自宅警備員で時給5000円の職場があるらしい。   作:秋ピザ

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なんか二話を一話にまとめたみたいな感じになった。
今後使うかもしれない情報をブチ撒けておくための閑話兼、今後切り替えないと書けなくなりそうなんで三人称の練習みたいなもんです。
なお、どういうわけか文字数は驚異の7000弱。他の作品はスランプ気味だからやたらと筆が進むこと進むこと。

……まぁ、今回は久しぶりにヤンデレ要素がないので気軽にお読みください。


引きこもり、商店街にて

 次郎が夏目を追い払ってから数時間。

 彼はただ意味もなく部屋の中でゴロゴロしていた。

 特に何をするわけでもなく、引きこもるだけの時間。それは引きこもりを名乗る上で重要な行為……ではなく。

 ただ単純に、疲れたのだ。

 それも、折角母親成分を補給して一息ついていたところへ夏目が襲撃したせいで余計に。

 もう今は何もしたくない。今の次郎はまさに無気力を現したような、一切の生気を感じさせない状態だった。

 ナマケモノよりしまりのない表情、そして死んで1年経過した魚であってもしないような腐った眼。

 もはやこれ死体なんじゃないのか、と言ってしまえるほどに生気がない。

 ただ、少なくとも定期的に寝返りを打っているために一応は生存が確認できる。

 そんな有様だった。

 ……裏を返せば、夏目はそれほどまでに面倒な相手だったということになるが。

 

 だが、そんなやる気の一切を失い無気力状態の次郎がゴロゴロしている部屋のドアを誰かが外側からノックした。

 無論、家の中には今次郎と母親しか居ないからノックしたのは間違いなく母親だろうと考えて、次郎は素早く起き上がってドアを開きにいった。

 母親の性格上、きっと開けなければいつまでもドアの前で待っていそうだと思ったのだ。

 

「……お願い」

 

 そして次郎がドアを開けると、そこにはエコバッグと財布、メモを持った母親が。

 どうやら『買い出しに行ってきて』と言いたいらしい。

 相変わらず口数の少ない母親である。

 

「了解。ところでこれ何用?」

 

「今日の夕飯」

 

「……つまり今日の夜はチャーハンかなにかってこと?」

 

「嫌だった?」

 

「いや別に。母さんなら何作っても美味いし」

 

 次郎はさりげなく母親の料理を褒めつつ、バッグと財布とメモの3つを受け取り、一旦部屋の中に戻った。

 そして自室に一応は存在しているクローゼット(と、言っても極々小さいもの)から薄手のパーカーを取り出して羽織ると、先程渡された物を部屋に忘れていないかを確認してから退室し、玄関でいつも通りの靴を履いて家を出た。

 

「いってきまーす」

 

 ……実に2日連続での太陽が上っている最中の外出。明日はきっと濃度の高い酸性雨だろう。

 次郎はいってきますと言いながらそんなことを考えた。

 実際、彼はこれまでの引きこもりライフにおいて1日おきにしか出かけることがなかったのだ。

 食材の買い出しは数日分をまとめて買う上に、生協の宅配サービスも利用しているので週に毎日はないし、それ以外の用で外出することは滅多にないからだ。

 次郎はそこまで考えてから一瞬、もしかしたら母親が自分に引きこもりをやめさせようとしているんじゃないか、という想像に至ったが、それをすぐに振り払って別のことを考えることにした。

 

 とりあえず嫌な想像を追い払うためにはもうちょいマシだけど気が滅入るような想像でもしようと、目的地の商店街(この町ではいまだに商店街が現役続投中だ)で出会うかもしれない面倒な人間をリストアップすることにした。

 それは最近出会った面倒な一家(七原家)であったり、彼の中学時代の旧友であったり、兄の関係者だったり。

 次郎は先程の思考を振り払うため、その中でも別格で会いたくない人間を3人ほどリストアップして思考を切り替えることにした。

(個人的会いたくねーやつランキング3位………楠沢太郎)

 

