自宅警備員で時給5000円の職場があるらしい。   作:秋ピザ

3 / 20
今回のタイトルは最近、伝説の始まりと面接の始まりって似てるよな、なんて思ったから付けました。深い意味はない。
それとこのペースでの投稿はこれで終わりです。これからは不定期ノロノロ更新に……なるかもしれない。


引きこもり、面接の始まり

 俺の前には凄まじいサイズの屋敷がある。

 そして、目の前ではなにか必死な表情で無線の先の人物と話しているスーツの女性。

 しかし彼女は時間を追うごとに表情を険しくしていき、無意識にかは知らないが壁にパンチを叩き付け始めている。

 余程イライラしているんだろうね。

 それに殴っている壁もイライラしたときに殴る用として用意されたかのようにそこだけ回りと材質が違う。

 もしかしてこの人、しょっちゅうここで壁ドン(無論、イライラしたときにやるやつ)してんのか?

 ……苦労してるなぁ。俺とは違って。

 なんたってあっしは産まれも育ちも東京の足立(治安が他に比べて悪いことで有名)、産まれてこの方熱湯にも冷水にも浸からず居心地のいいぬるま湯に浸かってきた生粋の怠け者にして親のスネかじり、プロの『可愛い息子』でありんすからねぇ。なんつって。

 まぁあれだよ?きっと目の前のこの人はこれまで何回も凄まじいストレスに悩まされてきたに違いない。つまりものすごい苦労してる。

 しかしそれを端で見ている俺はこれまでで一番苦労したのが、反抗期とか思春期とかの終盤である16~18歳頃に母親と良好な関係を保つのが大変だったくらいで、まったく苦労していない。

 というかこれまで周りにに苦労をかけさせることはあれど苦労したことがないんだよな、俺。

 逆にそれはそれで偉大と言うか、23でいまだ苦労知らずってある意味希少な属性なんじゃないかな。

 こんなに希少な俺にはきっと補正が働いて……ると良いけどなぁ。

 

 まぁそれはともかくとして、今はとりあえず目の前で続けられている壁ドン(壁パンの方が言葉としては正しい気がするけど、効果音的に考えてこっちが正しい筈)を眺めつつイライラが収まるのを待とう。

 俺は無駄に紳士だからね。こう見えてネットで紳士検定三級も取ったんだ。有効活用したことはないし実践もしてないけど……いや、正確には母さん以外にそれを実践する相手が居なかったんだけど。

 それに、俺が例え紳士でなくともこの場合は待つのが得策だろう。

 下手に話しかけたせいであの壁ドンがこっちに向かってきてジロドンになったら見れたもんじゃないしさ。

 ちなみにジロドンってのは『次郎さんがロクでもないことを言ったせいでドカンと一発喰らう』の略だ。

 恐らくだが俺は彼女の鋭いパンチを一発喰らえば確実に命はないので、ジロドンは喰らったら死ぬくらいの気持ちでいよう。

 

 あ、なんか壁ドンが止まった。やったぜ。

 ……でもなんか様子がおかしい。具体的にはさっきまで壁を殴ることで抑えていたストレスが天元突破した挙げ句に人間の限界を越えたか、あるいは眠れるもう1つの人格が目覚めちゃった的な?

 

「……すみません。しばらくお待ちいただけますか?」

 

 そんなことを考えつつ見守っていると、不意にしばらく待っていてくれと言われる。

 無論断る理由もないので軽く首を縦に振って首肯する。

 その瞬間、視界を黒い閃光が通り過ぎる。

 閃光なのに黒いというのは矛盾している気もするが、一瞬確かにそう見えた。

 完璧なスタートダッシュを極めると人間は光になれるらしい。

 ところで、まったく関係のない話だが、光になれると言うと俺はどうしてもウル○ラマンテ○ガでガタノゾ○アとの最終決戦でグリッター化したときの奴を思い浮かべてしまうんだよ。

 あー、あのスーツがもし銀色だったら『あれはなんだ!光か!?UFOか!?いや違うウルトラマソだ!』とでも叫んだに違いないのに。

 正直言ってかなり失礼だな、という自覚はありつつ、その思考を続けること三分。

 時間にルーズなことで有名なウルトラマ〇が帰っていく大体の時間が経ったその時、門の方から凄まじい爆音が響き渡った。

 いや、それはただの爆音じゃない。あまり国語能力が高くない俺が精いっぱい言葉にして表すならこうだな。

 グシャッ!ズドドドドドドボスッ…バキシィィィ………スドン!

