍しく私が買い物なんてしてきてやったのにおかえりなさいの一言もなしとか関係の冷えきった夫婦かよー」

 

 が、しかし、警戒を強めていたところに聞こえてきたのは、先程眼を瞑っていた間に聞いたのとほぼ同じ声。

 どうやら買い物から帰宅したようだ。

 

「まぁいいや、とにかく入るぞー」

 

 そして、声の主は少し間延びした声で入ると告げてから、またドアを蹴破り、入室した。

 

「ただいまー。プリチーチャーミーな引きこもり界のアイドル、小春ちゃんが帰りましたよー……っておい。誰だテメーは」

 

 ……なんか、面倒なことになりそうな気がするんだ。どうしてかな。

 帰りてぇ。帰りてぇよ母さん。帰って再び安心満足引きこもりライフに戻りたいよ。

 でもまぁ、ここまできてこっそり帰るのは無理そうなんだよな……

 あぁ、家に帰ったら母さんに添い寝してもらって疲れを癒さないといけないや、これは。

 

 俺は、ごく自然に目の前の面倒事の予感から眼を逸らすのであった。


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