自宅警備員で時給5000円の職場があるらしい。   作:秋ピザ

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思ったよりもたくさんの人に読んでいただけていて驚いた件。
これは………もう書くしかないね。
そんな訳で第二話です、どうぞ。


引きこもり、面接に挑戦す

 午前2時数分前。

 草木も眠る丑三つ時まであと30分と少しになったこの時間。

 この時間だと普段なら誰も居ないような、そんな住宅街の奥で葛川次郎こと俺は、自分が天職だと感じた仕事の職場を見て帰りたくなっていた。

 あれから普通に帰って、母さんに頼んで昔買ってもらったリクルートスーツを引っ張り出してアイロンをかけて、それで面接の時間を言ったら怪しいと言われ何時間か話し合いをして……その結果『面接会場の写真を写メで送る』という条件を付けられるもなんとか面接会場に辿り着いた。

 ただ、辿り着いたは良いが物凄く怪しい。

 俺が居るのは閑静な住宅街。そして目の前にある面接会場は、その中でも一際大きい大豪邸。

 正直こんな場所で面接とかプレッシャーで押し潰されそうです。死にたい。

 でもこれを逃したらもう二度とこんな仕事は無いだろうから、我慢我慢。

 俺はそう自分に言い聞かせつつ、早く面接が始まってくれないかと思って何度も何度も時計を確認する。

 1時59分。

 あと1分だ。あと1分で面接が始まってくれる。

 だが本当に俺が面接で合格できるのだろうか。

 こう見えて挙動不審さとコミュ障には定評があるし、しかもこんな都合のいい仕事なら俺以外のライバルだってたくさん……

 

「……すみません、面接希望の方ですか」

 

「あだばっ!?」

 

 考え事をしている時に話しかけられるとビックリするよね。

 俺?俺は今ビックリしすぎて転んで危うく壁に頭をぶつけて死ぬかと思った。

 つーか、何度も何度も時計を確認している挙動不審なところを見られた可能性もある。死にたい。

 

「あの、面接希望の方、ですよね?」

 

「あっはい……」

 

「ではこちらへどうぞ」

 

 しかし、突如として現れ俺に話しかけた人物はそんなことを気にしていないかのように俺を豪邸の庭に招き入れてくれた。

 どうやら今の挙動不審さは気にも留めていないようだ。

 助かったぜ。いぇい。

 つーかこんな俺に優しい対応をしてくれるなんて、貴方は神か。

 ……あ、女の人だから女神だな。ちっこいし今時ネット小説に溢れかえっている女神様みたいだわホント。

 

「あの、早く入っていただけますか?」

 

 おっと、まずいまずい。余計なことを考えていたせいでうっかり立ち止まっちまったぜ。

 俺の挙動不審さを気にも留めないこんな親切な女神様を困らせちゃいけないな。

 そういうことだからレッツゴーだぜ俺。

 開いてもらった門から、2歩くらい踏み出して豪邸に立ち入る

 何故2歩くらいかと言うと、俺の足が退化して少しずつしか進めない………って訳じゃない。

 単純に門がデカくて分厚過ぎるんだ。

 俺の歩幅はかつて挑戦した伊能忠敬ごっこによって調整され、大体平均65㎝だからこの門、いや壁か?の厚さは130㎝。

 ただ完全に65㎝ぴったりというわけでもないし、2歩よりかは少し短いくらいだから………約100㎝ってとこだな。

 100㎝、つまり1mって………うわぉ。

 確か世界最強クラスの金庫でもドアの厚さは1mを越えないのがほとんどなのに。

 マネーの力ってすげー。

 

 が、しかしいくら壁が物凄い厚さだからってそこにばかり意識を向けているわけにはいかない。

 よく考えると今俺はここに面接をしに来ているのだ。

 だから今は面接で何を話すかにのみ意識を向けて………

 

「ところで」

 

 そう思っていたところでまた不意に話しかけられる。

 今回は集中なんて微塵もしていないのでさほど驚かなかったが、こう何回もタイミングよく考え事をしている時に話しかけられるなんて、この人は人をびっくりさせるのが好きなのか?

 ………アッハイスミマセン、単純に俺が考え事多いだけデスヨネー。知ってた。知っててボケてたよ、うん。

 こんなことじゃ面接と言う名の最終戦争(ラグナロク)を乗り切ることは不可能、なんだぜ………

 

「この付近に他の面接希望者を見ましたか?」

 

「見てないですけど」

 

 とりあえずこの女性の話に集中してそつなく答えることにした。

 もちろん正直にね。

 これでも俺、夏休み明け妹に「私、太っちゃったかも………」とか聞かれたとしても事実を淡々と述べられる精神力の持ち主なんだぜ?

 妹はこんなこと言わんし体重管理がばっちりだしそもそもそんな言い方はしないけどな。

 

「えっ………」

 

 どうだこの俺の正直者力は。一切嘘のない澄んだ瞳(笑)で述べた真実は大体信じてもらえるのだ。

 おかげで目の前のこの人、驚いたような表情で………

 いやなんで驚いてんだ?