 こんな具合になる。

 一体あの人はなにをしているんだ?気になる。非常に気になる。

 だが見に行ったら負けと言うか命に関わる気もする。

 だがあんな爆音を鳴り響かせるような行動は、これまでの俺の人生では工事現場以外に存在しないのだが。

 どういうことだ………わけがわからないよ!

 そんな俺の混乱もよそに、爆音はそれからも何回か鳴り響き、突然ピタリと止む。

 それはまるで、音を出していた何かが壊れて音が出なくなってしまったかのようにピタリと止まったが……

 すると今度は、門の方から真っ黒な車が近付いてくるのが確認できた。

 ……もしかして、車を取りに行っていたのか?

 でもってさっきの怪音は鍵が中々開かずにイライラしてドアを叩いた末の結果……だと良いんだけど。

 胸に微かな希望を抱きつつ、俺は車がこちらに来るのを待った。

 そして、数十秒ほどで車が俺の目の前に到着、その車の運転席から先程の女性が出てきて後部座席のドアを開け、そこに座っていた人物を文字通り引っ張り出した。

 

「すみません、少しばかり頭のおかしい老害を躾るのに手間取ってしまいまして」

 

「ワシは………ただ………」

 

「誰が喋って良いと、言いました?」

 

 それは、完全に白髪で髪の毛も半分くらい消失しているレベルの老人だった。

 驚くべきはその服と、髪型。

 着ている服はスーツのように見えるが、全体にまんべんなく開けられた穴が老人の渋く話しかけづらい雰囲気を別種の者へと変化させ、1つの芸術品のようになっている。きっと駅前にでも放置すれば数分ほどで青い服と帽子を纏った公務員がこぞって職場に連れていくことこと請け合いの。

 その上、そのファンキーな前衛芸術とでも言うべき髪型は一流のヘアスタイリストであっても再現できないような立体感と躍動感に溢れ、まるで爆発を表しているかのような形と相まって今にも老人の頭ごと吹っ飛んでしまうのではないかと見たものに感じさせる何かがあった。

 しかもその2つだけであっても十分個性的で印象に残るというのに、老人を踏みつける若い女性と言う構図がさらに強い印象を与えている。

 ………なんだこの老人は。

 なんか見たところの扱いがかなり酷いことについては一旦そこらに置いとくとしても、何故こんなことになっているのかが……なんか気になる。

 それに、随分と前兄貴が特注品のスーツを見せてくれたことがあるからなんとなく分かるんだが、今穴だらけになっているスーツはかなり質のいい特注品だろう。それも1着数百万とかするクラスの高級品。

 もしかしたら、そこそこの大企業の社長だったりするのか?

 そう思った俺は老人を注視して、ボロボロになった体のどこかに名前か何かがわかるようなものがないかを探す、だが見当たらない。

 

 仕方ないからちょっと予想するとしよう。

 予想の材料は3つ。

 なんとなく凄く金持ち的な雰囲気を醸し出す口髭顎髭コンビを抱えていること、年齢、そしてスーツの女性と面識がある(少なくとも面識のない老人を老害と言う人は少ない………不法侵入者って可能性もあるが)という推測。

 そこから導き出されるこの老人の身分はただ1つ………この家の主だ。

 いや、まぁその予想が正しかったら余計に疑問が膨らむんだけどね。主にボロボロにされた挙句に踏みつけられている理由とかでさ。

 考えれば考えるほど、見ている光景に疑問が溢れてきて訳が分からなくなる。

 ………だが、そんな俺の内心の混乱も露知らず、スーツの女性はこのじいさんのことは放っておく方針なのか、それとも答えるまでもないということなのか、車から引っ張り出されて地面に頭を接触させている老人を踏んで意識を失ったのを確認したあとは見向きもせず、唐突に俺がここに来た主目的である面接をこれから自分が仕切るという事実を淡々と述べる。

 

「えー、それではこのように“何故か”気絶してしまわれたこの老害に変わりまして、わたくし七原夏目がここから先の面接を取り仕切らせて頂きます」

 

 どうやら彼女は七原夏目というらしい。

 今初めて知ったが、なんか妖怪が見えたり猫型妖怪と同居してそうな名前だよな。

 とりあえず夏目さんとでも呼ぶことにしよう。

 ……まぁ、それはともかくとして、改めてこの話題を出してきたのは、つまりここからが本番だということだ。

 面接が……俺の最新にして最大の戦争(たたかい)が、今、始まる!

 

「それではまず………葛川次郎さん、あなたは引きこもり歴5年以上ですか?」

 

「うぇ?」

 

 始まる……たぶん。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。