 楠沢太郎、幼稚園の頃からずっと同じクラスになってしまっていた、いわゆる腐れ縁の相手。

 ただしいつだって成績は次郎より上であったし、身体能力が底辺クラスである次郎とは比べ物にならないほど運動も出来た。

 しかしどういう訳か1年365日何かと因縁を付けて勝負をしかけてくる上に、つい先日の買い出しでうっかり出会ってしまった時は何故か牛乳愛対決などという訳の分からない勝負をするハメになったので、出来れば二度と会いたくない相手だった。

 ………しかし、なぜ彼は半端な時間にばかり買い出しをしている自分と出会って勝負することが出来るのか。それを知りたいという気持ちもあるのだが。

 ゆえに3位。二度と会いたくはないけれど、会いたい理由もあるが故に3位。

 

(第2位………増井なんとか)

 

 そして第2位。次郎に名前を憶えられていない男、増井博人。

 この男についてはそもそもとっくにこの町から出て、とある世界的大企業で研究者として働いているために卒業以来一度も出会っていないために、名前を忘れるのも無理はないのだが。

 

(アイツが昔俺にやってくれやがったことは二度と忘れてやんねぇ………)

 

 ただ、名前を忘れていても次郎は増井との間に存在する確かな確執を忘れていなかった。

 それは中学2年生の夏、学年主席だった増井が次郎に煽られてテストの成績で対決をすることになり、次郎の策略(と言う名の番外戦術)によって一気に学年ビリにまで落とされたことから始ま………るのだが、ここで語ると400字詰め原稿用紙換算で20枚はくだらない長さになるため割愛する。

 とにかく、増井と次郎の間には大きな溝が存在するのだ。

 

 ……そして、次郎は名前も思い出せない増井へ『お前の人生に辛禍があるように呪ってやるぜ』なんて適当な悪口を脳内で呟いたのち、誰よりも会いたくない相手、つまりランキングの1位の男の顔を浮かべた。

 それはまさに昭和の任侠系不良と言えるような装いで、なおかつ常に学ランを着たアイツ。

 春も夏も秋も冬も、いつだって学ランを着てやたら長いハチマキを締め、何故か下駄を履いた世紀の馬鹿。

 ……そんな特徴的過ぎる格好をしたヤツだったが、あまりに見た目の印象が強すぎて顔と名前が思い浮かばない。

 そういえば昔も『ミスター怪力』とか『バンチョー』とかのあだ名でしか呼んでなかったなぁ……などとしみじみ思いつつ、次郎は出会いたくないランキング1位の人物の顔を思い出そうとする。

 そしてうんうんと唸りながら商店街へ向かって歩くこと数分。

 考え事に熱中するあまり前を見ていなかった次郎は、曲がり角で盛大に人とぶつかった。

 まるで青春ラブコメのテンプレのようなそれは、実のところ現実に起こるとなんの出会いにもならない。

 ましてやそれが男同士だと……

 

「「す、すみませんでしたぁ!」」

 

「責任取って指詰めます!」

 

「許してください!……って、え?」

 

 大抵が、アンラッキーな出会いしかならないのだ。

 現実とは理不尽かな。

 これがもし兄貴なら可愛い女の子とぶつかるんだろうな、なんて考えつつ、次郎は目の前でいきなりとんでもないことを言った人物の顔を見た。

 

 スキンヘッドに、サングラス。

 極め付きには内側に紫のシャツを着込んだ黒いスーツ。

 やくざですね分かります。

 

「お願いです!このことがオヤジにバレたら今度こそ俺……俺……っ!」

 

「ほぇ?どちら様よあんさん」

 

「すみませんでしたぁっ!」

 

「……ここ町の中だしさ、もうちょい静かにしてもらっていいかな?」

 

「はい……」

 

「よしそれじゃ深呼吸してー、落ち着いて自己紹介いってみよー」

 

 しかし、そんなやくざが相手でも危険じゃないならとことん平常運転、それが次郎クオリティとでも言わんばかりに、何故か平謝りするやくざの男に冷静に対応する。

 もしかしたらこの図太さはここ最近のトラブル続きで感覚が麻痺しているからかもしれないが。

 

「……笠間組の橋本康弘です」

 

「笠間……笠間……笠……あぁ思い出した……三郎め、自分で組作ったのかよ……」

 

