自宅警備員で時給5000円の職場があるらしい。   作:秋ピザ

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8日も間が開きましたが、ようやく書き終えたので投稿。
主に6日間くらいは他のやつ書いてました。
とりあえず本編をどうぞ。


引きこもり、涙腺決壊五秒前

 俺、葛川次郎はこれまでの人生で数えきれないトラウマを抱えている。

 中にはトラウマというより虎馬(笑)とでも言った方がいいようなくだらないものも含まれるが、しかしたくさんのトラウマを抱えている。

 受験失敗して高校に入学できず華麗で優雅な転落人生を歩み始めた瞬間、1月の受験を終えて2月に起きた事件とそれにより起こった様々なゴタゴタなども含まれるし、古いものだと幼稚園の運動会(6月)で地味に好成績を残したのにみんな期待はずれとでも言いたげな目をしていたこととかかね。

 あの時はマジで泣いて棄権した。そんで帰って母さんにずっとしがみついて泣き続けてた。

 今思うと俺がいつまでも親離れ出来ない理由の一端はこの事件のせいかもしれない……

 閑話休題。

 

 とにかく、俺はとても多くのトラウマを心に抱えているんだ。

 踏み抜かれると精神的HPが削られて残機が減りそうになるくらい致命的な地雷と機雷と不発弾が溢れ返っているのだよ。

 だから精神的な弱点はとても多いのだが、反対にトラウマが多すぎてそれ以外はわりと精神攻撃にも耐性があったりするんだ。

 しかしだね。

 

「…………」

 

 俺という人間は気まずい沈黙及び母親的な女性に非常に弱いんだよチクショウ!

 屋敷に入って部屋に通されたまではいいさ。でもその先にあったのはただの沈黙。

 向かい合わせの状態で意味もなく黙り続ける状況。

 ……なにか話題を出せばいいって?

 ハッ、無理だね。8年ものの引きこもりをなめんな。

 それに話題を出したって意味はない。

 

「えっと、その……普段は何をされているんですか?」

 

 例えばほら、今のように相手が気を利かせて話題を出してくれたとしよう。

 そんなとき俺はどんな対応が出来るのか。

 

「その……」

 

「あ、答えにくいようでしたら……」

 

「いえ大丈夫です……普段はネットワークを通して見聞を深め、技術を身に付ける活動をしております……」

 

 まず、前に掲示板で見た【履歴書の空白をカッコよく誤魔化す方法】の通りのことを返してみた。

 正直この質問は引きこもりにとって辛いものではあるがね。しかしこの8年を無駄に色々やってきた俺に死角はない。

 ない……筈なのだが。

 

「そ、それは凄いですね!」

 

「え、えぇ……」

 

「あ、すみません一人で勝手に盛り上がって……ちょっと一回死んできます」

 

「お願いですから死なないでっ!?」

 

 どうしてかいつも会話は俺が話すのが苦手なせいでこんな流れになってしまうのだ。

 会話して、返答に失敗して、コンビニに行くような軽さで自殺させかける。

 わーいやったね、これで君も人を死に導く死神だよ!

 ……チクショウ嬉しくもなんともねぇ。てかツッコミしている瞬間でもないのに脳内のテンションを無理に上げたせいで辛くなってきた。欝い。

 

「そ、そうですよねやっぱりこんなところで死んじゃダメですよね」

 

「よかったぁ……」

 

「ちょっと海に面した崖まで行ってきます……」

 

「悪化してる!?」

 

 あぁ、もうダメだこの二人じゃ。

 早く帰ってきてよ夏目さん。このままじゃ俺は早くも自信を喪失しそうだ。

 ようやく面接に受かれる希望が見えてきたのにもうピンチ。こんな急展開見たことないね。

 

 そんなことを考えつつ、ひとまずお母さん(なんと呼べばいいか悩んだ挙げ句の選択)を椅子に戻し、俺たちは再び気まずい沈黙タイムに突入する。

 最新式の照明でそこそこ明るい部屋の中、ただただ向かい合った状態で無為に時間を浪費するだけ。

 何もせず、何も起こらない。

 何分かおきにとても短い会話をしては即座に同じ流れになって同じようにまた沈黙。

 それが何度か繰り返され、気付くと30分くらいが経過していた。

「あ、すみません、ちょっと電話してきます」

 

 流石にちょっと時間がかかりすぎだと感じたのか、お母さんが着ていた服の袖からスマホを取り出しつつ退室した。

 ……気まずい雰囲気から脱するための口実だったりしないよな?