 俺がそう思った直後、彼女はスーツ(よく見るとラノベとかでありがちな執事服っぽいが、あくまでもスーツだ。多分)のポケットから無線機のようなものを取り出すと小声で誰かと会話を始め、そして10秒ほどで会話を終えると………俺の手を潰せるんじゃないかってほどに強く握り、走り出した。

 

「痛いイタイイタイ痛い!折れる!これは折れるっ!」

 

 しかし伊達に引きこもり歴が長い俺じゃない。

 そんなことをされたら手が潰れるだけでは収まらず、間違いなく退化した筋肉では耐えられず腕を痛めた上に足首を挫き、その上捻挫によってしばらく歩行不可能となってしまうのは間違いないだろう。

 何故分かるのかは聞くな。

 別に20になった時兄貴にお祝いとか言われて居酒屋に同じ手法で連れていかれて、しかもある程度酔わされてからハシゴした先がカラオケチェーンだったんだが、よく考えるとそれは合コンで気付いたら年上のお姉さん数人から電話番号とメルアドを貰っていて、しかし帰ったら電話番号なんて気にしていられないほどに全身が痛んで思わず病院に駆け込んだら腕を痛めて足首を挫き捻挫してたりはしない。

 それとその合コンの時電話番号とメルアドもらったお姉さんからちょくちょく電話とメールが届くのが怖くてしばらく自分の部屋から出られなくなったなんてこともない。

 ないったら、ない。

 ……そして今、あまりの必死な悲鳴に手を握る力が弱くなったりこっちに合わせてくれたりして少しだけキュンとしたりも、していない。

 

「すみません、後程事情はお話ししますので、今は急いでこちらに……」

 

 しかも追撃の申し訳なさそうな顔で危うく中1の時のアヤマチを再発してしまいそうになった。

 まずいまずい……あの過去は思い出すだけで死にそうになる。

 一度思考を切り替えて自分を救おう。魔法の言葉を使うぞ。

 

 閑話休題ッ!

 

 俺は自分が引っ張られている先に視線を移し、どこに向かっているのかを確かめてみる。

 しかし、そこには無駄に広い庭がただ広がっており、あと200mくらい進んだらようやく屋敷にたどり着くんじゃないかと思えるほど先は長かった。

 これってアレだよね、アニメ知識によるところのイギリスとかそっち系の庭と同じ感覚でいくと、車とか使って移動するタイプの庭だよね。

 HAHAHAHAHA。こんなところをわざわざ歩くなんて、さてはお姉さんうっかりだな。

 うっかり車を忘れているに違いない。

 だってこんな広い庭を歩いて屋敷まで行くなんて、それこそうっかりか『他の誰かが車を使っている』くらいしか思い付かないしさ。

 

「あの……自転車とか、車とかを使ったりしないんですか?」

 

 とりあえず思いきって質問してみる。

 これでも思いきって普通は聞きにくい質問をすることに関してはプロフェッショル級のスキルを持っているんだよ。

 妹が高校で少し問題を抱えてた時に家の中で唯一平然とそれを聞き出せたって伝説もあるんだぜ。

 このスキルは俺の澄みきった(笑)瞳と組み合わせることで相手の誤魔化しを封じる効果もある。

 ただし役に立たないからこんなところくらいしか使う場所がないんだ。

 ……さぁ、どう答えるんだ!

 

「はい……すみません。今は使えないんです……」

 

 しかし彼女の返答は実にあっけないものだった。

 普通に謝られた。なんか訳ありっぽい感じで普通に謝られた。

 クソっ……そんな素直に謝るなぁ!俺の母さんみたいに!俺に対して素直に謝るんじゃない!

 ちょっと母さんの姿が重なって逆らえなくなるだろうが!

 そんなことを考えつつも、俺は頭の片隅で『訳ありっぽいけどどんな理由なんだ?』という思考を回す。

 こんな広い屋敷で車を使えない理由。

 もしかして免許を持ってるドライバーさんが寝てるとか?

 あるいはここで一番寝ている最中に起こすと面倒くさいやつが少しの騒音でも目が覚めるタイプだとか?

 分からんね。まったく分からんよ。

 でもまったく訳の分からないことを考えるといい感じに時間が潰せたみたいだ。

 屋敷があと100mくらいにまで迫っていた。

 

 改めて近付いてみると分かるが、その屋敷はなんというかデカい。

 最初に見た壁も規格外の厚さを誇っていたが、この屋敷は見たところ高いところで5階まであるようだし、窓の数は数えきれない。

 まぁ、今は午前2時ということもあって電気が点いている部屋も数えるほどしかないが、きっとこの家を午後8時くらいに外から見たら恐ろしいだろうなぁ。きっと。

 ……つーかこんなデカい屋敷ってことはきっととんでもない人数が住んでるんだろうなぁ。

 あぁ、長年共に歩んできたぼっち力と言う名の戦友が俺に危険を訴えている。

 この職場は危険だ、ぼっちのお前じゃ耐えられない!

 だが俺は行くのさ。例えこの身がぼっちの業で焼き尽くされようと!

 改めて決意を固める。

 そして俺は、決意を固める最中にも腕を引っ張られてサクサクと屋敷まで接近し、気付いた時すでに屋敷に辿り付いていた。

 ……あっやべっ、なんか腹痛くなってきた。


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