あんなイベント、トリックorトリートにイタズラでカウンターするような性根の曲がった半ニートみたいな人間には合わんのですよ。
まぁそんなことしてくれる人は居ませんがね!
さて、それは置いておくとして今回のサブタイトルに違和感を覚えたあなたに朗報。
【悲報】ここからさらに波乱入ります
というかむしろここからが本番です。
クライマックスは……きっと近いはず、多分。
黒服たちが去ってから数分。
依然としてやたら広い七原邸の庭を小走り……に、走ろうとしてすぐスタミナ切れしたので諦めて闊歩している俺は、不意に周辺の雰囲気が変わったのを感じ取った。
それも世界観が突然『ご○うさ』から『ター○ミネーター』に変わったというレベルの大きな変化だ。
さっきまではまだラブコメにおけるシリアスシーン程度のシリアス度で済んでいたと言うのに、今のこの雰囲気では……シリアス度が超大作SFのヤマ場級だ。
おかしい、明らかにおかしい。
何がおかしいって、そりゃあもう全部だ。
あのジジイがシリアスを作っているにしてもここまで大きく広いシリアスオーラの展開は普通の人間には無理だ。
出来るとしたらそれこそ名状しがたい存在の方々ぐらいじゃなかろうか。
だとしたら、このシリアスな雰囲気を作っている存在が近くに居るという可能性以外はありえない、な……
「じろーさーん……こんばんわぁ……」
「お前だぁぁぁぁぁ!」
「もう……いくら私に会ったからって叫ばないでくださいよぉ……」
……居たよ。どういう訳か至近距離に接近されるまで気付かなかったけれど、居たよシリアスの元凶。
眼に光がないし足取りもおぼつかない、だけどもなにかヤバい雰囲気を纏っている。
俺はこの雰囲気を知っている。正確には、この雰囲気を生み出している属性の名を。
それは葛川次郎最大の天敵であり、母さんの次に逆らえないもの。数多の組織や人間から逃げおおせてきた俺ですら逃げられない、世界最悪の属性。
保持するだけでソイツはいくらマジメで立派な人間だろうと倫理感が少し壊れるが、その代わり実行力とスペックが上がる属性。
「すまん夏目さん!今は緊急事態なんだ!」
とにかくこればかりはまずいと、その場からの逃走を試みる。
だが、脱兎のごとく逃げようとした俺の腕をまだ一歩目すら踏み出してもいない内に掴まれ、身動きを取れなくされてしまう。
「……そんなに怖がらないでください。別に取って喰おうって訳じゃないんです」
「ハッハッハ、面白い冗談だな夏目さん。取って喰おうという目的が見え見えだぜ?」
「安心してください、ちょっとお薬を飲んでベッドに寝ているだけで良いんです。お薬も安心安全なものを使いますから」
「その言葉のどこに安心できる要素があるんだ!?」
「全体ですね」
その名も、ヤンデレ。
兄貴が攻略してきた美女美少女美幼女及びよく分からん人外系の5人に1人くらいの割合が持っているその属性を、どうやら今の夏目さんは身に付けてしまったらしい。
これは非常に由々しき問題だ。
いくら兄貴のせいで逃走力の一点においては他の追随を許さないレベルまで上り詰めた俺だが、どういう訳かヤンデレ属性を得た相手からは逃げられた試しがない。
たとえ
常人なら間違いなく死ぬような罠も、直接の攻撃も無意味。どんな障害だって愛の力とやらで乗り越えてくる。
本気で逃げようと思うのなら、異世界に行くくらいしか方法がないのではないだろうか。
それほどに恐ろしい存在なのだ。
そして今、夏目さんがその恐ろしい存在になっている………!
「お、落ち着いてくれよ夏目さん。実は………」
「大丈夫です、次郎さんは何も考えないで私に身を任せてください」
「だから話を聞いてk」
とにかく夏目さんをなんとか突破しようと説得を試みるが、しかし夏目さんは聞く耳を持たずこちらに接近して手に持っているなにかを口に突っ込もうとしてくる。
1度目はなんとかして回避することに成功したが、その程度で止まる筈はない。
とりあえず話はあとで聞くことにしたのだろう。
これだからヤンデレは嫌なんだ。話を聞こうともしない。
「もう………逃げないでくださいよ、次郎さん」
「逃げられたくなかったらとりあえず手に持ったお薬を捨ててくれるかなぁ!?」
「そうしたいところですけど、これは次郎さんのためのものですから」
それ完全に俺のためのものじゃないよね。正確には俺の(肉体の自由を奪い、既成事実を作る)ためのものだよね。
お願いだからそれだけは早く捨ててもらいたいものだよ。
この場で捕まえられてR-18的な展開にされたら母さんが危ない。
そもそもこの瞬間も母さんが無事でいる保証はどこにもないんだ。
夏目さんを突破して母さんを助け出すという目的のためならば俺自身をコストに使うのもやむを得ないが………
「………あ、もしかして心配事があるんですか?大丈夫です、私が次郎さんを守りますから。次郎さんは私だけ見て、私だけを愛してくれればいいんです」
違うそうじゃない。心配事があるということまで読み取っているのになんでそこだけ読み取れないんですかねぇ。
というかよく考えると夏目さんって残念系ではあってもここまで話を聞かないタイプの人じゃなかったはずなのに、なんでこうなってるんだ?
記憶を掘り返してみる。
夏目さんに最後に会ったのは今朝、夏目さんに侵入されてガスをまき散らされかけた時に………
あ。
まさかあの嘘がバレたのか。
ありえない、ありえない………が、しかしそんな『ありえない』すら悠々と乗り越えてくるのがヤンデレだ。
常識は通じず、話も聞いてくれないことが多く、嘘は見抜かれる。それがヤンデレ。
そしてそうなった原因が今朝俺が吐いた嘘だとしたらもうこの状況を突破する方法は1つしかない。
俺自身を生け贄に、母さんを助け出す以外に、道はない。
そう覚悟して、こういう類の人間を黙らせるために兄貴がよく使っていた台詞を口にする。
「分かった、この際俺をどうしようが構わない。煮るなり焼くなり……」
「そんな酷いことしませんよ?」
「……ものの例えだぞ理解しろ。とにかく俺を好きにしてくれて構わない。だが母さんは返せ、母さんだけは返してくれ」
どうせ捕まるのなら、確実に母さんを助けられる方を選ぼう。
母さんを救い出せるならば俺の人生程度安いものだ。
それに、今の夏目さんは俺を殺しに来ている訳じゃないから捕まったってそう悪い待遇にはならないだろうさ……多分。
とにかく、この誘拐を指示した筈のジジイを動かしたと思われる夏目さんをなんとかしてしまえばいい。
ヤンデレは嘘を吐かれることを極端に嫌うが決して嘘を吐かないというのが一般論だし、目的の為ならば他がどうなろうと気にしない特徴がある。
ゆえに最大の目的である俺を対価にすれば母さんの奪還など容易い、筈だ。
我ながら相手の特徴を利用した実に巧みな作戦だと思う。
「……ふぇ?次郎さんのお母様がどうかされたんですか?」
……だが、しかし。夏目さんの口から出たのは快諾でも拒否でも、あるいは第3の解答としての強行策でもなく……本当に何も知らないとでも言いたげな表情と共に紡がれた、その言葉だけだった。