 

「へぁ……」

 

 まぁ、ひとまずこの部屋には俺しか居なくなったんだからちょっと楽にさせてもらうとしよう。

 妙な声を上げつつ体から力を抜き、机に突っ伏してみる。

 面接においては適度な緊張も大事だが、リラックスしないと何も分からなくなって口をパクパクさせるだけに終わるって昔教えられたし、楽にしていられるなら楽にするべきだと思っているがゆえの行動である。

 もちろんお母さんとか夏目さんが戻ってきた時の対応なんて考えてないですがね?

 ただ、そんなことになってもきっと平常心を保てれば大丈夫さ。

 だから心を落ち着けるために深呼吸を……深呼吸……深……あ、しまった。

 

 今気付いたけど、部屋が広すぎるし完全に閉鎖されているに等しいから孤独感が半端じゃないぞこの状況。

 普段なら寂しくなったら母さんに膝枕してもらったり頭撫でてもらったり添い寝してもらってたから気にしてなかったけど、俺ってこんなに孤独耐性なかったのね。ちょっと我ながらショック。

 ……ってそんなこと考えている場合じゃないぞ、ただでさえ孤独耐性のない俺が無駄に広い上に閉鎖された場所に居るなんて最悪のコラボレーションじゃないか。

 こりゃもう涙腺が決壊を始めるまでも時間の問題だね。

 

 あぁまずい、なんだか頭の中に今は亡きおじいちゃんの顔が見えてきたぞ。

 というか顔なんて産まれてすぐの時しか見てないはずなのに笑いながら踊ってるおじいちゃんが見える。

 そして次におばあちゃん……は何故だかずっと笑顔だな。まぁいつも通りか。

 そして兄さん(体感で約5秒)と妹(体感で約30秒)が頭の中を通り過ぎたのちに母さんとの思い出が……

 

「って走馬灯じゃねぇかこれ!」

 

 ……なんとかかんとかセルフノリツッコミで脱したが危うく命の危機に陥るところだった。

 完全に生命の危機を感じてましたよねマイブレイン。

 聞いた話じゃ走馬灯とはつまるところ生命の危機において過去の経験から解決の方法を探ろうとする脳の動きらしいのに、今回似たようなものを見た筈なのに家族との思い出(一部重い出含む)が流れたってことはどういうことか。

 俺の記憶には命の危機を乗り切るほどの解決力がないってことさ。

 ははははは……笑えねぇ。

 その上誰も居ない部屋に独りという状況が少しずつSAN値を削ってくれていやがるよ。

 あれだね、多分もうそろそろ俺は孤独感で発狂というか錯乱あるいは号泣を始めると思うんだ。

 自分でそうなるのを認識しているのもちょっとあれだけど、これまでもたくさん泣いてきた俺だから分かる。

 すでに涙腺はちょっとギリギリのラインに到達しているし、恐らく決壊まであと20秒ほど……

 

「たーのもー……!」

 

「どうぇいやぁっ!?」

 

「からの驚いてる隙に……」

 

 しかし、今にも涙腺が決壊して泣く寸前というところで突如後方から聞くからにやる気のなさそうな声の何者かが乱入してきた。

 ……いや待て。1つ言わせろ。

 なんというかそこはお約束的に空気読んでタイミングよく入れよ。

 具体的には俺が泣き出してから入ってきて余裕のある感じでミステリアスキャラ的な感じを出すとかさ。

 うん、あと一捻りくらいが足りてないんだよなー。

 

 突然乱入してきた何者かのお陰でさっきまでのネガティヴで走馬灯さえ見るような状態から脱却した俺は、その人物に感謝するでもなくいきなり失礼なことを考えていた。

 いや、まぁ俺みたいな奴に世話されるような人間に空気読むスキルを求める方がおかし……

 

「そいやー」

 

 だが、最後まで思考する直前ですぐ後ろまで乱入者が接近してきて首に手を回し、そのまま俺の体を持ち上げるようにしてキツく締め上げる。

 ま、まずい……これは完全にそっち系の締め上げ方だ……

 

「空気……いやせめて流れ読めよこんにゃ……ろ……」

 

 そして俺は、まるでダイイングメッセージのように言葉を残し、意識を失った。

 




引きこもりは一人では生きられない。特に親とか親とか親とか親とか親とかその他身の回りの様々な人間がいないと生きていけない。
つまり他人に依存しきった人種である。
ゆえに孤独というものに対してメンタルはめっぽう弱い。
今回の次郎くんの場合は自分の認識出来る範囲内に誰も居らずその空間が閉じられていてなおかつある程度非日常的な状況においては簡単に涙腺が崩壊するほど……みたいな。

今回はちょっと繋ぎ的な話でした。
次回はひとまず目が覚めた辺りからになると思います。

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