「お、オヤジを知っているんですか!?」

 

 知ってるも何も今一番出会いたくない奴です。

 ……いくら正直が取り柄の次郎とはいえ、それを面と向かって言う勇気はなかったので流石にそれは言わなかったが、次郎はようやく記憶の中から今一番出会いたくない人物の名前を思い出した。

 笠間三郎。中学時代は次郎とよく喧嘩していた相手であり、両親共に元暴走族のヘッドであったことから生粋の不良かと思われがちだが……口や呼吸より早く拳が出て、数学で0点以外取れないようなバカであることを除けばそう悪くないやつだったと次郎は記憶している。

 しかし、そんな三郎と出会いたくないのには理由がある。

 それは最後の喧嘩で“言ってはいけない一言”で煽ったがゆえにキレて死ぬ寸前まで追い詰めたせいでそれ以来リベンジに燃えられているからである。

 

「いや、アイツとは同じとこ出身でさ。よくつるんでたんだよ」

 

「つまりはオヤジのご友人ってことですか!?」

 

「まぁそうなるわな」

 

「っ……この度の非礼、まことに申し訳ございませんでしたぁっ!」

 

 あぁ……申し訳ないなぁ……

 なんてことを思いながらも、次郎は自分が笠間とよくつるんでいた悪友(というのかはよくわからないが)であると知って余計激しく謝罪……と言う名の土下座……をするようになった橋本に頭を上げるように言う傍ら、面倒なことになったと考えていた。

 

「あーうん、まぁ別に俺もさっきのは気にしてないし、とにかく頭あげてよ」

 

「し、しかしそれではケジメが……」

 

「ならあのバカに伝言を頼むわ。あの件は取り決め通りに実行しとけって」

 

「……了解しましたっ!」

 

 なのでとりあえず適当に指示語を使って伝言を頼むことで穏便に終わらせることにした。

 ちなみに余談だが、この方法は中学時代の三郎が勉強関連で1000を越える借りを作っていたためにそれをさっさと返させようと使っていた手法であったりする。

 次郎は走り去っていく橋本の後ろ姿を見送りながら、自分の目的を果たすために商店街へと歩みを進めていく。

 そして、その後幸いにして橋本以外の誰かと会うことなく商店街へと到着するのであった。

 

 2日連続で商店街に来るのは何年ぶりか。もしかしたら中学生の時以来かもしれない。

 なんて思いながらアーケードの下に入り、目的地の八百屋へと歩いていく。

 しかし、その途中で昼間から居酒屋にたむろするジジイたちやら井戸端会議に勤しむマダム(6、70代だが元気すぎて20歳くらい若く見える)たちに絡まれるため中々目的地にたどり着けない。

 

「次郎、2日連続で来るたぁ珍しいじゃねぇの……一杯奢ってやろうか?」

 

「俺は(酔うと大変なことになるから)飲めないんだわ……ごめんなおっちゃん」

 

「がはははは!んなこた知ってるさ!むしろここで飲むって言ったら怪しいぜ!」

 

「あれ?俺前に飲めないって言ったっけ?」

 

「いやぁ、前にお前が……合コン?ってので知り合ったねーちゃんが居ただろ?そのねーちゃんが教えてくれたんだよ」

 

「えっ……」

 

 しかも、次郎自身もこの老人たちが嫌いではないというか、昔からよく相手してもらっていたので……商店街の中ほどにある八百屋にたどり着くまで、なんと2時間ほどを消費してしまった。

 しかもその間に話した老人は総勢15人……もはや老人に好かれる天性の才能があるのではと思うほどたくさんの老人と話していた。

 

 だが、流石に話しすぎたと思い、次郎は八百屋にたどり着くと同時にメモに記された食材をテキパキと購入していく。

 そして野菜を袋に詰めて渡す店主も次郎が話し過ぎて急ぐことには慣れているのか、対応が非常にスピーディーだ。

 なんと八百屋到着から購入して次の店に移動するまで一分も掛かっていないのだ。

 無駄に洗練された無駄のない無駄な動きとはこのことを言うのだろう。

 それからも次郎はメモに記されたものを購入するためにいくつかの店をはしごしたが、どの店でも一分以上掛かった店はない。

 これこそプロの手際というものではないだろうか。

 お陰でメモに書かれていたものを全て揃えるのに五分もかかっていない。

 ……実はこの買い出し、本来なら商店街への往復を含めても30分程度で終わるイベントなのだ。ただし商店街に集まる老人たちが次郎をやたら可愛がるためにプラス2時間程度は考えなければいけないが。

