そんなわけで第一章は残り5話ほど……になるかもしれないしならないかもしれない。
なお今回はまた一人称です。
「たっだいまー」
あぁ、愛しの我が家よ。主に価値の9割6分8厘くらいが『母さんが住んでる』だけど愛しの我が家よ。
俺は帰って来たぞ。
買い出しという任務を終え、帰宅したのだ。
正直なところ出掛けるのはあまり好きじゃないがこれで母さんの美味い飯を食えると思えば苦でもない。
そもそも商店街のじーさんばーさんたちも年月と一緒に徳を積み重ねたタイプの老人が多いからそこそこ楽しいのだがね。
……まぁあの年月と一緒にロクでもないものばかり積み重ねたあの老害どもと比べればマシですがね。
閑話休題。
さて、そんな前置きはこれくらいにしといてそろそろ家に入ろう。
母さんのことだから普段通り玄関で待っている可能性が高いし、その時は玄関で母さんに労ってもらえるだろう。
まぁ時々調理中でそれが出来ないこともあるけれど、やはり母さんにそれをやってもらえるのとやってもらえないのとでは次回へのモチベーションが変わるんだよなぁ……
具体的にはローリスクハイリターンの仕事をするときとハイリスクノーリターンなことをするときくらいモチベーションが違う。
さぁ、今回はどうだ?
俺は勢いをつけすぎないようにドアを開け、玄関に一歩足を踏み入れた。
するとそこには……
「……おかえり」
「ただいま母さん!」
母さんがいた。やった。
なんだか母さんが玄関で出迎えてくれるってだけでテンションが上がってくるもんだね。
今ならあと三回くらい商店街と家を往復できる気がする。
……いや、しないけどね?そんなことすると母さんと一緒に居られる時間が減るし、何よりちょっと疲れるからさ。
というかそんな無駄なことをするよりも、その体力を母さんを手伝うことに使った方が断然いい。
俺はそんなことを考えながら、とりあえず買ってきた野菜とかを冷蔵庫にしまおうとキッチンに移動した。
今回の買い出しで買ってきたものに腐りやすいものは少ないけれど、このままだと母さんと延々とグダグダしてしまいそうだったから念のため。
それと、その他にも1つだけ理由がある。
俺は買い物鞄の中身を全てキッチンで保存してから、リビングで休憩中だった母さんの側で床に寝転がる。
すると、母さんはどことなく嬉しそうにしながら座り直して手招き。
普段から、買い出しのあとは大抵こんなことをしているのだ。
最初の頃はただでさえ引きこもり気質なのに長いこと家から出なかったもんだから買い出しでも相当にダメージ(おもに周りからの視線による精神的なもの)を受けて帰るたびに疲れて床に転がっていた俺をみかねた母さんがしてくれていたことなのだが、それがいつしか恒例になっている。
ただ毎回俺が帰って荷物を置いたらリビングで膝枕してもらう、ただそれだけ。
それだけなのだが、それで外にことによる疲労が取れていく。
……やっぱり母さんの膝枕って癒されるんだよなぁ。
母は偉大ってやつだ。
何故か世間は二十歳越えてもこういうのをしているやつをマザコンと呼ぶがね。
だが、考えてもみてくれ。
俺のような奴をマザコンと呼ぶ奴の中に母親が好きじゃない奴は居るか?まぁある程度は居るよな、しかし大体の奴は好きだと思う。
それに全国の引きこもりにアンケートを取ってみろ。
どうやったって9割以上が母親が好きな、世間のいうマザコンだぞ。
つまり、人は元来余程のことがなければどうやってもマザコン気質から抜け出せないし、家に居る時間が長くなればなるほどその気質は高まっていくということさ。
ゆえにマザコンであることは至って普通、ノーマルかつ当たり前のことで、母さんの膝の上でうつ伏せになって脱力することもおかしいことじゃないんだ。
たとえそれが23歳無職であっても。
……その後、母さんに膝枕されること30分。
正直なところまだまだ名残惜しかったが、そろそろ夕飯を作らないと食べるのが遅くなるということで、至福の時間は終わった。
そして母さんがキッチンに行くと、俺はとりあえず先月くらいに買ってからなんだかんだでやっていない積みゲーでも消化しようと思って自分の部屋に移動しようとする。
ゲ○で一本300円だから買ってきたが、どうせクソゲーだろうな。
極稀に面白いゲームもあるが、中古300円帯のゲームにはロクなものがない。
たとえばCMだと面白そうだったゲームが300円だったので買ったら、酷すぎるクソゲーというかほぼ課金要素でドーピングしないとロクに戦えないクソゲーだったとか。
パッケージの絵で気に入ったギャルゲをなんとなく買ったらパッケージの中央に居たキャラのシナリオがないし一枚絵が無駄に大きいボリュームの割に異常に少なく、酷いときは1キャラ攻略して一枚絵0なんてのもあった。
その後パッチが出てメインヒロインらしきキャラのシナリオが追加されたはいいものの、絶妙な具合の誤字が多くて、萌える前に腹の脂肪が燃えて筋肉になりそうだった。
まぁ一応300円ゲーでそこそこ楽しめるのはあるし、メインシナリオが何故か30分で終わったクソゲー感のするRPGのクリア後専用裏ボスダンジョンのボリュームが本編全ダンジョン合計の5倍はあるし、しかもそれが12個あってストーリーも濃いとかいう明らかにバランスを間違えた名作とかもあったがね。
ただ今回買ってきたやつは恐らくクソゲーの方だろうな。
何故これを発売しようと思ったのか分からないが、『レベルを上げれば上げるほど主人公がぼっちになりみんなから嫌われる』なんて要素を搭載しているのはいかがかと思う。
最初はこれもアリかと思っていたんだが……やっぱない。
一昔前のRPGでよくあった、一定時間が経つとダンジョンに出現するやたら強い敵の代わりにレベリングすることで攻略しやすくなるけどプレイヤーの精神もいたぶるシステムは流石にクソ確定だろ。
俺はそんな期待をしながら、自室のパソコンに繋いだプレ○テ(特殊な機器を使ってテレビの代わりに使えるようにしたらしい)に件の積みゲーを読み込ませようとするが……
不意に一階から聞こえてきた嫌な音によってそれを中断する。
それは明らかにたくさんの食器が床に落ちて割れた音で……
……OK、一旦冷静になろう。
KOOLになって下から聞こえてきた嫌な音に対して落ち着いて対応しよう。
ここはまず慌てず急がずに、今すぐ母さんの元に駆け付けなければ。
俺は持っていた積みゲー(多分クソゲー)をとりあえずプ○ステの中に挿入してから慌ただしく階段を駆け降りようとする。
冷静でいようとする頭とは逆に思いっきり慌てているが気にしないでくれ。
俺自身、今の自分が慌てているのかそれとも落ち着いているのか理解できてないからさ。
「あうぇいやぁ!?」
そんな明らかになにをやっても失敗する気しかしない精神状態で階段を踏み外しかけながらも駆け降りた俺は、その勢いで壁を掴んで急カーブ、キッチンに入った。
……そこでは母さん……ではなく、怪しい全身黒タイツが床に落ちた皿の破片を綺麗に掃除していた。
「「…………」」
俺と黒タイツは無言のまま一瞬だけ見つめ合い(相手の視線は伺えなかったが)、お互いにその場での最善と感じた行動を取った。
それは偶然にしては出来すぎているほどにピッタリ重なった動きで……
「死ねやぁ!」
「お前の母親はあっちに連れ去られた!俺は三万円で雇われた片付けのバイトだ!直接の関係はない!だから許してください!」
俺が昔からなんだかんだ喧嘩の時に多用する蹴りを繰り出すと同時に、黒タイツは美しい土下座と共に何が起こったかを語った。
てか黒タイツ(三万円)、なんでさりげなく犯罪に荷担してるんですかねぇ。
そんなことを思いながら俺は黒タイツに背を向け、黒タイツが自供した共犯と思わしき奴等が行ったという方向に向けて出発すべく家を出た……
さりげなく不法侵入されたって通報しながらな。
あばよ黒タイツ。テメーのことは多分数分で忘れるぜ。