 

 なんで俺って商店街の老人たちからモテるんだろう。

 次郎はふと頭にそんな疑問が湧いて、商店街からのんびりと出ていきながら考えた。

 昔から通ってるから?

 それを言うと自分以外にも何人か条件に当てはまる奴は居るけれど、自分ほど老人たちからの絡みがないので除外。

 時々来る老人たちの孫と遊んでいるから?

 ……それも何か違う。だとするとなんだろうか。

 そこまで考えて、次郎は1つの結論に行き着いた。

 

(……まぁ、いっか)

 

 別に老人たちが絡んでくるのも嫌いじゃないんだから、理由なんて気にする必要はないと思ったのだ。

 またあの元気な老人たちに会いたくなったら商店街に行けばいい、それだけ分かっていればいいのだ。

 

 ……そうして、次郎は商店街を出て帰路に付くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次郎が去ってから数分後の商店街にて。

 

「なぁ、今日のアイツ、どうだった?」

 

「何よアンタ……どうもなにも、次郎ちゃんはいつも通り可愛かったわよ?」

 

「まぁ確かにあの目は俺たちにとって癒し……じゃない、そうじゃないんだ!」

 

「……あぁ、アレね?」

 

 商店街のそこかしこに、何人かずつ老人が集まってなにやら話していた。

 

「大丈夫よ、今日もちゃんと撮ってあるわ……このメガネ型カメラでね」

 

「流石俺の嫁だ。抜け目がねぇじゃないの」

 

「褒めたって次郎ちゃんの写真しか出ないわよ?」

 

「イィヤッホォウ!」

 

 年甲斐もなく興奮している彼も、その近辺にいる老人たちもみな、次郎に絡んでいた老人(平均年齢75歳)である。

 この商店街では、次郎はアイドルだった。

 非常に強烈な孫的魅力を放つ目(マザコン由来)、自分たちの話に付き合ってくれる性格のよさ(暇なだけ)、そして時折見せる屈託のない笑顔(引きこもりのお陰で本当に嬉しい時以外に笑う文化を身に付けていない)という3点と、なんだかんだでしょっちゅう商店街に来てくれる数少ない若者という希少さを合わせ持つ次郎を嫌いになれる老人が居なかったのだ。

 

 さらにそこに拍車をかけたのが、老人たちの多くが子供や孫と別居しているか、縁遠くなっているという現実。

 日頃孫に触れあえない老人たちのハートを、次郎は図らずしもゲットしていたのだ。

 ……ゆえに。

 

「フォッフォッフォ……次に来るのはいつになるのかねぇ……」

 

「明後日くらいじゃないですか?おじいさん」

 

「ふむ……それじゃあ次に次郎が来る日に備えて、いいやつを入荷させておこうかの」

 

 この商店街の店主たちもまた、その例外ではない。

 次郎が買い物をするだけで、老人たちが元気になり、店主たちも張り切っていいものを仕入れようとする。

 そんな妙な循環が、この商店街では起こっていたのだった。そして、そんな光景を見て、彼らの子供は思うのだ。

『この孫にデレデレの老人めっ!』と。




補足。
商店街の老人ども⇒いつだって孫成分に餓えている。近々商店街主催のゲートボール大会に孫を巻き込むため別の大会にしてやろうと暗躍中。
基本的に良識あるジジババだが孫のこととなると途端にぶっ壊れる。

次郎の孫力⇒才能とかのステータスで次郎たちを見ていた父方の祖父母には効かなかったが、実はさりげなく一部老人の理想を詰め込んだようなレベルに至っていたりする。

母が次郎を買い出しに行かせた理由⇒次郎を行かせると過剰にサービスが良くなることを狙ったから。


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